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■2012,01,13

新春、いくつか仕事の上ではとらぶるまがいのものを抱えながらも、

明日から第十次バザール明星隊発進です。

すでに今日、スタッフが一人先乗りで現地に向かってくれています。

今回は、明日14日に雀鬼会の方たちが、麻雀卓を持って御前浜に来てくれること。

現地の皆さんも楽しみにしてくれています。

それはさておき、当会の課題は、今年の活動をどう展開していくかということ。

助成金の申請のために、以下のように書いてみました。

『2012年は、さらに大きく変化する被災地の状況を考えて、以下のような活動を予定しています。

「仮設住宅自治会活動の後方支援」〜 居住者の自主活動が盛んな仮設住宅(例えば岩手県陸前高田市米崎中学仮設住宅、宮城県名取市美田園仮設住宅等)では、各種行事がたくさん行われています。自治会主催の文化祭、お茶ッ子飲み会、将棋大会、麻雀大会、運動会、芋煮会等々。それらの行事において、様々な後方支援をしていきます。具体的には、ボランティアスタッフ派遣、共同企画開催、居住者と協働で居酒屋開店(飲食は無料ではなく安価で提供)、賞品提供、等々。

「ふるさとを守り育てる支援活動」〜 被災地によっては、集落の多くの人たちが遠方の仮設住宅に移住してしまい、ふるさと消滅の危機が叫ばれています。そういう被災地(たとえば宮城県女川町御前浜)においては、現地の復興委員会と共同で、ふるさとの伝統行事、寄り合い活動、居酒屋開店等を通して、ふるさとを守り育てる活動を継続していきます。

そしてもう一つ、テーマを書きたいのですが、これがなかなか出てきません。

先日、南相馬の方に会ってインタビューした経験が強烈で。

福島の現実を考えると、僕らがボランティアとかで何かできる状態じゃないですね。ほんとうに。

どうしたらいいのだろう。

ずーっと考え中です。

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■2012,01,05

新春いかがお過ごしですか?

今年は喪中ということもあり、コウヤマのお正月はひじょーにジミでした。

おせちもお雑煮も食べていないし、初詣も昨日新年会の仲間たちと根津神社にいったていどだし。

代わりにせっせと原稿書いて、3日の日にやっと一本終わりました。いやはや。

賀状もたくさんいただいたのですが、少しずつ「寒中お見舞い」を出させていただいています。お許しください。

さて、今月からは「オークラ半世紀」と「サービス論」を書かないと。

また慌ただしい日々が始まるんでしょうね。

どんな出会いがありますか。楽しみです。

今年もよろしくどーぞ。

 

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■2011,12,29

今日もバザールで、締め切りに間に合わなかった原稿の執筆をしています。

世の中的には、公務員の方たちは昨日が仕事納めだったようですね。

お疲れさまでした。

東日本では、仕事は形だけは終わっても、来年に向けて暗澹たる思いで過ごしている方も多いと思います。
今年ばかりは仕方ないですよね。
年賀状の数も激減でしょうね。
来年こそはいい年にしましょうね。

今日はあとちっと頑張って、夕方からは故郷の入間市へ。

二十歳のころから続いている、小中学校の同級生たちとの忘年会が開かれます。
もう30年以上ということになるんだな〜。

以前は年末の楽しみの一つでしたが、最近は「生きている確認」みたいになっちゃって、
それはそれで意義深いものではあります。

今年も会場はノンノン。ママさんにお世話になります。

手帳のカスタマイズも終わったので、僕のなかではもう新年が動き始めています。

『from「0」begin to charge』

いま一つ新鮮になりたいコウヤマです。

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■2011,12,22

午前中、原稿一本仕上げました。

27日に出る週刊朝日用の「伝説の雀鬼・桜井章一、下北道場卒業式」

最後のこの一行が書きたくて、企画を通してこの前桜井さんにあってきたのです。

『「卒業式をしよう」 そう言い出したのは桜井だった。

かつて雀鬼会には「卒業」の概念がなく、去ろうとする者は、人知れずある日を境にこっそり桜井の元を離れなければならなかった。

今回、下北道場生のために用意された「卒業証書」は「鬼の目の涙」だったのか』

桜井さんとは、確か2007年にアエラのデスクだった小境君(信大の同級生なんすよ)に紹介されて初めて出会い、そこから半年かけて「現代の肖像」を書き、その後2年かけて『人生の大切なことは全て雀鬼に学んだ〜桜井章一の超教育実践』を上梓させていただきました。

でも去年の夏だったか、伊豆で合宿している桜井さんのところにお邪魔して「これからはもう会長のことはあんまり書けないと思います。HPは毎日拝見しますが、申し訳ありません」とお伝えしてきたのです。

僕のようなタイプのフリーランスは、一つの世界に入り込んである時間を過ごしてそれを文章に結実させたら、必ず出てこないといけないんです。

何故なら常に「異端者」でないといけないから。そこに留まり続けると「同族」になってしまって、文章のスタイルが変わってきてしまうからなんです。

「うむ」

桜井さんはそう言って、微笑んでくれました。

でも今回、既報の通り「東北に麻雀卓をお願いできませんか」とお手紙を出したら「二つ返事でOK」と言ってくださり、今回の取材に伺ったら、HPにこんな文章も書いてくれました。

『2011年12月20日(火) Vol.1910

久方振りに神山がやって来て 下北道場の卒業式に迎えての、 週刊朝日の取材を受ける。
雀荘が閉じるだけなのに卒業式。
雀荘なんか学校じゃねぇんだからと言われれば まさにその通りなんだが、 別に解散するわけじゃねぇし、 今までの道場生の存在ぶりを見たら、 俺ん中には卒業式以外浮かばなかった。
下北っていう本校は消えるけど、 今久らく町田分校は残される。
今んところ表面的には変化はないんだが、 俺の身体の内部の中で 色々な変化が起き続けている。
それもそれとして、 今までのことは大きな感謝心として これからの変化も受け止めなければならない。
小っこい牌が俺の人生の大半を 生み出してくれたことは事実です。

雀鬼』

駄目駄目なライターでも、たまには顔みせろよと言ってくださっているようで、とても嬉しいです。

同時にこんなことも思っています。

僕は取材者だから、一度出て行ってもまた桜井さんの門を叩けるけれど、そうできない者たちがたくさんいます。

取材中にお世話になった雀鬼会のメンバーたちの、少なくない人たちがある日を境に道場から消えるシーンを、僕は何度何度も目撃してきたのです。

彼らがどんな思いで桜井さんのもとから「出ていった」のか。「離れていったのか」。その複雑な胸中を思うと、適当な言葉が思いつかないくらい胸が痛みます。

いま、どこかの空の下で歯を食いしばって頑張っている彼らにこそ、この文章を届けたい。鬼の目の涙を感じてほしい。

桜井さんの涙目には、かつて道場に集った全ての若者たちの像が見えているはずです

「××、おつかれ!」

タバコを燻らせながら、渋い声でそう言っているはずです。

25日には下北沢に出かけて、一つの歴史の終焉を、しかと見届けてこようと思っています。

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■2011,12,20

昨夜は久しぶりに銀座「のぞみ」から二丁目「シルクハット」、そして入れなかったけれど「喝」のけんねぇちゃんにも顔を出して、ゴールデン・コースを歩んできました。

(と、書いたら、一緒にいた仲間から「喝でもサラダたべたよ」だって。とほほ、最近酒忘れが多くてね〜。ま、許せ友よ。忘年会なんだから。実はそれからまたさらに一軒いったらしいんだけど、じぇーんじぇん記憶なし。ひでーなー)

そしたら途中でわけあって帰った事務局長小田からこんなメールが。

昨夜のテーマは死んだ野口の弔いで『青い瞳のステラ』を歌おうということだったので、こんなメールになったのでしょう。

懐かしい。

そのつかさんすらも鬼籍に入っているなんて、信じられません。

「今回熱海署より、不肖私木村伝兵衛めをば特に名指しの依頼でありましたこの殺人事件は、工員、女工、熱海、腰紐とたわいも無い類型をもって葬り去るものであるとするならば、何らやぶさかなしとするものでございます。が、しかし、今日的に三面記事にもなり得ない情況をになっているからこそ翻って私はこの事件を日本犯罪史上特筆すべくものとして明察し、その行間に垣間見せている切実な市民構造を、我々は毅然たる志をもって見据えるべきではないかとかように考える次第でございます。 計らずも戦後66年間の社会状況の歪を縫って現出した憂うべく必然とはいえ、民族の衷心からの声なき叫びに、私はしのびようもない哀嘆をもって耳を傾けざるをえません。 ムルソーの放った一発の銃声がその硝煙によってでしか、あまりにも眩しすぎる太陽と決別出来得ない現代人の苦悩を指し示しているものであるとするならば、それを嘲笑するかの如く、今回の熱海殺人事件は死ぬべくしてその役割を全うする山口アイコは何処にもおらず、大山金太郎を犯人と仕組むいかなる構造をも日常に還元することを許さないのであります。 ちまたに喧伝されております犯人が被害者を殺めるといった必然はこの場合全くうかがい知ることはないのであります。 あまりにも太陽が眩しすぎるという言葉の潔さゆえ我々はムルソーを寛容するのであり、周知のごとく誰もがその必然を信じていず、むしろそう思い巡らすことでしか自らを律し得ないという情況を見事に顕在化させたためではございましょうが、熱海殺人事件はそのギマン性を小市民的性格を逆手に取り熾烈に告発しているのであります。 私は今回の出来事を殺人と名付けることさえ躊躇し、事件として囲い込む自らの傲慢さに赤面せざるを得ません。 姑息な市民の生き延びように社会に不必要な要素を取り去るため法律を作動させ犯人を仕立て上げる私は自らの職務を憂いております。 警視総監殿、今日本は大きく病んでおります。 この町々の喧騒は一体何なのでありましょう。 この不幸のいかんともしがたい健康過ぎる生き延びようは一体なんなのでありましょう。 時代は薄く夕暮れをひいて、闇の絶えた街頭に偲ぶ術なく佇んでおります。 明日を味わうように祈っております。 はっ、私ですか、ご安心あれ警視総監殿。 私は今、タバコに火を点けようとしたところであります。

小田 雅彦 」

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■2011,12,15

今朝、桜井会長の雀鬼会のHPを見たら、こんな記述が。

びっくり驚いて、椅子から落ちそうでした。

『2011年12月14日(水) その4 Vol.1905

熱血ライターの神山典士から、 宮城の避難所の方々が、 人とのふれあいを取り戻すために 雀卓が欲しいという一報を受ける。

「2つ返事でOKです」

来年早々の彼等のキャラバンが 1月14日あたりに現地入りするらしい。

下北道場卒業後の雀卓は、 この雀鬼が23年間しっかりと強く 雀鬼流を打ち合った卓ばかり。

どんな新型の便利な雀卓より、 牌が馴染み易い卓である。

卓一つに俺と道場の血と汗、 悲しみや歓びがつまっている。

そんじゃそこらの卓とは違う。

俺の半生の人生を作り出してくれた雀卓と言っても 過言でない卓である。

古くなったからって、 それは決してゴミではない。

俺と一緒に古くなっただけ。

一台は我が家に置き、 俺が死するまでそばに置く。

一台は麻雀博物館へ、 一台は金村師範の元へ、 一台は町田6人衆の今川の家へ置かれ、 俺の分身として保てられる。

一台は大阪の山田英樹の元へと 全て行き先は決まっている。

そして2台が東北の避難者の元へ、 旨いまぐろをおまけにつけて送るようになる。

シャボさん、いいかなー』

いや〜、桜井会長の心意気にしびれます。

「心温かきは万能なり」という会長の言葉があるのですが、雀鬼会の23年の歴史と共に麻雀卓が女川に贈られたら、被災地のみなさんの心もぽかぽかになるはずです。

桜井会長、ありがとうございます。大切にさせていただきます。

 

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■2011,12,14

女川町御前浜支援活動かんぱを大募集です。

既報通り、11日の御前浜住民総会で、復興委員長に東海進さん就任決定!

若手住民7名で御前の復興を考えていくとか。僕らも可能な限り協力していきたいと思います。

新年から御前寄り合い所が1家族になってしまうこともあり、 あのスペースを住民が集まるエンタテインメントの場所にしたいという考えがあるとか。

すでに鈴木キヨタカさんから「麻雀卓がほしい」との要望があり、さっそく雀鬼桜井会長に頼んで、サイン入りで二台 いただけることになりました。

さらに「カラオケシステムがほしい」とのこと。

「 出張明星」の時にあれだけカラオケを楽しんでいるわけですから、これはあったほうがいいかな、と。 それで住民のみなさんがあそこに集まってきてくれるなら、こんな素敵なことはありませんよね。

つーことで、調べてみたら、マイクだけのやつ(画像付き)で約3万円 CD、DVD形式のやつで4万円。

ともに曲数を追加するときには別途代金が発生しますが、ま、それは住民のみなさんでやってもらうとして、 基本となるセットを僕らで贈りたいと思います。

一口3000円で振込方式でいかがでしょう。

現在12口計36000円集まりました。あと一息でCD、DVD形式のやつを贈ることができます。

この知らせは周囲にじゃんじゃんまわしていただいて結構です

参加してくださる方、 小田事務局長のところにメールください。

potaro@i.softbank.jp

振込 口座は、

三菱東京UFJ銀行 板橋支店 普通 0050690 ザ バザール トウホクシエン アケボシノカイ ジムキョクチョウ オダマサヒコ

ちなみに神山一口参加しました。

よろしくお願いいたします。

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■2011,12,12

今日、御前浜の東海さんと電話で話しました。

11日に開かれた御前浜の協働作業&話し合いには約20名が参加。

熊野神社の掃除もやったそうです。

この日、東海さんは集落のメンバーで作られた「復興委員会の委員長」になったそうです。これからはイインチョウと呼びましょう。

町の復興委員会と連携して、取り残されないようにしていきたいとのこと。

委員は若手で6名程度。相原のぶあきさんも入っています。

今後寄り合い所は1家族だけになるので、エンタテインメント器具なんかもいれて、 人々が集まってくるような仕組みもつくりたいとか。

別便で、 鈴木キヨタカさんから「麻雀卓がほしい」と要望がきていて、今、桜井会長に聞いています。 もし卓が複数あったら、寄り合い所にも一卓寄贈しましょうか。東海さんたちは好きみたいです。 どうやってもっていくかが問題だけど。

それと、寄り合い所にカラオケのマシンもほしいとのこと。 復興委員会誕生記念で僕らで寄贈できないかな?

小田君、マイク式の安いやつ(金野さんみたいの)がいくらで買えるか調べてくれますか? カンパで購入できたら。

他にいいアイディアあったら教えてください。

次回東北キャラバン第十次隊は1月14日だから、その時に、復興委員会開いてくれないかお願いしました。

僕らも復興外部委員になって、いろいろ協力できたらいいなと思っています。

いかがでしょうか。 んじゃ、報告まで。よろしくどーぞ。

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■2011,12,10

12時を廻りました。

いまごろ東松島からやってきた中井さんは、浦和あたりで志木市の市民団体リンクスのスタッフに拾われて、講演会場に向かっているはずです。

昨夜リンクスと明星の会のHPに東松島ご出身の方からメールが入り、「ぜひ故郷の現状を聞きたい」という要望をいただきました。その方も一緒に会場に向かっているはずです。

17時からは中井さんは板橋にやってきて、シスナブでミニ講演会。

ご希望の方、まだ間に合いますので、奮ってご参加ください。

豊島区池袋本町4-47-12シスナブ池袋本町集会室です。

今日からは豊島区民センターにて、まちづくりバンク主催の被災地写真展も行われています。こちらには当会の専属カメラマン長野さんの写真が展示されています。

明日10時30からは、中井さんも会場でトークショー。よろしくどーぞ。

なお、今回上京してくださった中井さんには、豊島区の「NPO法人やすらぎ」さんからお見舞金として3万円をいただきました。理事長の和賀井哲代さんからメールがきて「支援したいのでぜひ受け取ってほしい」とのこと。ありがとうございます。

東北支援バザール明星の会にも2万円活動資金としていただきました。大切に使わせていただきます。ありがとうございます。

和賀井さんは、以前PTA会長をやっていた時代の会長仲間。その後区議になったりして、各方面で活躍されています。僕らの活動をHPで知って、支援いただきました。嬉しいな〜。今後ともよろしくお願いいたします。

4、5、6日と行ってきた第九次隊の様子は、明星の会のHPでご覧ください。

http://ameblo.jp/potaroone/

18時からは、同じ会場で忘年会です。

目白の名店「いけ勘」さんのミカちゃんが、美味しい太巻きをもって駆けつけてくれます。こちらも奮ってどーぞ。

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■2011,12,02

12月10日、東松島の被災者、中井政義さんの講演会が迫ってきました。

@13:30〜15:30 志木市総合福祉センター(志木駅からバスで10分)  

「親子被災地講演会、親子で考える3・11〜被災地の話を聞こう〜」(親子で参加企画)

 主催:志木市放課後子ども教室りんくす

参加申し込みは「りんくす事務局」 info@linksweb.jp  まで。

A17:00〜18:00 シスナブ集会場(JR板橋駅、または東武東上線下板橋駅から徒歩5分マンションの集会場)

『いま、そこにある大震災の危機、その時あなたは』

 主催:CCC、明星の会

参加費:500円(収益金は全額中井さんへ)

希望者はmhd03414@nifty.comへお願いします。

その後、中井さんも参加で懇親忘年会あり(参加費:3000円、目白の名店、いけ勘の太巻きがでます)

こちらも奮ってご参加ください。

さあ、師走だ。いくつか出版企画も決まりましたから、頑張って書きましょう。

皆さんも、風邪に注意して、ご自愛、ご活躍ください〜。

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■2011,11,28

いや〜、こんなにも東北と縁が深くなるとは、3月前まではまったく思いませんでした。

先週も取材で石巻、女川へ。今回はホテルが満室だったこともあって、

桐が崎仮設住宅に住む東海さん宅に一泊、

御前浜の.避難所(生活寄り合い所)に一泊、泊めていただきました。

早朝は定置網漁へ。今年最高の大漁でした。

さて、東北支援バザール明星の会の例会が昨日あって、以下のような提案をしてきました。

前回の例会で「来年1月から3月までの活動イメージ」と「3年後、5年後の東北との繋がりのイメージ」を書き出してもらったのですが、それをまとめた結果です。

2012年以降のテーマ

「東北を第二の故郷に、親戚付き合い」

「バザール明星の会は我なり」

「後方支援」

提案

今年5月からキャラバン活動を展開してきましたが、団体としての支援活動は3月で一応の区切りをつけたらどうかと考えます。
「第二の故郷、親戚づきあい」を考えた時、大切なのは個と個、心と心が触れ合う関係性です。
今後は、「バザール明星の会は我なり」をテーマに、個人個人がこれまでの活動を踏まえた上で、各自で支援活動を展開していってはどうでしょうか。
もちろん被災地ではこれからも長いスパンで生活格闘が続きます。
「後方支援」の姿勢を忘れてはならないと思います。
これからも、目の前に大きなテーマが現れた時、僕らはいつでも連帯することができます。次の震災が起きたとき、再びチームを結束することもあるでしょう。
どんなときでも、僕らにはこの仲間がいる。
その存在を信じて、勇気をもって日常に戻ろうと思います。
あと三カ月、心を一つにして、日々変わりつつある被災地の復興、自立、成熟のための支援活動を展開していきましょう。
よろしくお願いいたします。

・3月の温泉ツアー『一年間お疲れさま温泉大会』

テーマ・明星の会と被災地の皆さんと合同で、一年間の骨休め
御前浜、名取日田園、陸前高田、石巻の皆さんと一緒に
候補日、2012年3月17、18日または24、25日
場所候補、福島県土湯、または飯坂温泉、等々

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■2011,11,13

『大成功しましたよ。応援ありがとうございました』

遠く、海の向こうから短いメールをもらいました。

今年、いろいろなことがあって、いろいろな人と出会ってきたのだけれど、
どうしてもお互いの考えが受け入れられずに、やむなく関係を絶つことが避けられなかった人もいました。

でも、僕は怯まない。

会っていること、繋がっていることで確かめあう共感もあるけれど、
敢えて違う道を歩むことで己の輪郭を守るという関係性もある。

自立とは、孤独を引き受けることでもあるから。

孤独の中でしか、人間の成長はないと思っているから。

一通のメールで十分です。

年若い「仲間」が、今この瞬間にも世界のどこかでギリギリ後戻りできない闘いを展開している。

そのことをしっかりと受け止めながら、僕も歩んでいこうと思っています。

会う必要なんかない。馴れ合うことなんか少しも求めない。

むしろすがすがしい思いです。

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■2011,11,09

 

あらららら、ちと油断していたら、ブログの更新が疎かになっていました。

すんませーん。

この間、御前浜から東海さんが上京してくれて大宴会があったり、
バレーボールのNPO法人アザレアの天皇杯関東予選があったり、
入間市の「ノンノン」の定例コンペがあったり(第三位!!)
父の一周忌&納骨の法事があったり、
南三陸町&気仙沼リアスアート美術館への取材があったり、
ジュンク堂でのトークショーがあったり(これはダイアリで)
サービスの神雑と言われる下野さんのインタビューがあったり、
東北取材ツアーと陸前高田の米崎での出張居酒屋があったり、
昨夜は伝説の総支配人秋山さんと来年度サービス世界大会出場の宮崎君の対談企画があったり、

とにかくてんこもりの日々でした。

いや〜楽しい楽しい。

んでもって、お知らせです。

12月10日、バザール明星の会、今年度の大打ち上げ&忘年会を開催します。

第一部、東松島の被災者、中井政義さんのワンコイン講演会

『今、そこにある大震災の危機、そのときあなたは〜』

17時〜、豊島区池袋本町シスナブ集会室にて。会費500円

第二部、忘年会

18時〜、シスナブ集会室地下和室

会費たぶん3000円程度(お酒の持ち込みお願いしマース)

どちらもどなたでも参加できます。
中井さんには「避難所生活の実態」「二重ローン問題」「行政の対応」「家族の絆」「仮設住宅の実態」等々、明日は我が身という話を語っていただきます。

奮ってご参加ください。

今日は午後から名古屋。いやはや、こんなふうにあっと言う間に年の瀬になるのでしょうね。もちっと、しっかりがんばりましょう。

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■2011,10,17

11月3日(木・祝)19:30〜21:00 ジュンク堂書店池袋本店でトークセッションを行うことになりました。拙書『 ヒット商品研究所へようこそ!』(講談社)の出版記念です。

以下概要です。お時間ある方、お子さんをお持ちの方、どうぞ奮ってご応募ください。
ジュンク堂にお電話お願いしますね〜。

 『「ガリガリ君」と「瞬足」ヒットの秘密
〜 萩原史雄(赤城乳業株式会社)×津端裕(アキレス株式会社)×こうやまのりお(ノ ンフィクション作家/司会)』

ロングセラーアイス「ガリガリ君」(赤城乳業)の営業担当・萩原さんと、子どもが 運動会で主役になれる靴「瞬足」(アキレス)の商品企画開発を担当している津端さ んに、ヒットの舞台裏についてお話をうかがいます。

「仕事って、サラリーマンっ て、ほんとはかっこいい!」。

そう納得できる、パワフルな働きマンたちのトーク を、この機会にぜひお聞きください!

■会場はジュンク堂書店池袋本店4Fカフェ  ■定員40名  ■入場料1000円(ドリンク付) 

■申し込みはお電話またはご来店(1Fサービスカウンター)にて先着順

■お問い合わせ 電話03−5956−6111

<講師紹介>
萩原史雄(はぎわら・ふみお) 1970年埼玉県秩父市生まれ。
大学卒業後、1995年に赤城乳業株式会社入社。
2004年 に、営業本部営業統括部へ異動、ガリガリ君のマーケティング戦略を担当する。現在 は、営業本部営業統括部次長マーケティング担当。
(有)ガリガリ君プロダクション のプロデューサーも務める。

津端裕(つばた・ゆたか) 1960年新潟県長岡市生まれ。
中央大学法学部法律学科卒業。
1986年、アキレス株式会社本社入社し、現在の第一販売部チェーン量販グルーブに営 業として配属される。
1999年より、営業と兼務で商品企画マーチャンダイザーに。
2001年から担当したジュニアスポーツの再構築を担当するなかで、2002年よりランド マスター防水、瞬足を立ち上げる。
2010年4月より、シューズ事業部シューズ商品企画 開発本部副本部長。

こうやまのりお(神山典士) ノンフィクション作家。1960年埼玉県生まれ。
信州大学人文学部心理学科卒業。
1996年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』(小学館)で第三回ノンフィク ション大賞優秀賞受賞。

音楽、スポーツ、料理などさまざまなテーマのノンフィクシ ョン作品を精力的に世に送り出している。

児童書は『ピアノはともだち 奇跡のピア ニスト辻井伸行の秘密』に続いて本作が2作目となる。

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■2011,10,16

14、15日と、バザール明星の会第六次隊で東北に行っていました。

今回は大がかりな居酒屋は一度休んで、これからの支援活動をどう展開したらいいのか、被災地のみなさんとの話し合いと、今まで行ったことのない被災地の視察がメイン。

とはいえ、御前浜では初めて定置網漁の船に乗せてもらったり、そこで捕れた魚を都内のレストラン目白の「ラ・ムジカ」と「御苑前せお」に届けたり。

何よりの出会いは、陸前高田の米崎中学仮設住宅の自治会長・金野さんとの出会いでした。

以下、今日いただいたメールの一部です。

「神山隊長さん、小田事務局長さん、伊東さん、小沢さん、人見さん、お早うございます。昨日ははるばる東京から岩手まで貴重な時間を割いて下さっておいでいただき本当に有難うございました。また、
大変美味しい餃子までいただき、夕べオープンしたカラオケバーで皆にご馳走しました。皆に大変喜ばれました。有難うございました。感謝申し上げます。
カラオケバーには30人くらい集まりました。もっともっと参加者を増やして行きたいと思います。
その方法として、仮設住宅に班が13班ありますので、毎週各班からホステスさんを二人くらい出してもらったりしたら参加者が増えるのではと思っております。
いただいた餃子があと半分残っております。そして餃子と一緒にいただきました、素晴らしいホットプレートがありますので、餃子やホルモンをシバテにして、交流を深めて行きたいと思います。
復興の鍵は元気、やる気、夢・希望・目標を持つことですので、それをカラオケバーが一翼を担えればいいなあと思います。再会を楽しみにしております」

また、今回参加してくれたフランス語通訳の人見さんのところにはこんなメールも。

「人見さんメール有難うございました。うれしいです。
今度おいでになった時にお願いがございます。簡単なフランス語教室をお願いしたいのですが。
朝夕のあいさつ。道で会った時のあいさつ。好きなど。20分くらいでどうでしょうか。
楽しみにお待ちしています」

やるな〜米崎、凄いな〜金野さん。

詳細はだいありで。

次回は11月18日〜20日を予定しています。

バスツアーも19、20日で実施予定です。これで最後のバスツアーになるかもしれないので、ご希望の方は、奮ってご応募ください〜。

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■2011,10,10

 

8、9日と、東松島の被災者、中井政義さんが上京してくれて、

入間市と豊島区池袋本町で講演会を行ってくれました。

その報告は「だいあり」で。

以下、中井さんのブログに書かれていた文章です。

中井さん、ありがとうございました〜。また12月もよろしくどーぞ。

「そんな中、神山代表は今回の震災の経験して、あれが首都圏が震源地 (いわゆる、予想される東京直下型地震)だったらと思うと 東北以上に被害も甚大だし、

まずもって首都機能が麻痺し 行政もパンクし、要は自力で一週間も10日も 生き延びなければならないことは必至であると、

被災地の独自の取材で把握されております。

私達の田舎ですら、救助が3日も4日も来なくて その間、飲まず食わずの方もおります。 私も思います。

もし今回の規模の地震が東京が震源地で発生したら 被害規模はもちろん、桁違いでしょうが、 それよりも生き残ったとしても、東北の何倍も救出が遅れるでしょう。

それまで生き延びる、非常食や水の備蓄も必要となります。

なぜなら、高層マンションが多い首都は、エレベーターが止まり マンション自体が、今回の震災でいえば、津波で孤立した施設と 同様になってしまうからです。

その数が尋常ではありません。

順番に救助されるでしょうが、基本的に子供・女性が最初ですから 男性の方、覚悟していてくださいね。

今回の震災でも子供・女性が優先でしたので、 救助に来ながらも、男性を残して ヘリコプターは去っていきますから・・ もうちょっと頑張って下さい・・明日来ます・・と言い残し。

そういった意味合いもあり、 神山代表は、地元の方に危機感を持って欲しい・・ そこで地元のお祭りで、被災経験者、私の経験を 来場者に聞かせたかった・・と思います。

そして、今回の講演で一番得たもの。

それは私が伝えたいことと、視聴者とのギャップです。

神山代表から指摘されたのですが、私は津波で全てを失ったからなのか? 津波の悲劇や教訓を多く語っていました。

しかし、津波が来ない内陸で、その話をしても他人事に感じる・・というもの。 むしろ、被災したら自分はどうなる?? 避難所ってどんなとこ? どんな生活をするの? 避難所生活実態とは?・・ その類の話のほうが、自分を含め興味がある・・と。

確かに、言われてみればそうです。 私も被災して初めて避難所生活をして 「これがTVで見ていた避難所生活か・・」と思ったものでした。

そういった意味では、焦点がずれていたかもしれません。 と同時に、私も避難所生活については多くはこのブログでも語っていません。

だから、みなさんも実態がイマイチわからないことでしょう。 でも避難所生活こそ、他人事でなく、 災害が多い日本では、台風を含め明日は我が身なのですよね。

今後の講演ではお話する内容を変えて行きたいと思います」

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■2011,10,04

 

東北支援活動について、周囲の友人知人たちからも熱い思いが次々に届けられています。

昨日は30年ぶりに大学時代の旧友とあって、以下の企画で痛飲してしまいました。

ほんと、こんな話を持ってきてくれて、うれしい〜。

「私が勤めるハーモニィセンターも加盟している中央青少年団体連絡協議会(以下「中青連」)で助成金申請したところ、
内定が出、その準備を進めているところです。
 何をやるかというと、2月末日までに20か所の被災地にポニーを連れて出かけ、子どもたちにポニーに乗ることで喜んでもらおうということなのです。
馬は茨城の取手から出かけますが、この輸送費については助成金で対応しますので、金銭的に何の心配もなく出かけることができます。
 そこで、第6次派遣の際、「今度は馬も来るよ」ということで同行させていただくことができるのかどうか、
また、そのことが神山君や御前浜(もちろん他の地域でもかまいません)の人たちに歓迎してもらえることなのかどうか、その辺を教えてください」

僕らが紹介できるのは、石巻の万石浦幼稚園、女川の小学校になります。

うまく事が運んだら、子どもたちが喜んでくれますね。

村松シンキチ君、べりべりさんきゅです。

もう一つ、御前浜の養殖生け簀を作る際に必要だった海底撮影についても、
ダイバーのあてがみつかりました。

こちらは証言取材チームの石原さんが仲立ちしてくれました。

「 御前浜・相原さんご依頼の、ダイバーの件、 今朝、仙台のダイバーショップと連絡がとれ、相原さんとお話してもらいました。
先ほど相原さんから 「日程が決まり次第、撮影に来てもらえることになりました。ありがとうございました。 神山さんにもよろしくお伝えください」と連絡ありました。
ボランティアで、というのは今後のことを考えるとお互いやりにくいので、 “震災価格”で引き受けていただいた、ということでした」

こちらも懸案だったんですよ。いや〜よかった。

みなさん、本当にありがとうございます〜。

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■2011,10,02

昨日午後9時30ころ、第五次バザール明星隊、全27名、無事板橋に帰着しました。

みなさん、お疲れさまでした〜。

今回本隊は出張居酒屋を二回(芋煮鍋、塩釜餃子付き)、

御前浜避難所でトイレ修理実施。

証言取材チームは全10名取材、

バスツアーチームは、被災者の大学生金津君のガイド付きで石巻、女川視察ができました。

いろいろ課題も見えてきましたが、ひとまずこの成果を喜びたいと思います。

取材報告は後日、だいありのページに書きますね。

被災地のみなさん、ありがとうございました〜。

またよろしくどーぞ。

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■2011,09,27

今年上梓した3冊の拙書が、それぞれに一人歩きを始めてくれました。

『ヒット商品研究所へようこそ!』が

ベネッセ・コーポレーションが主催する『ベネッセ・グリム・スクール』という読書教室の教材に選ばれたそうです。

なんと1600冊もの注文がありました。

子どもたちに読んでもらえるなら大喜びです。

もう一つ、光村図書からも話があって、愛知県の中学生の副教材にも選ばれたとか。

こちらはいま細部を詰めてもらっているのですが、いいお話しをいただきました。

もう一冊『ピアノはともだち』の方は

昨日メールが来て「埼玉県冬休み推薦図書」に選ばれました。

ある友人の息子さんはこの本で夏休みの感想文を書いて、学校代表に選ばれたとか。これまた嬉しい報告でした。

それぞれに版も重ねてくれていて、逞しい限り。何よりです。

もう一冊『地球を走った男、間寛平アースマラソン』も、この前渋谷公会堂(CCレモンホール)の楽屋に寛平さんを訪ねたら、「ええ本やね、トークショーでばんばん売れとるで」と喜んでくださっていました。

寛平さんは物凄いスケジュールでトークショーやディナーショーをやっていて、そこでサイン本を売ってくれているのです。そりゃ売れますわね。

3冊共に一生懸命書いた作品です。もう僕の手は離れているのですが、それぞれに逞しい歩みを続けてくれていて、嬉しい限り。

どこまで遠く、どこまで高くいけるのか。

作者としても楽しみです。

今週末29日からは第五次東北キャラバンに行ってきます。

今回は御前浜の避難所のトイレを改修して、みなさんと芋煮鍋をやってこようと思います。多くの人が愛してきた「ふるさと」を守って、なんとか再生できるように。

現地の様子は、またここで報告しますね。

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■2011,09,13

昨日出ているアエラに拙文載っています。

現代の肖像『神戸市音楽教師・臼井真』さん。

『しあわせ運べるように』という復興のテーマ曲となる素敵な作品をつくった人です。

その授業も音楽実践も素晴らしく、教師仲間も素敵な人たちでした。

取材でお世話になった方々、ありがとうございました。

11月には臼井先生が指導している神戸市西灘小学校の音楽会があります。子どもたちは夏休みも学校の長い休み時間も頑張って練習しています。その成果を見に、ぜひ行きたいなと思っています。

東松島で被災して「震災を風化させない活動」を展開している中井政義さんの講演会ツアーがどんどん決まってきています。

10月8日は入間市産業文化会館18時30〜

9日は豊島区池袋本町ふれあい祭で11時30〜ステージ、13時〜と14時〜は『バザール明星の会』のブースにてミニ講演会

11月には富士見市の市議・金子勝氏たち主催の会(日程未定)

来年1月27日には志木市生涯学習課主催の会

その他にも豊島区のみなさんの主催や、僕が主催する会も計画中です。

ご希望の方、メールくださいましね。新たに企画してくださってもOKです。

9月30、1日の東北支援バスツアーはそろそろ締め切りです。

ご希望の方がいらしたら、早めにご一報ください。

よろしくどーぞ。

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■2011,09,12

ちーす。 10、11日と神山、勝田で石巻女川を廻ってきました。

専修大学の 丸岡先生の力強い信用で、いい方たちに会えました。

以下シノプシスです。

この分だと意外に早く企画書がかけるかもしれません。

証言企画

・創業97年の滝川若女将〜5月末から被災した魚屋のスペースを借りて中華、寿司屋等4店舗で営業開始。お客さんが喜んでくれて「待ってたよ」の声に励まされる。クラブ活動みたいで楽しかった。今は市内ホテルで営業開始。被災したもとの建物にも入らせてもらいました。うなぎと釜飯のたれが一升瓶で何本か二階に残っていたので営業再開できた。料理の蓋を空けて涙ぐむお客様が。そういう姿に励まされて、新卒も一人採用した。小2のとおこちゃんが書いた地震日記もゲット。きゃわい〜リアル〜

・離れ小島航路会社の総務部長〜会社の船を沖に出して営業車も高台に避難させてから、自分のヨット(オーストラリアで購入、築60年の知る人ぞ知る木造船)を救いにいこうと思ったら波が迫っていて「死ぬぞ」と漁師の船に引っ張り上げられる。しばらく泣いてせがんだが船長の判断でそのまま沖に。二昼夜海で漂流して助かる。奥さんは二階の部屋で流されるも、主人のボートが部屋にあってそれに乗っていたら水に濡れなかった。家は町内をぐるりと一周して海に引き戻される途中でパチンコ屋の屋上に激突。すっぽり嵌まってそのまま屋根に登って一昼夜。助かる。猫二匹は残念ながら死亡。

・水産加工会社社長(3代目)〜会社を引き継いだ時から、工場機能を縮小して、新商品開発、OEM方式のビジネスモデルを考えていた。年商7億、負債額6・5億円。震災の日、奥さんが二日間帰らず。自宅から200m離れた工場の二階に泳ぎ着き、身動きできなかった。3日目の朝、戻ってきたことで「再起」を決意。従業員は一度解雇するも、「一年待ってくれ」。もともと「カレーおでん、きむちおでん、トンコツおでん」等のアイディア商品が得意。楽天で月商500万円。ベガルタバーガーもヒット商品。被災したことで、前から考えていた工場をもたないファブレスなビジネスモデルつくりに邁進。「水産業界のアップルを目指す」と豪語できるようになった。八戸の工場に新商品製作を委託。もうじき試作品が出きてくる。そしたら市内のバーを借り切ってパーティーをやる。

・女川町議〜議会中に被災。急いで自宅に戻って妻に逃げることを指示。車を高台に置いて町役場3階へ。議会傍聴席で水が上がってきて椅子の上に避難。そのまま屋上へ。水道ホースで車椅子の人も引き上げる。大きな船が突っ込んできて危なかった。 議員が集まったのは3月末。役場職員は集まるところも。町としでき機能が本格的に再開したのは仮庁舎ができた7月19日だった。 県担当者は「ガソリンがないから女川までいけない」、国も瓦礫撤去の費用を95%負担するといいながら、女川町は交付税交付金を受けていない優良財政自治体だから、それを払ってくれるかわからない。町が仮払いしている状態とのこと。 新しい街づくり(高台避難等)は、国が財源と法律をつくってくれなかったら前に進めない。女川は2000世帯で1000億円かかる試算。その4分の1を地元負担になったらとてもやっていけない。約1万人の人口が、現在8686人。これ以上減らないように、早めに復興計画を立てたけれど、できるかわからない。

次回は29日から3日間行ってくる予定です。

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■2011,09,04

今日はこれから田無にいって、ラボの西東京地区の帰国報告会と講演会。

『黄金の10代の夢に生きる』というテーマで話してきます。

子どもたちの報告会も楽しみだな〜。異文化で、どんな夏を過ごしたのでしょうか。

僕がホームステイをしたのを、もう37年前のことになるんですが、いまでも夏草の匂いを嗅ぐとネブラスカの夏を瞬時に思い出します。

あの夏が原点だったんですよ。ノンフィクションも、文章を書くということも、東北支援も、登山も、自転車も。

全てが10代の記憶に繋がっています。

9月は、震災証言チームで10、11日と石巻、女川に取材に入ることにしました。

電話でアポ取りをしていたら、「週末は葬式が多くて身動きとれません」という方がたくさんいらっしゃいました。行方不明の肉親の葬儀を思い切って出すというケースや、これまで復興の仕事にかかりきりで葬儀をできなかった人がやっと区切りがついたケースとか、そういう方が多いのだそうです。

「まだまだ東北では被災が続いています」とのメールもいただきました。

犠牲になったみなさんのご冥福をお祈りいたします。

そして例え小さな歩みでも、確実に前に進まないとね。

9月のキャラバンは29、30、1日の予定。

バスツアーは30、1日の一泊二日です。

参加ご希望のかたは、メールかFAXを下さい。tel03-5248-0811fax5248-0810

よろしくどーぞ。

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■2011,08,27

ようやくアエラ現代の肖像「しあわせ運べるように、音楽教師・臼井真」が脱稿になりました。まだゲラ作業があるけれど、ひとまず手離れです。

今年の夏は、本当に充実していましたね〜。

7月14日から16日の東北キャラバン第三隊に始まり、18日にはベルジュで梅の木峠攻め。ちと途中で足着いちゃったけれど、ま、疑似完走でいいでしょうか。

24、25日には地域創造で初めて遠野を訪れることができました。

拙書『ヒット商品研究所へようこそ』で書いた、作家の石崎先生の10代の頃の思い出の地です。そう思うと感慨深いものがありました。

30日には地元シスナブで『しあわせ運べるように、チャリティ・イヴェント』

いまも客席にいた人たちの語り草になっているほど、この日の礒絵里子ちゃんと栗原陽子ちゃんの演奏は素晴らしかった。それに、三遊亭亜郎さんと天野達志君の熱演も凄かった。

地域の皆さんや旧友たちの力があったからこそできたイヴェントでした。
本当に思い出深いものになりました。ありがとうございます。

その売上で女川町御前浜に耕運機もプレゼントできたし。

あ、その報告をシスナブに貼りださないといけませんね。

そうこうしながら8月26日にヨシモトブックスから発売になった

『地球を走った男、アースマラソン・間寛平』を書き上げて入稿。

アエラの臼井さんの原稿もこの辺で書いていて、

地域創造のレポートも書いて 、8月12日には、11歳と9歳の友人と一緒に高尾山へ。

ジュニア編集者史音君と、盟友・相場の一粒種、優毅君の二人。

暑かった〜。でも、二人が張り合うように登ってくれて、楽しい登山でした。

来年も行こうね〜。

15日には武蔵松山カンツリーCで母校川高OB会の順位入れ替え線。
僕は宿敵磯田に94対95の圧倒的な勝利を治めて、見事9・23の第四回初雁カップではAグループで出場することになりました。

なはは、磯田君、修行が足りないようだね〜。

16、17日は裏磐梯でSKI川原さんと合宿して、そのまま18日から東北第四次隊へ。

報告は「だいりあ」に書いてますが、今回は30人を越える大人数だったので、疲れた疲れた。いろいろ反省点を改良しながら次に繋げたいと思います。

23日はあずさで松本へ。サイトウキネン小沢征爾と金森穣の二大巨匠を観る予定でしたが、小沢さんがキャンセル。ま、そういうこともありますよ。

夜の裏町で「鳥よし」に入り、美味しい蕎麦がきをいただきました。

昨日26日は拙書件で共同通信のインタビュー。どんな記事になりますか。楽しみだな。

そして夜はSKIの勉強会ですこーし被災地の様子をレポートしました。

明日からは、今夏最後のイヴェント、南アルプス北岳に挑んできます。
今回も米子山荘の皆さんとご一緒させていただきます。
これまた楽しみ楽しみ。お天気がすこし心配だけど、
標高3000メートル超の絶景を期待したいところです。

30日に夜に都内に戻りますが、二日間はメールも届きにくいと思います。お許しを〜。

ということで、みなさんの夏はいかがでしたか。

9月になっても残暑かな。それともあっさりと秋になってしまうのでしょうか。

またまた充実の秋にしたいものですね。

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■2011,08,26

昨日、嬉しいメールをいただきました。

3月に亡くなった親父が、18歳の頃に「代用教員」として着任した西多摩郡瑞穂町の瑞穂第三小学校の吉田校長先生からです。

「『世の中への扉 ヒット商品研究所へ様こそ!』の寄贈を頂きありがとうございました。
小学校キャリア教育の一環として朝礼で紹介させて頂くとともに,本校図書室に三冊購入することと致しました。

ご参考までに朝礼での紹介原稿をお送りします。
具体的な進路指導図書として大変貴重です。

いままでこういう視点の児童向け図書はなかったかと思います。
会社名・商品名は企業宣伝になるのではという声もあるかと思いますが,子供たちに働くことの楽しさを伝えるためにあえて朝礼で「ガリガリ君」「赤城乳業」の名前を出して話をしようかと思います。

中学校・高校でも子供たちに紹介できる図書です。ありがとうございました」

吉田先生、ありがとうございました。

お蔭様でこの『ヒット商品研究所』は、発売一カ月たたないうちに重版がかかりました。11月3日には池袋のジュンク堂でガリガリ君の萩原さんと瞬足の津端さんをお迎えして、僕が司会するトークもやる予定です。

いろいろな広がりができてくるといいなと思います。

ちなみに9月4日には、田無市民会館でラボの集まりがあり、そこでも講演をする予定です。

『黄金の10代の夢を職業にする喜び』

13時からだったと思います。お近くの方、よろしかったら聴きに来て下さい。

『地球を走った男』もできてきました。結構分厚くて、質感のある本になりました。寛平さんはもちろんのこと、吉本のスタッフや編集スタッフの皆さんに感謝感謝ですね。

ぜし書店で手にしてみてください。

今日の午後は共同通信のインタビューがあるそうです。普段は聞く側だけど、聞かれる側にたってみるととても勉強になります。どんなこと聞かれるのかな?

楽しみだな〜。また報告しますね。

ここ数日はアエラ・現代の肖像『しあわせ運べるように・臼井真先生』にかかりっきりです。たぶん9月の上旬には見ていただけるのではないかと思います。

こちらもお楽しみにね〜。

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■2011,08,14

バザール明星の会フレンドシップ・ツアー参加者の皆さん

こんにちは。今回は当会のフレンドシップ・ツアーにご参加いただきありがとうございます。隊長の神山です。

出発を前に、連絡事項と諸注意を送らせていただきます。

今回のツアーの最大の目的は、東日本震災を風化させないために、自分の五感で被災地の様子を把握し、被災者の皆さんと交流を深めていただくことです。
初日は宮城県名取市付近の被災地の様子を見ていただきます。
その後美田園仮設住宅で本隊と合流して「出張居酒屋明星」を開店します。
店のお手伝いもしていただきますが、現地の皆さんとビールを飲みながらいろいろ話してください。

メディアの報道では伝わってこない真実が見えてくるはずです。
ぜひ住所交換などもしていただいて、これからも交流活動を続けていただけたらと思います。
お金や物資だけでなく、「心の支援」を続けていきましょう。

二日目は石巻、女川町付近の被災地を廻ったあと、当会が何度も支援に入っている御前浜準仮設住宅に入ります。
一緒に昼食(石巻で被災した老舗料亭の弁当)をいただきながら交流してください。
ここへは当会から耕運機をプレゼントさせていただきました。
また現地の漁師さん達の銀ジャケの養殖も始まろうとしています。
ネット上では一口オーナー制度も始まっていますので、ご自分の目でそれらを確かめていただいて、今後の支援活動の指針としてください。

事前にご質問がある場合は、事務局長小田090−8801−7722、potaro@i.softbank.jpか神山03−5248−0811、mhd03414@nifty.com、まで。
よろしくお願いいたします。

☆集合、8月19日午前8時(10分前行動をお願いします)、JR埼京線板橋駅西口、八千代銀行前、ツアーバスが停まっています。
キャプテン、米山さんyoneyama-sx5pw@t.vodafone.ne.jp、 副キャプテン、シンノヤス、090−5341−4617
※遅れそうな場合はヤスに電話ください。ただしこの二人は現地のことには不案内です。現地のことの質問等は上記二人へお願いします。

☆持ち物、温泉旅館泊ですから宿泊用具等は不要です。屋外では虫が大量発生している可能性があります。長袖長ズボン、スニーカー、虫よけスプレー、帽子等をお願いします。

☆参加費13000円(松島の温泉旅館一泊二食、弁当二食、交通費1割負担、残りは助成金から支給されます。初日夜旅館で集めます)
※初日の昼食は適当なSA(サービスエリア)にて食べます。ゴミは各自で家までお持ち帰り下さい。

☆解散、20日20時板橋駅前予定、この後近くのマンション「シスナブ」集会室で打ち上げを予定しています。ご希望の方はお残り下さい。(会費2000円程度)

☆出張居酒屋では、ツアー参加者の中に流しのギター奏者が二人いますので、現地の皆さんと歌合戦など如何でしょうか。楽しく交流してください。

☆これまでの当会の活動に関しては、『熱血ライター』http://www.the-bazaar.net/index.htm 『明星の会事務局ブログ』http://ameblo.jp/potaroone/をご参照ください。

☆ボランティア保険への加入ご希望の方は氏名、住所、年齢を書いて上記小田までメール下さい。よろしくお願いいたします。

では、心を一つにして、有意義な二日間を送りましょう。僕らの力で東日本復興を!
よろしくお願いいたします。

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■2011,08,04

やったー、拙書『ヒット商品研究所へようこそ』の重版が決まりました。

7月19日に初版が出たばっかりなのにね。夏休みに、子どもたちがたくさん読んでくれているということでしょうか。

さすが児童書。

これで『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』と共に、両作品共に重版になりました。ありがたいことです。

今年はもう一冊『ぼくの好きな先生』というのを書きたいと思っています。

もう一つ、東北支援のお知らせです。

8月19、20日に宮城県名取市と女川町を中心に被災者との親交を温める企画、『東北フレントシップ・明星バスツアー』の締め切りが迫ってきました。

被災者のみなさんは、震災の風化を一番怖がっています。

そうならないように、現地で出張居酒屋を開店して酒を酌み交わしながら、彼らの言葉を聞いてあげてください。胸襟を開いて、言葉を交わしてください。

それもまた大切な支援です。

参加をお待ちしています。よろしくお願いいたします。

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■2011,07,31

この前束の間、神戸に取材に行ってきました。

そしたら気付いちゃったんですよ。あることに。

新幹線を待つ新神戸のホームでは、セミの鳴き声が煩いほどに聞こえていました。
それに比べると、今年の関東の夏って、セミの鳴き声が聞こえないと思いませんか?

誰かが放射能の影響だと言っていましたが、これほど顕著に差があるということは、そういうことなのだと思わざるを得ないですよね。

我が家に成長期の娘がいて、身体検査をするたびに何pか背が伸びているんですが、大丈夫なのかなぁ。

ゆーちゅーぶで児玉龍彦教授の怒りの発言が流れていますね。

ああいうことなんだろうなぁ。僕らはどうすればいいんだろ。

そういえば、今日住んでいるマンションの住民総会があって、誰かが理事長に対して「震災対策はどうなっているのか?」と質問したら、今日で任期満了の理事長は「多少壊れたって大丈夫でしょう」だって。危機感のかけらもない。唖然としてしまいました。

僕もそうだけど、何が起こっても、実は自分自身が危機の中で生かされているとしても、人間は具体的な痛みがやってこないと対応しないものなのでしょうか。

東京に直下型地震が来たら、日本の政府機能はマヒするし、自治体の機能もマヒするんだから、自分自身で生きていかないといけないのに。これだけ情報も人も金も東京に集中しているんだから、東北とか関西の地震の比ではないくらい都市機能はマヒしますよね。

それを覚悟して震災対策を立てないといけませんね。

セミがいない夏。

それは、なにかとてつもなく大きなものの「不在」を示しているんだろうな。

覚悟の夏でもありますね。

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■2011,07,30

今日はこれから、池袋本町で東日本被災地復興支援チャリティ・イヴェントを行ってきます。こんなご挨拶文を書いてみました。

ご挨拶

本日はお忙しい中、『東日本震災復興支援イヴェント、しあわせ運べるようにイン池袋本町』にご参加いただきありがとうございました。

3月11日以降、私たちの生活は大きく変わりました。日々流れてくる被災地のニュースに心を痛めながら、自分でも何かできないか、何か役立つことはないかという思いを、どなたも持ったことと思います。

そんな中で、池袋本町の地域住民交流を目的に活動してきたCCCでは、東北支援活動を開始した「バザール明星の会」と連動して、「心の栄養を被災地へ」をテーマに、毎月一便キャラバン隊を被災地に派遣する活動を始めました。

5月の第一便では宮城県石巻、女川、南三陸町を訪ね、児童書やおもちゃ、衣類等、子どもを対象にした支援物資を運ぶと同時に、避難所では「出張居酒屋明星」を開店して被災者の方々にサロンを提供してきました。

6月の第二便(名取市、東松島、石巻、女川)と7月の第三便(名取市、石巻門脇、女川)では「心の栄養」をテーマとして、落語家、ジャグラー、ソプラノ歌手を現地にお連れしてパフォーマンスを楽しんでいただきました。

現地では、避難所生活のころは物資は不足していても地域の住民が集まって生活していましたからまだコミュニティがありました。ところが仮設住宅に入るようになると、バラバラの地域から抽選等で住民が集まってくるので、近隣の人とのコミュニケーションがなかなかとれない、ますます孤独になったという声を聞くようになりました。

そういう中で居酒屋の赤提灯が灯ると誰もが吸いよせられるように集まってきて、よもやま話が始まります。地元の民謡を歌いだす人も現れます。お互いの悩みや思いを打ち明けることで、被災地にも新しい住民の輪が広がります。

そういう中から「よし、頑張って仕事をはじめんべ」という声が聞こえてきたのは、7月のキャラバンでのことでした。

私たちの支援活動も現地の変化に呼応して、「心の栄養」の次のテーマは「仕事の種まき」。現地の方々が経済的にも自立していけるように、今後私たちは何とか仕事の芽をお持ちして、応援したいと思っています。

同時に被災地のみなさんが最も恐れているのは「震災の風化」です。メディアの報道は、どうしても原発事故のほうに行きがちです。被災地の方々は、自分たちの存在が忘れられてしまうのではないかと心配しています。

そういうことにならないように、8月からは「東北フレンドシップ・明星バスツアー」を企画しました。「バザール明星の会」本隊の行動に合わせて一泊二日で現地に入り、現地の方と交流して「心の支援」を続けていくためのツアーです。

お金や物だけでなく、心や気持ちを伝え合う支援活動に、一人でも多くの方のご参加をお待ちしています。(問い合わせ先tel03-5248-0811fax5248-0810、mhd03414@nifty.com神山まで)

本日の集いは、ご出演アーティストの皆さんのボランティアによって成立しています。どうぞ楽しんで行ってください。そして少しでも多くのしあわせを東日本被災地のみなさんに運べるように―――、祈ってやみません。

CCC代表、神山典士

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■2011,07,28

寛平さんのアースマラソンの舞台裏を綴った拙書

『地球を走った男・間寛平、アースマラソン〜何故彼だけが地球一周走れたのか?』

が、だんだんと校了間近になってきました。

表紙もできあがってきていて、本当はここでご紹介したいんですが、

pdfを貼り付ける方法がわかりましぇん。とほほ。かっちょいいんすがね〜。

発刊は8月20日頃とか。『24時間テレビ』には間に合いそうです。

面白いですよ〜。いかに優秀なプロのスタッフが集まったかがわかります。

ぜし読んでみてくださいね〜。

 

もう一つご提案。

「東北支援バザール明星の会」では、これまで出張居酒屋を通して交流してきた被災地のみなさんと、さらに交流を深めるために、「東北フレンドシップ・明星バスツアー」を企画します。

日程は8月19日朝板橋発、2時ころ名取市美田園仮設住宅着、被災者のみなさんと交流して、夕方から出張居酒屋(一緒に居酒屋を開店して、杯を酌み交わして、親交を深めてください)、夜は松島の温泉泊、20日午前は女川町御前浜準仮設住宅訪問、交流、午後は被災地を巡って夕方板橋帰着。

費用は宿泊費食費(一泊二食9000円程度)+交通費の1割負担で、計1万円(予定)です。

この企画の主旨は、震災を風化させないために、被災地のみなさんと交流を重ねて友情をあたためてほしいというものです。

被災地支援とは、ものやお金を送るばかりではないと思います。日々、気持ちを送ることもとても大切だし、被災地のみなさんにも喜ばれます。

出会ったご縁を大切にしていただいて、季節ごとにお便りを出してもらったり、時には遊びに行ったり、東北の方が東京に出てきた時には案内をしてもらったり、そんな「親戚づきあい」ができたら素晴らしいな、と。

それ以外の費用(往復のバス代高速代ガス代、居酒屋飲食代等)はバザール明星の会で負担しますので、奮ってご応募ください。

定員は借りるバスによりますが、15名から20名。今回は居酒屋明星の常連さんが優先ですが、毎月一便出す予定です。

9月以降の日程はまた追って。

ご都合いい時にご応募ください。tel03-5248-0811fax5248-0810、mhd03414@nifty.com

よろしくお願いいたします。

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■2011,07,21

この前東北で4公演やってくれたジャグラーの謳歌君のお母さんからのお知らせです。

彼のライブがあります。ご興味ある方はぜしに。

すごいジャグリングですよ〜。

「公演のお知らせです
こんにちは〜! 息子がライブをやります!
8月13日一時半〜と夜6時〜の2ステージです。
メンバーがめちゃめちゃ豪華で、もしよかったら見てください。
チケット代は三千五百円です。
場所は都営新宿線の瑞江駅から2分の東部フレンドポールです。
よろしくです♪」

あれ、これだけじゃちとわからないから、ご希望の方はメール下さい。

詳細を聞いておきますね。

実は「東北支援、バザール明星の会」にものすごーい朗報が。

ここではすぐに言えないくらい自分たちでも驚いています。

もう少し皆で詳細を詰めた上で、ご報告しますね。

ますますがんばらなくちゃ、という感じです。

よろしくどーぞ。

あ、そうそう、昨夜は恵比寿のモリで拙書『ヒット商品研究所へようこそ』の打ち上げが行われました。ガリガリ君の赤城乳業からは営業統括の萩原さんと女性部隊3人、そして
「青い鳥文庫」からは『黒魔女さんがとおる』の石崎洋司先生と編集の日下部さんが集まってくれました。

今年の猛暑と節電モードでガリガリ君は売上前年度同月比300%!!!

凄すぎ。年間3億本を上回る勢いとか。

でもそのおかげで、来週からコン×ニとかスー×ーとかから××××が××××になる状況とか。大変だ〜。言えないんですが、とにかく大変な勢いです。

赤城乳業の社長は拙書を読んで「梨畑で昼寝」ってメッセージをくれたそうです。

さーて、どんな意味でしょう。

僕にもわかりませんでした。とほほ。

正解者には拙書プレゼント! 奮ってご応募くださいませ。

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■2011,07,08

なんかここ最近の『熱血』を改めて読み返してみると、東北支援のことしかやってないみたいな感じですね。我ながらとほほだな〜。

いやいや、本当はちゃんと仕事もばりばりやってるんですよ。

ここ一週間は寛平さんの『何故地球一周走れたか』というドキュメンタリーの執筆でふーふーいってます。一週間で350枚書くのは、ほんとうにしんどい。そんなスケジュールにしてしまった自分がいけないのですが。とほほ。

その間、セオリーで梅沢登美男×池田明子ご夫妻の対談を仕切って、それもまとめています。梅沢さんて、不覚にもまだ舞台を観ていなかったんですが、素敵な雰囲気を持った方ですね。奥さんも聡明な方でした。いい文章になるはずです。

アエラでも『しあわせ運べるように』の臼井先生を書かなくちゃいけないし、新しい企画も2、3本動いているし。

ま、しっかり働いてしっかり東北へ行く。そういうことですよね。

そうそう東北では「子どもたちのために絵本をつくりたい」という方からも相談をいただきました。さっそく志摩のエレマン・プレザンの佐藤先生にご相談して、ここでもいい動きがもぞもぞと始まりそうです。

さらにさらに、今朝BAZにきてみたら、ファックスが一通。
横浜の大学生から「自分が少しでも力になれるなら(証言集つくりに)ぜひ参加させてください」だって。これまた嬉しいですね〜

やるべきことをできるかぎり。

一人一人がそういう気持ちになっているんだと思います。

動くなら今、ですね。

お蔭様で、毎日が新鮮です。

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■2011,06,30

昨日の毎日の朝刊「希望新聞」に、ここに書いた東北震災出版企画の件が載ったようですね。今朝BAZのファックスに、若手のライター君から「参加希望」の便りが届いていました。嬉しいな〜。

中野区に住んでいる藤井君かな。
まだ会っていませんが、いい出会いになればいなと思います。

今日は明星で「第三次キャラバン隊」の結団式。という名の飲み会。なはは。
歌手の栗原陽子さんもレッスンのあとでかけつけてくれる予定です。

にぎやかな会になるな〜。

と、いいつつ、なかなかこの活動への助成金がおりずに、ちと四苦八苦しています。
ちとコストがかかりすぎでしょうか。

今回は事務局長小田君の尽力で、被災地用車両の認定が取れて、高速代がタダになりました。レンタカーじゃなく、第一次隊員の小沢君の尽力で一台ワゴン車が借りられたので、乗用車と二台で行ってきます。つまりレンタカー代がなくなったということです。

でもその分ガス代が二台分なので、あんまりコスト減にはならないみたい。

と、思っていたら、この前も支援金を出してくれた岡本一彦さんからまたまた支援金が届きました。ありがとうございます。

岡本さんこそ、栗原さんをご紹介いただいた恩人です。
ご自身はお仕事があってなかなか東北にはいけませんが、貴重な志を必ずや現地に届けてきますね。ありがとうございます。

8月以降も「東北支援バザール明星の会」ではキャラバン隊を現地に派遣します。

7月30日には、そのためのチャリティイヴェントを池袋本町シスナブで行います。

みなさん、ご参加ご協力のほど、よろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,07,02

おー、石巻の専修大学の丸岡先生から過分な推薦文をいただきました。

稲森財団への助成金申請なんですが、
お金の問題じゃなくて、こんなふうに活動を理解していただける方と出会えて、
この活動をやっている甲斐があったというものです。

丸岡先生、ありがとうございました〜。
がんばっていい記録集を作りましょうね〜。

『推薦書

 神山典士氏

公益財団法人稲盛財団 理事長 稲盛 和夫 様

 神山典士さんのグループ「バザール」が行う『東日本大震災101人の証言』(仮題)のボランティア著作活動は、被災地を勇気付け、貴財団にふさわしい事業です。
今年3月11日の東日本大震災では、多くの方が家族や友人、家や職場を失い、失意のどん底にあります。
このような方の中には、被災体験を口にすることが難しい方もあり、調査の難度が高いと思われます。
しかし、世界的にも希な大災害の記録を出版物として残すことは被災地の歴史記録として不可欠で意義があり、被災者を勇気付ける事業です。
神山さんと私がはじめてお会いしたのは、今年の6月22日、石巻市内の、語学・コミュニケーションのサークル、ラボ・パーティの会場でした。
神山さんは、自らラボっ子であり、被災地のラボっ子たちを元気付けようと小さな講演会を開催してくださったのでした。
そこで神山さんが話してくださったのは、14歳でアメリカのネブラスカ州でホームステイを行い、アメリカの家族の生活ぶりを作文にしたことと、大勢のホームステイ体験をラボ出版からの著作にしたノンフィクション・ライターとしての原点のお話しでした。
調査に基づく事実を活字に残すことの大切さを子どもたちに伝えてくださいました。
また、私は彼の近著『ピアノはともだち』を拝読させていただきました。
この本は盲目のピアニスト辻井伸行氏の半生を彼の家族とともに描いた著作ですが、長期の調査に基づく事実を忠実に記した作品です。
辻井家の皆さんと神山さんの信頼関係がうかがえます。
神山さんのように相手との関係を大切にするノンフィクション・ライターであれば、丁寧に記録をしていただけるものと考えます。
彼の被災地の子どもを思いやる温かい気持ち、事実を活字にする仕事姿勢、相手との人間関係を大切にする調査方法により、被災地石巻の市民の経験を記録に残すという重要な事業が必ずや成就するものと思われます。
また、神山さんのグループが行っているボランティア居酒屋事業によっても、被災地が元気づけられていることは言うまでもありません。
私が勤務する石巻専修大学経営学部には「地域活性化研究会」という組織があり、同学部の教員約10数名が名前を連ねております。
これらの教員を中心とする大学関係者とその家族・友人のネットワークにより、被災体験を有し出版への協力をしてくださる方々の紹介をさせていただき、著作の完成に向けた力添えをする所存です。
以上の理由により、神山さんグループのボランティア著作活動は貴財団の『東日本大震災復興ボランティア助成制度』に適格と考え、ご推薦申し上げます。

平成23年7月1日 石巻専修大学経営学部准教授・博士(国際関係論)  丸岡泰』

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■2011,06,30

先週、バザール明星の会、第二陣が無事東北の被災地から戻ってきました。

収支報告をしますね。

ビール42000円
つくね、タレ、炭、ウーロン茶、宅急便 31678円
食器、氷 19337円
ガソリン 24595円
高速 17910円
新幹線(京楽師匠帰路) 10390円
旅館(謳歌君) 8000円
食事(謳歌君) 1300円
カップ 1500円
タクシー(京楽師匠名取-仙台)5000円
レンタカー36540円(バザール負担)

合計 198250円

支援金が227395円

次回繰り越し 65685円です。

今回は演者さんをお二人お連れしたのでちと経費がかかりました。

次回からは、支援車両ということで高速代がかからないようにできないか検討中です。

引き続きご支援のほど、よろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,06,21

さぁ〜いよいよ明日から、バザール東北支援明星の会第二次キャラバン隊が発進です。

朝7時に板橋駅集合。一路仙台を目指します。

樽生ビールをしこたま積み込んで、味噌田楽とコンニャク、児童書、衣類、おもちゃ、拙書『ピアノはともだち』も30冊、等々いろいろなものを積み込んで行ってきますね。

今回は板橋駅前「河内屋」さんから日本酒3本、板橋本町のピザ屋「ポポロ」さんからワイン8本をいただきました。

しかと現地のみなさんに届けてきます。

寛平さん企画も、ようやくインタビューデータの読み込みが終了しつつあって、設計図もだんだん熟してきています。

帰ったら書き出さないとね。頑張ります。

んじゃみなさん、戻ったら報告しますね〜。よろしくどーぞ。

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■2011,06,18

昨日はバザール東北支援キャラバン第一次隊の打ち上げ。

小田、小沢、中浦隊員と、大量の日本酒をカンパしてくださった『御苑前せお』(3353-2558)へ。

ここの和食は超美味です。基本がしっかりした料理。オーナー料理長の妹尾さんの性格通り、かな?なはは。

生憎女将の陽子さんはいなかったけれど、しっかたり食べてしっかりしかっり飲んできました。妹尾ちゃん、ありがと〜。

二次会は同じく新宿一丁目の『さかだま』(3358-9004)へ。

この店は奇縁なんですよ。なんでも板橋の『明星』に突然女子二人が現れて「同じ名前です」と言ったとか。『さかだま』のママは明星久美枝ちゃんと書いて「あけぼし」と読むのだそうです。

北海道から出てきて新宿で店をやって、同じ名前の店を探していたら偶然みつけたんだって。よく明星の暖簾がくぐれたよね、ほんと。なはは。

んで「板橋明星の啓子ママから行くように言われてきました」と言ったら超盛り上がって楽しい酒は続いたのでした。

あー、飲み過ぎ。

んで、お昼から久しぶりにベルジュ。汗で酒を抜かないとね。

ベルジュ君は安曇野ツーリング以来パンク続きで困っていたんです。でも、今日ちゃんと直して荒川20キロコースを走ってきました。きもちいい〜〜

明日は午前中だけ小川町から白石峠を攻めてこようかと思っています。

さぁ、『寛平ちゃーん』の作品を書かないとね。今年すでに3作目だ。編集者に尻たたかれています。とほほ。

夏がくる前に仕上げて、ばっちり遊ぶぞ〜。

あ、その前に。大切なご報告を。

東北支援バザール隊へのカンパをいただきました。

大阪の実業家、尾崎さん

SKI川原さん

慶応大学名誉教授、言語学者鈴木孝夫先生

冨山房インターナショナル代表、坂本喜杏社長

御苑前せおさんより

計16万円もの貴重な志をいただきました。

みなさん、ありがとうございます。

しかと現地に届けてきますね。

今後ともよろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,06,15

7月30日に池袋本町で企画しているイヴェントの企画書を書きました。

みてやってください。

『池袋本町・東北支援チャリティ企画 『しあわせ運べるように・イン・池袋本町〜笑って、聴きほれて、涙して、東北の被災地に熱い思いを届けよう』(仮)

企画主旨

震災から早3カ月。原発事故もあり、現地ではいまも混沌とした状況が続いています。
僕らが思いを届けたいと思って赤十字等に拠出した義援金も、いまだ数割しか届いていないとか。
もはや国や自治体、公共団体に頼ってばかりもいられない状況です。
今こそ、私たち市民が立ち上がって、被災地の皆さんに支援応援の熱い気持ちを届けるアクションが必要です。
池袋本町で活動する地域交流住民団体CCCでは、代表の神山典士が主宰する東北支援明星の会、株式会社バザールとタイアップして、被災地に「心の栄養」を届けるキャラバン隊を、月に一便現地に発進しています。
落語家、ジャグラー、ソプラノ歌手、バレーボール選手等を連れて行き、被災地の皆さんに笑って、聴きほれて、驚いて、一緒にからだを動かしていただき、ストレスを発散していただこうという試みです。
合わせて現地に不足している樽生ビールを持ち込んで、「出張居酒屋明星」も開店。
被災地の皆さんに楽しんでいただいています。
この活動をバックアップするチャリティ・イヴェントを以下の要領で池袋本町で実施したいと考えます。
多くの皆さんの出演、ご来場、ご賛同をお願いいたします。

企画骨子

時、7月30日土曜日、午後(終了6時のイメージで、内容的には約3時間)

所、シスナブ池袋本町集会室(キャパ約150名、屋外も合わせれば200名)

企画内容、

1、 ヴァイオリニスト礒絵里子コンサート〜ベルギー留学を経験し、国際コンクール3位の実力者。世界レベルのソリストの圧倒的なボリュームにしびれてください。(約1時間)

2、 ゲスト出演、ソプラノ歌手栗原陽子〜礒さんのステージに飛び入り出演。『ふるさと』等、日本人の琴線に響く歌声を披露してくれます。
ちなみに栗原さんは7月14日〜16日には「明星の会キャラバン隊」に同行し、現地でも被災者の皆さんと共にワークショップ型コンサートを展開。素敵な歌声を響かせてくれる予定です。

3、 落語会〜池袋本町ですっかりお馴染みになった落語会。今回は「池袋本町落語を楽しむ会」の皆さんと共に開催します。
6月のキャラバン隊に同行してくれる三遊亭京楽師匠等が出演候補です。(交渉中、約1時間、前座も含む)

4、 井上ひさし追悼企画、一人芝居『父と暮せば』、演出・出演、天野達志(松風の会) 〜こちらも真夏の池袋本町ですっかり恒例となりました一人芝居。原爆反対、原発はいらねー、亡くなった方の意志を継いでしっかりと生きていこうというメッセージ溢れた舞台をお楽しみください。
ちなみに天野君はタクシー・アクター。運転しながら台詞を覚えているという異色役者です。明星の会キャラバン隊の隊員でもあります。

5、 カメラマン長野容子、ノンフィクション作家神山典士による、現地報道写真展〜7月30日までに、キャラバン隊は3隊発進しています。
その中で見つめてきた現地の様子を、画像と文章で報告します。
写真は集会室のロビーに展示。この日だけでなく、池袋本町のコミュニティ・スペース等での巡回展示も考えたいと思います。

6、 『しあわせ運べるように』文成小学校児童による合唱(現在交渉中)、神戸の被災地から東北の被災地へ、心のリレーを歌声と映像で紹介。
〜今回のイヴェントのタイトルとなる『しあわせ運べるように』は、16年前に起こった阪神淡路大震災の時に神戸で生まれ、以降神戸だけでなく日本中世界中の被災地で歌い継がれてきた復興への希望の歌です。
作詞作曲したのは自らも被災して自宅が全壊した経験を持つ小学校音楽教師、臼井真さん。
当日は彼からのビデオメッセージを紹介し、東北の皆さんへの熱い思いを歌声と共に響かせたいと思います。(現在文成小学校と交渉中、約15分)

入場料、一人500円、高校生以下は無料、+カンパボックスを設置して募金の呼びかけ ※演者のみなさんにも基本的にお車代程度でチャリティ出演をお願いしています。

企画、制作 池袋本町CCC(カルチャ・コミュニティ・コラボレーション)

共催、NPO法人街づくり協議会、池袋本町落語を楽しむ会、(予定)

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■2011,06,14

最近、こころみにフェイスブックなんてものを始めてみたら、なんとこしゃくじゃないですか。「お友だちに承認されました」なんてしゃあしゃあと書いてくる。

お前にいちいち承認なんてされたくないよとフェイスブックに八つ当たりしていたんです。使い方もよくわからないし「いいね!」なんて言われても、なにがなんだか。

ウォールって何?コメントってどーすればいいの?って、八方塞がり状態。

でも、中には嬉しいこともあるもんです。この前ベルリンでお目にかかっていろいろお話しさせていただいた尾崎さんという方からメッセージが。

「ホームページで出張居酒屋見ました。頑張れ!」って。そしてカンパの申し出まで。

そういえば帰国してからのメールで、「打ち上げのあと妻とホテルに戻るタクシーに乗って、料金を払おうとしたら「日本の被災地のためにカンパする」と言われました」とあったのでした。

今回もメールで「ゲルマン魂も忘れずに、被災地にお伝えください」とのこと。
了解了解です。尾崎さんとタクシーうんちゃんのあつーい思いを被災地の皆さんに伝えてきます。

こういうことがあると、フェイスボックも悪くないか、なーんてね。

いずれにしても、尾崎さん、べりべりさんきゅです。(あ、こう書くと僕の英語の先生の逆鱗に触れてしまうのですが、ま、ここは日本語サイトだから許してね〜。)

従姉妹の和子からは、こんなメールをもらいました。

「私の職場の同僚が伯父さんの教え子だということが分かり、 伯父さんが知ったら、きっと喜ぶね〜 典士ちゃんにメールしておこうか と、ついこの間に入曽に帰った時に話題になっていたばかりでした。
その職場の同僚ですが、今一緒に仕事をしているメンバです。
4月下旬に出張の帰り途中に、 「小学校3&4年生のときに神山先生が担任でしたが、  もしかしたら神山さんの親戚ですか?」 と言われて、よくよくその先生の話を聞いてみたところ、 その先生は入間市に住んでいて、 家でハチという犬を飼っている、 サボテンをたくさん栽培している という話しから、伯父さんであることが分かりました。
授業中に時々脱線して、ハチやサボテンや家の面白い話を してくれて、とても印象に残る先生だったそうです。
さらに、4年生終了時にクラス全員にサボテンの鉢植えがプレゼントされて、 「サボテンはそれほど世話しなくても、絶対長生きするから」 と先生からいわれたそうです。
それから、約30年間サボテンは引越しの度に彼と一緒に移り住み、 今でも彼のマイホームで元気に育っているそうです。
伯父さんには、お知らせできなくて残念ですが、 伯母さんによろしくお伝えください」

教員冥利に尽きるメールですね。オヤジも喜んでいると思います。

和子、べりさんきゅね〜。

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■2011,06,06

土曜日は仙台、八軒中学校へ。

全国大会の常連の合唱部(吹奏楽部でもあるそうですが)が『しあわせ運べるように』を歌うということで、神戸から作詞作曲家の臼井真先生が指導にやってきました。

CDになるそうです。ぜひ聴いてみて下さい。でも小学生バージョンとはずいぶん違うようです。やっぱり小学生バージョンで聴いたほうがいいかな?

その夜、塩釜高校の平山先生と佐々木先生にお目にかかりました。

この前塩釜に寄ったんですよと言ったら喜んでくれて、「心の栄養」をテーマにしたバザール支援と共演してくださる勢いでした。

いまんとこ、バザール支援号は

6月は落語家&ジャグラーで三遊亭京楽さんと謳歌君。

その後準備を進めたり相談が始まっているのは

ヴァイオリニストの礒絵里子ちゃん、ソプラノ歌手栗原陽子さん

演劇のこぐれ修さん率いる「楽屋」チーム、

バレーボールのアザレアチーム、

仮設住宅の絵画を飾っていただくムーブメントとしては

アトリエ・エレマン・プレザン、

報道カメラマンとして、長野さんという方にもあって

現地を撮っていただいて、豊島区内で報告展覧会をしたいと思います。

現地では「風化」なんて言葉も囁かれはじめたとか。んなことさせません。

復旧復興もこれからが本番なんだから。

今回ご支援いただいたいるのは

塩谷陽子さん、1万円

岡本一彦さん、1万円

神山秋子さん、2万円

となっています。

バザール号は一回出すのにレンタ代、高速代、ガス代、樽生ビール代、それと演者の皆さんの交通費宿泊費等でやはり7、8万円はかかります。

ご支援のほど、よろしくお願いいたしマース。

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■2011,05,31

先週の日曜日「としま未来文化財団」が主宰する「まちづくりバンク」の活動助成金を決める公開審査会がありやした。

僕ら池袋本町の仲間たちでやっている「CCC=カルチャ・コミュニティ・コラボレーション」という団体も過去に2年間助成金を得ていて、今回も申請したんですよ。

去年ここでも報告した夏の「辻井いつこ×中野雄パネルディスカッション」と、冬の「新春寄席」がその助成の対象でした。

ところがところが。

審査会の前から、僕は「なんでここ数年感ずーっと活動しているのに、審査員が現場に来てくれないんだろう」という疑問を感じていて、審査会でも審査委員長に言ったんです。

「現場でお顔をみかけませんが、なぜ来ていただけないんでしょうか。僕らの本番は現場であって、公開審査会でいくらいいプレゼンしたって、それは活動主旨ではありません」って。

だってそうですよね。審査員も市民、僕らも市民、同じ立場の人間なんだから、複数年審査員をやっている人であるならば、最低でも現場に足を運ぶべきでしょう。
それがなくてたった3分の審査会であれこれ言われても困りますよね。

バンクのスポンサーである区民の一人としても、こんな審査会だけで助成を決められたら困りますよ。本当に活動している団体=審査会のプレゼンがうまいとことは限らないわけだから。

僕ら人生をかけて地域活動やってるんだからね。

そしたらその結果がもっと酷い。

今年のCCCは、「まちづくり部門」で「マラソン落語会」、「東北支援部門」で「出張居酒屋キャラバン隊」という企画をリンクして出したんですが、支援部門では助成金がついて、まちづくりでは助成0という結果。

とほほだな〜。助成金はレンタカー代や交通費に使ってはいけないというから、まちづくりのイヴェントでの収益をあてようと思っていたのに、これじゃ両方できないじゃないね〜。

過去の実績も他の地域活動グループとのコラボレーションも過不足ない成果があがっているのにね。

「0査定」ということは、池袋本町には地域活動はなくてもいいということなんでしょうかね〜。他にこの地域から活動申請があるならともかく、僕らしかだしていないのよね〜。

ったく、とんちんかんな審査員たちだよね〜。
公開審査会至上主義の財団の運営もおかしいしね〜。
ある団体なんて「審査員は神様より上です」なんて寸劇をやってました。
そういう発想が出てくること自体に、このやり方の問題点が露呈していることに気付かないとね。

「市民」という名の権威が一番たちが悪いですよね。とほほだな〜。

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■2011,05,28

ベルリン-パリ、夢のツアーから戻りました〜〜〜。

いやー、束の間のヨーロッパでしたが、一年中でもっともいい季節だったし

凄いシーンの連続で、さすがに僕もふるえちゃいました。

まずは佐渡裕さんのベルリン・デビューの様子を「だいりあ」で見てやってください。

おめでと〜。佐渡さん。あの拍手ならば、絶対に二度目のベルリンもありますね。
何度でも振って、そのうち常任指揮者になってください。

そうなって初めて、「世界の佐渡」になるわけだから。

そしてパリでは、取材中のマキシムへ。

僕が書こうとしているのは「幻のレストラン」なんだけど、
パリのマキシムは、確実に「落日のレストラン」でした。

いろいろ書きたいけれど、いまは時間がないや。すんません。

いつかここでもご紹介しますね。

そしてそして、帰国したその日に新潟へ。

ノイズムの公演「OTHER LAND」を観てきました。

偶然となりに金森君のお父さんの勢さんが座られていたんで、公演の中休みにいろいろお話しを伺ったりして、これまた貴重な体験でした。

金森君が照明にこだわって素晴らしい才能を見せるのは、ご実家に蛍光灯がいっさいなくて、谷崎の「陰影礼賛」の世界そのものだったことも影響あるとか。

いや〜そりゃ素晴らしいエピソードです。そういう家が僕も理想です。現実はほど遠い小さなマンションですが、とほほ。

というわけで、一週間で2s痩せたんですが、またまた昨夜新潟で一人でがばがば飲んじゃって、元の木阿弥。しゃーねーなー。

そうそう、旅の途中で村上春樹の『走ることについて語るときに僕が語ること』を読みました。たまたま成田空港で見つけて暇つぶしに買ったんだけど、これまた意味のある出会いになりました。

そのこともいつか書けるかな。

いやはや、こんなにいつかいつかばっかりだと、ブログがいくつあっても足りませんね。

さぁ、原稿頑張らなくちゃね〜。

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■2011,05,19

石巻でであって支援物資を引き受けていただいたマロ舎さんからこんなメールをいただきました。

「こんばんは。先日は大変ありがとうございました。
神山さまからのご支援は、毎日たくさんのかたの ところへ届いております。
昨日は、折り紙を石巻の栄光幼稚園へお渡ししました。
園長先生や先生方にとても喜ばれました。 本当にありがとうございました。
岩手県の地域も大きな被害を受けられたのですよね・・ みなさんのチームのお力に頭が下がるばかりです・・ 遠い石巻より、いつもいつも感謝しております。
くれぐれも無理をなさらず、御身体を大切になさってくださいね。
神山様の本も大変好評ですよ。
今度、NHKさんの取材をうけることになりました。
またご報告させていただきます。 感謝 」

バザールに送っていただいた児童用の支援物資が、少しずつ役に立っているようです。

送っていただいたみなさん、本当にありがとうございます。

そして今朝は、三遊亭京楽師匠から電話が。

「6月22日だったら東北で高座が可能です」とのこと。

さっそく現地の人と連絡をとって、準備を始めることにしました。

昨日はヴァイオリニストの礒絵里子ちゃんからも嬉しいメールが。

「スケジュールさえあえばいつでも協力しますよ」とのこと。

彼女の「ツィゴイネルワイゼン」は凄いんだ。あの響きを届けられたら
現地の方にもものすごく喜んでいただけると思います。

避難所に心の栄養を!!

この活動にはレンタカー代や演者さんの宿泊費等が必要なので

引き続き「バザール東北号」へのご支援をよろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,05,15

第一回東北支援バザール号、昨日早朝3時に板橋に無事戻ってきました。

ご支援いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

お蔭様で「出張居酒屋明星イン東北」も、「子どもたち支援物資配達」も、大好評のうちに完了しました。

今回同行してくれた震災大王小田君、タクシーアクター天野君、どこでもドアの小沢君、出張ママのなかーらさん、本当にお疲れさまでした。
団結も強まりましたね。

それもこれも、支援していただいたみなさんのお蔭です。

本当にありがとうございました。

 

そうそう、それと今回も頑張ってくれたタクシーアクター天野君の7日の信大山脈公演を伝える記事が、「松本市民タイムス、5月9日号」に載りました。松本地方のみなさん、ぜひぜひ見てくださいね。

よろしくどーぞ。

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■2011,05,11

明朝出発の「バザール・スペシャル号」の準備が整いつつあります。

たった今自宅に、酒屋さんが生ビールの樽(10リットル×5)と、ガスボンベやサーバー等を持ってきてくれました。これで約200杯の生ビールを楽しんでいただける計算です。

今日までに集まったカンパは以下の通り。

板橋大衆居酒屋明星のみなさんより、20062円

板橋スナック朝子ママより、28365円

PHP中村康教さんより、10000円

春花&高田チームより、10000円

抒情文芸川瀬さんより、10000円

この他、伊那子どもネットさんより、30000円、これは児童書(青い鳥文庫)購入に廻します。

以上、現金は7万8427円となりました。

支出は、樽生ビールが10リットル×5で3万7250円

この他、焼酎やおつまみ、子供用ソフトドリンク等を買い込んで、明日9時に板橋を発ちたいと思っています。

お酒やおつまみは、「御苑前せお」さん、九州の「クライア」さん、その他各社何人かからいただいています。

明日の毎日朝刊『希望新聞』でも記事にしてくれるみたいです。

さーて、どうなりますか。現地の方に受け入れていただけるように、心を引き締めていきたいと思います。よろしくおねがいしまーす。

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■2011,05,08

GW中締め切りの仕事をなんとか3日までに終わらせて、
4日は湯河原、5日は父の四十九日、
そして6日から二泊で安曇野松本に行ってきました。
詳細はダイリアでみてやってください。

自転車とお芝居。すげー濃密な二日間でした。

んで今日は早朝の便で戻って、締め切り一つやってます。

「初々しき40歳、藤本隆宏」

いまインタビューをまとめていますが、どんな文章が出てきますか。

楽しみだな〜。

そして明日は関西神戸へ。

『幸せはこべるように』の音楽の先生、臼井先生の授業を取材してきます。

これまた楽しみだな〜。

そして12日東北行きの準備も進んでいます。

昨日の天野公演でもカンパが2万円くらい集まったみたいだし
今日は九州の友人から黒霧島とお摘みセットが届きました。

べりべりさんきゅです。

バザールは酒保状態だな。なはは。

みなさん、本当にありがとうございまーす。

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■2011,05,03

GW中ですが、12日出発のバザール・スペシャル号のスタッフの間では、
もっていく酒類やお摘み類等の相談メールが飛び交っています。

みんな、すご!

べりべりさんきゅーです。

「提案です。 ビールを生ビールにしたらどうでしょうか?

川越の酒屋で樽を買うと氷冷式サーバーを1000円で貸してくれるとこがあります。(板橋にも同じサービスをやってる酒屋がありそうです。)

19リッ樽で10880円×2本で中ジョッキ100杯分らしいので、小さなカップで提供すれば200杯はいけるかと。350ミリ缶ビール108本に相当。

ボンベとかは車の足元に転がして行けば搭載スペースもあるかと思います」

「ちちぶやという酒屋で、 練馬区桜台 火曜日定休 という事なので、明日予約しときます。

昨日は空いてると言ってたので多分大丈夫だと思います。

料金は届いた時に払って下さい。 ビール代とサーバーな保証金1万円です。

返却時に返してもらえます。

10リッ樽が@7000円です。 これを4本頼もうかと考えてます。

焼酎は以前撮影したサントリーさんより、鏡月3ケースとアセロラ3ケースを頂けることになりました。 この分ビールにまわしてもう1樽いっときますか?」

「小田君、中浦さんに、おつまみの予算をお知らせください。適当でいいよ。

なかーらさん、よろしくね〜」

「今回は生ビール、ホッピー中心の居酒屋ちゃうことでいいですかねぇ?

あと、日本酒も多少は用意したいし、氷も要りますから

おつまみ、紙皿、コップ(少し高くなりますがプラスチックの少し大きめの物がいいですね。洗って再生も可能ですし、あと酒屋さんからジョッキも借りられるかもなんで確認しときますが、載せられないかな…)は1万5千円くらいでしょうか?

前のメールで他からもおつまみの提供あるとのことだったのですが、どんなもんでしょうか?

ちなみに、つくねは300本お願いしてます。こちらは無料で大丈夫です」

「おはようございます。

合わせて300人以上ですよね〜。 48000円の内、紙食器&つまみ代はどれくらいでしょう?それによりますよね。

買い出しは7日を当てるつもりでいます。御徒町辺りで大袋系を買って、そのまま板橋へ配送しようと思ってます」

いやはや、どーなりますか。

南三陸町の皆さん、まっててくださいね〜。

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■2011,04,30

昨日は『父・幸士を偲ぶ会、at入間市ノンノン』

お集まりいただいた方、ありがとうございました。

いい供養になりました。今後ともよろしくお願いいたします。

 

12日から出かける、バザール・スペシャル号「出張明星」の詳細がだんだん決まってきました。

小田からのメールです。

「先ほど、南三陸の担当者と話しました。 居酒屋炊き出し大歓迎との事でした。
日程は13日金曜日となりまして、 人数は150人を想定して欲しいとのことです。
今日も花見やってるそうです。
夕食が17時からなので、それに合わせて提供します。
あと、子供も高校生以下が30人くらい居るとのことです。

今までもこの避難所(南三陸町 平成の森)では夕食時に缶ビールを一本づつ渡したという事でした。
今日からは全日空の協力でお風呂も入れるようになったそうなので、風呂上がりに一杯とかもいいかもですね。
配り易いビール多めにした方がいいかもとも思ってますがいかがでしょうか。
でも居酒屋、赤ちょうちんを掲げる以上は配るだけじゃなんだすよね、プラス何がしかしないとだす。
お酒飲まない人、子供達用の喜ばれる何かないかなぁ?」

一緒に行く天野からもこんなメールが。

「そうですねぇ、居酒屋、赤ちょうちん ですもんね。
現地で夕食時に配られたビールは 小さい缶でしょうかね?冷えてたのかな?
もし可能なら、当日のビールに関しては 現地のかたに協賛して頂き、
此方は、他の酒類(日本酒、焼酎、ワイン、ウィスキー、炭酸)とオツマミ系を提供することに重点を置く、というのはどうでしょう?
お子様には「ラムネ」とかどうでしょうかね? あと「駄菓子」なんかも。
さて、オツマミ系ですが…
1.生野菜を使うもの→野菜スティック、もろきゅう、キャベツと辛味噌、冷やしトマト他、 2.冷凍品を自然解凍するもの→枝豆、他、
3.瓶詰類→塩辛、らっきょ、オリーブ、ザーサイ、キムチ他
4.燻製品、缶詰、
その他、クラッカーの上にチーズとかのせてオードブルみたいなのつくってもいいかも。
あと、カセットコンロで 温めたり、あぶったりも出来ます。
メニューかんがえよう!」

すご!

なん,かすごいですね。九州の友人からは、高菜キムチの差し入れメールもきました。べりべりさんきゅです。

というわけで、これからは、居酒屋で出せるお摘み(もちろん保存がきくもの)を大量に大募集です。あんまりかさばるのは困りますが、南三陸町の前12日には塩釜でも開店する予定ですので、約250人分が必要となります。

また、義援金も、月曜日に銀行があいたら「明星」と板橋檄地下の「朝子」ママが集めてくれたものを銀行に入れて計算してきますが、たぶん4万円程度だと思います。

250人から300人を対象に考えると、これじゃ酒も足りそうもありません。

ご支援いただける方は、ぜひバザールにお振り込みをお願いします。大切に使わせていただきます。ご一報ください。よろしくどーぞ。

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■2011,04,27

 

「神山様

ヒット商品、原稿読みました。 笑って泣いて、笑って泣いて、笑って泣きました。 最高の最高です! 話したいです! 電話ください!!」

昨日、居酒屋にいたらこんなメールが飛び込んできました。

講談社の編集者・小沢さんからです。

一昨日仕上げて送っておいた『大ヒット商品研究所、ガリガリ君、瞬足、青い鳥文庫』の原稿を読んでくれて、とても喜んでもらえたようです。

さっそく電話したら「泣けました」って。なはは。

うれし〜。

担当の中川さんといろいろと取材したし、3つともそれぞれに作り手の「熱い思い」が籠もった商品でしたから、原稿はすらすら出てきたんですよ。

こちらは7月刊かな。

ガリガリ君は30周年、瞬足は2000万足突破、青い鳥文庫も30周年を去年祝ったばかりです。それぞれに節目の年でもありますから、子どもたちに、ぜひ読んでほしい一冊になりました。

お楽しみに〜。

あ、それと、大学時代の友人須賀からはこんなメールが。
野菜の検査現場を知らないので、僕には判断しかねるのですが、
医師からの警告なので、お知らせしますね。

「お世話になります。

昨日、うちの患者さんの国立T大生に
「まだ食品検査が、かなりあやしい。
若いひとは、千葉の母の母乳から放射性ヨウ素も検出されたし、食品に注意しなさい。 よく何回も洗ったほうれん草を検査し、ほとんど洗っていないほれん草を出荷しているので、 まだ北関東や福島産の食材は食べないほうがよい。
チェルノブイリの時、癌を予防するために、ポーランドでは一年間出荷制限したのだから。」
という話をしたところ、
「先生のいうことは、もっともだが、都内の大学生協が率先して、福島産を被災地支援で 食材として使用している。生協の食堂を使わないわけにいかないので、どんどん食べてしまう。 反対するとへんなひとと見られるので、しょうがない。」
と言われてしまった。
都内のほとんどすべての巨大大学の大学生協の食堂で、大学生の内部被曝が始まりました。
この国はなにか、ずっとおかしい。
初期教育を誤ったことと、被曝した(今も被爆が続いている)食材を風評といっていること。 被曝食材は、少なくとも半年は国が買い上げ、原発が止まって、土壌改良確認するまでは出荷停止にするべきだ。
検査を厳しくすることは可能なのか!
パフォーマンスで40歳過ぎの蓮舫は食べていいけど、蓮舫の子供は食べてはいけないでしょう。 なにもわざわざ大学生を、どんどん被曝させることないのに。
適当に、役立つかたに転送してください。
平成23年4月26日 下高井戸メンタルクリニック 須賀 一郎」

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■2011,04,25

今日あたりから、書店でも『ピアノはともだち』が並ぶはずです。地方だともう少しかかるかな。どうぞよろしくお願いいたします。

僕はその次に出す『大ヒット研究所〜「瞬足」「ガリガリ君」「青い鳥文庫」』の改定稿づくりに入っています。こちらは7月の夏休み前の発刊になりそう。面白い物語が3つ揃いました。こちらもお楽しみにね〜。

知人からメールで『原発がどんなものか知ってほしい』という、元原子力発電所で働いていた技術者の平井範夫さんの手記が廻ってきました。

物凄く冷静に原発の恐ろしさと、原子力発電所の驚くような現実が書いてあって、ちとふるえてしまったのですが、調べてみるともう90年代にネットで一度騒がれた手記のようですね。平井さんジシン97年に亡くなっているし。

真偽のほどを調べてみたいとも思ったのですが、どーでしょうね。

いずれにしても、僕らはあまりに原発に関して無知だったし、ある意味で洗脳もされていたろうし、意識が低すぎたとも思います。今度の地方選挙でも、原発がある町でもぜんぜん論争にならなかったという記事も見ました。

かえって世田谷のほうが関心が高い。
僕ら東京都民の電力は、地方の原発に支えられているという意識がそうさせているのでしょう。保坂さん、これからどう展開していくのか。
見ていきたいと思います。

豊島区では、応援していた区長候補の日野さんが負けてしまいました。でもまだ若いんだから、次を目指して頑張ってほしいと思います。

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■2011,04,19

昨日出発した小田車バザール2号から現地速報が入りました。

詳しくは「ダイリア」を見てください。

現地の子どもたちには文房具や辞書等がとても喜ばれているそうです。

そういう支援物資が可能な方は、5月中旬になったらまたバザールに送っていただけますか。よろしくお願いいたします。

その小田車バザール・スペシャル号を、5月12日〜14日にかけて出そうと思っています。

通常小田車には医師が乗り込んでいるので、あんまり荷物スペースがないのですが、大量に支援物資をいただきましたので、この時は医師なし、ワゴン車を借りて、荷物専用車とします。
もちろん、 僕も現地に行こうと思っています。

この時、「明星」の啓子さんが、店の生命である「赤提灯」を貸してくれることになりました!!
支援金でお酒とお摘みを大量に買い込んで、現地で「出張明星イン東北」をやりたいと思います。

ということで、現地に行ってくれるママさん大募集です。

やっぱこういう役割は奇麗どころでなくちゃね、なはは。

どなたかお願いできませんか。ただし、現地では寝袋、足元 には丈夫な長靴、防寒対策や食料も自前で持っていく必要があります。

もちろんなによりも、明るく楽しくお酒の相手ができる人でなくちゃいけません。

立候補お待ちしております。

ひとつ、よろしく、お願いいたしまーす。

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■2011,04,13

いろいろな方から支援物資を送っていただいています。

ありがとうございます。

小田車バザール第二号は来週月曜日に出発できそうです。

ただし荷物が多すぎて、何を乗せられるかは未定です。とほほ。すんません。

 

今日は誕生日。51歳になりました。

半世紀+1のこうやまをよろしくお願いいたします。

月末に出る新刊の著者名を「こうやまのりお」に変えてみました。

真っ黒い過去とは訣別です。なはは。どーだろ。

 

先日だいありに書いた被災した女子大生とは、えっちゃんですら連絡がとれなくなりました。どういうことかまだわかりません。新手の詐欺でないことを祈るばかり。こんなときにそんなことはないと信じたい。頼むよ、日本人!

昨日はひさしぶりに銀座の「のぞみ」へ。来月45周年をやるそうです。

山崎さんはあの日、夕方家を出て、大量の帰宅難民が出た甲州街道を逆歩して銀座まで歩いてきて営業したそうです。すご。

でもその後はさっぱり人出がなくて、寂しそうでした。

こんなときだからこそ、皆でお祝いしたいですね。

期日が決まったら声かけますので、よろしくどーぞ。

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■2011,04,08

東日本の被災地への支援物資件、今日昼過ぎに小田車バザール第一号が出ることになりました。

すでに小学館のマンガやガリガリ君グッズ、おもちゃなど、いくつかの段ボールが届いています。現金のカンパを持ってきてくださった方もいました。ありがとうございます。

メールもたくさんいただいています。

「お早うございます。「子どもたち用」物資は今、調達中です。もうしばらく時間を下さい」

「服は新品じゃないとだめですか 」

「こんばんは。ご無沙汰しています。お元気ですか。 今回の地震の被害は大変ですね。私の母方の親戚も被災して避難所暮らしをしています。 是非力になりたいです!子供達の為にと言うことですがキレイな物であれば中古で大丈夫ですか?洋服とか靴は割と小さい子用しかないのですが役に立ちますか?私も何か出来ないかと思っていたので何かお役に立ちたいです。 まとめたら神山さんに送ります。 では宜しくお願いします! 」

「昨日ちゅーくらいのダンボールを1箱池袋のご自宅宛てに送りました。中身はカードに書きましたが、子供用下着(未使用、仕訳済み)、おもちゃ、本、衣類などです。小田様にどうぞよろしくお伝えください。子供たちが明るい笑顔で過ごす時間が増えますように」

「神山さん こんにちは日賀です。昨日教えていただいた支援物資の 件ですが、「新品」でなくても大丈夫でしょうか? 中古の絵本や おもちゃなどでも大丈夫ですか? 」

その他の方からもいろいろいただきました。ありがとうございます。
日本人ならば誰もが、何かやりたいけれど何をやっていいのかわからん。
被災地にボランティアで行きたいけれど、行って足手まといになってもいけないし、と、そういう状態なんだと思います。

僕自身もそうですし。

どんなものが必要なのか、どんなものなら喜んでいただけるのか、どのくらいの数が必要なのか、その辺は今日出発する小田君にレポートしてもらいます。

また同じNPOからカメラマンの北村君もボランティアで合流することになったみたいです。彼はカメラも持っていくんでしょうから(現地で撮れるかはわかりませんが)、また報告してもらいましょう。

僕自身は5月の連休あけに、可能なら現地入りをしたいと思っています。

その時は「出張明星イン東北」または「出張音楽・演劇隊」も組みたいと思います。

またいろいろ相談させてください。よろしくお願いいたします。

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■2011,04,06

「うーん、全体的に少しずつ絞ればいい作品になるんじゃないですかぁ」

僕を目の前にしてそう語ったのは、10歳になったばかりの少年でした。

「そうですか、安心しました。ありがとうございます」
なーんて、僕も神妙に答えちゃったりして。

昨日BAZにやってきたのは、講談社青い鳥文庫のジュニア編集者で「おもしろい物語が読みたい」大賞のジュニア編集者でもあった史音君でした。

彼は本当に本好きで、年間250冊以上は読んでいるそうです。

んで、大賞の審査の時も、他の審査員が推す候補作に対して自分が気に入った作品を強烈にプッシュして、約1時間の議論の末、見事その作品を「編集者特別賞」に入れて、今年の作品デビューに繋げたのだそうです。

そのディベード能力に編集長が驚いて、僕に紹介してくれたというわけです。

いやはや、すご。

んで、BAZで僕の作品の設計図を見せたらすげーよろこんでくれて、
「えっ、この作品の中に僕も登場するんですか、すご!」なんて言っていました。

『ピアノはともだち』に続いて、やはりジュニア向けの作品

『あそび、だいすき、夢中を仕事にする人たち』(仮)の執筆が続いています。

ちと葬儀関係で執筆が遅れたので、今日からまた頑張らなくちゃ。

これを持って5月には東北に向かいたいと思います。

あ、その前に、9日には「半世紀+1記念、ツール・ド・箱根」にもチャレンジしてきますね。お天気がちと心配ですが、ま、何とかなるでしょ。

今年こそはリベンヂだ〜。

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■2011,04,03

神戸から戻りました。

三宮駅前では、中央小学校の「天使の歌声合唱団」と布引中学校の吹奏楽部によるチャリティー・コンサートが行われていました。

「神戸から東北へ、しあわせ運べるよるように」との横断幕。

実はこの日の取材は、この歌を作ったU先生へのインタビューでした。

詳しいことはまだ書けないんですが、神戸の震災後二週間目にできたこの歌は、あれから16年たった今では神戸市民にはすっかり馴染んだものになっているし、世界的にも広まっているそうです。

もちろん今回の東北関東の被災者の人たちへも届けられることになると思います。

でも自身もあの時自宅全壊の被害に遭った先生は「まだ歌を届けるには早いです、支援物資が一通り行き渡ってからでないと、歌を送っても意味がありません」ときっぱり。

ほんと、あんな大災害は被災した人でないと、その後の復興のタイミングやリズムはなかなかわかりにくいものなのだと改めて思いました。そして被災した方々の心情を理解するのも、なかなか大変なことです。

僕は書くことしかできないから、この取材からも豊かな心情あふれる物語を生み出すことが精一杯の支援だと思っています。

帰京したらすぐにバザールに籠もって明日の締め切りの準備。

おーい、時間がなさすぎだよ、T君。とほほ。なんとかなりますかな。

頑張りましょう。

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■2011,03,25

「突然で恐縮なんですが----、」

昨日インタビューからもどってから、すぐさまこんなメールを書きました。

なんかあまりに新鮮な出会いで、「とるものもとりあえず」って感じで書いたものです。
主に、これまでであった演劇関係者に出させていただきました。

皆さん、突然のメールに驚いたかな。
でもそれくらい、僕の心がふるえたと理解してください。

メールはこう続きます。

「役者で大切なのは「透明感」とはよくいいますが
人間で大切なのは「初々しさ」なんだと改めて気付かせてくれる役者に会いました。
NHK「坂の上の雲」軍神広瀬役に大抜擢された藤本隆宏さんです。

今日初めてあってインタビューしたんですが、
いや〜 社会人として見てもあんなに初々しい40歳は見たことありません。

水泳でオリンピック二回出ているから、
人生の大半を「浮力」と共に過ごしてきたことで
「立っていることが苦手」だって。

楽屋でも移動の車でも、常に寝ているんだそうです。

しかも、早稲田の水泳部時代、古橋広之進さんに可愛がられ
敗戦直後の状況とアマチュアリズムが染みついていて
男は大根かじって生きてればいいと信じ、
およそ経済感覚もないようです(これは取材だからかもしれませんが)

今度TBSの「JIN」で西郷隆盛をやるそうなんですが、
そのプロデューサー(石丸氏)が元水泳ジュニア日本チャンプで
藤本さんにあうなり「あなたと対等に話ができることが目標でした」と言ったとか。

軸が完全にねじれています。

そのねじれ感覚がいい。
素顔が素敵。185センチの巨体を小さくしながら、蚊の鳴くような声でインタビューに答えてくれます。

今でも湿度大好き、雨に当たるの大好きなのに、
役者を志してからしばらくは水泳を絶ったとか。

一本気なんですね〜。

んで、彼の舞台を見てみたい。
いままではミュージカルがほとんどだったそうなのですが、
蜷川さんの「リチャード」と「バンドラ」は出ているそうです。
アンサンブルですが。
本人も、ぜひお芝居をやりたい、とのこと。
ぜひ一度、彼と会ってやってみてください。

なんて、僕は関係者でもなんでもないんだけど。
でもみたい。舞台でいじられる彼をぜひ見たい。
というみーはーなメールですんません。

本人も「役者には友人が少ないので、ぜひ関係者に会いたい」とのことだったのでメールさせていただきました。

忙しい中すんません。ほかしてください。
機会があったらまた。よろしくどーぞ」

いい出会いがあることを祈ります。

そうそう演劇といえば、大学時代からの盟友青山勝が主催する道学先生が、池袋アウルスポットで27日まで公演しています。この前見て着ましたが、再演なのでベテランたちが安定した演技を見せてくれます。安心して楽しめます。

ぜしに。お誘い合わせの上、お出掛けください。

よろしくどーぞ。

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■2011,03,20

 

 

 

 

昨日、地震のあと一週間ぶりに電車に乗りました。

休日ということもあって車内は空いていたけれど、もちろんかつてのような頻度では走っていなくて、池袋駅で20分も待ちました。

でも震災後も通勤通学で電車を使っていた人は、もっと大変な思いをしているはずです。入間市まで、父親の見舞いも、やっと平常なみに電車が復旧したので行くことができました。

でもこの日はそれだけじゃなくて、小学校時代からの幼なじみみちゃこのお母さんへの最後のご挨拶もしてきました。

独り暮らしをされていたのですが、15日に風呂場で倒れ、16日に近所の方が「雨戸がいつまでも開かない」ということで心配してくれて、それで発見されたのだそうです。

安らかな寝顔でした。

心からお悔やみ申し上げます。

昔遊びに行くと、いろいろよくしてくださったことを思い出します。
二階の部屋で「アリス」なんか聞いたんだよな。

心からご冥福をお祈りいたします。

実家から徒歩でみちゃの家に向かったのですが、記憶の中であるべきはずのところに家がなくて、10数分探しちゃいました。新しい家がどんどん建って、新しい道もできて、すっかりわからなくなっちゃったんですね。とほほだ。でも30年ぶりくらいなんだから仕方ないか。

これからはどんどんこういう訃報が増えますね。仕方のないことだけれど。

今日は昼からバザール。

あまり出かけることもないから、『あそび、夢中、大好きを仕事にする人々』(仮)の執筆も思いの外どんどん進みます。

僕ができる本筋はやっぱり書くことだから、せめて今の時代の主人公をしっかり記録して、時の流れを経ても残り続ける本を書いて、そして次代の若者たちにこの思いをしっかりと託していくことだと思っています。

やるべきことだけをやっていきたいですね。どうでもいいことは、もういらないや。

 

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■2011,03,19

地震から一週間たちましたね。皆さんの状況は如何ですか?

思い立って、茨城県那珂市に住む中学時代の恩師に電話してみました。
去年の秋に学校に講演で呼んでくれて、その時使った水郡線が止まっているという情報を見たからです。

「先生、大丈夫でしたか?」

「うーん、ま、生きてる」

そんな反応でした。なんか思った以上に茨城も凄いみたいです。

学校はずーっと臨時休校。体育館の壁はぼろぼろになってしまって、入学式も外でやるようだろう。家も家具や荷物が散乱していま整理しているところ。何よりもガソリンがなくて、動こうにも動けない。

とのことでした。

幸いなのは近くの東海村原子炉が正常なことと、福島原発からも直線で100キロ以上離れているということで、すぐに被害が及ぶということもなさそうです。
常磐線も水戸まで行っていないから、手助けしようにも行けないし「頑張ってください」というしかありませんでした。

ほんと、無力を感じます。

復旧といえば、『池袋本町文成小学校地域思い出ブログ』の復旧も急ピッチで進んでいます。とはいえ、仕事の執筆もあるからあんまり時間を割くわけにもいかないんだけど、データが残っていたので、文章と写真を順次アップしています。

ブログは一気に3本体制になっていて、本ブログ(現在の活動を更新していくもの)

http://blog.goo.ne.jp/honchobunsei

と、『2006年〜07年バージョン』『2008年〜10年バージョン』があります。

昔の記事を見ていると、ずいぶん頑張っていたなぁとしみじみ。
子どもたちの写真も、今度の6年生が新入生当時のものが出てきてかわい〜。

文字通り、貴重な地域の「思い出」です。大切にしたいと思います。

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■2011,03,15

今朝、マロンの散歩の途中になんとなーくイヤーな予感がする空模様だった。
また地震かなと思っていたら、なんと5年間書き続けてきたPTAブログ(今年の1月から地域ブログに転換していたもの)が消されていた。

唖然!

11日にPTA総会が開かれる予定で、その場で「地域ブログ化」を発表するつもりだったのに。
地震で総会が開けず、次はいつかと思っていたら、14日に今年度副会長と新年度会長の二人が校長室を訪ね、
総会が開けないので常任委員会の決定を総会決定にすると言ったとか。

その報告が一般会員にこないうちに、真っ先にブログを消去したらしい。

さっそく、ブログをたちあげて管理してきた僕らの時代の役員仲間に連絡。
皆怒っていた。

学校に電話して正副校長と話し、教育委員会教育総務部へも電話。
削除の理由の一つに「文成小学校は統廃合になるからいつまでも文成の名前を使うんじゃない」という論理があったが、教育委員会としてそんな指導をしているのかを確認。

当然そんな指導していないとの返答。

文成小は地域の皆さんが約2000万円も寄付して生まれたもの。卒業生にとっても保護者にとっても地域の人にとっても母校は文成だ。

その後警察や法律相談へも。

同時に旧知の通信会社の大幹部に電話して、かつて取材でお世話になった人たちの携帯も教えてもらう。

「大丈夫だと思いますよ〜」だって。
心強い。

警察では、著作権侵害を訊ねたら「引用とか盗用されたら侵害にあたりますが、丸ごと削除は前例がない」とか。とほほだ。
むろん 刑事事件にしたいわけじゃないから、ま、相談だけ。

あとは区役所の法律相談、民事調停の手続きを調べてみよう。

二人に対して抗議書をファックスしたら、しばらくしてから今年の会長さんから「近々役員会を開いて協議します」とのこと。

何か面倒な問題が起きるとあの二人は必ず会長マターにする。またまたこうなっちゃった。卑怯者だな〜小心者だな〜愚か者だな〜。

何で二人が出てこないんだろう。会長も被害者だな〜。

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■2011,03,14

地震から4日目。

大型テレビが見事に壊れてしまって、慌てて取り出した小さなテレビをつけると東北地方の壊滅的な状況が連日飛び込んでくる。
町全体が津波に浚われたり、いまだに避難所に電気がきていなかったり、学校の屋上で数日過ごしたり。
死者は万人を越える状況らしいけれど、まだ救助の手が届いていない被災地がいくつもある。
水難の死体も放置状態のようだ。

しかも原発。第一に続いて第三原子炉も爆発とか。
放射線がどの程度飛散しているのかわからない。

ところが豊島区の現状は、いたって普通。
強いて言えば埼京線は今朝止まっていたけれど、地震の翌朝から東上線は動いている。昨日は娘のバレーボールの卒業生大会で、板橋の体育館で10数チームが集まってちゃんと大会が行われた。
二連勝で優勝。

不思議な現象だ。

家は地震発生時にはマロン一人。
妻がバレエをやっていた池袋から歩いて帰って、文成で娘の無事を確認。
その後家に戻って玄関を開けると、くつ箱は倒れかかりタンスからは物が飛散してテレビは倒れている。
マロンは呼びかけても部屋のすみでぶるぶるふるえて声も上げられない状況だったという。

僕はバザールの大部屋のスチール本棚を両手でおさえながら地震が治まるのを祈っていた。
長い長い3分間程度の地震だった。
ところが玄関を開けて外を見てみると、車も普通に走っているし人も普通に歩いている。この部屋だけ地震にあったのかと錯覚するほど当たり前の日常が展開されていた。
運転している人は気付かないほどの震度だったのだろうか。
そんなことはあり得ないけれど。
そのままPTA総会が予定されていた文成へ。
そしたら全員が校庭に集まって防災頭巾を被ってしゃがみ込んでいる。
保護者が迎えに来ないと児童も帰れないという。
もちろん総会は中止。
娘を連れて帰ってひとまず3人で集会室に避難。
家の全財産を持って出るように妻に言った。
そこで佐々木さんや大勢の住民たちとひとしきり恐怖体験をだべる。
コンビニでパンやおにぎりお寿司を買ってきて食べる。
無性にお腹が空いていた。
佐々木さんの奥さんはガラスを踏んで4針縫った。
犬たちもやっと安心したようだ。

そこでマロンを連れて駅前の見回りに。
明星に行くと赤提灯に電気がついている。
まさかと思って入り口を開けたら、塚ちゃんが目白から歩いてきて飲んでいる。
こさくちゃんもまっちゃんも飲んでいる。

さすがに筋金入りの酒飲みだ。

あとからあおちゃんのメールでは、河内屋でも常連たちが大盛り上がりだったという。
これまた不思議な現象だ。

バザールも、大部屋はかろうじて本棚も曲がった状態で現状維持。
散らかった本屋資料も整理して原稿執筆には何の支障もなくなったのだけれど、6畳の部屋のスチール本棚がぐにゃりと曲がって入り口を塞いでいて入れない。
中は本の海。
その下でネットの配線が切れているようで、PCがネットに繋がらない。
電気のコードも分断されていて、本棚を少し動かしたら火花がちった。
危ない危ない。
あわててコンセントを抜いた。

自転車通勤で執筆する分には全く何の支障もないのだけれど、埼京線は止まり、東海道線も止まったまま。
国土交通省が通勤通学の自粛を呼びかけている。
そんなこと聞いたことがない。

今朝6時30に電話のベルが鳴る。妻が飛び起きて受話器をとると、仙台在住の義母から。
避難所でやっと電気が来て携帯に充電できたという。
無事だ。
義姉さんからもメールがきて、避難所で全員無事とか。
老人施設にいる義父も大丈夫だろう。
何よりだけれど、皆の家が心配。
義母は、もし家が倒壊していたら、入間に来てもらおうか。

父のお見舞いもなかなかいけない。
都内も定期的に停電にするという発表があり、西武線も何時から何時まで動いているか確認しないといけない。本数も少ないし。
今(9時40分)入間に電話したら「かかりにくくなっています」とのこと。
出社できない人たちが一斉に電話をかけているのだろう。
被災地も大変だけれど、都市生活者も一斉に耐久生活を強いられる。

鈴木先生じゃないけれど、永久成長幻想や便利至上主義も崩れていくだろう。
こうして価値観の大転換が始まるのか。
自分に何ができるのか。
被災地に対して何ができるのか。
とりあえず今日はバザールの復旧作業があるけれど。

世界のメディアでは、こんな未曾有の被害のなかでも冷静に対応している日本人を讃える記事が出ているとか。

本当に僕らの底力が試されている。

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■2011,03,08

 

サイパン3泊、中2日のとんぼ返り。
帰路、早朝の空港で寛平さんご夫妻に会ったら「なんや、走りにきただけかいな」と言われてしまいました。
ご本人たちも往復僕と同じ便。

金曜日早朝に到着してその日オリエンテーションやら前夜祭やらに出席。
翌朝4時30からスターターをつとめて6時から10キロ走って
夕方からは「よしもとライブイヴェント」に出演。
その後打ち上げをやって翌朝4時にはホテルを出て空港へ、という
超過密スケジュールだったはずなのですが。

でも充分にサイパンを楽しめました。

聞けば約5年前にJALが撤退してホテルもショッピングセンターも閉鎖。
年間約30万人いた日本人観光客が約10万人にまで激減してしまっているそうです。

近いし時差1時間だし安いし素朴だしいいのにね〜。

来年も行こうかなと思っています。10キロくらいなら走れるという方、一緒にいかがですか?もちろんゴルフもできまっせ。

明日は「佐渡裕×辻井伸行×イギリスBBCオケ」という超豪華コンサートを松本で聴いてきます。久しぶりの松本だ。うれし〜。
テレビ信州の三浦さんがアテンドしてくれるって。
学生時代にお世話になった人にまたまたお世話になれるんだから幸せです。
松本市民タイムスも来るって話です。

さーて、夜はどこで呑もうかな〜。裏町なんてまだ健在なのかな?

誰か付き合ってくださいよ〜。ドクター谷川はどうだろ。メアドがわからなくなってしまいました。助けて〜。

今日はこれからセオリーの「雲崗」を書かなきゃ。その前にベルジュで一走りかな。
いってきまーす。

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■2011,03,02

日曜日夜に中国からもどったばかりなのに、
もう明日からサイパン行きになってしまいました。

ま、マグロ回遊魚体質の僕には悪くないスケジュールですが。

今回は10キロ走ってきます。
5日土曜日、 早朝6時スタートというから、7時ころにはもう走り終わってしまって
そこからはゴルフかな。なはは。

5月には、ベルリンで行われる佐渡裕さんの「ベルリンフィル定期演奏会」にも行けそうです。佐渡さんは小学校の卒業文集に「将来はベルリンフィルを振りたい」と書いたのだそうです。

素晴らしい。10代の夢の実現だ。

でもこの前インタビューしたら、「そりゃ嬉しいけど、実際は二度目に呼ばれるかどうかやな」とやけに冷静でした。「最初」があることは珍しいことではないけれど、「二度目」があるかどうかでプロの真価が問われると。そういうことなのだそうです。

さすがだ。

拙書『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行』の編集作業は順調なのですが、
その次に控えている『大好き、夢中、遊びを仕事にした人たち』(仮題)の執筆作業がおしちゃっています。いろいろありすぎるんだもんな。とほほ。

ま、明日から行ってきます。メールは見られると思います。

6日の昼にはもどっています。よろしくどーぞ。

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■2011,02,24

今日は19時から、丸の内オアゾ内の丸善書店で山口智子さんのトークショー。

僕も仕切り役で登場です。どんなことになりますか。生憎チケはもうないそうなんですが、お近くの方は顔出してみてください。

明日からは中国。雲崗石窟という世界遺産を見に行きます。

大同市というところなんだけど、気温はマイナスだって。とほほ。せっかく日本が温かくなってきたと思ったら。ま、短い滞在ですが、楽しんでいい取材をしてきたいと思います。

戻ったら10キロをもう一本くらい走って、サイパンマラソンに備えないとね。

そうそう26日の東京マラソンに当たっちゃった幻冬舎の前田君、しっかりね〜。

ということで25から27はメールも連絡がとれません。向こうにPCがあれば見てみますが、中国も田舎だとネット環境はどうなんでしょうね。連絡は一応メールでしてみてください。遅くも27の夜には対応します。

9日は久しぶりに松本に行って、佐渡裕×辻井伸行×イギリスBBCのチャイコフスキーを聴くことになりました。これまた楽しみ〜。この季節だから浅間温泉にでも泊まりましょうか。昔よく通ったバー「赤いピアノ」はまだあるのかな。

真冬の松本は美しいですからね〜。

ということで、明日の出発前に一本書かなきゃ。大変だ〜。

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■2011,02,19

ちょうど今、『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト,辻井伸行の秘密』(講談社)のゲラを
校正していたら、ピンポーンとチャイムが鳴って

「エイベックスさんからです」とCDが届きました。

伸君と佐渡さん×BBCオケの『チャイコフスキー』ですよ。

なんという偶然。書き手冥利につきますね。

3月のコンサートツアーのパンフレットの対談記事を書いたのですが、
伸君にとってこの曲はお母さんのお腹の中にいた時から聴いていた思い出の曲とか。
ま、記憶にはないわけですが、なはは。

僕にとっては、亡くなってしまったつかこうへいさんの『熱海殺人事件』のオープニング曲でもあります。あー、塩見さんのバージョンをもう一度みたいな〜。

ということで、まもなくまもなく、4月13日、僕の誕生日に合わせて出版です。
編集の中川さんが頑張って間に合わせてくれました。

いや〜めでたい。

そしてその頃、去年のリベンジを目指して、箱根を走ることも決まっています。
打倒柏原君、じゃなくて、打倒箱根新道、だな。

今年はやりまっせ〜。

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■2011,02,18

3月5日のサイパンマラソン出場が決まりました。
10キロです。
この前一回走って、1キロ5分ペースでいけそうです。
でも、翌々日には多少の筋肉痛がありました。
これまたとほほだ。翌日じゃないんだもんな。

3日の夜に出て6日の午前戻り。サイパンて近いんだな。

『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』がゲラになってきました。
凄いかっちょいいデザインです。
昨日は編集者とガリガリ君リッチミルクミルクを食べながらほんわかしたミーティング。
いい本になります。楽しみにしていてください。

今回は著者名を「こうやまのりお」とひらいてみました。
どす黒い過去を捨て去って新しいスタートを、なーんて魂胆なんですよ。なはは。
笑止千万なんて思った人、いるでしょ。

自分でもそう思うんだから、ま、仕方ないけれど。

実は年末から父親が入院していて、「老衰ですね」なんて診断されてしまいました。
今年で82歳だから、まだまだとも思うんですが、人の寿命はわかりません。
でもこの前お見舞いして「お父さん、もうじきピアノの本が出ますよ。出たらお父さんが務めた全ての小学校に寄贈してきますからね」と言ったら、もう言葉も出ない状態なのですが、ぽろぽろぽろぽろ涙を流して喜んでくれました。

父は戦後代用教員として小学校に赴任した最後の世代です。
管理職にはならないで、ずーっと小学校の音楽の教師一本でした。
紙の鍵盤で練習してピアノが弾けるようになった人です。その分、本当にピアノが好きなんですよ。

去年の夏ころまでは高齢者施設でもピアノを弾いて人気者でした。
この本ができあがることを楽しみにしていてくれます。
今回は、父に捧げる作品にしたいと思っています。

そんな作品を書くことができて、その意味でも伸行君に感謝だな。

年若い友人が、パリからメールをくれました。「遅すぎることはないという神山さんの言葉を信じて、チャレンジしています」とのこと。

何よりだ。何を求めているのかわからないけれど、日々1ミリずつ前に進めば必ず道は開けるから。立ち止まらないように。挫けないように。遠くアジアの空から祈っています。

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■2011、02、05

正月明けから書いていた『奇跡のピアニスト・辻井伸行』(仮)が
やっと手離れしました。

今回は講談社の児童局が出している「世の中への扉」という少年少女向けシリーズなので、 やっぱり言葉の使い方や表現をやさしくしないといけなかったり、
構成でも考えなきゃいけないことが一杯あって、
刺激的な執筆作業ではありました。

むかーし、「ヴューズ」という雑誌の時代からお世話になっている
編集者の小沢さんと中川さんにいろいろアドバイスをいただいて
すごーくいい作品になっているはずです。

ラストが盛り上がってるんですよね。自分でも意外なほどに。
これは伸行君の力だな。

さわりだけね。

 「審査員もまた、最初のショパンの『エチュード作品10』の演奏から、涙をこぼしながら聴いてくれました。審査員を驚かして感動させようという選曲が、大成功だったのです。
  辻井君が20年間レッスンにレッスンを重ねて磨き込んできた技術。
  いつ子さんとともに養ってきた美しい心の眼。
  真珠の粒々のような美しい音色を奏でる純粋な心。
  それらが辻井君の身体全体からメロディとなって現れて、審査員と聴衆の心を射抜きました。それは「審査する」というコンクールの枠を超えて、まさに音楽の神様がそこに舞い降りた至福の瞬間でした。
  表彰式の最後に誰の名前が呼ばれるのかは、この神様が決めることです。
  すでに聴衆は、その結果を確信していました。
  神様の微笑みは、人々の期待通り、辻井君の頭上に輝いたのです。
  この瞬間、本当の奇跡が起きました。見事に辻井君が奇跡を起こしたのです。
  会場を埋めた聴衆にも、神様の微笑みが見えたはずです。
  人々の心と心、辻井君と聴衆の心が本当に一つになった。
  音楽って素晴らしい。人間て素敵じゃないか。
  誰もがそう思えた、幸せな瞬間でした。」

てな感じです。

上梓できるのは4月かな。まっててくださいね〜。

そうそう、5月には、ラボパーティーの神奈川支部の先生方にお世話になって、
溝ノ口で講演会をすることにもなりました。

テーマは『黄金の10代の記憶』かな。

またまた楽しい出会いになりそうです。

神奈川支部の皆さん、よろしくおねがいしまーす。

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■2011,01,26

最近居酒屋等で飲んでいると、寛平さんのことが話題になっていることが多いですね。
当初は「頼まれもしないで人騒がせな」という論調が多かったようですが、
この前のゴールシーンや奥さんとのエピソード、ガンの闘病エピソード等が浸透してきたのか、「よくやったな」「大変なことやで」といった声が多くなったような気がします。

大阪に着く直前に一度本人にインタビューする機会があったのですが、1時間中ずっと話し続けてギャグは一回もなし。哲学者みたいな風情で、世界と比べた日本のこと、日本人のこと、子どもたちのこと等々を話し続けてくれました。

こりゃいい本になりそうです。いろいろ企画が頭の中で駆けめぐっています。

といいつつ、月末締め切りの辻井伸行君の原稿も佳境です。
昨日で4章が終わり、今日明日でひとまず脱稿になりそうです。

こちらも熱いいい本になりますよ〜。

ご期待ください。

今日は夕方から入間市に出かけて、市役所職員の皆さんにあってきます。
「地域の鉱脈を掘り続ける」というテーマでのミニ講演会。

高校時代の恩師で、バレーボールでの地域活性活動を行っている萩原先生をお連れします。どんな話になりますか。こちらも楽しみです。

『掛けたくなる軸』、ご覧いただけましたか?

デザインも含め、素敵な本に仕上がっています。
ぜひ手にとってみてくださいね〜。

こちらは2月24日、丸の内にある丸善オアゾで山口智子さんと職人さんを招いてトークショーを行います。
入場方法とか、わかったらお知らせしますね。ぜひご来場ください。
着物でいこうかな。なはは。よろしくどーぞ。

 

■2011、01、19

正月初めから、あんまりこのページの更新ができませんでした。

ごめんなさい〜。

今週はアキレスの「瞬足」の取材で足利に行ったり、その日のうちに姫路に向かって寛平さんの取材をしたり、けっこう飛び歩いています。

寛平さんのアースマラソン、見てますか?

いや〜現地は想像以上の大騒ぎです。

昨日は50キロ走り終えたあとで寛平さんのインタビュー。
とてもいい言葉をたくさんいただきました。
でもじゃんねんながら、僕の前ではギャグ一個もなし。とほほ。観客じゃないからかな。

明後日にはまた大阪に向かって取材が続きます。

すんません、もうでなくちゃ。

また書きますね〜。

 

■2011,01,01

新年あけましておめでとうございます。

皆さん、どんな新春をお迎えですか。
今年もよろしくお願いいたします。

僕は実家から車でBAZに戻って、いただいた賀状の整理等をしています。

年末、考えていたのは「死にざま」という言葉でした。
いやいや、別に僕が自決を考えているとか死が迫っているとか、そんな恐ろしいことではないんですが。

むかーし、元気だったころのマルセ太郎さんがしきりと言っていたんです。
「最近は生きざまなんて言葉を使う奴がいるけれど、そんな言葉はないんだ。死にざまという言葉だけだったんだ」と。

その時は、ま、そんなものかな、でも生きざまって言葉があっても不思議じゃないじゃんなんて思っていたのですが、ここのところ身近に死と対峙する人を見るようになって、人間にとって「死」はやはり大きくて、なまじの精神力ではとても太刀打ちできないものなんだなと実感しています。

つまり、元気なうちにどんなに立派に振る舞っていても、いざ、いまわの際になったときの 「有り様」で本当の「生」が見切られてしまうというか。

だから昔から人は「死にざま」で決まると言われていたんでしょうね。

新しい年にちと相応しくないことかもしれませんが、でも「死」から「生」を考えるというのも大切な視点ですよね。新しき年だからこそ。

今年もよろしくお願いいたします。

頑張って、踏ん張って、いい年にしましょう。

 

■2010,12,26

今年も大詰めですね〜。如何お過ごしですか。

17日に板橋本町のことを書きましたが、今日書きたいのは

「凄いぞ板橋本町!」ってこと。

今朝自転車でこの街にやってきたら、歩道がものすごーく綺麗なんです。
本当にチリ一つ落ちていない感じ。

やった〜掃除の影響かと思ったら、いやいや、やっぱりこの歩道を掃除してくれている人がいたんです。大和町の交差点の方に、塵取りと箒をもってもくもくと掃除してくれている人がいました。声をかけたら「ええ、このへんに住んでいる者です」だって。
すごいな〜。

いつもありがとうございます。
街って、やっぱり一人一人の働きかけで変わっていくものなんですよね。
しみじみと実感しました。

さて、今年もあと少し
僕はこれから新しい作品に取りかかって、1月一杯までに一本、
2月末までにもう一本、その後3月にもう一本と
連続で締め切りが続きます。

その分、緊張感を切らさないで年末と正月が迎えられそうです。

クリマスイブには、数年ぶりでとある友人と会いました。
僕の方から野暮用を思い出して約束して少し呑んだんですが、
何年ぶりにあっても持ち味が変わらないしぶーい人で、
とても温かいものを感じました。

お互い昔のように若くはないけれど、あちこちくたびれてはいるけれど、
譲れないものは譲れない。ここだけは諦めるわけにはいかない。
そんなものをどこかに隠し持っている感じなのかな。
いい酒になりました。どうもありがとう。

ということで。もしかするとこのページはこれで今年最後かも。

皆さん、よいお年をね〜。

新年がいい年になるように、がんばりましょうね〜。

 

■2010,12,17

どうした板橋本町!!

ってここで書いてもしょうがないかもしんないんだけど、今朝地下鉄の階段をあがったらなんかひっかかるものがあったんです。

汚ね〜!!

何故か知らないけれど、いつもより歩道に落ちているタバコの吸殻やコンビニのレシートやら紙袋やらが多いみたい。

そう思って事務所のビルまでのわずかな道すがら、それとなく歩道ををみていたらほんと、汚過ぎ。

ここは前には病院があって、そんときはそんなことなかったんだけど、今建て替え中で工事用の壁になっています。だから人はそこの前なら何でも捨てていいと思ってるのかな。わからないけれど。

あんまり頭に来たので、思わずマンションの箒と隣のコンビニの塵取りを借りて、歩道を掃除しちゃいましたよ。何往復もして。

そしたら面白いですね。最初は吸殻なんて汚いから箒ですくってたんだけど、いざ完了となってもう一度見直したら、拾い残しがあったんですね。その一点曇りが許せなくて、思わず手で拾っちゃいました。

なんか鍵山相談役みたいだな。なはは。

歩道が汚い街なんて嫌ですよね。住む人の知性が疑われるね。なんていいながら、普段は掃除してくれている方のお世話になっているんですが。

ま、綺麗にしておけば、捨てる人もいなくなるかな。

どうでしょ。明日も楽しみに見てみたいと思います。

師走ですね〜。

渋谷に出る方、南口の隠れ小料理屋「旬作」にぜひ行ってください。

ここは板橋の愛する明星の二号店。

美味しいですよ〜。よろしくね〜。 3780−1681

 

■2010,12,07

嬉しいメールが2つ。(と、嬉しいシリーズが続きますな)

「お疲れさまです。 深夜に神山さんのブログ拝見したら160000番でした! 思わず写メ撮ってしまいました。 16万ってすごい数字ですよね〜。 12月は更新されていませんが、またどこかに滞在中でしょうか? インフルエンザ等流行っています。 (私は先日ノロウィルスにかかり、エライ目に合いました) お体ご自愛ください!」

ママさんライター富田君からです。

だいありに写真を載せておきました。べりべりさんきゅでした。

ま、だからなに?って感じだと思いますが、本人としてはは相当に嬉しい。

本当に皆さん、いつも読んでいただいてありがとうございます。

そしても一つ。

「お元気ですか?ぼくは今ロンドンにいます。スイスでのコンサートは大成功しました。
×××がなかなかよくかけてるとお褒めのことばをいただきました。さすが。
ほんとうにべりべりさんきゅでした」

と、これは今ロンドンにいる伸君からです。(内容はちと謎ですが、なはは)

いよいよマンチェスターで 佐渡さんと「チャイコフスキー1番」の録音ですね。

がんばれ〜。

そしてそして、ぼくも執筆頑張らなくちゃ。

クリスマスまであと2週間ちょっとだもんな〜。

皆さんもいい師走をお過ごしくださいね〜。

 

■2010,11,26

嬉しいニュースが二つ。

一つは原宿にあるレストランIが今年のミシュランで一つ星を獲得したそうです。

おめでと〜。サービスの井上翔輝君からお知らせをいただきました。

ここはご存じ、ニースの情熱のシェフ・松嶋啓介君がやっている店です。

都心とは思えない静かな佇まい、江戸野菜を中心としたテロワールを意識した料理。中にはカラオケもできる個室なんてーのもあって、楽しい店でもあります。

啓ちゃんはニースと東京を往復しながら頑張っています。

まだまだ目指す理想は高いと思いますが、ひとまずスタッフの皆さん、おめでとう。

これからもいい料理、いいワイン、いいサービスをお願いします。

もう一つ、今は恵比寿のロブションにいる宮崎辰君が

サービスの大会で日本一に輝いたそうです。これまた凄い。おめでと〜。

彼とは恵比寿のビストロ森で知り合いました。いけめんですよ。森君とは対照的に。なはは。

ますますの精進をね〜

 

そしてそして、金森穣君を書いたアエラは29日発売です。こちらもよろしくどーぞ。

僕は今日、茨城県那珂市の那珂2中の皆に会ってきます。

ミニ講演会、テーマは『黄金の10代の夢を職業にする幸せ』

さてさてどんな出会いとなりますか。楽しみだな〜。

 

■2010,11,21

緊急業務連絡です。

 

「こんにちは。 アスコム「辻井いつ子の子育て広場」 事務局の斎藤です。

本日、辻井伸行さん、いつ子さん出演の テレビ番組が放送されますので、 再度、ご案内させていただきます。

■日米ツアーに密着取材。初公開の映像です!

2010年11月21日(日)夜9時54分〜放送 「ソロモン流」(テレビ東京系) http://www.tv-tokyo.co.jp/solomon/  

*地域により放送日時が異なります。

また、放送されない地域があります」

 

だそーです。僕と伸くんの自転車姿がすこーし映るとか。
テキサス州コーパス・クリスティでのシーンです。

お時間ある方、よろしくどーぞ。

 

■2010,11,18

とても嬉しいことがありました。

つい先日、懐かしい友人の名前で大きな封筒が送られてきたんです。
何かと思って封を切ってみると、この欄で書いた拙書『ライオンの夢』が紹介されている読売新聞の日曜版が入っていました。
「もう入手できただろうけれど、一応送ります」と短いメッセージが添えられていました。

つまり彼はこのホームページを見て、わざわざ家にあったものを送ってくれたのです。
僕は一瞬にして、あいつと一緒にギターを弾きながら夜通し歌った大学時代にタイムスリップしてしまいました。

もう30年も前のことなのだけれど、その風景は少しも色あせていません。

ギターが好きで、バレーボールもやって、陽気なんだけど時折寂しげな影を見せるやつでした。
僕らはもう一人の仲間と3人でギター・バンド「のようなもの」をつくったり、オリジナル曲を歌ったりもしました。
以前軽井沢のステーキレストランで働いていた時にはそこにも遊びに行ったし、茅野に住んでいた時は温泉にも入ったな。

教育学部出身なのに日本の教育界が嫌で、自然が大好き、動物が大好き、そして何よりも子どもが大好きで、今は子どもたちを集めて乗馬やキャンプをやる団体で働いているはずです。

僕にとっては13年前に書いた本がいまでも生きていて、そのことを一緒に喜んでくれる30年来の友人がいる。
もう何年も会っていないけれど、かわらない心で僕らはどこかで繋がっている。

そのことがわかって、一瞬にして温かい気持ちになれました。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

書いていくことは生きていくことだから、これからも精進しようと思います。

感謝を込めて------

 

■2010,11,13

一昨日11日は博多へ。
伸君から「博多のコンサートは絶対に来てくださいね〜。
ニューヨークからキャプテンも帰国してこの日きてくれますよ〜」
とメールが入ったのでした。

キャプテンとは、ニューヨーク在住、メディアコーディネーターをしている福山さんのこと。
何故キャプテンかというと、通訳から車の運転からお店の選択まで、彼女がいないと僕らはなーんにもできないからなのでした。なはは。

んで、キャプテンが、高校友人で中国語の通訳をやっている吉田さんを連れてきて、
エイベックスの中島さんやテレビ・クルーの堀内さんたちも含めて大盛り上がり大会。

美味しい水炊きをたくさん食べたのに、それでもまだ二軒目でサバの刺身やレバーの刺身を食べちゃうんだから、すご。博多は美味しいね〜。

皆さん、ありがとうございました。

何よりも伸君、素敵な演奏をありがとう。

アンコールの3曲目、会場から「ありがと〜」の声がかかっていましたね。
あれが本当の聴衆の気持ちです。見事に一体になれましたね。

さてさて、明日は念願の道志攻めができるかな?
雨はなさそうなので、ちと50キロの登りにチャレンジしてきます。

完走できたらまたここで報告しますね〜。

 

■2010,11,09

なんだか、昨日の読売新聞日曜版(首都圏版かな)に、

拙書『ライオンの夢』が紹介されているようなのですが、

みられた方いますか?

もしまだお手許にあったらファックスいただけたら嬉しいです。

tel03-5248-0811fax5248-0810

よろしくどーぞ。

業務連絡でした、なは。

 

■2010,11,07

11月に入っても、相変わらず東奔西走の毎日が続いています。

一昨日5日は夕方から新潟へ。
アエラで書いている金森穣さん率いるNoismの公演『Nameless Hands』を観てきました。

この作品は08年に初演され、僕は世田谷パブリックでみているんだけど、再演になったら前にも増してヒリヒリするくらいの鋭い作品となっていました。

パンフレットの中で穣さんは「僕の処女作は18歳の時の人形をテーマにしたもの。この作品は原点回帰の作品」と書かれていました。

それをみてハッ!と気付いたんですよ。アエラの拙文に欠けていた表現が。
つまり「舞台で生贄になること」「表現に殉じること」。
18歳の穣さんは自らを人形に置き換えることで、その覚悟を示したんですね。

いや、あの時は否応なくその境遇にされてしまった自分のことを表現したのかもしれないけれど。

いづれにしても、特にラストシーンなどは身を切られるような思いで観ていました。すご!

そして昨日は六本木サントリーホール。辻井伸行君のリサイタル。

ショパン、リスト、シューマン、そして後半はムソルグスキーの『展覧会の絵』
ショパンはノクターンからのスタート。この曲はアメリカツアー中はアンコールで演奏されて、舞台上のコンサートマスターでさえも涙にむせんだという凛々しい曲です。
それを一曲目にもってくるんだから、伸君、自信にあふれてますね〜。

4日のキタラ公演のあとでは、道新の地田さんにお寿司をご馳走になったとか。
「北の応援団長」多田さんも喜んだことでしょう。

そうそう、きのうはデンカもおみえでしたね。なんでも今度アンサンブルをしたいとか。
どんな演奏になるのでしょうか。

そして今日はこれから大磯へ。
お茶の佐々木先生の喜寿のお祝いです。

久しぶりの茶会です。粗相がないようにしないとね。
ま、僕はおちゃけとおちゃらかし担当だから、気楽なもんなんですが なはは。

 

■2010,10,30

今日は寒い一日ですね〜。

天気さえよかったら、青田先輩と自転車で道志峠を攻めようかと計画していたんですが、じゃんねんながら延期となりました。
京王線の橋本駅から約50キロ、河口湖に向けて延々登りが続くしんどい山道です。

春先にも計画したのですが、その時も仕事が入って頓挫。
なかなかシビアな峠道ですね。

11月になったら、再チャレンジしようと思います。

そうそう、まだアメリカツアーで頑張っている伸君からメールが届きました。

「今初めて神山さんのブログみましたよ。ポキポキに行ったときのようすやコーパスクリスティーに行ったときのようすが書いてありましたね。
ポキポキといえば今日クライバーンのオフィスで打ち合わせがあってポキポキで競演したマエストロが来年の秋に呼んでくれるみたいです。
あと来年の秋には神山さんがホームステイをしたネブラスカでコンサートあるらしいです」

だって。こりゃじぇひネブラスカにもいかなきゃね。

来年、どんなことになるかわかりませんが、伸君の世界ツアーに帯同できるチャンスがあった場合に備えて、 昨日から極秘英会話レッスンもはじまりました。

なんて、ここで書いたら極秘じゃないな。とほほ。ま、シコシコとやっていこうと思います。

アエラ「金森穣君」があと少しで脱稿です。磨きをかけないとね。

早く秋晴れが戻らないかな〜。

 

■2010,10,24,

昨日は茨城県.ひたちなか市へ。

バレーボール男子天皇杯関東予選を見てきました。

ここには川越市で活動を始めたNPO法人アザレアのチームが出場しています。
じゃんねんながら筑波ユナイテッドに惜敗してしまいましたが、このNPO法人はバレーボールで地域活性をしていこうという組織。チームとしてもチャレンジリーグ(Vリーグの下)出場を目指しています。

新しい取り組みですから、どこまで遠くにいけるかわかりませんが、高校時代の恩師萩原先生(日本バレーボール協会理事)が先頭に立っていらっしゃるので、僕も微力ながらお手伝いしたいと思っています。

午後は那珂市に住む、これまた中学時代の恩師秦先生に会って、11月の講演会の打ち合わせ。

「黄金の10代の夢を職業にする幸せ」というテーマで、最近取材している辻井伸行君のこととか話してきたいと思っています。

中学2年生が約70名程度集まってくれるそう。楽しみですね。

さーて、明日はすかっと晴れないかな〜。

 

■2010,10,18

帰国後ちょうど一週間が過ぎました。

この間、たまっていた仕事がいろいろあって、新潟とんぼ返りとか伊東とんぼ返りとか、歯が痛くなって歯医者通いとか、酔っぱらってあやうく手に入れたばかりのiPhone4を 失くしてしまいそうになったとか-----あ、この話題がまだだったっすね。

ついについに、長年愛用してきたザウルスが修理不能になってしまって、もうとっくに製造も終わっているということで、新機種に買い換えのために電器店に行ったんです。

そしたらシャープの後継機は、まず無線ラン対応なんだけど、どうも室外では受送信できないらしい、あまりに反応が遅い、そもそもお店の人が賞品知識0で、「この機種は全く人気ありませんから、やっぱりスマートフォンのほうがいいですよ」と言う始末。

とほほほほほほほほほほほなんですが、んじゃということで、これまでかたくなに否定してきた携帯機種、iPhone4に乗り換えることにしました。
実はテキサスに取材にやってきたテレ東のクルーの一人がこれを持っていて、少し触らせてもらったりしていたんです。
手にした当初2、3日間こそマジ切れしそうになるほど操作に困りましたが、なれるとすごいですね〜。なにこれ? って感じ。

というわけで、今週からは「神山+スマートフォン、iPhone4」野郎とお呼びください。なはは。

つまり先週は「iPhone記念日」だったわけですね。

とはいえ、電話番号は僕も覚えたくないので(頑固一徹!)、ご用件はメールでお願いします。
ま、肌身離さず持っていますから、ご不便をかけることもないと思います。
よろしくお願いいたします。

さぁアエラの金森君の構成を始めないと。
頑張りますね〜。

 

■2010,10,13,

一昨日テキサスから戻りましたぁ。
いや〜、久しぶりのアメリカ本土二週間の旅。
しかも、ニューヨーク州のポキプシーだとかテキサス州のコーパス・クリスティだとか、
これまで聞いたことのないような田舎町を訪ねてきました。
辻井伸君とでなかったらありえない旅ですね。

そしたらね。
ニューヨークの空港でトランジットしている間にアメリカ人夫婦が伸りんに気付いて「写真撮ってもいいですか?」なんて言ってきたり、
飛び込んだお寿司屋さんの日本人のおばちゃんが「あれ? この人護国寺に住んでるんじゃない?」なんていきなり言い出して、「有名なピアニストでしょ、なんでこの町にいるの?」なんて聞いてくるんですよ。
つまりこのおばちゃんは、伸りんがこの町でコンサートするという情報を知らなくて、それでも彼の存在を知っていて声をかけてきたということ。
すげーなーと改めて思いました。

でね。
初めてのオケを相手にショパンとチャイコフスキーの40分からの大曲を弾くわけですが、堂々とオーケストラを引っ張って、そりゃ立派なもんです。
オケのみの演奏にはかからない「ぶらぼー」がかかって、アンコールも演奏して、物凄い反響でした。

僕はそんなシーンを見ながら、ふと思ったんですよ。

こうなると、伸りんの旅は、日本人の文化と誇りと魂の伝承なんだなーって。
だってアメリカ人もそうなんだけど、それ以上に移民した日系人や結婚してこちらに住んでいる人たちの嬉しそうなこと。
アメリカの田舎町では日本人なんてほんとマイノリティなんだけど、皆嬉々として通訳をしたりお寿司を握ったり、 彼の演奏環境のために動いてくれました。
ほんと、ありがとうございます。

それとね。コーパス・クリスティでは当初日本から来ていたTXのテレビクルーの取材をオケの一人が拒んでいて、撮影できないか、というくらーい感じだったんです。
いくら交渉しても埒があかなくて。
でも本番前日リハをやって初めて伸りんと合わせたら、その夜になって「やっぱり心変わりした、撮影を許す」と言ってきたんですよ。その人が。

いや〜、凄いぞ伸りん。

そんな小さな奇跡も次々と起こしながら、旅は続いていきます。
あと約3週間かな。
食べすぎないように、太らないように、なはは、でも一杯食べてスタミナつけて、乗り切ってほしいと思います。

皆さん、日本からも応援してくださいね〜。

僕にメールいただけたら転送しますからね〜。

 

■2010,09,27

昨日は新潟。

コンテンポラリーダンスの金森穣君とノイズムの皆さんの取材をしてきました。

彼らの舞台観たことありますか?
肉体の可能性をこんなにもあからさまに見せてくれるグループもありません。
同時に金森君は、若くしてりゅうとぴあという劇場の芸術監督になったんです。
その孤独と苦悩がテーマになりました。

あ、それから、癒しとしての女性の存在かな?なはは。

11月頃に発売になるアエラに載るはずです。
ファンの皆さん、ちとお待ちくださいね〜。

そしてそして、明日からは辻井伸行君に帯同して、
アメリカツアーです。

今回はニューヨーク州ポキプシーという街でコンチェルト
テキサス州コーパス・クリスティとう街でもコンチェルト、
二つのコンサートを見てきます。

帰国は11日の予定。ちと長期間BAZを不在にしますが、
何かありましたらメールで下さい。たぶんホテルでみられるはずです。

あるいは5950−4847にファックスいただいてもいいです。

帰国したらもう秋本番ですね。年末に向けて、何本か書ききらないといけません。

豊穣なる秋になりますように。
よろしくお願いしまーす。

 

■2010,09,22

20日に札幌ネタを書いたら、友人知人から札幌関連のメールが舞い込んできました。

一つは、抒情文芸発行人の川瀬さんから。
彼女は札幌出身なので、この町を愛してやまない感じがよーく伝わってきす。

「神山様

ブログ拝見。札幌はいいですね。 主に鳥の唐揚げをザンギといいますが、 なかには「蛸ザンギ」「イカザンギ」などもあります。

             札幌出身の川瀬より」

いや〜、川瀬さん、ありがとうございました。+忘れちゃってすんません。美味しくいただいたのに。とほほ。

もう一人は今年の春にツール・ド・箱根、夏には甲斐駒ヶ岳登山につきあってくれた信州大学の先輩・青田さん。彼は今、連休を利用して北海道を走り回っているんです。

連続してご紹介しますね。

21日12時11分
「19日は地田君とニセコに車で行き、羊蹄山の麓の道を自転車でぐるりと回ってきました。信号が少なくてストレスなし。夜、美味しいラム肉のジンギスカンを食べさせてもらい精を付け、翌日は滝川まで電車で行き、そこから自転車で富良野、美瑛、旭川と135キロを走りました。美瑛から旭川の道は10キロ近く直線で、追い風の中、39キロで突っ走って最高でした」

21日13時33分
「旭岳ロープウェイで登ったんですが濃霧で何も見えず、雨で気温も8度。最悪。ロープウェイ往復2800円、勿体なかった」

22日9時22分
「今日は晴天、よかった。最高気温21度とのこと。東京はまだ暑いらしいね。 今日のコースは、旭川から遠軽まで電車の予定が、叔父さんが車でおくってくれることになり、遠軽からオホーツク海まで走り、サロマ湖を少し走り、宿泊地の紋別へ約100キロのコース」

いや〜最高でしょうね。
僕も思わず大学1年の夏、一カ月を過ごした別海の町を思い出しちゃいましたよ。 牛飼いのアルバイトだったんですが、10数キロ真っ直ぐなんて道はざらなんですよね。夕焼けも大きく沈むしね〜。

でもそういう道で、道警の警察官は道端でムシロをかぶってスピード違反をつかまえてるんですよね。なはは。ほんと。大変だ。

走りたいな〜。青田さん、気をつけてね〜。

 

■2010,09,20

先週末札幌から戻りました。

東京もぐっと涼しくなりましたが、札幌は湿度も低くてからっとしていて、やっぱいいですね〜。たまたま北海道食の祭典みたいな催しを大通り公園でやっていて、美味しいウニ飯、牛肉、イカのから揚げ(なんか別の言い方があるんすよね北海道には、忘れた、とほほ)等々をいただきました。

そしてそして、夜はススキノの外れにある「居酒屋拓郎」へ。(南4西1、011-221-6277)

ここはすげーっす。BGMはずーっと拓郎さん。店のマスターも「王様たちのハイキング」時代の拓郎さんみたいな髪形でギター抱えて拓郎しか歌わないし、飾られているのも拓郎グッズのみ。もちろん客も拓郎ファンか、その人が連れてきた友人知人ばかりで、あちこちから「あの時の拓郎は」なんて会話が聞こえてきます。

それもどーよと思ったりもしますが、ま、全国でここしかない店だし、行けばいくで何かしら感じるものもあるので、札幌に行くとふらりと寄ってしまうわけです。

今回は、ウルフルズがつくった「僕の人生は今は何章目だろう」とか、2006年の嬬恋コンサートでの中島みゆきとの2ショット「永遠の嘘をついてくれ」とか、結構レアものを見せて聞かせてもらいました。

マスター、ありがとうございました。

拓郎さん、久しくお会いしていませんが、お元気でしょうか。
コンサート・ツアーはもうやらないと言われていましたが、日々折々の感情を言葉とメロディに紡いで、歌づくりは続けていてほしいものです。
何よりも、 生きることが歌うことの人なのですから。

僕もまた、拓郎さんに教えていただいたように、生きることは書くことですとちと背伸びして呟きながら生きていきたいと思っています。

 

■2010,09,13

日曜日から、千葉の館山に行ってきました。

来年くらいに書き出せるはずの「美食」取材の一環です。
この町には、前に西麻布で「G」という高級フレンチを経営していた
Y夫妻が住んでいます。
そのお二人を、かつての常連客で、ものすごーいグルメにしてグルマンのT夫妻が訪ねるというので、僕も同行させてもらったという次第。

この稀代のセレブ・グルメ二組が向かったのが、Y夫妻の御用達、

館山のイタリアン『ベッカフィーコ』です。
(0470-24-2820)

僕は二度目なのですが、ここは素晴らしい。
オリーブオイルと塩の当たりが抜群。
勇気凛々、つー感じですね。
もちろん、魚類は館山近くの船形という漁港からの直送で、小アジ、タコ、サンマ、なんたら等々、絶品です。
さらに、房総ポークもよかったな。
それらに自家栽培であろうバジル等の香草類が美しくハーモニーを奏でています。

にしても、ボリュームもすげー。一皿1400円から2000円というかなり強気な値段がついているので、最初は館山にしちゃ高いジャンと思っていたのですが、
全て二人前なのです。
それをこの二組のご夫妻は一人3皿づつ食べちゃうんだから。これまたすげー。

でもそれは、食べるに値する料理だからということなのですよ。

若いシェフ夫妻がやっているシンプルな店だけど、素晴らしい。
前に書いた「カプリチョーザ」の本多シェフの「洗面器パスタ」を思い出しました。

イタリアンはこの勢いでなくちゃね。

往復共にベルジュで南暴走(じゃない)房総の海岸線をひとっ走り。約90キロ。
館山は急に身近な町になってきました。

冬にでも一緒にでかけませんか。素晴らしいイタリアンと出会いに。
(あ、Y夫妻によると、イタリアンだけじゃなくて、最近つぶれたパチンコ屋にできた四川も凄いらしいです。夜になるとまだ「パーラー」のネオンサインを煌々とつけているとか。景気づけだそうです、なはは)

館山はあなどれませんね〜。

 

■2010,09,09

今朝は雨模様。やっと猛暑が治まって、秋近しと思わせてくれましたね。

今はまた日差しが戻って31度とかいっているけれど、ま、35度超から比べればなんてことないっすよね。ずいぶん日本人も鍛えられましたね。なはは。

それにしても、今年の夏はこの猛暑の中、いろいろアクティブに動いてきました。

まずは7月25日、ベルジュを駆って逗子の海へ。83キロ走ってきました。
文字通りこの日が夏のスタートだったな。

ついで29日からはイタリア・トスカナへ。ここは涼しかったな〜。郊外のビラのプールで、のぶりんと思いっきし泳いぎました。
コルトナの町中の帽子屋さんでは、念願のボルサリーノも買えたし。いい旅でした。

この時の模様は、20日過ぎに出る婦人公論にルポとして載っています。

帰国して8日からは仲間たちと甲斐駒へ。
無念の雨にたたられましたが、3000メートル級の世界をそれなりに楽しんできました。

そして14、15日は主催したシスナブ2デイズ。
辻井いつ子さん×中野雄先生の対談、武蔵野音楽大オーボエチームの演奏、自閉症アーティスト小柳拓人君の演奏、
15日は井上ひさし先生追悼公演・二人芝居『父と暮せば』
天野君、鳴嶋さんの大活躍でした。
引き算の美学、リーディング作品の神髄をみせてくれました。

二日間で述べ120人余りの皆さんと、真夏の楽しいひとときを過ごしました。皆さんべりべりさんきゅでした。

「辻井×中野」対談の模様は、10月発売の婦人公論に掲載予定です。お楽しみに〜。

20日からは読書会OYOの会の皆さんと台湾へ。
これは連れて行っていただいたという感じの旅行合宿だったのですが、
司馬遼太郎さんの『台湾紀行』にも登場する老台北こと祭コンサンさんにもお会いすることができて、有意義な旅でした。
台湾の愛日精神に初めて直に触れてびっくり。
ゆがんだ、というか、日本からはなかなか見えにくいアジア史はまだまだいろいろな所に強烈に残っているのですね〜。

帰国後は28、29日と富士山へ。
すっかり恒例となった米子山荘の皆さんとの年に一度の山行きでした。
中学時代の恩師・荒井先生とも再会できたし。
富士山はあんまり登りたいとは思っていませんでしたが、標高4000メートルの絶景はやっぱ素晴らしい。
この前高松に行く飛行機の窓から見下ろしても、見える光景にあんまり差はなかったですからね。
楽しい山行でした。

んでもって、9月になって3日から4日間、瀬戸内へ。
ダイアリにも書いたので、写真も含めてそちらを見てください。

今週末は美食取材で館山へ。またまたベルジュで行ってきます。

そして来週16日からは札幌へ。この辺からは秋真っ盛りという感じになりますかね。

だらだら汗をかいて、ペットボトル何十本分もの水分を取って(何百本かな? ホッピーもあるしね、なはは)
お蔭で体重はちと減り気味。いいぞいいぞ。この調子でスリム・コウヤマでいきたいものです。

おっと遊んでいるだけじゃなくて、しっかりと原稿も書いてますからね〜。
編集者の皆さん、そこんとこ、よろしくお願いしますね〜。

 

■2010,08,31

ひょえ〜

まだ富士山登山の筋肉痛も癒えていないのに、
すげ〜取材日程が届きました。

楽しみにしていた瀬戸内国際芸術祭の取材です。

にしても、こりゃ船酔い必死ですね。
呑んじゃったらなおいかんな。とほほ。

●取材日程

羽田発8:00〜高松着9:20〜【高松市内見学】〜
高松港11:10発〜女 木島11:30着【女木島見学】〜
女木島12:20発〜男木島12:40着 【男木島見学】〜
男木島13:55発〜直島14:13着【直島見学】〜
直島 19:25発〜高松19:50着 ※高松泊
◎4日 9:40〜約1時間 工代事務局長インタビュー
11:10高松発〜11:50男木島着【男木島関係者取材】
(水上タクシー)〜16:30大島着【小室等・田島征三イベント取材】
18:15大島発〜18:35高松着(乗り換え)
18:45高松発〜19:45小豆島着【小豆島関係者取材】※小豆島泊
◎5日 12:45小豆島発〜13:30直島着【直島シンポジウム取材】
17:00直島発〜18:00高松着【こえびパーティほか関係者取材】※高松泊
◎6日 9:07高松発〜9:57豊島着【豊島関係者取材】
17:20豊島発〜17:55高松着
19:10高松空港発〜20:25羽田着

これまたプロデュースは北川フラムさんですよ。
また会えるかな。楽しみ楽しみ。

9月とはいえ今年の夏はすさまじいですから、またまた日焼けしそうですね。

瀬戸内の皆さん、お目にかかれるのを楽しみにしています。

よろしくね〜。

 

■2010,08,27

アエラ現代の肖像「WHOインフルエンザ・パンデミック・オフィサー進藤奈邦子さん」の拙稿が脱稿しました。

30日発売のアエラに載ります。ぜしみてやってください。母娘二代の夢の開花。逆風の中にも喜びを見いだす力。自分の可能性を信じてひたひたと歩み続けること。

そんなことがテーマになりました。

ジュネーブ取材の頃はアイスランドの火山噴火で大騒動だったことが懐かしく思い出されます。フランスでは、タクシー運ちゃんとも大喧嘩をしたんでしたよね。なはは。

さて、明日は富士山登山。高山病に備えて、初めて酸素ボンベも買いました。

寒いだろうから、ジャージも新調。さてさてどんな光景が見えますか。米子から山荘のメンバーもやってきます。恩師・荒井先生も参加してくださるそうです。再会が楽しみです。

昨日は千駄ヶ谷の日本バレーボール協会に行って、これまた高校時代の恩師・萩原監督にあってきました。監督は今、バレーボール協会理事の重責にあって、国内強化を担当しています。

「川越で、バレーボールで地域起こしをするような運動を展開したい」とのこと。

恩師が、母校の地で、愛するバレーボール活動を展開するというのですから、これは一肌脱がせていただかなければ。どんなことができるかわかりませんが、いろいろ考えたいと思います。

今日一本辻井君の文章を書いたら、明日は標高3000メートル超の世界へ。今夏最後のチャレンジに行ってきますね。写真を楽しみにね〜。

 

■2010,08,25

盟友からメールをもらいました。

「皆様へ

昨晩は、遅くまでノリノリの飲み会お疲れ様でした。 また、小職への暖かいお言葉の数々、誠にありがとうございます。 結果を出せるよう一所懸命頑張りますので、またいずれ浅草ナイトでお付き合い下 さい。 もちろん、ご希望があれば、裏空港ツアー込みの成田ナイトをご用意させていただ きます。 ではでは、これに懲りずに、今後ともお付き合い下さいますよう・・・とりいそ ぎ、御礼まで」

昨日は台湾からの帰国直後というのに浅草へ。

成田空港会社で用地部部長に昇進した友人のお祝いの会を開きました。

用地部とは、農民から農地を買い上げて空港を造る課のこと。開港30年を経て、いまさら用地買い上げもないだろうと思われる方がほとんどだと思いますが、まだ成田空港は建設途上なのですよ。4000メートル滑走路は一本しかないし、本来なら横風滑走路も造らないといけないし。今の状態を続けていたら、永遠に片肺飛行なのです。

彼は新卒時から用地部にいたのですが、この仕事に思い入れ深く、今回の異動・栄転をことの他喜んでいます。

「これが総務部の部長なんかだったらなーんも嬉しくないけれど、用地部だから泣けるんだ」と言いながら。

その心意気が素敵じゃないですか。

今も滑走路のど真ん中で農業を続ける人、ラッキョウ工場を経営する人、要所要所で一坪地主となっている人、滑走路脇にペンションだった建物を残している人等々、いろいろな人の思いと思想、人生が詰まっている地です。一筋縄ではいかない仕事です。

だからこそ。頑張って、でも無理しないで。功を焦らずに、一歩一歩ひたひたと。

そんなことしか言えないけれど、頑張ってほしいと思います。

にしても、今朝はへろへろ。飲みすぎましたん。とほほ。

 

■2010,08,19

久しぶりにベルジュを駆って荒川沿いを走ってきました。

でも、だーれもいないの。とほほ。ゴルフ場も練習場もグラウンドも、ぽつぽつと人影があるだけで、いつもはあんなにユニフォームや自転車、ゴルフ姿の人々で溢れ返っている荒川沿いが、真夏の静寂に包まれていました。

ま〜こんなに暑いんだからしょうがないか。
僕とベルジュの影だけがくっきりと夏草に焼きついて。照り返しはさすがにきつかったけれど、快適に風を独り占めしながら22キロ走ってきました。

明日からは台湾合宿。台北、台南を回ってきます。

それにしても8月も後半戦ですね。
やるべき仕事がたんまりと残っているな〜。
帰国したら頑張らないと。

最後の週には富士登山も待っています。
気分はもう来年夏の北岳に向かっているんだけど、懐かしの米子山荘の皆さんにも会えるし、富士山も、ま、一生に一回くらいはね。

僕の人生はいまは何合目くらいだろ〜と歌いながら登ってきましょう。

ということで、明日から23日夜までメールは不通となりそうです。
何かあったら事務所の留守電tel03-5248-0811fax5248-0810にお願いします。

よろしくどーぞ。

 

■2010,08,16

昨日はシスナブイヴェント2日目。

井上ひさし追悼公演『父と暮せば』

いや〜よかったな〜。去年も同じ公演をやったのですが、
今年は父親役の天野君に娘役の鳴嶋さんが加わって
一層父娘の葛藤が深く味わえる作品になっていました。

お客さんはみーんな涙ぐんでいたな〜。

最愛の娘に対して「俺を捨てて早く逃げろ」なんて父親に言わせてしまうような戦争を
二度と繰り返してはいけません。今日も世界中のどこかでそんな悲劇は繰り返されているわけで、僕らはそのことに対する想像力を麻痺させてはいけませんね。

といいつつ、昨日の午前中はアエラ「進藤奈邦子」も一応完成稿ができました。
まだ編集の手を経ないといけませんが、これも8月の終わりにはみていただけるかなと。

今年の夏はいろいろイヴェント山盛りてんこ盛りで遊びの間に仕事しているみたいな感じですが、ま、思い切りやりきって、いい仕事につなげたいと思います。

『辻井いつ子×中野雄対談』は、10月発行の婦人公論に掲載予定です。

これも決まりましたらご報告しますね。

8月も折返点にきているのにまだまだ暑いですね〜。

皆さん、ご自愛くださいませ〜。

 

■2010,08,14

さあ〜今からシスナブに戻って真夏の2デイズ・イヴェント初日ですよ〜。

今日はクラシック・ディ。

辻井いつ子さん×中野雄先生の対談。

武蔵野音大オーボエトリオの演奏。

そしてサプライズでもう一人、素敵なアーティストも来てくれることになりました。

この日の対談内容は9月発売の中央公論に掲載されることも決定!

会の途中ではワインやソフトドリンクなんかもだしちゃいます。

予約だけで70名程度いただいていますので、どれだけの方にきていただけますか。シスナブ始まって以来の大盛況になるかもしれませんね。

今からでも間に合います。都営三田線新板橋、JR埼京線板橋下車、歩5〜8分
シスナブ池袋本町集会室(豊島区池袋本町4-47-12)にて3時からです。

ご興味ある方、お集まり下さいませ〜。

明日は4時から『父と暮せば』の上演です。

こちらもどしどしどーぞー

 

■2010,08,06

トスカナから戻りました。

いや〜いいとこだった。涼しくて、気持ちいい風が吹いていて、
たとえていえば信州の安曇野に石造りの街があるみたいなところでした。

ダイアリでみてやってください。写真も一杯紹介しますよ〜。

戻ってすぐに昨日は伊豆高原へ。
ここでは今年も雀鬼会の夏合宿が行われているんです。

2日に出た週刊現代の記事について、桜井会長にちと怒られちゃったことがあり
そのお詫びとご挨拶を兼ねてベルジュを輪行して行ってきました。

海沿いを走るのは初めてでしたが、これまた気持ちい〜。

皆が集まっていた大川海岸では、僕もシュノーケリング。
競泳パンツにゴーグルというかっこうで「変態!」と呼ばれてしまいましたが、
ま、いつものこととしてお許しいただいて
束の間伊豆の海を楽しみました。魚は突けなかったけれど。

桜井会長にはアエラ取材以来足かけ4年ほどお世話になりました。

その間『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』という本も上梓させていただいて
とても感謝しています。

ここからはあまり書かせていただく機会もなくなっちゃうと思うのですが、
また新しいフィールドの取材を展開していい作品ができたら、ぜひ見ていただこうと思っています。

桜井さん、いつまでもお元気で。雀鬼会の若者と一緒に、王国の生きざまを僕らにみせ続けてください。

さぁ8日からは甲斐駒だぁ。暑いだろうなぁ。暑さ対策が問題ですね。

なんとか山頂にたどり着いたら、また写真で紹介しますね〜。

そうそう、ここでもお知らせした14日15日の2デイズイヴェント

お蔭様で予約をとっている14日の辻井さんの対談件は
シスナブだけで25名以上の予約をいただいています。
その他ポスターを貼ってもらっている明星で約10名、河内屋でも数名、
そして僕のメールにも10数名いただいています。

こりゃ賑やかなイヴェントになりそうです。楽しみですね。

皆さんもいい夏を〜。

 

■2010,07,28

いや〜この前走ってきましたよ。
板橋-逗子約80キロ。もちろんベルジュで。

朝7時30に明星仲間のコイケちゃんと走り始めて
皇居−品川−蒲田−川崎−横浜、山下公園で一休みして

根岸−金沢八景−田浦
ここから内陸部に進んで逗子、そして森戸海岸へ。

もちろん暑かったけれど、ベルジュ君は快調快調

森戸海岸では愛するデニーズのテラスでビール、枝豆

そして海に飛び込んで目指せ裕次郎灯台。
海の家で再び焼きイカにビール。

いや〜真夏の海も堪能してきました。
帰路はもちろん輪行であっというまに池袋ですよ。

なんだよ、ちかいじゃん、森戸海岸!

お蔭で上半身真っ黒っす。

なーんていいながら、明日からはトスカナに行ってきます。

のぶりんの同行取材です。どんな旅になりますか。

9月中旬発売の中央公論で見ていただけることになっています。

不在の間、8月2日には週刊現代に「雀鬼」登場です。
ちょうど4日が会長の誕生日なので、帰国したら伊豆にお持ちしようと思っています。

こちらもお楽しみに〜。

 

■2010,07,24

新宿の思い出横町ってよく行かれますか?

よく居酒屋をテーマにした雑誌や本では紹介されていますが、僕はあんまり好きじゃなくて、暖簾を潜ったことは数度しかなかったんです。
第一あんなにごちゃごちゃしていたら、どの店に入ったらいいか、それこそ清水の舞台から〜って心境になっちゃうじゃないですか。
ま、ご縁がないならないでいいよねという存在だったのです。

ところが過日、ちと夕方早くから時間ができちゃって、ちょっとビールでもという気分の時に新宿の街に着いちゃったわけです。その時間じゃ二丁目も三丁目もやってないし、消極的選択でこの横町へ。

案の定最初のそぞろ歩きではどの店も決定的なインパクトに欠けていて、じゃ帰るかなと思った時に、横町の角っ子にこの店の看板が見えました。

「小料理、まゆきち」

あの界隈で「小料理」は珍しい。しかもしっかりとガラス戸がしまっていて、中はこぎれいなカウンターになっています。
「今日はママの娘さんが店にでているのかな」なんて思いながら、カウンター内の若い女性に「生ビールお願いします」なんて注文をしました。あとは「沖縄のもずく酢」と「ネギたっぷりの厚揚げ」かな。

いやいや、そこから始まった新しい居酒屋物語。

ちとこの調子で書き出すと長くなるので、以下は「きままな・つーびー・こんてぃにゅ」ということで。

なはは、思わせぶりですが、夏に小粋なプレゼントをいただいた気持ちです。

 

■2010,07,16

いよいよ梅雨明けでしょうか。
気持ちのいい青空が広がってますね。
じめじめよりはいいけれど、猛暑もちょっとね〜。
海に行きたい〜真鶴行きたい〜待ってろよ富士食堂。なはは。

昨日は「幻のレストラン」の取材だったんですが、すげー美食夫妻に出会いました。

女子校時代から銀座マキシム、レカン、クレッセント、帝国ホテル、ホテル・オークラ等で食べ歩き、パリ留学時代はマキシム、トゥール・ダルジャン、タイユバン等でも顔を知られたという奥様です。

そのお父様が凄い。味噌、醤油、蕎麦、畑の野菜、椎茸等全て手作りで、鰻まで自分でとってきて裁いて焼いたというんです。そういう父親によって幼少期から舌を鍛えられたから、どんなレストランに行っても味の批評は微動だにしないとか。

ご主人も相当な健啖家ですが、奥様と出会ってからまた一層美食に目覚めたと仰っていました。

銀座マキシムを舞台に、オーナー、シェフ、サービス、ソムリエ等々の取材を進めてきましたが、このご夫妻に出会ったことで、これまでの取材が一つに繋がった気がします。朧げにですが作品の輪郭が見えてきたと言ってもいいかな。

あとはテーマを絞ってぎゅっと作品を追い込んでいくこと。
ここからが勝負ですね。

今月は月末にイタリア・トスカーナに行ってのぶりんの取材をしてくることになりました。

HPで見るとすげー田舎。ヨーロッパの田舎はいいっすよね〜。楽しみだな。

おっと、そのまえに締め切り締め切り。がんばります〜。

 

■2010,07,03

今年も夏山のシーズンがやってきました。

なーんて偉そうに言ってますが、まだ本格的に登り始めて(連れてってもらいはじめて)4年目なんすが。

1年目は北アルプスの燕岳(帰路、膝がぬけて立てなくなってしまいました、とほほ)
2年目は高山から入って笠が岳〜水晶岳、縦走2泊3日
去年は東北の雄、鳥海山

そして今年は、初めて自分でパーティーを組んで甲斐駒に挑戦しようと思います。

日程がやっと決まりました。8月1日2日、日月ですが、ご希望の方、まだ間に合いますので、ご一緒にいかがですか。ご一報ください。

甲府からバスで北沢峠へ。ここが標高2000メートル。そこから約3000メートルの山頂を目指します。

去年、同じ峠から反対側の仙丈ヶ岳に登ったんですが、雄大に聳える甲斐駒に終始見下ろされているみたいに感じて、次の機会には絶対に! と思っていたんです。

8月末には、山の大先輩米子山荘のみなさんに連れられて富士山にもと思っています。

ま、縁起物ですから、いちどはね。

というわけで、今年も登ります。ベルジュ効果があるといいのですが。

まってろよ! 甲斐駒ちゃん。なはは。

 

■2010,06,27

昨日は、初めて目黒区のサレジオ教会へ。

ここ数年BAZAARのスタッフとしていろいろ手伝ってくれていたHちゃんの結婚式。
荘厳なカトリック教会に初めて入りました。

ま、最近の結婚式だからあれこれあれこれ演出や余興はあるんだけど、最後の花嫁挨拶が素晴らしかったな。
父親が事業に失敗して一家で苦労したこと。自分たち子供と父親は血が繋がっているけれど、そうではない母親が一番苦労していたこと。それでも「私が選んだ人だから」といって、愚痴一つ零さない母親を見ながら生きてきたこと。

「結婚は運命でも御縁でもなく、まごうことなき自分の意志と選択の結果と銘じながら生きていきたいと思います」という趣旨の言葉で締めくくられました。

素晴らしいノンフィクション作品でした。これまで彼女が書いた中では最高傑作。
一生に一度のものだからこその輝きがありました。

サーファーの旦那の軽さがちと心配だけれど。なはは。

どうか、幸せな家庭を築いてください。

今日は小雨模様をついてベルジュで約15キロ。

早くカラリと晴れないかな〜。

 

■2010,06,25

今朝は、5時半に起きる犬の散歩を前倒しして、4時30に目が覚めました。
そんなに意識していたわけじゃないんだけど、どこかでサッカーを観たがっていたのかな。後半から生中継で見ることができました。

印象的だったのは、やはり本田の言動ですね。
「しっかり準備して臨みたいと思います」

この言葉を何度聞いたことか。
雀鬼会の桜井会長がいつも言う「間に合う」「準備、実行、後始末」という言葉に通じるものがあります。

しっかりと準備すれば、おのずとしかるべきパフォーマンスにつながる。

普遍の真理ですね。

日本代表チームには、次の決勝トーナメントもしっかりと準備して戦ってほしいものです。

今日は午後からその会長のインタビュー。もう足かけ4年にわたって何度も何度もインタビューさせてもらっていますが、その都度新しい感動があります。

今日はどんな言葉が生まれてくるか。楽しみですね〜。

 

■2010,06,19

今日も梅雨の晴れ間を利用して、荒川沿いを約22キロ走ってきました。
あ、ベルジュでです。
赤羽カントリーでプレーしている人が羨ましかったな〜。なはは。

今週は、地域創造で取材した大道芸のプロデューサー橋本さんの原稿のまとめ。
いや〜奥が深いっす。大道芸。
ちと突っ込んで取材してみたくなりました。

明日は辻井君の演奏を聴きに金沢へ。
アシュケナージですよ。どんなことになりますか。

帰って月曜日は埼玉地裁で某裁判の傍聴です。

これまたついこの前までは盟友だった二人の男の法廷対決。

せつないですが、どんなことになりますか。見逃せませんね〜。

 

■2010,06,14

いよいよ今日から梅雨入りですね〜。
言葉は矛盾するようだけど、こんなにクッキリと梅雨入りを実感したのは珍しいんじゃないかな。いつも、気づいたら梅雨入りみたいな感じだったからね。

約一カ月、好きなベルジュもゴルフも登山もお預け状態かもしれないけれど、
ま、仕方ない。この国に生まれた季節感の一つですからね。
せいぜい室内で仕事に励みましょう。

昨日は新宿紀伊国屋書店で伝説の雀鬼・桜井章一会長の講演会。
いや〜すごかった。開場前から長蛇の列で、門が開いた瞬間から公演開始まで約30分、5人の売り子さんの手が休まる間もなく大量の本が売れていきました。

一緒に見ていた編集者も「漫画家でもこんなに飛ぶように売れるのは珍しい」とのこと。
6社13冊の本の山がみるみる小さくなっていくのでした。

とはいえ、講演の方は、会長は最初から気乗りしなかったみたいで、ステージに二人のお孫さんを連れて登場。約1時間、桜井家のリビングにいるような雰囲気で、和気あいあいの会となりました。

そして終わってからまたまた約1時間30、述べ200人のサインを済ませてやっと解放されたのですから、会長もさぞお疲れだったでしょう。

ありがとうございました。

 

■2010,06,10

先週末に新しいパソコンが来て、中身を引っ越し作業してもらったのですが、
やっぱりあれこれ不具合が出て、四苦八苦しています。

今日はペンダコの中谷君がbazにやってきて、設定をし直してくれました。
思えばこのHPを立ち上げたのは04年ですから、もう6年になります。
ずいぶん書いてきましたね〜。

使っているソフトも、もう会社自体がなくなったりしているから、なかなか大変です。

恐竜化に立ち向かえるか「熱血」!

かなりシビアな戦いです。 トホホ

6月に入ってからも刺激的な取材が続いています。

1、2日は館山へ。インタビューのついでにベルジュをもっていって、さくっと60キロ走ってきました。すばらしかったな館山の海。「だいあり」で見てやってください。

そして4、5日は母方の親族会で西吾野へ。これまたあまりに快晴だったので、ベルジュで約70キロ走ってきました。

なんだか走りっぱなしだな〜なはは。お許しを〜

 

■2010,05,31

先週はまたまた超ごーじゃすな日々を送ってきました。なはは。

まずは京都・天橋立へ。これはエイベックスの松浦社長が写真を撮りたいということで、ついていったわけですが、ちょうどこの地にこの前ロアンヌのトロワグロで出会った山崎さんが素敵な宿をもっているというので、そこにお世話になることに。まったくの偶然だったんです。

そしたらそしたら、山崎さんが「天橋立に来る前に京都でお食事でも」って言うじゃないっすか。なんでも祇園にフレンチをもっているとか。
そこが素晴らしい。
「ル・サルモン・ドール」075−531−3606

前に京都オークラにいた上島シェフが、京野菜をふんだんに使った絶品料理を出してくれました。そこに山崎さんの秘蔵のワインが重なるんだから、お〜とれとれぼん!
しかも何故か隣には祇園のお姉さんまでいらしていて、なにやら昼間っから宴会の雰囲気。
同行してくれた誉田屋の源兵衛さんも目を白黒させてましたぜ。なはは。

んでもって午後に天橋立へ。

ここで山崎さんは「千歳」という7部屋しかない宿を経営されています(0772−22−1313)。運河の袂の回転橋の前。絶好のロケーションです。
ここの3部屋続きの部屋に案内されて、ひとりぼっちで寂しい夜を過ごしてしまいました。なーんて嘘で、寝る前にスタッフと美味しいブルゴーニュをいただいて、翌朝までワインの香りが消えませんでしたよ。たはは。

翌日は昼頃松浦さんたちが到着して、日本で唯一残った藤布の里・上世屋へ。
十二戸24人の小さな集落で、保存会の井ノ本さんがいろいろと解説をしてくれました。

いい写真も撮れたはずです。楽しみだな〜。

そして帰京してすぐに鈴木孝夫研究会第二回。神保町に五、六〇人集まって、活気あふれる集会になりました。

ちょうど今日、拙文が載ったアエラも出ます。
研究会でも代表作『ことばと文化』についてあれこれ発表があったのですが、拙文では、「親族名詞としての鈴木孝夫」という視点も面白く読み取っていただけると思います。

先生いろいろありがとうございました〜。

 

■2010,05,25

元文藝春秋のジャーナリスト、勝谷誠彦さんが毎日配信しているメルマガで
拙書を紹介してくれたそうです。有料メルマガなので、一般には見られないそうですが。

拙書部分だけ載せますね。許してね勝谷さん。

「 もう一冊。『忌野清志郎が聴こえる 愛し合ってるかい』。  http://www.amazon.co.jp/dp/4776206102

清志郎さんを巡ってはその謦咳に接した人々によるさまざまな文章が発表され てきた。生前も亡くなったあとも。しかし、それらは多くは同じ業界の人々によ るものであって、外から客観的に取材を重ねたものはなかなかなかった。
 神山典士さんは私がもっとも注目するノンフィクションの書き手の一人だが (さきほどの門田さんもである)実に丁寧で見事な取材で忌野清志郎という存在 をあらためて掘り起こした。その手つきはたとえば政治家や作家といった偉人の 伝記にも通じるものであって、敢えて言うならば「カリスマの熱」に酔うことを 自ら律しての筆致である。そしてそれは見事に成功している。『この命、義に捧 ぐ』同様、本書も圧倒的なラストシーンだ。やはり随所で泣ける。私は泣いてば かりいる」

いやはや、べりさんきゅです。

もう一冊は門田隆将さんの『この命、義に捧ぐ』でした。

こちらも力作のようですね。読んでみようっと。

 

■2010,05,23

昨日は、信州大学障害者問題研究会OB登山部の仲間と、武蔵五日市から都民の森に入って、そこから三頭山へ。

10時前に登山道に張りついて、約1時間半で標高約1500メートルの頂上まで。

いや〜気持ちよかったな。今年初登山でした。つっても、かるーい山ですが。
富士山もうっすらと雄姿を見せてくれました。
今年は夏に八ヶ岳か甲斐駒あたりに行きたいと思っています。
希望者がいたらぜしご一緒に。
もちろん、帰路の温泉酒蕎麦付きですぜ。むふふ。

たった今、中学時代の恩師である秦先生から電話がありました。
「子どもたちに話をしてやってくれないかな」だって。
いや〜、嬉しいな。14歳中学2年生が待っていてくれるそうです。
11月の話しですが。

「黄金の10代の記憶を職業にする幸せ」というテーマで話して来ようと思います。

茨城県那珂市那珂第二中学の皆さん、楽しみにしています。よろしくね〜。

そうそう、今日の午前中は豊島区まちづくり活動バンク後悔じゃない公開審査会に出席してきました。住んでいる豊島区池袋本町のマンション「シスナブ」で、ここ数年落語やジャズコンサート、あるいは演劇なんて企画をやっています。そういう市民活動に区が助成をしてくれるというので、コンペに出てきたのです。

そしたらそしたら、やりましたよ。満額の10万円ゲット。なはは。

もちろんこのお金は夏に企画している一人芝居『父と暮らせば』や、
クリスマス・クラシック・コンサート、それから武蔵野音大の子たちと企画中の街中マンスリー・コンサート等に使っていきます。

楽しいことになりそうだな。その際にはまた告知しますので、
ぜひ遊びに来てくださいね〜。

 

■2010,05,13

今日、流れたみたいですよ。ボクの声が。FMラジオで。

長野県の後輩からこんなメールをいただきました。

「わあ 神山さんのトーク始まってもDJの人の声だと思うくらいだったよ 落ち着いていてすごく格好良かったよ ありがとう」

嬉しいっすね。声だけならいけてるんです。なはは。

さてさて、疾風怒濤の春を過ごしてきましたが、

気がつくとこのHP15万ビューに達しそうですね。

ここ数日ヒット数がうなぎ登りなので、数日中に達成かもしれません。

運良く(悪く?)15万のキリ番を踏まれた方、メール下さい。
何かプレゼントを考えますね。

よろしくどーぞー。

 

■2010,05,11

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』が

アマゾン・ランキングを駆け上がっているようです。

今日の段階で97位!!100位以内ってけっこう大変なことなんだそうです。

頑張れ〜って、なんか運動会の応援席ノリですね。なはは。

こうなってくると、もうひと声、めざせ50位、

次はベストテンだ〜って気になりますね。

まだお求めになっていない皆さん、ぜしに、ぜしに、よろしくお願いいたします。って、これも選挙ノリで嫌だな〜とほほ。

今朝は銀座マキシム・ド・パリの創立者夫人、マダムMさんに電話するんで、超緊張しちゃいましたん。いやはや、こちらの取材も結構佳境になってきています。

これは来年皆さんに見てもらえたらいいな〜と思っている美食シリーズ完結編なんす。

どこまで取材が伸びますか。楽しみですね〜。

そうそう楽しみはもう一つ。

地方在住のみなさ〜ん、13日にボクの声がJFM系列のFMラジオ局から流れるそうです。

例えば長野はFM長野、13時55分〜14時、たった5分か〜たはは。

青森、岩手、秋田、山形、群馬、栃木、福井、宮崎、鹿児島って感じ。見事に首都圏を外してますね〜。なはは。

まんまんがいち耳にされた方がいたら、ぜし「聴こえたよ〜」なんて教えてください。

何かプレゼントを用意しますね〜。

 

■2010,05,10

 

今朝の朝日新聞文化面、みていただけましたか。

いや〜自分でもびっくり。
あんなふうに紹介いただけて、拙書も幸せな本となりました。
一人でも多くの方に、忌野清志郎という才能の生まれた秘密を繙いていただきたいと思います。

8日の清志郎ナイツ、あんまり盛り上がりすぎて、
終電でも帰らない人が続出。とほほ。もう若くないんだから、そんなに飲んじゃったら
翌日使い物になりゃーせんぜ。
ボクは他の友人が6時に明星に行きたいと言い出したので、そこからつきあって延々8時間ほど飲んでました。

もうへとへとになった2時前に「早退」したんですが、翌朝起きてみたら体重が2キロ減ってました。んなに一生懸命呑まなくてもいいのにね〜。

つーことで、次回15日の清志郎ナイツは、イン明星じゃなくて、イン・シスナブ。
我が家があるマンションの集会室にします。
参加希望の方、まだ余裕はありますから、メールくださいね〜。
20時からです。いまんとこ女の子中心みたい。

よろしくどーぞ。

 

■2010,05,05

行ってきました、自転車で。高尾まで。

板橋から約53キロかな。甲州街道はもう秋〜じゃなく初夏ですね。今日は。

清志郎さんは新緑の中の素敵な霊園に眠っていました。

詳細はだいありで見てやってください。

そしてそして、この連休にスタッフに頼んで事務所を掃除していたら、
なんとなんと27年前の 幽霊みたいなものが出てきてしまったんです。
27年前の、ボクらの「春」を描いた作品です。

『春を呼ぶ風景’83』

大学3年の冬から早春にかけて取材して書いた、ボクの最初のルポルタージュ171枚です。
いや〜懐かしいというよりも、こっぱずかしいという方が先ですね。

にしても、少し読んだら懐かしい名前が一杯出てきます。
青山、谷川、投元、粕川、小田、曽根原、山科、河合、樋口、野口、等々。
信州大学劇団山脈の後輩たちです。

う〜ん、どうしようかな。この作品。手書きだから、データ入力しないといけないけど、
誰に頼むにしても恥ずかしいな〜。なはは。こんな気持ちになったのは初めてだな〜。

ま、そのうち気持ちの整理ができたら、eライブでもいいし、この「熱血」に連載してもいいっすね。

ご興味のある方、楽しみにしていてくださいね〜。なんて、そんな奇特な人はそうそういないっすね。山脈の皆はどうしてるかな〜。夏の天野の公演の時にでもみてもらいましょうかね〜。

 

■2010,05,01

 

清志郎さんのお墓がわかりました。
東京の3つ☆山の麓の霊園だそうです。
ご挨拶に行ってこようと思います。
5日6時、板橋を自転車で出発します。
どなたかご一緒いただける方、いませぬか〜。むふふ。
一緒に歌いながら走りましょうよ。
行ってきますね〜

いよいよ。風薫る5月ですね。

本当に気持ちのいい連休になりました。
黄昏時のビールが美味いんだな〜。そら豆とかでね。なはは。

今日は6時開場で「渋谷・屋根裏同窓会イン新橋ZZ」
取材でお世話になった由美さんや幸子さんたちが集まります。
70年代末期のブレイク前のRCのファンたちが集まるイヴェントです。

いや〜濃そうだな〜。

ボクなんて、素人みたいなもんだから、苛められないようにしないとね。たはは。
でも途中トークショーみたいなもので登場するそうです。取材の裏話とか喋るかな。

いろいろな音源も聴けそうです〜。

清志郎ナイトは8日と15日にも板橋のどこかの大衆居酒屋であるみたい。愛してやまない店ですね〜。22時からとか。こちらはどんなことになるのでしょうか。

さぁ5月。他の原稿も頑張って書かないとね〜。
月末には、エイベックスの松浦社長たちと、天橋立付近での撮影大会もありそう。
彼に会うのもすげー久しぶりだな。小室さんの全盛時以来かな。

これまた楽しみです〜。

 

■2010,04,30

27日は代官山のお洒落なイタリアンへ。カリビアーノっていったかな?
普段は板橋の串カツと明星で満足しているコウヤマですが、
この日はアエラ編集部と山口智子さんの打ち合わせだったので、
美味しいパスタと野菜中心のイタリアンをいただいてきました。

アエラで1年間連載していた山口智子さんの『掛けたくなる軸』
全51回+京都職人特集と金沢職人特集が無事終わりました。

ぱちぱちぱち。

んでもって、この日の打ち合わせはこの企画の単行本化の相談でした。

「表紙装丁や本文デザインは外国人デザイナーに頼みませんか」
「いっそのこと世界的に公募制にして、デザイン料は印税で支払うという画期的なものにしましょうよ」
「出版時期に写真展もやって、そこに職人さんもお呼びしてトークショーやりましょうか」
「写真を和紙にプリントして本物の掛け軸としても使えるようにしましょう」

等々、いろいろでてきましたよ。画期的なアイディアが。
素晴らしい本になりそうです。

出版は秋の終わり頃かな。楽しみにしていてくださいね〜。

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』の方は
今日あたりから書店に並び始めたようです。
しぶーい表紙が目印です。ぜし手にとっていただけたら。

地方の方はいましばらくお待ちください。

http://100-elibrary.comで1章と終章が読めますので、
ひとまずこちらでお楽しみ下さい。
よろしくどーぞ〜

 

■2010,04,27

昨日、友人知人の皆さんに「熱血eライブラリー宣言〜船出の日に」ヴァージョンを送らせていただきました。
その文章はだいありに張り付けておきますね。
見てやってください。

その返信メールを何通もいただきました。べりべりさんきゅです。
いくつかご紹介させてくださいまし。

色んな事やってますね、、、 ジャーナリズムも新しい時代を迎えたようですね、、、紙は紙、デジタルはデジタルなんて言っていたら時代から乗り遅れるでしょうね、、、 アナログをどうデジタルに伝えるか?そんな時代になるでしょうね、、、 また個人情報発信力が重宝されると思います。 広告のついている雑誌、広告のついているテレビラジオ、、、広告主の喜ぶ為の記事、視聴率の上がる為の内容、、、そんなでたらめな事をやっていたマスメディアは衰退して行くでしょうね!! ま、真実が残るんでしょうが、、、

ご無沙汰しています。 ご案内ありがとうございました。 日経電子版も話題になりましたが、神山さんのeライブラリーも話題とならんことをお祈りしてます。 早く、クラシック、美食・グルメほか記事が掲載され、ライブラリーが満載となるのを待っています。 久しぶりに「熱血ライター」も拝見しました。 益々ご活躍の神山に刺激を受けて、わたしも楽しい春となるよう過ごしたいと思う次第でした。

こんにちは〜☆彡 無事にお帰りで何よりです。でもあまり噴火の影響なかったなんて、ほんとラッキ ーですね〜。 私の友人はロンドンからフェリーで島流しになり南仏まで行ったとか。 日ごろの行いと心がけってコトなのかしら。 熱血eライブラリーの開設、おめでとうございます。さっそく会員登録しました♪ 何とも太っ腹な企画でびっくりですが、神山さんと知り合う以前に雑誌に掲載され た文章が読めるのは嬉しいです。 これから楽しみに少しずつ拝読いたします。

かっこいいぞー!神山さん。 今年の北海道は、なかなか春にならなくて大変です。 去年11月から手がけ始めた「あけぼのアート&コミュニティセンター」で「まちなか畑計画」というのをぼちぼち、無計画にやり始めようとしてるのですが、農家さんたちが「今年は、まだ、種まくな」と。もう、耕しちゃったから、あんまりおくとまた土が固まるという。 また、お会いできるの楽しみにしております

皆さんべりべりさんきゅです。

なんといってもこのライブラリーは、皆さんに育てていただかなければなりませぬ。
一人よがってもなーにもなりませんからね。

どーぞ、よろしくおねがいいたしまーす。

 

■2010,04,23

いや〜、昨日の朝、やっとの思いでぼるけーのと国鉄のストライキ騒動真っ只中のフランスから戻りました。
とはいっても、ボクはラッキーなほうで、噴火の前日にヨーロッパに入り、
ちょうど空港が再開した日に戻ってきたということになります。鉄道も一路線が走らなかったのと一路線が行き先変更になっただけで、なんとか取材スケジュールをこなすことができましたから。

帰路、ニース空港でチェックインする時に、エアフラのお兄さんにマジ顔で「君は幸運だ」と言われて握手をせがまれたほどです。
街には途方にくれたドイツ人ご婦人や、一週間チケはありませんと言われた日本人旅行客等もたーくさんいました。ほんと、自然は驚異だ。

でもね、フランスのロアンヌでもジュネーヴでもニースでも、空はあくまで一点の曇りもなく真っ青で、どこに火山灰があるのよ? って感じでした。

まだ立ち往生されている方には本当にお気の毒様です。こういうときに限って、ぼろうとするタクシーとかいるんですよね。

ボクは戦いましたよ。本来130ユーロ程度のところを明らかに遠回りして330ユーロとか言ってきたから、お前はいつもこんな商売してるんか、神に恥ずかしくないか、なーんてフランス語と日本語でたどたどしくいったりして。こういうときは気合ですから、途中に日本語の単語をまぜても通じるンすよね。なはは。見事150ユーロで交渉成立でした。

そして一夜あけたら、今度は清志郎さんのことでまたまた嵐に巻き込まれています。こちらは嬉しい嵐なんすが。

今朝の朝日新聞1面と社会面、見ていただけましたか?
清志郎さんの写真と、このブログでも書いてきた初恋の人に贈った秘蔵テープの写真がばーんと出てたでしょう。すごすぎ。驚きました。

友人でもある近藤記者が書いてくれました。彼は生前の清志郎さんのことを何度も取材しているし、音楽のプロだから、深い記事になっていましたね。

何よりも、一周忌を迎える清志郎さんへの最大の供養になったと思っています。
できるなら音源もこのブログに載せたいんだけど、コウヤマはそんな技術をもってましぇん。なはは。 許せ友よ。

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』は30日には書店に並ぶそうです。
それまであと少しお待ちくださいね〜。

ロアンヌ〜ジュネーヴ〜ニースの旅は、「だいあり」にアップしますね。

お楽しみください〜。

あ、それからeライブラリーも仮オープン中です。こちらもぜし無料会員登録してください。
メルマガや楽しいイヴェントもりだくさんにしますからね〜。よろしくどーぞ。

 

■2010,04,14

井上ひさしさんがとうとう亡くなってしまいましたね〜。悲しい。あまりに巨大な星が墜ちてしまったという感じですね。

前に取材で訪れた山形県川西町は、町全体が喪に服しているんでしょうね。
ここには、『遅筆堂文庫』という、井上さんの蔵書だけでできたすげー図書館があるんですよね。
まるで井上さんの脳を具現化したような。
作家としては、本当にすごすぎる存在でした。

心よりご冥福をお祈りいたします。

もう一つ、昨日の東スポ見ていただけましたか?
ロック座の斎藤智恵子ママが出ていたでしょう。
一緒に太一の楽屋に乗り込んだんですよ。なはは。
この先どーなりますか。ま、それも帰国後ですね。  

今日は夜9時55分発のエアフラで出発します。

でもその前にアエラの鈴木孝夫先生のレポートや、清志郎のあれこれや、進藤奈邦子さんの資料調べや、トロワグロの資料調べもしておかないと。
じぇーんじぇん終わりません。とほほだな〜。

今回の食事の楽しみは、トロワグロのグランメゾン3つ☆と、帰路ニースに立ち寄って、初めて行くけいちゃんの和食の店ですね。どんな旅になりますか。

ボクは携帯もパソコンももたないので、旅先では日本から捕まえていただくことはちと不可能なのですが、普通にメールいただけたらどこかでパソコンを借りて見ますね。
あるいはBAZの留守電も聞くようにします。

帰国は22日朝8時です。

よろしくどーぞ〜

■2010,04,09−2

 

思いがけず、いろいろな友人から激励メールをいただきました。

べりべりさんきゅっす。この50年間の最大の収穫は、
家族を得たこと、この仕事を続けられていること、そしてそして、このように多くの素晴らしい友人知人に恵まれたこと。

ほんとうに感謝しています。

「明日の予定ですが、起きられたら、f^_^; [箱根湯本]朝8時豆腐→9時温泉→11時そば で考え中です。 一緒にお蕎麦どうですか?? あ、食べたら走れないですね(>_<) 」

「どうぞ素敵な、よい旅を!! また、お会い出来ます日を楽しみにさせていただいています」

「宿でほろ酔いで待ってますよ〜。 完走をいのります!気をつけて。」

「それから… 完走しろよお〜(*^▽^*)/」

「件のイベント、いよいよ明日ですね! 天気は快晴とはいかないようですが、かえって 涼しくて良いかもしれないですね。 頑張ってください〜♪ 」

「明日は天気が良いといいですねえ、気をつけて行ってらしてくださいね〜」

「いよいよ、「ツール・ド・箱根」ですね!  お天気も神山さまの味方(^^)v  旅の安全とご成功をお祈りしています。 」

いってきますね〜。

 

■2010,04,09

「さあ、いよいよ箱根決戦も明日に迫りました」

というメールを、明日同走する先輩からいただきました。

「動会の前の日みたいでドキドキします。 ワクワクしないのは、のぼりのせいでしょうか。
さて、その直前となった今更なんですが、 果たして箱根湯本の先の上りは国道1号(駅伝コース)でいいのだろうかと 不安になってきました。
昨日からエンゾ早川という人の書いた「ジロ・ディ箱根」というホンを読みはじめたんだが、 その中で国道1号は道が狭く交通量が多い上に、観光バスなど大型車両が行く手を 塞いでしまうし、排気ガスも半端じゃないとある。
確かに、急勾配で止まってしまうと、 次の走り始めがとてもしんどい。
われわれが車の発車を待つのならまだしも、 ノロノロと進むわれらの自転車の後に、道が狭くて追い越せない車が延々続き、 クラクションであおられたら、精神衛生上とてもよろしくない。
しかし、かと言って旧箱根街道(県道732号、箱根湯本駅手前300mで左折する)が楽なわけではない。 交通量は少なく空気もきれいだが、こちらの方が短い分、勾配がきつい。 18%勾配の地点もあるらしく、聞いただけで力が抜けていく。
さあ、どうするどうする。 ホントに今頃で悪いけど、当日までに考えておいてください」

なはは、こんな大変なことだとは露知らずに、コウヤマは走ろうとしているわけです。

でもね、あんまり考えすぎない方がいい時もありますよね。
知ってしまうことであれこれ考えすぎて、深みにはまってしまう。

青春の志に沸き立つ若者の
胸は曇るべからず

ですよ。 自分でできることをやるだけやって、あとは天命を待つ。

シンプルに考えればいいんすよ。何事も。それがチャレンジというものなんだから。

ま、明日行ってきますね〜。

 

■2010,04,08

左上のアイコンみてください。

もう間もなく『熱血eライブラリー』の誕生です。
いま、スタッフがいろいろとシステム設計をしてくれています。

まず最初は『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』と
これまで書いてきた「J−POP」の作品が並びます。

仮オープンはちょっとずれこんで来週になりそうですが、お楽しみに〜。

そしてそして、明後日10日はついに日本橋−箱根間100キロに挑戦する「ツール・ド・箱根」ですよ。なはは。大丈夫かいな。

箱根では、親しい友人たち約12名が待っていてくれます。無事にたどり着いたら一緒に宴会。
万が一たどり着けなかったら皆だけで宴会。たはは。こちらもどうなりますか。

今週は、史上最強のS社M邸での超豪華お花見に始まって、
今日はロック座ママのインタビュー、
拙書のてんやわんやの出版騒動、
アエラ鈴木孝夫先生の執筆、
そしてフランス・スイス取材の準備と、またまたてんこもりです。

よくまぁこんな状態が続くもんだ。
一瞬たりとも気を抜けない、常にはらはらものの日々にはジャーナリストとしての幸せを感じないといけませんね。

明後日晴れますよーに。
皆さんも完走を祈ってやってくださいまし〜。

 

■2010,04,04

今年の春は花には無情な天気になってしまいましたね。

お花見ファンにも過酷な春だ。なはは。

昨日、ひと仕事終えて事務所から石神井川沿いを自転車で花を愛でながら帰ったのですが、
これから夜桜宴会! という時になってぽつぽつと雨ですもんね。とほほな人が多かったはでず。

ボクは基本的に花見は好きじゃないので、別に構わないのですが。
だって花見って他力でしょう。自力で楽しむならいいけれど。
花の力で浮かれるなんて、情けない。ははは

あ、とはいえ、明日は青葉台のすげー花見に行くんでした。
ソニーの会長の、盛田邸で開かれる花見会です。
毎年3〜4日間連続で開かれるそうなんです。
そこで盛田夫人に挨拶をしてきます。

いや〜、これは緊張するな〜。新作の取材のためなんですが。
すげーマダムなんだそうです。いやはや。

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』は、見本が13日にあがってきそうです。
ボクの50回目の誕生日なんすよ、この日。
その日に新刊ができてくるんだから、こんな幸せなことはありません。

皆さんの手元に届くのは、20日配本予定だから都内だとその日、近郊だと23日頃、地方だと26日頃とのことです。じゃんじゃん本屋やアマゾンで注文してくださいね。
手応え充分な内容になっています。清志郎さんも喜んでくれるはずだ。

平行して10日には『熱血eライブラリー』も試験オープンします。
まずは清志郎さんの1章と終章が無料で見ていただけます。

同時にJ−POPを書いた文章が何本か並びます。
ミスチル、オザケン、ミサト、アムロ、コムロなんて懐かしいでしょう。

ぜひ見てやってください。

今夜は再びロック座へ。ママから緊急集合がかかっちゃいました。またあの問題かな。とほほだけど、また4月後半には楽しいことがありそうです。お楽しみに〜。

 

■2010,03,31

今朝は一番でベルジュ号に跨がって、荒川べりをひとっ走り。
約22・5キロ走ってきました。
いつものコース。風はまだ少し冷たいけれど、向かい風というほどでもなく快調な走りでした。

なにしろ来月10日には日本橋−箱根間100キロ・ライドに挑戦ですから、
走り込んでおかないとね。

先週火曜日夕方にTBSスタジオで40数年前の清志郎さんの音が蘇ってから、
ずーっと興奮状態で、メディア対応とかばたばたとやっていました。

それも昨日やっと全体戦略がまとまって、
キックオフ・メディアともしっかりと繋がったので、もう一安心。

あとは今日事務所に挨拶に行くのと、情報管理をしっかりとしていればいいはずです

5月2日の清志郎さんの命日に向けて、サプライズも用意していますよん。なはは。

さぁ今日からは元に戻って、アエラの鈴木孝夫先生のルポルタージュを脱稿しなければ。
その先にはジュネーブの進藤奈邦子さんのルポの準備、
『幻のレストラン』の取材続行、
トロワグロ取材準備、
そしてそしてBS−TBSのラオスルポも控えています。

充実の春にしたいですね。

皆さんの春は如何ですか?

 

■2010,03,29

BAZに嬉しいファックスが一本届きました。

「本日CD受け取りました。ありがとうございます」

清志郎さんたちの貴重なテープを41年間も保存していてくれた方からです。
この前TBSで音起しをした音源をCDに焼いて、彼女に送った礼状をいただきました。

「ドキドキしながらCDを聞きました。初々しさを感じました。
歌・演奏は何年もやっているのでもちろん素晴らしいと思いますが、
トークの方は慣れていないのがほほえましいというか、アルコール入ってる?みたいな
感じですね。
ハローパーティーでもうまく話ができていない彼らのShyな一面が出ましたね」

そうそう、まったくその通りなんです。

41年前、清志郎とRCサクセションの高校時代の演奏が入った秘蔵テープ。
押し入れの中にずーっとしまってあったということですが、素晴らしい宝物が
蘇ったものです。ボクのほうこそ彼女にお礼を言わなければなりませんね。
このご縁にも感謝感謝です。

愛の力は素晴らしい。そして音楽の力もまた力強い。恐ろしいほどですね。

この音源を広くファンの皆さんにも聴いていただきたいと思っています。
でもそのためには事務所や持ち主の彼女との調整が必要なようです。

たぶんこの音源を蘇らせたのは清志郎さんの強く大きな「遺志」だから、
必ずファンの皆さんのもとに届くはずです。

もう少しお待ちくださいね〜。

 

■2010,03,24

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』の出版準備が進んでいます。

ゲラを読んでくれたPRの小林君から、こんなメールが届きました。

「キヨシロー一気に拝読しました。 いいねいいね ずいぶん多くの関係者へ取材を重ねたのですね。 マグマが爆発するがごとくの6章、7章は読み応え十分ですな〜 思わずRCカセットを引っ張り出して聴いておりますよ。
いやぁもう1回、雨上がりの夜空に、聴こうっと」

取材でお世話になったYちゃんからもこんなメールが。

「いま読み終えました。ありがとう。 終章にお父さんの話というのがゾクゾクします。
これ書くのって楽しかったでしょ。もちろん他の作品もそうなんだろうけど、楽しんで書いてるかんじがする。 ともかく素晴らしいもの読ませてもらいました」

フライデーの連載打ち上げに来てくれた読者のサウンド君からはこんなメッセージが。

「さすが、切り口スゴイですね! それは自伝でも触れていない?話かと思います。 きっと清志郎が神山さんに書かせたように思います。 しばらくしたら自伝を書くつもりだと、生前言ってましたからね!! 泉谷しげるとかが書いた清志郎本とかちょっと物足りなくて、取材ありきの書物はすごい楽しみです!! 」

彼は音楽関係者ですから、いろいろ知ってるんですよね。

にしても、嬉しいですね。こんなふうに熱気が周囲に伝わっていくのは。

昨日はまたまた大ニュース。こちらはだいありでご覧ください。

あんまり詳しくは書けないんですが、愛の力はすげーぜ。なはは。

 

■2010,03,21

BAZAARの乱雑な空間に、静謐なメロディが響いています。
エイベックスから伸君の新しいCDが送られてきました。

『CHOPIN』

生誕200年にちなんで、伸君がこれまで最も力を入れてレッスンしてきた作曲家でもあるショパンに挑んだアルバムです。

その一曲目は、『アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調』

ポロネーズといえば、伸君は生後8カ月の時に、この曲とは違いますが『英雄ポロネーズ』のCDを聴いていると大喜びで機嫌がよかったとか。
ところがある日CDが痛んでご両親が違うCDを買い与えたとたんに、手足をばたばたさせて「違う違う」と主張したとの逸話が残っています。  

前者の奏者はブーニンで、後者の奏者はフランソワだったというのですから、そりゃまーしゃーねーだろってことでもあるんですが。

それにしても素晴らしい。
以前からあった演奏の静謐さだけではなくて、今回は力強さも感じますね。
なんか伸君独特の色が着き始めた感じ。

いいぞいいぞ。

ちょうどCDラックの最前面に、私家版の『辻井伸行ミニコンサート』が出ていました。
こちらのジャケット写真は、熊が3匹手をつないでいるイラストがついた赤いセーターを着た伸君が、石神井公園の池と桜をバックに佇んでいるシーン。 まだ10歳、小学校5年生かな。きゃわい〜。

ここではバッハの『フーガ』とグリークの『風の精』『小川』、そしてショパンは『ワルツ6番、7番』等が演奏されています。

このCDをある日佐渡裕さんが聴いて「素晴らしい」と涙を流したことが伸行伝説の一つのスタートでもあるわけです。

あの日から10年。 ずいぶん素敵な演奏家に成長してくれました。
水面下の努力があってこそです。

そうそう、「モーストリークラシック」の最新号に、音楽プロデューサーの中野雄先生がボクと辻井君とのことを書いて下さっています。
ボクもまだ見ていないのですが、書店で気付いたら立ち読みでもしてみてください。

書くことはあっても書かれることなんてめったにないから、楽しみだな〜。

週明け23日には、清志郎の高校時代のオープンリールテープの音起こしをやってきます。

こちらもうまく聴けたら凄いですね。またご報告しますね〜。

 

 

■2010,03,20

昨日の東スポほか、いくつかのスポーツ紙の芸能面を見られましたか?

「R座S会長、所属役者離脱で怒りのメッセージ」という記事があったと思います。
ここであんまり詳しくは書けないんですが、ママからの相談を受けて、
ボクとPRの小林君、そして元テレビマンのM氏とで駆け回って
やっとあの記事に繋がりました。なはは。

ママはここ半月間、本当に怒りの余り食事も喉を通らない状態でしたから、
これで少しは気を落ち着けてくれることと思います。

芸能界で生きていく人が、ママの存在を無視しちゃいけません。
古き良き芸能の世界の生き証人でもあるんだから。

ま、これで一件落着(たぶん)。ずいぶん走り回りましたが、ここからは自分の仕事に戻れると思います。

ということで、決まりました。清志郎本タイトル。

『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』

アスキーから4月20日前後に出版予定です。

そしてそして、この前清志郎の初恋の人チイコちゃんから預かってきた高校時代のRCサクセションの生音テープ。火曜日にTBSのスタジオで聴いてみることになりました。
カセットじゃなくて6ミリのオープンリールだから、はたして音がちゃんと出るのか。劣化していないか。切れちゃったりしないか。
心配は尽きませんが、なんかタイムマシンにのるような気持ちです。

もし無事に音が出たら、拙書の読者の皆さんになんらかの形で聴いていただけるような仕組みをつくりたいと思っています。

それは、今作っている「熱血eライブラリー」で発表しますね。

ちとお待ちを。よろしくどーぞ〜。

 

■2010,03,15

今日出るアエラに一本書きました。

『山口智子と訪ねる金沢 伝統を守る職人の手技と美意識』

編集者がそういうタイトルを付けてくれました。

左官職人の切れ味鋭い鏝の光、金沢仏壇の奥深い極楽浄土の世界、江戸時代から残る町家の機能美、茶屋に伝わる芸能の世界、人々が憧れた朱壁、群青壁の魅力、手縫いの床の技が伝わる畳み職人等々、
金沢の人々の生活を彩っている職人技満載です。

金沢のレポートはもう一本、ラオスの旅の中で手書きで仕上げました。
(ファックスを探すのが大変だった〜、とほほ)

こちらはアンサンブル金沢と県立音楽堂を巡る、クラシック・ムーブメントの物語。
来月発行の地域創造誌に掲載予定です。

山口さんとは今年3本の企画を立ち上げて、アエラ、新潮45、新潮旅の3つの連載を手がけてきました。
最後に残ったアエラが5月のGW号まで続きます。
その後単行本として上梓する予定ですから、こちらもお楽しみに。
「京都」「金沢」に続いてもう一本、「鹿児島・屋久島特集」が予定されています。

金沢でお世話になった職人の皆さん、ありがとうございました〜。

 

■2010,03,11

昨日はいくつか打ち合わせをこなした後、急いで高円寺へ。

自転車キンクリートstore『富士見町アパートメント』

いや〜、思わずここで書きたくなっちゃうほど素敵な芝居でした。

4人の脚本家が1時間程度の小品を競作しているんですが、鈴木裕美さんの演出が素晴らしい。美術もいい。本もいい。そして何よりも、役者がいいんだな。

ラオスに行く前にAプロで2本、そして昨日はBプロで2本。マキノノゾミさんの『ポン助先生』とテイウィンシンの『リバウンド』を観てきました。

ポン助先生役の山路和弘が絶品!!
演技の質によって、シビアなシーンか喜劇になるんですよね。
『リバウンド』には、以前演劇ブックで講座をもっていた時に一緒だった池谷のぶえちゃんも出ていました。きゃわい〜。
まさに演劇。これぞ舞台。

ラオスでは、空間移動して異次元の社会を楽しんできましたが、演劇は、その場にいながらにしてポンと異空間に跳べるふかーい魅力がありますね。

やめられません。小劇場。
ジテキンの作品は久しぶりでしたが、凄いぞジテキン&鈴木裕美。

圧倒的でした。

それともう一つ、昨日少し書いたeライブラリー。試行錯誤しながらすこしづつ実現に向けて進んでいます。
4月にはなんとか開設したいな。

これまで書いてきた自分の子どもにも当たる作品達が並びます。
手軽に読んでいただけるようにしますので、ぜひよろしくお願いいたしますね〜

ついでにもう一つ。

『ダイアリ』のほうに、中学時代の恩師・荒井文夫先生ご夫妻の「お遍路日記」をアップしました。
所々から写真が送られてきますので、順次アップしますね。

先生、楽しんでくださいね〜。前の人追い抜く必要はないんですよ〜。なはは、のびりね〜。

 

■2010,03,10

いや〜、常夏のラオスから戻りました〜。
つーか、出かける前にあまりにバタバタで、このブログで出発の報告もしないままに出かけてしまいましたね。
すんませんすんません。

4日から、タイ・ラオスに小学校の校舎をプレゼントしている日本のNGOの人たちと共に、両国を訪問してきました。
初ラオス。すげーとこ。なんせ貨幣経済がまだ浸透していないんですから。

逆にボクらから見ると、とーっても新鮮でした。
子どもたちもとーっても可愛いし。
そこんとこ、詳しくはダイアリでみてやってくださいね。沢山の写真を撮ってのきたので、順次アップしていきます。

出発前は、ロック座のママに呼ばれて大騒動。
詳しいことをここで書くわけにはいかないんですが、この世界でママを怒らせるようなことしちゃいけませんよね。
なんとかうまく収まってほしいものです。

そしてそして、5月2日の清志郎さんの一周忌に合わせて出版される拙書
『永遠の少年〜忌野清志郎とRCサクセションの生まれたところ』
も、留守の間にゲラが出る準備が整ったようです。

タイトルはまだ仮なんですが。

この作品、リアル出版と合わせて、webでも読んでいただけるようなシステムを構築中です。

名付けて『神山典士・熱血ワンコイン・eライブラリー』
ま、要するにPCや携帯の画面でも読めるし、ダウンロードして出力してもらっても読めるという、電子出版へのチャレンジです。

何人かの友人が今動いてくれています。
詳細が煮詰まったら、またご報告しますね。お楽しみに〜。

 

■2010,03,01

だいぶ「水ぬるむ」感じになってきましたね。
「海あふれる」は困ったもんですが。
被害にあわれた皆さんには、お見舞い申し上げます。

先週末、不思議な体験をしました。
ある人に会いに東京の西の外れの街に出かけたのですが、そこであってしまんたんですよ。
なんと、90歳の清志郎さんに。

ツンツンと天をつく白髪。
笑うと溶けてしまいそうな細い目。
それでいて、鋭い言葉を連発するし、
何より、ペンネームが「夢介」というんです。

ご本人は「ムカイ」と呼んでいましたが、これこそ、清志郎さんの最晩年のアルバム「夢助」のルーツ。この老人もご先祖からこの「夢」という文字と「介」という文字をいただいたということでしたが、清志郎さんもそのルーツを意識してアルバム名をつけたのだとか。

その感性もまた、二人はそっくりなんだな。

この夢介さんを主人公として、拙書の「終章」が書けそうです。
ちょっと変わった清志郎伝になりますね。でも、思いの丈は書き尽くせるはず。

どんな文章が出てくるか、自分でも楽しみです。

4月下旬にアスコムから上梓します。
同時に、あっと驚く(かな?)web展開も計画中。
もちっとはっきりしたら、またここで発表しますね。お楽しみに〜。

といいつつ、昨日は朝8時40分の飛行機で金沢へ。
そこからずーっとアンサンブル金沢の取材を夜10時までして
今朝は8時の飛行機で東京へ。とほほ。

別に今はじまったことじゃないし、もっと過酷な移動を繰り返している人もいるんだろうけれど、なんか自分の身体の生理やリズムを超越した移動は疲れますよね。
でもいい取材になりました。

今日はアエラの金沢特集の原稿を整理しなくちゃ。

すっかり金沢ファンの神山です〜。

 

■2010,02,19

春のお誘いシリーズ第二弾!!

懲りないやつと笑ってやってください。たはは。
よろしくどーぞ。

『春の箱根温泉&宴会のお誘い〜神山典士から極々近しい皆さんへ』

昨日は一面銀世界になりましたね。あっと言う間に溶けちゃったけど。 お元気ですか? 表題のように、唐突なツアーを企画しました。ご都合ついたらご一緒に如何ですか?

実はこの春、神山は50歳の誕生日を迎えます。それを記念して(なーにが記念なんだか、なはは)、愛車ベルジュを駆って日本橋から箱根まで約100キロ、「一人ツール・ド・箱根」を企画しました。んでその日の夜、箱根の温泉で盛り上がろうという一大イヴェント。ご都合ついてつきあってやろうじゃんという奇特な御方、大募集です。

時は4月10日土曜日、箱根の山頂にあるふるーい温泉宿が舞台。昼間はそれぞれに楽しんでいただいて、神山(信大の先輩青田さんも走ります)が無事天下の険を越えられたら一緒に宴会。越えられなかったら皆さんだけで宴会。ということになりますね。なはは。 宿は5部屋15人くらいまでご用意しました。神山家からは両親のみ参加の予定です。

一泊二食9000円+消費税入湯税+酒代1000円。足りない分は神山が負担します。じゃーんじゃん飲みまひょ。宿は古いですが料理は定評在ります。

この時期箱根は桜も楽しめるはず。ハイキングやゴルフ等、それぞれに楽しんでいただけたらと思います。帰路は輪行です当然。その元気すら残っているかどうか。でもゴルフはしたいな。

ご都合いい方、行ってもいいかな〜、いけそうかな〜という方のみご一報いただけたら。(もちろん間近でキャンセルもありです) 一人じゃなんだから友人や家族、恋人を誘いたいというのもありです。部屋は3,4人になりますから、独立した部屋がほしいという方も前もって仰ってください。対応できると思います。

それ以外の方はこのメール、無視してください。もともと無理な企画ですから。すんませ〜んこういう性格で。自覚はしてるんですが。とほほ。 ということで、よろしくお願いいたしまーす。

 

■2010,02,08-2

『熱血ライター』ホームページ・リニューアルのご挨拶

まだまだ冷たい風が吹き抜けますが、街路樹の枝先にほんの少し、春の気配が感じられる候となりました。皆様には益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、表題の通り、足掛け6年間書き続けて参りました『熱血ライター神山典士がゆく』のHPのリニューアル作業が完成し、本日新装開店の運びとなりました。 書く内容にとりたてて変化があるわけではありませんが、この春に50歳の誕生日を迎えることもあり、心機一転を計りました。

―――みなぎる情熱の「赤」から、冷静なる狂気を湛えた「青」へ。

肉体的、体力的、酒量的な衰えはまさに歳相応を自覚しないわけにはいきません。 けれど、いくばくかの経験を積んだ分、なにがしかの人たちとの出会いを重ねた分、そしてそれ相応の失敗を重ねた分だけ、20代のころよりも40代のころよりも「狂乱の振り幅」は広がっているはず。あとはヒタヒタと、この狂気を作品に昇華させる作業を繰り返していきたいと思っています。

この春以降の展開としましては―――、
・ アエラで企画構成を担当している山口智子連載「掛けたくなる軸」は連載40回を突破。5月連休号まで続きます。その間3月には「金沢特集」を、4月末か5月には「鹿児島・屋久島特集」を執筆する予定です。
・ この企画は、ブラッシュアップした上で、秋には単行本として上梓できそうです。
・ 同じくアエラ「現代の肖像」では、異色の言語学者鈴木孝夫氏の取材を展開中。齢84歳になる鬼才の生態を丸ごと描ききりたいと思っています。
・ 昨年フライデーに連載した「忌野清志郎伝、あのシャウトが聴こえる」は、5月2日清志郎さんの一周忌に上梓するべく作業を進めています。版元等、詳細をお伝えできる時が来たら、またお知らせさせてください。
・ 縁あって、WHO(世界保険機構)メディカルオフィサー進藤奈邦子さんの取材が始まりました。先日のご帰国中2日間インタビュー。4月にはお住まいのジュネーブに出かけて追加インタビューを行います。漲る使命感とどんな場面でも人生を謳歌しようとする貪欲さ。そして日常的には家族やバレーボールを愛するほがらさかを持った方です。素敵な作品が生まれて来るはずです。
・ そしてそして、日本のフランス料理史3部作の完結編。『幻のレストラン』(仮題)の取材が始まっています。国内取材を重ねた上で、4月には初代料理長ピエール・トロワグロが住むロアンヌへ。どんなふうに取材が伸びていくか、自分でも楽しみです。『熱血』HPでの途中経過報告をお楽しみに〜。
・ 3月には、ラオスに小学校を寄贈する運動を展開中のNPOに導かれて、ラオスに行って来ようと思っています。ここには絹織物や、手で漆を塗りたくる職人もいると聞きます。そんな方にも会えたらいいなと思っています。

いずれにしても、神山の活動は、全てこのHPで報告させていただきます。 ぜひとも「お気に入り」にご登録いただいて、お暇な折りにクリックいただけたら。 今後ともよろしくお願いいたします。

 

■2010,02,08

先週末、休日にもかかわらず郵便ポストに一通の小包が投函されていました。
また友人の誰かが新刊をだしたのかなと、気軽な気持ちで開けてみてびっくり。
今回の献本ほど、中に挟まれている「著者 謹呈」の文字が重く響いたものはありません。

『草矢射る 石毛博道 絵と俳句』(平原社、3219−5861)

何故ボクに送ってくださったのだろう。何故ボクはこの作品をいただけたのだろう。
深く重く、感謝と喜びと少しだけ痛みを伴った感情が沸き起こってきました。

この人の名前は、ボクにとっては、あの広大な成田空港の敷地をグルリと一晩かけて周回して歩いて帰って来たあの夜につながります。
あるいは、初めて訪ねた三里塚の大地の、なんともとりとめのないあまりの広大さにボー然としたあの瞬間にもつながります。

「君に話してもいいけれど、三里塚はあんまり複雑すぎてわけわからんぞ。それでもやってみるか」
何度目かにインタビューをお願いした日、確か石毛さんはそんな意味のことを仰って、静かに苦笑していたと記憶しています。ボクにしても、何をどう聞いたらいいのかもわからず、グラウンドを転がりながらひたすら白球を追う少年のように、「徒労」に近い作業を繰り返していたような気もするのです。

そうそう、皆さんに見ていただけるボクなりの三里塚の「残滓」がありました。

「 群青色の夜空の下で……

12月1日、午前5時25分。成田に来ている。 見上げる夜空は深い群青色に染まり、中空には細い下弦の月が浮かんでいる。JR駅前に止まっているタクシーに乗り込むと、運転手はあわてて仮眠していたリクライニングのソファーを直し「どちらまで」と訊ねてきた。「東峰十字路わきのラッキョウ工場まで」。 不躾に言うと、「えっ、ラッキョウ工場に行くんですか」、怪訝そうな声が返ってきた。その声を無視して「何キロくらいありますか」と訊ねると、困ったように「さぁ、何キロあるかな。行ったことないからな」と不安そうなそぶりだ。 無理もない。東峰十字路とは、運輸省と空港公団が2002年までに完成させたいとする成田空港暫定滑走路のど真ん中の地点を指し、ラッキョウ工場とは、成田闘争を闘った(いや、現在も決して闘争から降りてはいない)闘士たちが経営する、自然農法の作業場を指しているのだから。 そんなところに未明に訊ねていく男がいる。一昔前だったらまぎれもなく運転手は警察に通報することになったのだろう。 ひょっとすると〜」

このHPの「@the Bazaar」から入って「Bazaar Express」を開けてください。
その「vol9」に、石毛さんと出会うきっかけとなった三里塚・成田空港の取材の顛末が書かれています。

今回献本いただけたのは、石毛さんからのファイナル・アンサーなんだろうな。
そう思う以外なさそうです。

もう一つ。

今日8日のお昼ころ、この『熱血HP』のリニューアルが実行されるはずです。
−−−赤から青へ。
−−−迸る情熱から冷静なる狂気へ。
疾走は続きます。

 

■2010,01,28

いや〜昨日はまいった。完敗です。
ほんとうにひさーしぶりにゴールデン街行ったっす。
そしたら午前1時になっても、隊長はすげー元気。
齢69というのに、たまたま隣に座った女の子に「パンツ見せてよ」なんて言ってるし。
あげく「お先に失礼します」と言って席をたったのはボクのほうでした。 とほほ。

何度も書いていますが、
ボクにとって「会長」と言えば雀鬼・桜井章一、
「ママ」と言えばロック座の斎藤智恵子
「監督」といえば鶴橋康夫、

そして「隊長」といえば、アートディレクター浅葉克己。

昨日は、そのご縁の始まりとなった12年前の平壌ツアーの同窓会がありました。
12年前の夏の終わり、行ったんですよね、北朝鮮。
本来の趣旨は隊長が主宰する卓球チームの親善試合だったのですが、
まぁなんやかやあって、珍道中でした。
詳細は拙書『北朝鮮にスマッシュ』(メディアファクトリー)で見てやってください。
アマゾンなら買えるかな。

あの日から12年たってみると、
38度線上を豹柄スタイルで闊歩した20代のOLのりこちゃんは二児の母となり、
中学生だった朋ちゃんは翻訳家の卵となり、
博報堂OBの三沢さんと秋尾さんはそれなりの風格を身に纏い、
若者だった田代君は6人もの事務所の社長さんになり、
ボクはボクでまぁこんな感じなのですが、
隊長は不変でしたね。否、普遍だな。なはは。

またいきたいな。北朝鮮。パスポートを取り上げられるのはちと怖いけど。
隊長は本気です。38度線上卓球大会。韓国チームももちろん招待して。

皆さんもやりませんか?ご一緒に。

 

■2010,01,27

24日から3日間、Y口智子さんとアエラ取材で北陸金沢を訪ねてきました。
いや〜、取材もすごく順調に進んだのですが、 それに負けず劣らず食事も凄かった。
初日は、旧友のげんちゃんが待っていてくれて、
片町の「はるじん」さん(076−222−3261)へ。

休日だったのに大将が店を開けて待っていてくれて、香箱蟹に始まって、鴨のじぶ煮、寒ぶりの焼き物、白子等々、ボクらが期待する金沢の美味をもれなく揃えてくれました。
たぶんあれは「金沢素人さんコース」だな。なはは。美味しかった〜。

翌日は主計町の「みふく」(231−4577)で能登の牡蠣鍋。
こちらはお姉さんがつきっきりで牡蠣だけではなく深谷葱とか白滝とか椎茸とかの食べごろを言ってくれます。
「一人3個ですよ」なんて言われると、ボクら5人、長女役のY口さんを先頭に箸を伸ばすわけです。まるで年末年始の「大家族特集」みたいな夕食となりました。
その後何人かで東茶屋町に流れて、ワインバー「照葉」で一献。
照葉姉さんが綺麗なんすよね〜。

そして翌日の昼は、噂の寿司屋「弥助」でランチ。
齢80歳という大将が笑顔を交えてふくよかな握りをだしてくれます。
人気の秘密はあの笑顔だな。
ネギトロ巻き、かぶらの握り、白子のポタージュ、槍烏賊の握り、赤身のズケ等々、記憶に残る寿司でした。そしてそして、お土産にはY口さん命名の「爆弾」。
大きなおにぎりの中に、海苔に包まれた豊富な魚介類が入ってるんす。
これまたすげー。素朴な美味しさでした。

いいっすね〜。金沢。美味しいものをいただいて、いい文章が出てくるはずです。
これで出て来なかったら二度と連れてってもらえないな。たはは。

掲載は2月下旬頃の予定です。
お世話になった皆さん、ありがとうございました〜。

 

 

■2010,01,23

新春から、いろいろあります。ほんと。

中学時代からの友人ギイチの葬儀では、年老いたおふくろさんの姿が痛々しかった。
昔お世話になった頃のことも思い出しました。
この歳になって親不孝をしちゃいけませんね。

かと思うと、ここ5年以上に渡ってお世話になってきた知人二人の逮捕というニュースも飛び込んできました。
ま、去年秋ごろからずーっと国税の調査は入っていたのですが。
正月3日、明治神宮参拝のときに、毎年紋付き袴姿で見えるのに、
今年に限ってスーツ姿だったんですよね。
ちと不安なものが胸をよぎったのですが、
最悪な結末になってしまいました。
この時期の留置所は極寒なのだそうですね。
身体のことも案じられます。
とはいえ、どうすることもできず−−−。

今週は音楽プロデューサー、評論家でもある中野先生に二度もお世話になりました。
今年80歳になられるのかな?
じぇんじぇんそんなことを感じさせないお若い 肉体と精神をお持ちです。
すげー。
小金井カントリークラブに連れて行っていただいたのですが、フェアウエーのど真ん中を悠々と歩く、颯爽としたプレーぶりでした。
いや〜、憧れちゃいますね。

今週末からアエラ取材で金沢。
旧友のゲンちゃんにも会えそう。
寒ぶりかな。 なはは。

とにかく、精一杯生きないとね。

 

■2010,01,13

いきなり悲報、訃報が飛び込んできました。
ギイチが死んだ−−−。

思い出されるのは、ちょうどこんな冬の日のことです。
当時中学生だったボクらは、クラスは確か隣同士だったんだけど、何故か話が合って、
ある日給食の時間に食事もとらずにずーっと玄関で何かを話していました。
あの時何を話していたんだろう。
オレたちもオヤジになる日が来るのか、なんて話していたんだろうか。
いやいや、30歳はおろか、二十歳を迎えることすらも予想もできない日のことでした。

あの日は雪が降っていたような。
いやいや、それもまた、勝手な思い出のすり替えなのかな。
「換骨奪胎ぃ〜」なんて叫びながら、ギイチは上履きのまま玄関を飛び出して、
雪の中をかけて行ったように記憶しているんですが、
なんでも美しい光景としてしまうのは、ボクの悪い癖なのかもしれない。

視界の先にはなーんにも見えていなかったけれど、
未来という言葉にもなんの不安も感じていなかった。
卒業後は別々の進路を歩むことはわかっていたけれど、
いつまでも友達でいられると思っていた。
日常はそんなに明るいことばっかりじゃなかったけれど、
合えば何か楽しいことがやってくる予感がしていた。
目の前では様々な点数競争が行われていたけれど、
それでも頑張れば、何でも手に入れられると思っていた。

そんな、今思えば「黄金の時代」を共に過ごした友人が、
一人早く逝ってしまいました。

ギイチ、辛いな。でも安らかに。

ご冥福をお祈りいたします。

 

■2010,01,12

10日は湯河原カンツリーで第三回バザールカップ。
全国全世界から精鋭13人が参加して、熱戦が展開されました。
テレビの実況中継を観られましたか?
あれ?見逃した?そりゃじゃんねん。
見事優勝は熱海からご参加の兵藤さんでした。
優勝者にはグリーンジャケットならぬ、拓郎Tシャツ。
兵藤さんはこれを着て打ち上げに参加してくださいました。

ご参加のみなさん、べりべりさんきゅでした〜。
次回第四回は真夏のコンペとなります。焼けますよ〜。お楽しみに〜。

その帰路、小田原によって、記念すべき取材が始まりました。
69年から約10年間、銀座のマキシム・ド・パリの厨房で働いていたシェフが経営するレストランに寄って、これからお世話になる取材の挨拶をしてきたのです。
古矢清さん。お城の近くで「ビストロ・ローヤル」というお店を開かれています。

昨日は、ビーフシチューとカワハギのムニエル、ソース・ムター。
いや〜、ドゥミグラスソースも絶品でした。ポテトのポタージュや食後のムースも美味しかったな。
古矢さんのインタビューを皮切りに、『幻のレストラン』の取材が始まります。
さてさて、どんなことになりますか。
自分でも楽しみです。乞ご期待。
皆さんに読んでいただけるのは、やっぱり来年かな。
あるいは今年のクリスマス頃に上梓できたら嬉しいですね。

そしてそして、この「熱血」HPのリニューアル作業も始まりました。
今ペンダコの中谷ママがいろいろ考えてくれています。

こちらも乞うご期待です〜。

 

■2010,01,07

さあ〜今夕は、BAZAARの新年会です。
史上初めて、銀座で行う「長篠の戦い」方式。 なはは。
火縄銃を持った参加者たちが、飲んじゃ下がって下っちゃまた繰り上がってという、
順繰りの宴会を展開します。
6時、7時、8時、毎時スタートで各6席+α。
毎時定員一杯のご予約をいただきました。ありがとうございます。

さらにさらに。最後の9時の回だけは「特殊学級」ということで、何が起こることやら。
これまた史上初めて、銀座で路上宴会が行われるかもしれません。
フライデーの伊藤君、生太郎ちゃん、カメラの準備はいーっすか。なはは。

ま、いずれにしても、何とかして元気にならなきゃいけない2010年の日本ですから、
せめて新年会だけでも景気よくいきたいと思います。

初夢富くじも用意しました。大吉から小吉までと、金久保社長率いるエコノマイズからは1等〜3等まで。さらに「凶」と「大凶」もありんす。ふふふ、ご用心ご用心。
中味はもちろんすげー商品てんこもりですぜ。

どんな顛末になりますか。
明日か明後日、「だいあり」で報告しますね。

 

■2010,01,04

年始早々、嬉しいメールが飛び込んできました。
ボクの本はあまり大勢の方に買っていただいているとは思いがたいのですが(とほほ)、こんなメールをいただくと、数は少なくても確実に良質の読者に届いているなと確信が持てます。
書き手としては冥利な瞬間です。本当にありがとうございます。

「 神山 典士 様

御著書「人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ」には、時に涙が流れる感動をいただきました。 私は、桜井さんを尊敬いたし、多くのことを学ばせていただいております。 また、武術の稽古研究をいたしており、御著書にありましたコンデ・コマ=前田光世氏にも 非常に関心をもっております。御ホームページで、「ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝」が、 お手元におありであるということをしりました。  ぜひ1冊販売していただきたくお願いのメールでございます。 どうぞ、よろしくお願いもうしあげます。 記 〒980−0065 仙台市青葉区×××」

この方には、残り少なくなった拙書を送らせていただこうと思います。
ご愛読いただけたら幸いです。

今日から始業の方が多いのでしょうね。
ボクは元旦からBAZに出て賀状の整理をして、2日にはベルジュ君の初乗りで、入間川サイクリングロードを約50キロ走ってきました。
快晴で富士山がものすごーく綺麗。大雪に見舞われている北国の皆さんには、ごめんなさいですね。
今年は目指せ2000キロ。
夏には志摩のアトリエ・エレマンプレザンの皆に会いに、
ベルジュで挑戦したいと思っています。

んで、今日の仕事始めは、池袋西武で開かれている吉田拓郎展。
どんなんかな〜とこそっと覗いたんですが、
約20分の映像を見ながらやっぱり込み上げるものが在りました。
この人の活動を追っていくと、その時の自分が何をしていたかが明確に思い出せるんですよ。
この曲をいつどこで誰と聴いたか。どんな思いで誰と歌ったのか。あの時誰のことを思っていたのか。そんな自分が瞬時に蘇ってきます。

ボクにとって、隊長といえばデザイナーの浅葉克己。
監督といえば映像作家の鶴橋康夫。
ママと言えばロック座の斎藤智恵子。
会長と言えば雀鬼・桜井章一。
そして王様と言えば、やっぱり吉田拓郎なんですね。

いろいろな噂は聞えてきますが、最後の最後まで、王でしか歌えない歌を作り続けてほしいと思います。
んでもって、思わず、買っちゃいましたよ。CBSソニー時代の4枚組。いちまんいぇんも払って。
『今はまだ人生を語らず』を聴きたいばっかりに。
「飲み干してしまおう、テレ臭さなんて
夜はまだまだ続くんだぜ
今夜、今夜、ぐいと店ごと、ひと息にのんじまえ」
なはは、最近はなかなかそうも行かなくなってきてるんですが、
気分は今も、王様・吉田拓郎!

   

■2010,01,01

皆さん、新年あけましておめでとうございまーす。
関東地方は快晴の元旦になりました。
北国の皆さんは、どんなお正月でしょうか。
本年も株式会社バザール、神山典士、そしてこの『熱血』HPをよろしくお願いいたします。

去年から今年にかけて、例年になく穏やかな年末年始を過ごさせていただきました。
新年に向けて英気を養って、新しい企画のスタートダッシュに情熱を傾けたいと思います。

さあ〜、どんな年になりますか。
楽しみですね。
ワクワク、ドキドキする、活気あふれる年にしたいですね。

明日はさっそくベルジュで走ってきますね。
入間〜金子〜飯能〜名栗という感じのコースでしょうか。
これまた楽しみです。

本年もよろしくおねがいいたしますね〜

 

■2009,12,25

皆さん、昨日はどんなクリスマスイブでしたか?
ボクは何だか知らないけど「人生ゲーム」をやっていて、
またしてもダントツ最下位。
とほほ、借金まみれでゴールです。
なんかこのゲーム、子ども時代からけっこう好きなんだけど、
浮いたことないんですよねぇ。うーん。
まさにボクの人生そのものだ。
子ども時代から強かった吉沢誠十君は、いまじゃ立派な社長をやってます。
やっぱ違うんだな。何かが。そんなことを確認したクリスマスでした。とほほのほ。

さーて、そろそろ大掃除かな。年賀状も書かないとね。
それと平行して、今日一本、来年の仕事の打ち合わせがあります。
2年越しの企画が実現しそうです。楽しみ楽しみ。

新年7日のBAZAAR新年会、早くもご応募いただいてます。べりべりさんきゅです。
いまんとこ7時の回がまだ空いてます。その他の回も2、3席余裕が在りますから、
振るってご応募くださいませ。
「特殊学級」も開催が決まりました。こちらもよろしくどーぞ。

年末もうひと仕事の方がおおいでしょうね。
しっかりやりきって、いい年を迎えましょうね〜

 

■2009,12,20

昨日は午後から新幹線。
この師走の忙しい中、新潟のダンスグループ「ノイズム」の舞台を観に静岡まで行くという贅沢な一時を過ごしました。

いや〜、毎回毎回金森穣君には新鮮な感動をいただきます。
今回の作品『ネームレス・ポイズン〜黒衣の僧』も素晴らしかったな。
もちろん、毎回肉体もダンスも演出もおよそ創造を超えたものを見せてくれるんだけど、
終演後のアフタートークでも、はっとする言葉が出てくるんですよ。

「無意識でも生きられる人生だけど、それを意識的に生きて行くことが専門家としてのボクらの使命」だって。うーん、納得。
文学を超えたダンスを見せていただきました。
哲学者でもあるんだな。彼は。文章も読んでみたいものです。

んで、今日は北風は冷たかったけれど快晴だったので、
ベルジュで荒川へ。少年野球のグラウンド脇を疾走して、総武線の高架下を亀戸あたりから都心へ。湯島、本郷、十条を通って一周してきました。
計40キロかな。

来年は年間75本、平均30キロとして2250キロを目標として走りたいと思います。
それと、時にはロングライドもしたいね。
まずは入間市往復。真鶴で90キロ。箱根も最後の20キロの坂道が心配だけど、約100キロ。いけるかな。
ま、新年の楽しみですね〜。興味のある方、ぜしご一緒に〜。

来週は実質的に今年最後の週ですね。
いくつかある課題をクリアして、有終の美を飾りたいと思います。

いい酒飲めるかな〜。なはは。

 

■2009,12,11

昨日は初台のオペラシティで辻井伸行君のコンサートでした。
いや〜凄かった。
前半からベートーベンの最晩年の大作「ハンマークラビア」ですから。
現在の日本の音楽界で、この曲をコンサートで弾きこなすことができるのは数人だけと言われる難曲です。
それをトップスピードで駆け抜けてしまうんだからね〜。
技術+若さ、そして日々成長している勢いがありますね。

伸りん、お疲れさまでした〜。
来年もがんばってね〜。

さあ、あとはアエラの京都特集を書き上げて、単行本のゲラ作業を一つ終えれば、
あとは来年取りかかる作品の準備に専念できます。
来年春からの連載企画も一つきまりつつあるし。

いい年末にしたいですね。

皆さんの師走は如何ですか?
どこぞの酒場でであったら、今年を振り返りつついい酒を飲みたいですね〜

 

■2009,12,04,

いよいよ師走ですね〜。
2日に韓国・釜山から戻りました。
韓国でも幻の布になりつつある大麻布を求めて、
安東(アンドン)という古都を訊ねてきました。

韓国では繊維用の大麻栽培は認められているのですね。
80代の古老二人を中心に、50代の「若手」も含めれば何人かの糸積み職人がいるとのこと。
とはいえ、みんな老婆というかんじですね。

それでも安東の大麻は品質がよさそうで、
これで桃山時代の大麻布の復元も一歩前進ということになりそうです。

帰路は釜山で一泊。
京都の源兵衛さんの導きで、美味しい赤牛の焼肉を食べてきました。

今日は昼前後にベルジュで荒川べりをひとっぱしり。
風は冷たかったけれど、秩父の山々も綺麗に見えて、快適な一時でした。

さぁ明後日はお芝居だ。
おっとその前に、学生時代にアルバイトでお世話になった金久保社長の結婚式もあるんですよね。もうアラ還のはずなんだけど。なはは。ま、何よりの話題ですね。

束の間、幸せを祈ってきますね〜。

 

■2009,11,26

今朝は犬の散歩のあとで、住んでいるマンション・シスナブでポスティング。
「だいあり」でも紹介した12月6日に行う一人芝居『父と暮らせば』のチラシを蒔いたのでした。
にしても、全500何十戸もあるから大変大変。
ポストルームに2時間ちかく籠もって、せっせとポスティングしました。
居住者のみなさん、ぜひ来てくださいね〜。
一般の方も自由参加ですから、ぜしにどーぞ。
JR埼京線板橋本町西口下車歩5分。西の空に聳える19階建てのマンションだからすぐにわかると思います。そこの集会室で行います。

よろしくどーぞ。

んでもって、いよいよこの季節ですね、の第三弾。
銀座伊東屋にいって、来年のダイアリを買ってきました。
何故か10数年前からアメリカのグラフィック・イメージ社のB5版の大型ダイアリを使っているのですが、前はバーニーズでも売っていたのにここ数年は伊東屋だけになっちゃって、しかも在庫が少ないからいつも11月中旬になって慌てて買いに行くはめに。
今年もなんとかゲットできました。

ところがところが。
このダイアリはアメリカ製なので、日本の暦をカスタマイズしないといけません。
付いている赤いシールを祝日に貼っていきます。
来年も3連休が多いなとか、50回目の誕生日は火曜日かとか、一つ一つ確認していく作業がなかなか面白い。
その上で、今度は毎年引き継いでいる、友人知人の「誕生日」と「命日」を書き写します。

この歳になると、誕生日だけでなく命日も結構多くなりました。
あいつももう亡くなって10年か、なんてしみじみしちゃったり。
その日がきたら、誕生日の人にはせめてメールを。 命日の場合はできたら墓参をと思っているのですが、なかなか難しいですよね。せめて一時、その人に思いを馳せることで許していただくことが多いのですが。

そしてさらに、年末の個人合宿でここに2010年の目標やヴィジョンが書き加えられて、晴れてボクは新年が迎えられるということになります。
つまり、やってくる新年ではなくて、獲得する新年ということですな。なはは。んなかっこつけるほどのもんじゃありゃせんが。

とにかくそういう作業をする候となりました。
もうすぐ先生も走り出します。
皆さんも、ご自愛くださいませね〜。

 

■2009,11、21

あれれ〜、気がついたら「140000」のキリ番まであと少しですね。
この番号を踏んだ方は、ぜひご一報ください。
mhd03414@nifty.com、電話03-5248-0811ファックス5248-0810

う〜ん、プレゼントは何にしようかな。
14万円プレゼント〜、というわけにはいかないしな。なはは。

ご本人の希望にもよりますが、よろしかったら板橋明星ご招待とか
真鶴富士食堂ご招待とかでもいいっすかね。
なはは、そんなん嫌じゃという声も聴こえてきそうですね。

ま、考えます。よろしくどーぞ。

明日は雀鬼会の全国大会。
「熱血賞」も用意しました。
会長にも使っていただいている、お気に入りのあるものです。
いけてまっせ。選手の皆さん、頑張ってくださいね〜

ボクも朝8時には会場に伺いたいと思います。
何人か観戦希望者も集まりました。全体では40名くらい感染、じゃない観戦希望なのだそうです。例年以上に盛り上がりそうですね。
楽しみ楽しみ。

よろしくどーぞ〜

 

■2009,11,19

昨日まで3日間京都でした。
Y口智子さんと一緒に、4人の職人さんを訪ねて、
最終日は譽田屋源兵衛さんの事務所で大麻布プロジェクトの鼎談。

この季節の京都は、東山のあたりはすっかり紅葉していて、そりゃそりゃ綺麗でした。
美味しいものもいただいたし。

17日夜は、信州大学人文学部時代の旧友たちが4人、河原町四条に集まって大盛り上がり。
一人は松本からかけつけてくれました。みゆち、べりさんきゅね。
それぞれ50代に入っていたり間もなく50歳だったり子どもが大学生だったり未婚だったり
いろいろですが、 こうして健康で元気で楽しく会えるのは本当に嬉しいですね。
まだまだ会いたい奴はいるんだけど、近いうち松本で会いたいなぁ。
そんな機会が作れたらいいですね。

今夜は女性ライターチームとの会合があります。
怪しいアラフィフチームとアダムスファミリーチーム。なはは。こわ。
久しぶりに谷中の「鳥よし」さんへ。これは楽しみですね〜。

年末に向けて、いくつかの仕事が見えてきました。
来春やりたいものもはっきりしたし。
冬の間にしっかりと仕込んでおきたいと思います。

だいありのページに新しく一つリンク先ができました。
小中時代の同級生Yチャンのブログです。
クラシック好きには嬉しいはず。

こちらもよろしくどーぞ。

 

■2009,11、10

今年もこの季節がやってきましたね〜〜〜の、第二弾。
「11、11」のぴんぞゾロの明日は、さーて何の日でしょう。

そうそう、浅草ロック座の斎藤智恵子大ママの誕生日です。
この前も彼女の「お食事処」でお世話になったのですが、なんと拙書を10冊も買ってくださっているんです。
いや〜泣けますねぇ。

去年はガダルカナルさんが来ていましたが、今年はたけし監督にも会えるかな。
もちろん懐かしい踊り子さんたちにも会えるはず。
一緒にブラジルツアーにいった皆もくるかな〜。
参加ご希望の皆さん、メールくださいね。
一緒に行きましょう。

先週末は奈良で正倉院展。
初めてなのでとにかくどんなものかと思って行ったのですが、
ありましたよ。今新潮45で書いている大麻布が。
やっぱり古代の貴族たちも着ていたんですねぇ。
柔らかそうな下着でした。

それとこの前アエラで書いたバチル。
象牙を草木染めしてから細かな模様を掘るという、精密な技です。

それにしても凄い手技ですねぇ。
一千年も前にあんな技があったんだから、ボクらの代で亡くしてはいけませんね。
その思いを一層強くした正倉院展でした。

 

■2009,10,31

今年もこの季節がやってきましたね〜。
何の季節かって? 雀鬼会の全国大会です。
もう3年前になるのかな。
桜井会長の取材を始めて間もないころ、確か東京駅の近くのおーきな雀荘で開かれたこの大会を見て、本当にびっくりしたんです。
ボクは麻雀はじぇーんじぇんできないんですが、全30卓から一斉に牌の音が響き始めると、そこで展開されたのは格闘技の決闘のような、物凄いオーラと熱量が籠もった闘いでした。
とにかく速いっす。迷ったり「あ、ごめん」なんて一切なくて、潔い。
というよりも、この流れについていけなかったら即座に脱落なんです。いやはや。
半荘平均15分でしたからね。

それに、選手たちは北は北海道から南は沖縄まで、本当に全国各地からただこの雀鬼流で打ちたいためだけに集まってきているんです。
その壮観さといったら。

この大会を見たことで、ボクは全国各地を歩いて取材することを決めました。
それが、今年夏に『人生で大切なことはすべて雀鬼に学んだ』という作品に結実したというわけです。
だからボクにとっても、雀鬼会の原点となる大会なんですよね。しみじみ。

んで、今年は史上初めて、一般観戦が許されることになりました。
竹書房の雑誌ではハガキで応募となっていますが、町田道場に聞いたら「神山枠」をいくつか用意してくださるとのこと。
雀鬼・桜井章一に一目会いたい、雀鬼会のルールを感じてみたい、その試合を見てみたいという方、ボクまでメールいただけたら、牌の音にお願いして優先入場にしていただきます。
とはいえ、 会場の都合もありますから、何人になるかはわかりません。早めにメールいただければ、順番にお願いしますね。あっと言う間に一杯になってしまうかもしれません。
とにかく史上初めてのことですから。

11月22日、午前8時30から18時頃まで。新宿近辺の雀荘。
参加費1000円(昼食代)です。

皆さん、じゃんじゃんご応募くださいませね〜。当日はボクも会場にいってまひす。バザール賞も出しますよ〜。

 

■2009,10,26

今週は、札幌で辻井伸行君のコンサートがあります。
それに続けて、北海道新聞の地田さんと友人の多田さんが企画してくれた
いつ子さんの講演会もあるので、2泊3日で札幌へ。
もう寒いかなぁ。でも美味しいものが期待できますね。
伸行君の演奏も、アスペン以来久しぶりっすね。楽しみ楽しみ。

先週は友人と一緒に門前仲町へ。
いや〜、深川公園前のおでんの屋台がよかったな。
地元の人たちで沸き返っていました。
いいぞ門仲。またいきますね〜。

昨日は西すがも創造舎で維新派。
久しぶりに松本雄吉ワールドにひたってきました。
屋台村も出てますよ。
ご近所の皆さん、舞台のチケは買えなくても、屋台村にはぜしに。
楽しいっすよ〜。

あとは原稿原稿っと。またまたテンパってしまいました。とほほ。
がんばります〜。

 

■2009,10,20

先週末、紅葉の中をバスで走って、南アルプス仙丈ヶ岳に登ってきました。
写真は「だいあり」で見てやってください。

その裏で楽しいことが一つ。

実は出発前に突然「18日から20日まで東京にいるので会えませんか」という英語のメールが飛び込んできました。
今月上旬、長崎取材の折りにたまたま丸山町のバーで隣り合わせたオランダ人、ロイ君からでした。
一カ月の日本の旅を楽しんで、20日、つまり今日成田から帰国の途につくというところだったのです。

ところが18日はボクが南アルプスで不在だったので、家人に任せたら「一緒に楽しく食事したけど、ローカルの店で飲みたいということだったから、明星に放り込んで帰って来ちゃった」だって。え〜〜〜、明星の啓子さんは英語喋れないし、どうなったのかな〜と心配しながら、19日に再びロイと会って明星に行ってみたんです。

そしたらもう、二日連続二度目の登場で、ロイは常連扱いでしたよ。なはは。
聞けば初日は塚ちゃんしかいなくて、最初はボディランゲージでなんとかしていたんだけど、思い立って英語が得意な村ちゃんに電話して、ベッドに入ろうとする彼を強引に呼び出したんだそうです。え〜、明日仕事なのに〜といいながらも村ちゃんは店に来てくれて、そこから延々深夜1時まで飲んだのだとか。
凄いぞ明星! べりさんきゅです、友よ!

いや〜持つべきものは友と明星ですねぇ。
今頃ヨーロッパでも話題のバーになってますよ。

啓子さんにもべりべりさんきゅでした。
今度は皆でヨーロッパいきまひょね〜

 

■2009,10,16

いや〜思ったよりも快調ですよ、ベルジュ君。
BAZを出発して戸田橋からサイクリングロードを約30分。
行き帰りを含めてちょうど1時間の快適トレーニング・タイムを確保しました。

今週末は大学時代の仲間たちと南アルプスへ。
北沢峠に一泊して、甲斐駒ヶ岳か仙丈ヶ岳に行こうと思っています。
現地の友人からのメールでは相当寒いらしいんですが、つーことは紅葉が楽しめるかな。
いい写真が撮れたら『だいあり』でご紹介しますね。

19日アエラに、辻井伸行君のことを書いた拙稿が出ます。
同じ号に拙書『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』の書評が載るかもしれません。

そしたら山口さんの「軸」と3本の記事が載ることになりますね。
そうなったらアエラ・ジャックだな。なはは。どーなりますか。

なーんて思っていたら、もう今年もあと2カ月半ですね。
清志郎さん企画も頑張らないとね。
う〜ん、またまた土俵際に押し込められてしまいました。とほほ。

明日はPTAの親子ソフトボール大会。
6年生チームと闘います。これが楽しいんだな。
そして夕方はパパさんバレー 。アキレス腱は大丈夫かな。とほほ。

 

■2009,10,10

ありゃ、ずいぶんご無沙汰になっちゃいました。
すんません、塚ちゃん。なはは。
昨夜明星で指摘されちゃいました。「最近書いてないね」なんて。
読んでくださって、ほんとにありがとうございます。

この間、何をやっていたんでしょうか。

えーと、アエラの肖像で辻井伸りんのことを書いて(19日発売号です)、
新潮45の連載を書いて、
八戸に行って絶品のサバをいただいて、(八戸フィルムコミッションの佐藤ちゃんには大変にお世話になりましたぁ。べりべりさんきゅね〜)

トロワグロで美味しいランチをいただいて、
両国国技館での麻雀最強戦を取材して(桜井会長のトークショーもありました)

最近大久保に開いた「クラブNG」で昔リクルートにいた編集者たちと旧交を温めて、
そして「だいあり」で書いた長崎に行ってきたのでした。

あ〜〜〜、疲れた。

そしてもう一つ、実は最近の人生の中では相当高いレベルの新ジャンルとの出会いがあったっすよ。なはは。
これは明日にでも「だいあり」で紹介しますね。

楽しみな人生の後半戦になりそうです。なーんてね。

 

■2009,09,26

昨日は終日、頼まれた原稿のゲラ読み合わせのはずだったんですが、
気がついたら秋の豊穣な光を宿した逗子の海岸線に立っていました。

振り返れば、板橋から恵比寿のオフィスまで乗った電車が新宿湘南ラインの「逗子行」だったのがいけなかったんだな。なはは。
こんな天気のいい日になんで恵比寿のオフィスに終日籠もっていないといけないのかなんて思っちゃって、担当者を誘って思わず逗子行に飛び乗っちゃったというわけ。

しかもつい2日前、いつも持っているキーホルダーに一つだけ謎の鍵があることを発見して、
こりゃなんじゃらほいと考えていたんです。
そしたら、何年か前、フランス留学に出かける友人の逗子のマンションの鍵を預かったままだったことを思い出し、逗子の森戸海岸の美しい光とおいしいお魚、それと日本一のロケーションにあるデニーズを思い出していたんですね。ちょうど。

そんなこんなで友人宅に勝手にあがりこんで仕事ははかどったし、お昼は波打ち際のテラスで美味しくいただいたし、終わってからは魚佐に陣取って、素晴らしいお刺身でお酒をいただいてきました。

魚佐の刺身定食のご飯抜きはすごいっす。
めじまぐろ、かんぱち、だるまいか、鯛、ヒラメ、たちうお、かんだい、これだけのネタがてんこ盛りになっています。定食で2000円だから、刺身だけで1500円程度かな?
それと、ミックスフライが美味しいんですよね。サンマのフライがいけてました。

やっぱ自然の中がいいわね。雀鬼も、エレマンの佐藤先生も、米子山荘のみなさんも、みーんな自然の中で生き生きとしています。東京はほんと、コンクリばっかで息が詰まりますね。といいながら、明星でホッピーはいけてるんですが。たはは。

というわけで、秋の海を堪能してきました。
ベシとアラレちゃん、べりさんきゅね。不法侵入で通報しないでね〜。

さぁ、今日からアエラ・辻井伸行君だ。
どんな文章がでてきました。楽しみですね〜。

 

■2009,09,15

行ってきました。新潟越後妻有大地で開催されていた芸術祭。
12、13日は開催最終日だったのですが、2日間で10近くの現代美術を見て回れて、
その上、去年一緒に「居酒屋10番勝負」を展開してくれたボーカリストのトキコにも再会してきました。
彼女は、鉢という部落の廃校を使ってたくさんの作品が展示されている田島征三美術館のキューレターになっているんです。
そしたらいきなり「コウヤマさん、すいません」だって。
ピンと来て、「トキコ、結婚だろ」と言ったらそうですだって。とほほ。何もボクに謝らなくてもいいのに。そして再度「すいません」というから「おめでたか?」と言ったら、またまた「そうです」だって。
なーんもすいませんじゃないけれど、はや。お相手は大道芸人とのこと。
一緒に鉢に住み込んで、二人で出稼ぎ等をしながら生活していくのだそうです。

いや〜、いいじゃないですか。芸術祭で結ばれたカップルが地域に溶け込んでいく。
プロデューサーの北川フラムさんが描いたヴィジョンは、二世代三世代に渡って受け継がれていくわけですね。おめでとうトキコ。11月28日の結婚式、ぜひ伺いますね。

拙書『人生で大切なことは〜』、もうお読みいただけましたか。
ぜし最寄りの書店でご注文いただけたら嬉しいです。

雀鬼会のHPにも反響が続々と寄せられているようです。

http://www.jankiryu.com/painooto/

見てみて下さい。

今週から約一週間でセントラル社の八木さんと、民主党のマニュフェストで中小企業がどう変わるかをまとめないといけません。約200枚。ちとしんどいけど、歴史のバラダイム転換になるかもしれないんだから、しっかりと書いておきたいと思います。

同時にアエラ、現代の肖像で辻井伸行君のレポートも。今日もレコード会社のプロテューサーに会い、この前は恩師の川上先生に会い、少しずつすすんでいます。

そうそう一つ朗報が。10月27日の彼の札幌キタラ・コンサートに合わせて、28日、いつこさんの講演会とお祝い会が開かれることになりました。
札幌の多田さんと地田さんの尽力と、アスコムの理解のお蔭です。
ありがとうございます。
札幌のみなさんとお目にかかれるのを楽しみにしています。

キタラの音は最高ですからね。のぶりんのコンサートも楽しみですね。
どうぞよろしくおねがいいたしまーす。

 

■2009,09,08

3日から7日まで、志摩〜安曇野〜鳥海山とツアーしてきました。
その様子は「だいあり」でご覧くださいませ。徐々にアップしていきますね。

留守中、たくさんのメールをいただいたのですが、その中に拙書『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』の嬉しい感想メールが何通もありました。

あんまり嬉しいので、匿名でご紹介させていただきますね。

まだ未読のみなさん、ぜひ同じ感動を味わってみてくださいまし〜。なんて、ははは宣伝部長になってるな。お許しを〜。

「神山典士さん あなたの最新作『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』(竹書房)を風の盆に持参したのですが、やはり読む時間はとれず、結局は今日1日かけて読んだですが、すこぶる面白かったです。麻雀ですら<道>にしてしまう群れが現れる日本人のメンタリティの物語として興味深かったし、あなたも書いてるように今どき珍しい「部族の絆」が雀荘ならぬ麻雀道場をベースに形成されてきたとのレポートとして出色です。おそらくかつての炭住(炭鉱住宅)での谷川雁もかかる酋長的存在だったのでしょうね。また一方的に美化して報告するのでなく 、その道場に集う若者たちを丹念に取材するなかから「なぜこんなにもひ弱な若者が多いのだろう」と訝しがり、その疑問からさらに内在的にアプローチしていく姿勢が光っています。
これは八月上旬世田谷の三軒茶屋で行われた「いいんだよ、そのままで」ワークショップでダウン症の子どもたちの驚異的絵画表現力に目を瞠り、寄り添っていく取材姿勢にも通じていて、本当にごまかしのないいい仕事をしているなあと改めて感服するほかありません。
そのうえで雀鬼:桜井氏の問題点としては1)酒をのまないことがいいことだと思っているふしがあること。2)酋長的存在なのだからやむをえないけどある種(構成メンバーにとってはそれがむしろ心地いいのだろうけど)独裁的組織になってしまっていること。これは谷川雁の病でもあったといえますが。3)彼の饒舌には聞くべきことばも多いが、陳腐で押しつけがましい説教やわけ知り顔のもの言いも少なくなく、これでよく道場に集う若者たちがついてくるものだなと奇妙に思われる面もあること。……
しかし、これは麻雀をまったくやらず、かつ麻雀不敗伝説をもつ彼という存在に触れていないから言える批判であって、おそらく直に会って親しんでいけば、こんなレベルの批判など吹っ飛んでしまうのでしょうけどね。しかし、僕としては、まあ会わなくていいかな、この種人物としては谷川雁だけで十分かなとも改めて思い直している次第でもあります。
それにしても、あなたも麻雀経験はゼロとのこと。そのハンディ?を背負いながらのこの雀鬼と麻雀世界への密着取材ぶりとその精華に、乾杯!!です。 ラストシーンで、亡くなった(元)仲間の死を悼んで「(最古参のメンバーと)何度も何度も麻雀を打ってあげた」とあるのには、こちらもつい涙がおさえ切れなかったと告白しておきます。
雀鬼とは情けの鬼、情鬼でもあるのですね」

「失礼ながら暇つぶし程度にと電車で読んでたのですが冒頭から涙が出て困った困った。 麻雀ゴトキで泣きたくないぞ!みたいな(笑) スゴイ人だなぁ雀鬼。あついなあ。 そしてこんなにも深く迫れる貴方もまた凄いライターだなあ。 何度も読み返すことになるだろう、な本でした」

次に雀鬼会のみなさんからのメールを。

「昨日道場にて購入…初めて知る話も少なくなく、あっという間にラストの須田君のくだりまで。明日からまた今期の打数カウントが始まるという時に、改めて刺激になります。有難うございましたっ 」

「引っ越し中で、返事遅れましたが、 献本いただきました。 ありがとうございます。 昨日は別荘期間中借りていた車を実家(葛飾)に 返しにいったので、さっそく両親にも置いてきました。 自分の所を読んでにやにやしています。 雀鬼会をやめた人間のこととかも いままだあまり触れられていないことなので 興味深く、これまでの本とは異なり神山さんらいしと 思いました」

一緒に仕事をしている編集者からもメールをいただきました。
べりべりさんきゅです。

「会長とのプロジェクト、ついに1冊にまとめられたのですね。 おめでとうございます! アマゾンで注文して早速 読ませていただきました。 いままでどの本にも書かれていなかった会長の素顔や まごころを改めて活字で読んだ気がします。 会長と同じ時間や空間を共有され、濃密な関係の上に 完成した作品なのだと感じました。おめでとうございます。 お疲れ様でした」

「こんにちは! ごぶさたしています。 『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』、 おもしろかったです! 道場の中だけでなく、海やすべての自然をふくめて 会長といっしょにいるところがすべて“道場”になるんだなーと、 思ったりしました。考えさせられる本でした。ありがとうございました。 アエラの書評欄でも近く取り上げさせていただく予定です」

お、アエラが書いてくれるそうです。楽しみですね。
よろしくおねがいいたしまーす。

 

■2009,09,02

昨日は久しぶりに雀鬼会町田道場へ。
PHPThe21誌のインタビューで、桜井会長に会ってました。
「お前の本、道場でも好評だよ。読みやすいじゃないか」と、お褒めの言葉を
いただきました。「でも、地方の子のことはつくってんじゃねぇのか〜」なんて、も。
なはは、そんなことはないです。のんふぃくしょんですから。

でも、拙書の最初の読者は雀鬼会のみなさんだと思っていましたから、
嬉しい限り。ありがとうございます。

明日からは志摩でエレマンのみなさんに会って、
その後安曇野へ。旧友たちとまた新しい企画の仕込みをやってきます。

志摩は晴れていたらシーカヤックができるんだけど。この天気じゃちと難しいかな。
健一郎君やゆきえちゃんに会えるな。楽しみ楽しみ。

日曜日からは鳥取の米子山荘のみなさんと鳥海山へ。
これまた100名山の一つ。これを制覇できれば、今夏大山に続いて二つ目ということになりますな。
天気だといいのだけれど。
みなさんはマイクロで米子からくるんだから、すげ。すごすぎ。
3年連続でお世話になります。

10月下旬に札幌で辻井いつこさんの講演会を企画しているのですが、現地の地田先輩にはずいぶんお骨折りかけてしまいそうで。
なんとかうまくいくといいのですが。

秋の北海道。美味なんだけどな〜。なはは。

 

■2009,08,30

桜井会長が、雀鬼会のHPに拙書のことを書いてくださっています。

http://www.jankiryu.com/painooto/

ありがとうございます。会長には何度も何度もインタビューを快く引き受けていただき
感謝しています。
雀鬼会のみなさんにも、いろいろな場面でご協力をいただきました。
ありがとうございました。

今日は雀鬼会合宿の最終日。
「これから最後の海に行ってきます」と、さっきノックさんがメールをくれました。
昨日は小さいながらサメもゲットしたそうです。

今年は別荘番長花岡さんの活躍はどんなんだったのでしょうか。

さぁ、秋は全国大会(今年もあるのかな?)ですね。

雀鬼会のみなさん、今後ともよろしくお願いいたしマース。

 

■2009,08,27

じゃじゃじゃじゃ〜〜ん!

ついにできてきました。
新刊『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ〜桜井章一の超教育実践』
神山典士著、竹書房、定価1300円+税

いや〜、うれし〜〜〜
桜井会長と出会ってから足掛け3年、ずいぶんいろいろな所にも取材したり、会長にも何度も何度もインタビューをお願いして、やっと書き上げることができました。
会長、雀鬼会のみなさん、本当にありがとうございました。

なにせボク、麻雀ぜんぜんできませんからね。足手まとい以外の何ものでもありませんでしたよね。とほほ。

でもいい本になりました。ぜしアマゾンでもご近所の書店でも、ご注文下さいまし。

人間の可能性を感じられる、勇気の書になっているはずです。よろしくおねがいしまーす。

先週は金曜日から韓国・ソウルへ。
楽しみにしていた詩人の金芝河氏は病気療養ということで会えませんでしたが、
氏が敬愛しているという圓仏教の修道院で勉強会ができたし、
折しも訃報が伝えられた金大中氏の国民葬で、追悼することもできました。
非武装中立地帯(DMZ)にも列車で奥深く入れて、98年『北朝鮮にスマッシュ』を書いた時とはずいべん様変わりした様子も見て取れました。

一昨日は軽井沢で辻井伸行君のコンサート。
美智子さんもいらしていて、熱心に聴かれていました。
高原はもう木々の先端は色づき始めています。
もう秋ですねぇ。

なんかまだ夏が恋しいな。みなさんは如何ですか?

 

■2009,08,20

なんか変な夏ですね〜。今週前半は真夏日が戻ってきたかなんて一瞬期待しましたが、
なんか本格的な陽差しをあんまり拝めずに夏が終わってしまいそうですね。
ま、今年は前半のコロラド・アスペンや鳥取、伊豆で夏を堪能してきたからいいけれど。

みなさんの夏は如何ですか〜?

さーて、先週今週もまたまた書いてますよ〜。とほほなくらい。
連日25枚〜30枚書いて、その上雑誌の原稿も書いて、昨夜新潮45の連載第三回分もなんとか終わりました。山口さんが別件撮影取材で一カ月半も不在になるんだって。その前倒し原稿です。
ふ〜、

今年の夏は前半が雑誌大会、中盤が今日で一段落、
明日からは韓国勉強会合宿に行ってきます。
詩人の金芝河氏に会えるかもしれないんだって。38度線も再訪してきますね。
焼肉も楽しみだね。
ソウルはマルセ太郎さんと一緒に行って以来かな。何年ぶりだろう。

戻ったらすぐに伸行君の軽井沢音楽祭取材。
そしてそろそろアエラを書かないといけないかな。どんな文章が出てきますか、楽しみ楽しみ。

そうそう、この旅の最中に、拙書『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』ができてくるはずです。発売は27日予定。みなさん、よろしくおねがいしますね〜。すぐに本屋さんに予約してね〜。なはは。

 

■2009,08,12

清志郎の打ち上げを無事終えて、昨日の深夜で新潮45の原稿もなんとか校了。
お疲れさまでした〜。

ということで昨日深夜また明星で飲んでいたら、またまた店主の啓子ちゃんともりあがってしまいました。
9月11日から13日というスケジュールで、新潟越後妻有で行われている「大地の芸術祭」にいこうじゃあーりませんか、と。http://www.echigo-tsumari.jp/2009/summery/passport.html

十日町は小千谷縮の産地でもありますから、着物を見つける楽しみもありますしね。
今年の芸術祭には、去年まで「居酒屋10番勝負ライブ」をやってくれていたトキコが田島征三美術館のキューレターになって現地で頑張っています。あいつにも会いたいしね。
武蔵野大学の水谷研究室も、作品を出展しています。学生たちも詰めているはずだな。
真っ黒に日焼けした学生たちにも会えるでしょう。

みなさん、如何ですか。ワンボックスを借りていくから、限定8名かな。
宿は武蔵野の学生と同じ廃校とか、小出郷の庭山先生のゲストハウスとか。
里山を見ながら現代美術を探り当て、ひととき自然と感性の世界に浸りましょうよ。

というわけで、参加者大募集です。
電話03-5248-0811ファックス5248-0810かmhd03414@nifty.comまで。

みなさん、ふるってどーぞー。

 

■2009,08,06

おっと、「だいあり」のほうはけっこう頻繁に更新していたのですが、この「ほわっつ・にゅ」が放置プレイになってしまいましたね。すんません。

行ってきました、アスペン。なんて、もう随分昔の話だな。この話題はだいありでお楽しみください。

26日に帰国して、翌日は山口さんと鳥取・大山町へ。
なまこ壁の取材をしてきました。
そのままボクは延泊して、荒井先生と合流。
翌日、大山、登りましたよ。
1700メートルほどの山ですが、山陰一の山ですからね。
森林限界の8合目からは猛風が吹いて、初めて身体が飛ばされそうな体験をしました。
それに先生もボクも極度の二日酔い。とほほ。登山口のあたりは、坂道と闘うよりも酒臭さとの闘いでしたよ。とほほのほ。

んで戻ってすぐにフライデー「清志郎」連載の最終回執筆。

2日日曜日夜は、護国寺のイタリアンにクラブSのメンバーが集まって、
ピアニストの辻井君のお祝い会。美味しかったな。バリックかな。

んでもって、3、4日は伊豆へ。
今年も合宿を張っている桜井会長の誕生祝いを持ってでかけてきました。
ちと天候不順ですが、今頃はもう皆潜っているでしょうね。

昨日5日は三軒茶屋でアトリエ・エレマン・プレザンの展覧会のオープニング。
「いいんだよ、そのままで」(アスコム)の出版記念でもあります。
いい本になりましたよ。ぜし手にしてみてください。
ダウン症の作家たちの作品展は、今週一杯やっています。
ぜしお出掛けください。ボクは土曜日に顔を出します。

そしてそして、今日は5時〜、フライデー忌野清志郎連載打ち上げ大会です。
取材でお世話になったミュージシャンや屋根裏の関係者、編集者、記者、テープ起こし、友人知人等々、賑やかなことになりそうです。
もちろん場所は板橋「明星」です。きのうDVDも試してみて、絵も音も出ることがわかりました。
なはは、当たり前か。

プレゼント大会のラインナップがすんごいですよ。
清志郎さんがデザインしたあれでしょう。あの音源でしょう。あの写真でしょう。DVDでしょう。それから世界でたった一枚の秘蔵音源でしょう。なはは、お楽しみに〜。

こちらも参加自由です。たぶん最後は立ち飲みだけど。
よろしくどーーーーーーーーーーぞ。

 

■2009,07,18

原稿も仕事もぎゅうぎゅうに詰まっているのに、こんな時に限って突発的な取材が入ってくるんですよね。
21日から、コロラド州アスペンに行くことになりました。
辻井伸行君のコンサート取材です。アスペン音楽祭に出演するそうです。
調べたら、国際的なスキーリゾートだから、夏場はオフとはいえけっこうホテルも高いなこりゃ。大変だ。
ま、久しぶりの伸行君の生音を聴けるんだから、ね。
でもこれからは、いちいち欧米まで追いかけないと聴けないんだろうな。
コンテスト前は都電に乗って荒川のホールで聴けたのに。とほほですねぇ。

というわけで、『あのシャウトが聴こえる』も今週中に二回分書きためないと。
アエラの『軸』も一カ月先まで一応書き終えました。
あとは「新潮45」だな。いやはや。

んで、帰国してすぐに鳥取へ。山口さんとなまこ壁取材です。
大山の近くに行くということで、すかさず荒井先生に連絡を取って、29日には大山登山もすることにしました。忙しかろうが何だろうが、飲むべきものは飲む、登るべきものは登る。なんてね。

そうそう、昨日板橋串カツ『河内屋』完全復活。心配しましたよ。10日間も休んじゃうんだから。
なんでもオヤジさんが、突然左目が見えなくなってうろたえたそうです。
ま、過労でしょう。お昼はしばらく休んでくださいよとお伝えしました。
そしたらお母さんが「私がタコヤキやろうかな」だって。こりゃ大賛成。ぜしお願いします。伝説の大塚駅前屋台のタコヤキ。たべたーい。

 

■2009,07,17

いや〜〜、ついに夏が来ましたね。
最近はずーっと浴衣です。
ネクタイしなきゃならない人には申し訳ないッすが、この国にはこの湿度を耐えるためにこんな素敵な伝統衣装があるんだから、着るべきですよね。
クールビズなんて小泉さんが言い出した時、ポロシャツなんてぬるいもん着ないでいっそ浴衣を着てくれたらサラリーマンもみーんなこれでいけたのにね。
何が改革だ。ぬるすぎ。返す返すもじゃんねんだ。

んでパナマ帽も被って、昨日は浅草ロック座へ。
久しぶりにママを顔を見に行ってきました。
そしたら元気元気。今度の誕生日で84よ、なんていいながら、
今も毎月一度は沖縄へ行き、最近小屋を開いたマカオにいき、カジノで遊んでいるのだそうです。周囲のスタッフの方がくたびれてたな。なはは。
ロック座ママ健在。素晴らしい。

フライデー『清志郎』の連載が、第9回まで続くことになりました。
今日から7回『ラプソディ』を書いて、8回は『タイマーズ』、そして最後は『完全復活武道館』か『屋根裏同窓会』となる予定です。

そこでお知らせ。

予定通り行けば、最終回掲載号は8月6日(合併号で木曜日)発行となります。
この日、板橋大衆酒場明星で大打ち上げ大会を企画しました。
DVDかけめくりで、ノリノリ、飲み飲み、お楽しみ抽選会ありです。

編集者、記者、カメラマン、テープ起こし隊、お世話になった方等々、参加自由です。
ただし狭い店だから、座れるのは20人くらい。あとは立ち飲みかな。
5時の開店からぶっとばそうぜ〜。なはは。
でも 9時までです。犬の散歩があるからね。とほほ。

参加ご希望の方は、ボクにメールくださいまし。
一等賞はすげーよ。清志郎さん縁の賞品です。お楽しみにね。
よろしくどーぞ〜。

 

■2009,07,10

8月5日〜9日にかけて、世田谷キャロットタワー4階生活工房において、「無垢なる芸術家」と呼ばれ美術界でも大きな注目を集めるダウン症児の芸術活動の展示会及びワークショップ『いいんだよ、そのままで』(参加自由)が行われることになりました。

5日(11時〜)には、ダウン症児の芸術活動を約20年間実践してきた画家・佐藤肇氏(アトリエ・エレマン・プレザン主宰)と、盲目のピアニスト辻井伸行氏を育てた母・いつ子さんとの対談もあります。
これを僕が司会します、よろしく〜。

エレマンプレザンは、志摩と東京で活動しています。その作品は、スイスにあるアール・ブリュット・コレクションのキューレターにも大絶賛を受け「精神障害者のアートとは違う、アール・イマキュレ(無垢なる芸術)だ」との評価を得ています。 彼らの作品に囲まれて「まるで絵画の森林浴のようだ」と言ったキューレターがいました。拝金主義に墮してしまった現代美術の対極にある、人間存在の根本から生まれ来る作品たちです。
その素晴さに、ぜひ「出会ってしまって」ください。一つの事件になるはずです。

無垢なる芸術家たちの作品は現在、聖路加病院小児科、東大図書館、榊原記念病院、IBM本社等に常設展示されています。

5日には、佐藤先生の活動実践を綴った『いいんだよ、そのままで』(アスコム)も出版されます。ダウン症児親子が芸術と出会い、いかに開花したか。才能は創るものではなく、引き出すものだという佐藤先生ご夫妻の実践にもご注目ください。

5日のシンポジウムは席が少ないそうです。参加ご希望の方は、早めに神山までお願いいたします。 会場でお目にかかれたら嬉しいです。

よろしくどーぞ。

 

 

■2009,07,01

「お客さん、この前来たときにデジカメ忘れてませんでしたか?」

昨日、一カ月以上ぶりに暖簾を潜った居酒屋で、若い店員さんからそう声をかけられました。
一瞬驚いたのですが、そうそうそうそうそう、いつだったかこの店で飲み始めて何件かはしごしているうちに、デジカメを紛失してしまっていたのです。
まさか飲み初めのこの店に忘れたとは思わずに、他の店で探してもらったりしていたのですが。

いや〜、うれぴーーー。
五反田の、山本モナ街にある「かね将」って知ってます?
いやいや、店員さんが親切なだけじゃなくて、牛すじのトマト煮込み、つくね、ガツ刺し等々、美味い安い超満員親父度120%。
午後4時頃から開いてるらしいんですが、いつも超満員です。
素晴らしい店だ。

赤羽の米山、板橋の河内屋、そしてここ、さらに明星。その辺が最近のグランドスラムだな。なはは。なにせ夜が短いコウヤマなので。

さぁ、カメラが戻ってきたから、ダイアリの写真も復活しますよ〜。お楽しみに〜。

 

■2009,06,29

昨日は早朝から浜松へ。
雀鬼・桜井さんがここで行われている「ヒクソン・グレイシー柔術大会」に駆けつけるということで、僕もヒクソン×雀鬼のツーショットを見て挨拶してこようと思って出かけたのでした。

いや〜、びっくりした。
浜松アリーナという会場には、早朝から何百人もの柔術家が集まっていて、8面のマットで一斉に試合が始まります。
僕が見た午前中は白帯の闘いだったので、内容としてはまだまだでしたが、日本人、ブラジル人、二世、三世、多種多様な参加者がいて、内容のぎゅっと濃い大会でした。

それにしても、日本でブラジル人の名前を冠した柔術大会が開かれて、そこに日本中から多人種の選手が集まってくる−−−。なんて壮観、かつ奇跡的なことじゃないですか。

振り返れば95年、アマゾンのベレンで開かれた「第一回コンデ・コマ杯柔道大会」を取材したのが、この世界との付き合いの始まりでした。
それから約15年、黒船襲来と言われたヒクソンの来日があり、総合格闘技ブームがあり、ロシアや東欧への広まりがあり、そしてこの大会があります。

僕にとっては、その連鎖の中に、雀鬼・桜井さんとの出会いも含まれます。
こうしてみると、奇妙でダイナミックなご縁を感じないわけにはいきません。
8月に上梓予定の拙書『大切なことは全て雀鬼に学んだ』の中に、コンデ・コマからヒクソンへ、そして雀鬼・桜井章一への太い絆も書いています。
ぜひ手にしてみてください。

■2009,06,24

 

一昨日フライデーの小柳津君が突然「ちょっとお願いがあるんですが」なんて言ってきてくれました。
もうフライデーには清志郎でこちらこそたくさんたくさんお世話になっているので、いまさら何だろうと思ったら「拓郎さんを書いてくれませんか」だって。

「えっ? そりゃ嬉しいけど、ボクもう何年も彼にはあってないよ」と言ったのですが、「編集長が今回のファイナル・コンサートの記事をぜひ載せたいからって」とのこと。

あわてて事務所のファイルをひっくり返したら、出てきた出てきた。87年に、ボクがフリーランスになって 初めてサンデー毎日に書いた「直筆原稿」まで出てきちゃいました。
それ以降、92年にアエラで書いて94年にはペントハウスで書いて、それ以外にもフォーライフの横田君に頼まれたパンフレット原稿なんかもあって、 随分何回もお世話になっていることを再認識しちゃいました。

原稿のさわりを、だいありに載せておきますね。まだ発売前だから、ほんのちょびっとね。なはは。清志郎と拓郎。二人に贈った拙文が載るなんて、金曜日が楽しみだな〜。

小柳津君、いい機会をべりさんきゅね〜。

■2009,06,14

 

いや〜、呆れるほどつづいていますね〜、伸りんフィーバー。
なんか目につくメディアのほとんどに出ている感じだなぁ。
本人は北上でのコンサートを終えて今週は名古屋公演のようですが、お母さんからは「嵐の中でぜんぜんおちつきません」とメールがきました。そうでしょうねぇ。すごすぎ。

以前札幌のキタラでコンサートがあった時に、道新にいる地田先輩が辻井親子とボクに夕食を奢ってくれたことがあったのですが、彼からも「今更ながら嬉しいよ」なんてメールをいただきました。 なはは、その節は御馳走さまでしたン、地田さん。

おっとフィーバーは伸りんだけではありませんでした。
浅草ロック座も燃えてますねぇ。うふふ、炎上だな。
こちらは週刊誌にママが取り上げられて、「怪女」なんて書かれていました。
どんな感じかなと思って、ひさえ姉さんに電話したら「私は大衆演劇の方についているので、いま旭川よ」なんて返事。これから札幌に向かって羽田についたらすぐに前橋、その後鹿児島、そしてやっと浅草に戻れるのだそうです。たはは、多角経営だから大変ですね。

さーて、僕の方は先週金曜日から『忌野清志郎』の連載が始まりました。
読んでいただいた方、ご感想はいかがだったでしょうか。
始まっちゃった以上、終わるまで書き切らないといけません。当たり前ですが。あはは。
どこまで遠くにいけますか。
自分でも楽しみです。

先週は、雀鬼・桜井さんのことを書いた作品の打ち合わせもありました。
タイトルは『人生の大切なことは全て雀鬼に学んだ』になりそうかな。
どうでしょうね。このタイトル。ボクはまずまず気に入っていますが。

出版は、会長の誕生日の8月4日が有力です。
夏休みは出版点数が減るから、いいんじゃないでしょうか。
力強い作品になっていますから。暑さにまけない熱血な作品です。

こちらもお楽しみに。よろしくおねがいいたしまーす。

 

■2009,06,11

 

昨日は午後から全日空ホテル。
伸りんにあってきました。もうこんな機会でないとなかなか会えないからねぇ。
いや〜、テレビで見られましたか?なかなか立派な質疑応答だったでしょ。
当初心配していたんですよ。この日は疲れてお母さんも会場に来ていないっていうし。
ボクのイメージの中には小学校5年生や中学生だった頃の伸りんがのこっているので。
でももう二十歳の若者なんだから、「お嫁さんが欲しい」「親から自立したい」というのは当たり前ですよね。自信は人を成長させますね。なによりなにより。
その意味でもおめでとう、伸りん、ですね。

今週金曜日発売のフライデー、忌野清志郎さんの追悼文の一回目ができましたよん。
いろんな人に会って資料も読み込んでBAZでもRCをかけっぱなしにして、もう頭の中清志郎でこんがらがっています。とほほ。

さわりだけね。

 少年は、高校に登校すると空に一番近い場所に登り、一人でタバコを一服するのが無上の喜びだった。新設されたばかりのその高校は、4階建てのA棟から2階建てのC棟まで、漢数字の「三」の形で校舎が3棟並んでいる。最も高いA棟の屋上の西の端。一団高くなった場所が少年の定位置だった。 後に少年は、ここで過ごした体験を「至福のもの」としてこう歌っている。
「寝ころんでたのさ屋上で、たばこのけむり、とても青くて」〜

これはオリジナルで、誌面では行数の関係等で多少変わっていますが。
ぜひみてやってください。お楽しみにね〜。

 

■2009,06,05

事務所で執筆していたら、牌の音から電話をいただきました。
「会長が電話をかけてほしいそうです」
いや〜、ダイヤルをぷっしゅするのもどきどきですね。
ちょうど今頃、拙書のゲラをみていただいているはずなので。
ちとご無沙汰してしまった会長のお声。
この間、木曽の温泉に行かれたりしていたはずです。
いろいろお話しをいただきましたが、「OKですよ」と一言。
まだこれからいろいろ修正は必要ですが、その一言で、この3年間のいろいろなシーンが思い出されてきました。会長、ありがとうございます。
これで夏ごろには、皆さんに拙書を見ていただけると思います。
楽しみだな〜。

今週は清志郎さんの第一回目の執筆にはいります。
BAZに流れているのは、ずーっと清志郎、ずーっとRC。
全身音楽漬けになりながら、さーて、どんな文章が出てきますか。
こちらは6月中旬からの「フライデー」ですね。

といいつつ、アエラの連載も続いているし。
「旅」も「新潮45」もあるし。
う〜ん、頑張れコウヤマ!! って感じですね。

 

■2009,05,29

昨日は新宿のタワーレコードでRCサクセションのレコードを大量大人買い。
今、フライデー誌で、忌野清志郎の追悼企画の取材にかかっています。
そういうときは、まずシャワーのように「音」を浴びないといけないねってことで、CD何枚も買い込みました。
そしたらその中の『RHAPSODY』に反応しちゃって。
確か大学2年の時、後輩の下宿でこのレコードを聞きまくっていたんですよね。
んでもって、松本市民会館のコンサートにも出かけて、パイプ椅子なぎ倒して大暴れしたことも蘇ってきました。
う〜ん、懐かしい。卒業時に結成したバンドでも『雨上がりの夜空に』と『よォ−こそ』をやったのかな。なはは、そんな青春もあったんですね。ボクはドラムでしたかね。すげー下手っぴだったけど。

ま、亡くなった清志郎さんを通して、70年代の音楽が持っていたパワーを語りたいと思っています。

その一方で、昨日は鳥取大山地方に残る「なまこ壁」の専門家にあいにいったら、県庁職員や鳥取民芸協会の理事の方にも会えて、鳥取取材が現実的になってきました。
う〜ん、これまたご縁ですねぇ。
板橋の串カツ河内屋でも鳥取県庁の人と仲よくなったし、 米子には恩師もいるし。
こりゃ取材が楽しみだな〜。

 

■2009,05,22

今週は、京都−泉南取材で幕を開けました。
いやいや、その前の先週日曜日から、刺激的な取材が続いています。

まずは先週日曜日夜、全国の森の再生を手がける職人・速水さんと、海から地球環境を蘇生させようとしている海の旅人・内田さんの出会いから、はじまりはじまり〜
これまた山口さんの「引き合わせる力」の産物なんだけど、二人のオーラがみごとにシンクロしあって、 海と森の新しい潮流が生まれそうです。
さっそく内田さんの著書『祝星「ホクレア号」がやってきた』を読了。ヤポネシアと呼ばれる日本人は本来海洋民族なんすよね。
昨年一昨年、雀鬼と行ったパラオの海が思い出されます。
志摩でもシーカヤックやったしねぇ。なんて、そんなスケールの話じゃないんですが。たはは

月曜日からは京都に飛んで、室町に270年続く超老舗帯問屋「誉田屋源兵衛」さんへ。
ここでは「桃山」の時代を彷彿させる素晴らしい帯の数々を見せていただきました。
帯だけじゃなくて、源兵衛さんは、生き方としても桃山の「凄味」を現世に体現しようとしていらっゃいます。かっちょいいんだ、これが。
そこにプロレスラー、じゃなくて、知の格闘家吉田真一郎さんが合流して、すげーのなんの。

しかも夕食は祇園の「おいと」はんですよ。おでんですよ。稚鮎ですよ。なはは。満足満足。

火曜日は、泉南の大正紡績にて、今度は世界一の糸を見せていただきました。
これまたワールドワイドで圧巻。こういう技術があるんですねぇ。日本には。いやはや凄い。

いや〜、東京に戻ってくると気が抜けちゃいますね。

 

■2009,05,12

ふ〜〜〜〜
書き進めてきた『雀鬼と青春』(仮題)。
やっと「まえがき」と「あとがき」が書き終わりました。
まだ編集者から何がしかの注文があるかもしれませんが、
ひとまず脱稿です。
足掛け3年間、桜井会長と出会えたことの感動をエネルギーとして、
ずいぶんいろいろなシーンを見させていただきました。
ボク、麻雀牌って握ったことないでしょ。
そんな男の拙いインタビューや取材に応えて下さった会長、そして雀鬼会の皆さん
本当にありがとうございました。
でも会長も皆さんも、一言も言わないんですよね「麻雀やれよ」って。
むしろ「麻雀なんてやらないならやらないほうがいい」って言うし。
その辺の矜恃の持ち方もまたかっこよかったな。

「まえがき」の冒頭を「だいあり」に貼り付けておきました。見てやってください。

さてさて、ここから編集作業となります。
どんな本となりますか。
初夏には皆さんにみていただけるはずです。
楽しみにしていてくださいませ。

ひとまず、「あざーす」、ですね。

 

■2009,05,05

GWも後半に入りましたね。
都内は車が少なくて、快適快適。
高速道路の渋滞のニュースばかりですが、面白かったのは、東京大学の渋滞学の先生がニュースで「車間距離を40メートルとれば渋滞は起きない」だって。とほほですよね。
車運転したことあんのかな。そんなん「車に乗らなければ渋滞に会うことはない」と言ってるのと一緒っすよね。
ま、ボクは渋滞知らずですが。ベンツのチャリンコでBAZに通っています。

このGWの収穫は、拙稿「雀鬼と青春」(仮題)が書き終わったことでしょうか。
最終章5章「別れ」の章が一応書き終わって、あとは桜井会長に最後のインタビューをするだけとなりました。
夏前には皆さんにもみていただけるかしらん。
ここからのツメが大切になります。

ところでタイトル件、「雀鬼と青春」と「麻雀青春記」ではどちらがいいと思いますか?
サブタイトルに「〜雀鬼・桜井章一の超教育実践」といれようと思っているのですが。
如何でしょうか。ご意見ご感想をお待ちしてますね。
よろしくどーぞ〜。

 

■2009,04,25

あらら、ちと油断してたらもう一週間がたってしまいました。
今日は一転、肌寒いくらいですね。
ここんとこ、ちといやなことばかりが続いて、ふさぎ込んでおります。とほほだな。
今週のハイライトは歯医者さんかな。
治療してあった奥歯がかけちゃって、10年ぶりくらいに歯医者さんにいったんです。
歯なんかが悪くなると、歳だなと思っちゃいますよね。
その上、最初に行った歯医者さんでは「二本抜きましょう」なんていわれてええっ!!と驚いていたんです。インプラントなんて技術があるそうなんですが、痛そうだしね。
でもそんな悩みを明星で話していたら、偶然常連の歯科技工士・亜中、冠中兄弟が現れて「抜くことないよ、絶対」とアドバイスを受けました。で、医者を変えたら3回で見事に直してくれたというわけです。
ま、被せただけなので、本質的には危ないんだけど。
でもよかった。持つべきものは明星と友人ですね。なはは。

そんなこんなの一週間。

明日発売のアエラから山口さんとの連載始まります。最後の方のページかな。どこかで立ち読みでもしてやってくださ〜い。よろしくどーぞ。

 

■2009,04,19

気持ちのいい天気の日曜日ですね。
この季節はこの国で最も気持ちいいですね。
花見の季節は煩くていやだけど、最近は今頃の夕方が一番いいな。
原稿執筆を終えて、黄昏時からホッピーを飲むのが至福です。なはは。おやじくさ。

今日もBAZで執筆です。
ご縁あって取材させていただいたダウン症児を持つ松野明美さんの原稿が、ほぼ仕上がりました。

アエラ×燕子花連載も、第二回目。江戸屋さんという、まさに江戸時代の将軍家お抱え刷毛師の店の歯ブラシを書きました。これって天然馬毛なのに380円。使い心地最高です。

そして「雀鬼と青春」再開。あと少しなのに、いろいろな締め切りが重なって、なかなか手がつきませんでした。でも連休前には何とかなりそうです。

セオリーで取材した板橋串カツ「河内屋」さんのテープ起しをしていたら、串カツが食べたくなっちゃった、とほほ。今日は休みだもんな。我慢我慢。

5月は山口さんと地方取材が始まりそう。京都、倉敷に行ってきます。それ以外にも長野、大阪もあるかな。いずれにしても、仕事がボクをひっぱってくれています。ま、いけるところまでいってみようじゃありませんか。

 

■2009,04,13

今日は誕生日というのに、朝からマロンに起こされて、6時にはもう散歩です。とほほ。
ま、マロンが家に来てから、前みたいに深酒ができなくなって、たいていは11時には寝るようにしています。だって朝6時前にはクンクン鳴きだすんだもんね。
ま、その分健康的な生活が送れるようになったというわけです。前向きに考えましょう。

んで戻ってテレビをつけたら、「48歳9カ月、史上最年長のマスターズチャンピオンが誕生か」なんて声がきこえてくるじゃありませんか。なになに、ボクのこと? なんて思わず身を乗り出してしまいました。

ケリー・ペリーなんて知らなかったけれど、頑張ってますね。
でも、それ以上に、48、49歳というのは、いまだかつて誰もメジャーで勝ってない年齢なんですね。 そういうことになってしまったのかと、思わず唸ってしまいました。

ちと気になるのは、10年後の自分のイメージが見えないことかな。んじゃ二十歳の時は30歳が見えていたのかと問われたら心もとないものもありますが、この10年で、どこまで遠くどこまで高くどこまで深く進めるのかな、と。

ペリーは16番のバーディーで勝利をつかみかけたのですが、17、18と連続ボギーでプレーオフで沈みました。最後の2ホールは、アマチュアゴルフでしたねぇ。残念。

もう一度この舞台に戻ってこれるのか。
その辺、じぇんじぇん人ごとじゃないんだけれど。うーむ。

 

■2009,04,10

昨日は終日有明の東京ビックサイトへ。
糸の神様と言われる、大正紡績の近藤健一さんに会いに行ってきました。
そしたらその神様は、山口さんのことを「女神様」と呼んでいるし、その周囲にも、紡績業界では小さな神様と呼ぶしかないような職人さんたちが一杯。
今治から来た空気よりも軽いタオル生地屋さんとか、長野の奇跡の織物師とか、古代染めの職人さんとか。なんか、高天ヶ原の神様の集まりに顔出したような気分でした。

糸も「紡ぐ」といいますが、ボクも文章のことをずーっと「紡ぐ」ものだと思ってきました。
どこが共通しているのかを考えています。
その答えは、このレポートを書く「新潮45」で明らかにしていきましょう。

日本の伝統産業である製糸業界、ファッションの世界が、ぐっと近づいてきた日となりました。

 

■2009,04,08

4月もあっと言う間に一週間すぎてしまいました。

花は散り際。人気がなくなった今頃の気配が好きだなぁ。
石神井川沿いもいい感じになっています。
なーんていいながら、今年は取材で板橋の串カツ河内屋の花見宴会に参加させていただきました。
花の下で青いビニール敷いてビールを飲んだのなんて、何年かぶりだな。なはは。
ママがつくった美味しい料理と、二次会のカラオケのマスターのド派手パフォーマンスが楽しいこと! 彼らは翌日も2日連続でやったんだって。すげー。

アエラ×燕子花連載の執筆が始まりました。
1回目は、徳島に伝わる「遊山箱」。
アーティスティックな写真にあっせて、硬質な文章を心がけています。
発行は4月27日かな。そこから1年間の連載です。
どうぞよろしくお願いいたします。

 

■2009,03、30

先週末、28、29と沼津アルプスに登ってきました。
アルプスなんていっても、標高400メートルたらずなんですが、
5つくらいのピークが連なってアップダウンがけっこうあって、それなりに楽しめる山でした。
東に駿河湾、北には富士山、が見えるはずだったのですが、曇天で残念。

中学時代の恩師の還暦祝いということで、地元入間市の旧友たち約10名が集ったのでした。
皆元気そうでなにより。恩師も米子から夜行でやってきてくれて、当時の懐かしい話で花が咲きました。

さぁ3月もあとわずか。
蕾が膨らんでから寒い日が続いてますが、今週は花も見頃になるでしょう。

お花見って、なんか他力で好きじゃないのですが。
せめて夜桜でも一人で楽しみますか。

 

■2009,03,25

燕子花×アエラプロジェクトがいよいよ始動です。
昨日は12時から中目黒で打ち合わせを開始。
編集者やカメラマン、アートディレクターを含めて打ち合わせが終わったのは3時30分になろうとする頃でした。

そしてさっそく今日から撮影です。
燕子花別館を舞台に、午前中の柔らかい光の中で職人技たちが新しい表情で切り取られていきます。 いやいや、そのいとおしいことといったら。
デジタルでおさえた写真をそのままパソコンに取り込んで、それがモニター上にページデザインとして浮かび上がった時には思わず皆で拍手をしてしまいました。ぱちぱちぱち。
カメラマンの外山さん、デザイナーの福島さん、編集の浜田さん、もちろん山口さんと燕子花のスタッフたち、みーんなの方向性が見えた瞬間でしたね。
あとはいい文章が出てくるだけです。ふふふ、心地よいプレッシャーだな。

昨日は打ち合わせのあと、そのまま燕子花のスタッフとタクシーに乗り込んで、原宿東郷神社へ。ケイちゃんの新しいレストラン『I(アイ)』のおひろめ記者会見でした。
ま、ボクらは早めに行って、こそっと現場を見させてもらったわけですが。
オープンは5月末。「江戸野菜」を中心とした東京ローカルの料理が楽しめるそうです。
これまた楽しみです。

ま、なにかにつけて「はじまり」の春。みーんないい動きになりますように。

 

■2009,03、21

先週金曜日19日、都電に揺られて荒川まで。
ピアニスト辻井伸行君のコンサートがサンパール荒川というホールで行われたのです。
久しぶりに伸リンの演奏を聴きました。
今回は「シューマン ピアノ5重奏曲変ホ長調」と、
「ベートーベン ピアノソナタ 29番 ハンマークラビア」
素人が聴いても、とてもとても難しい曲でした。
でも、彼の師匠の川上先生がつねに言っていた「音の粒々」の精度にますます磨きがかかって、 素晴らしい素晴らしい。

アンコールにはなんと3回も応えてくれて、ショパンのエチュードから「別れの曲」と「革命」
そして自作の「川のせせらぎ」も演奏してくれました。

客席も大喜び。演奏家としても、だんだん風格が出てきましたね。小学校5年生の頃から聴いてきたから、本当に嬉しい成長ぶりです。

18日には下北沢で雀鬼会・桜井会長のインタビュー。「勝負論」がテーマ。

http://www.jankiryu.com/painooto/

なんと、証拠写真が残ってしまいました。大和書房の編集者上岡さんと一緒です。
雀鬼会の皆さん、お目目汚しですみません。でもこれで、上岡さんは会長企画を考えないといけませんね。なはは。

「雀鬼と青春」(仮題)も、脱稿まであと少し。最後まで走りきる覚悟です。

 

■2009,03,18

埼京線板橋駅前に「河内屋」という串カツがあるんす。
ほんと、5、6人入れば一杯の小さな店なんすが、これがなかなか美味い!
串カツは、「ソース二度漬け禁止」の関西風。ひと串80円から150円程度。
それだけじゃなくて、関西風土手焼とか、鳥のレバ刺しとか鉄板焼きとか、メニューは常に変化しながら充実しています。

しかもランチが380円でサラダ付きの牛すじ丼とか親子丼とかもあります。
経営しているAさん夫妻は、南河内で自己破産してきた人で、ほんと逞しいんだな。決して力んではいないけれど。

今度セオリー誌の「小さなサービス特集」で、この店のことを書くことになっちゃいましたん。なはは。
昨日挨拶に行って色々聞いていてきたんですが、サービス内容も面白いしご夫妻の生きざまもなかなか味わい深い。
さてさて、どんな取材文章になりますか。
4月4日の花見パーティーにもいきますよん。何でもミカワケンイチとか来るらしいですよ。うふふ。

よろしくお願いしますねん。

 

■2009,03、15

昨日の食事会は大盛況でしたん。お集まりの皆様、ありがとうございました〜。
詳細は「だいあり」をご覧ください。おバカな写真も載ってます。お許しを〜。

アエラに書いた拙文「現代の肖像・山口智子」が、「プロ力〜仕事の肖像」という単行本に収録されました。 朝日新聞出版発行。 3月23 日発売だそうです。
YouTubeのスティーブ・チェン、勝間和代、南場智子、等々16人の人物ルポですね。
真っ黒な表紙でなかなかかっちょいい。
書店で見かけたら、立ち読みでもしてみてください。

さぁ、3月もあと半分だ。
「雀鬼と青春」も最後まで頑張らないといけません。
その他二本あるし。4月にはまた新しいプロジェクトも始まるし。
「春宵一刻値千金」−−−そんな春にしたいですねぇ。

 

■2009,03,14

先週ゲラの読み合わせでカンヅメになっていた真鶴ではもう早咲きの桜が綻んでいましたが、今日はまたまた寒いですねぇ。

アエラ「古田新太」の拙稿掲載日が決まりました。
23日月曜日発行号となります。
同時に、4月中旬号から同誌で、山口智子さんの燕子花企画の連載も決まりました。
1年間ハードなことになると思うけれど、残すべき言葉達をしっかりと刻んで行きたいと思います。読者の皆さん、よろしくお願いしますね〜。

今日は下記の食事会当日です。これから東京駅に向かいます。
生憎の日になってしまったけど、約40名の皆さんから参加表明をいただきました。
べりさんきゅです。どんな会になりますか。楽しみ楽しみ。

昨日はPTAの新旧役員の引き継ぎ式。なーんてただ皆で飲んだだけですが、これで3年間続いたPTA活動も一つの区切りを迎えました。
皆さん、お疲れさまでした〜。いろいろありがとうございました。
PTA活動自体にはじぇーんじぇん納得していませんが、自分の非力さと、今の世間の常識との乖離具合がよくわかる貴重な機会でした。
ボクは普段一人で仕事を創って一人でこなしてしまっているから、やはり協調性という点では不合格なんでしょうね。 編集者やスタッフはいるけれど、基本的には一人作業だもんな。
でも子供たちとのふれあいは貴重だし可愛いから、来年度も「現場」には出たいと思っています。
ソフトボールとか相撲とかね。
子供に教わることは多く貴重ですね。

 

■2009,03、08

昨日は地元入間市に戻って、ヴァイオリンの礒絵里子ちゃんのコンサート。
前に地域創造の取材でお世話になった美人ヴァイオリニストです。
たまたま 地元に来てくれるとのことで、両親や友人を誘って大勢ででかけました。
いやよかったよかった。細身なんだけど、ジプシー系の曲に迫力があるんです。
終演後、お母様も一緒に仲間たちと鳩屋で打ち上げ。
彼女のコンサートに130回以上通っている人や京都の田辺からきたファンもご一緒に。
いやいや、すんごいですね。ハードなおっかけだ。

昔ロック座の取材をしていた時、舞台の袖から踊り子さんにテープを投げる追っかけの人に取材したことがありました。皆理工系の秀才だったな。130回の人も、航空力学の専門家といっていました。なはは、彼ら理系の頭脳を刺激する何かがアートにはあるということですね。

アエラ「古田新太」再開。
ちと事情があって執筆を中断していましたが、先週末テレビ関係者に取材できて、最後のまとめに入りました。さてさて、どんな風に読み取っていただけますか。
楽しみです。順調なら、3月23日発行のはずです。

先週、黒いポーチ袋にいれていたデジカメとICレコーダーが行方不明になってしまいました。
とほほ。いつもバックに入れていたのに、気付いたらないんです。
どこかでお心当たりのある方、酔っぱらっている神山から預かったとかひったくったという方、あるいは拾った方(名前が付いてないのよね。とほほ、青のデジカメと茶色のレコーダーです)
ぜひご一報下さい。よろしくおねがいしまーす。

そうそう、下記の食事会件、お蔭様で満員御礼となりました。
いつもお騒がせしてすんません。ありがとうございます。
楽しい会になるはずです。
参加の皆さん、お楽しみにね〜。

 

■2009,02,27

『早春のフランス・プロヴァンス、ラングドック、アルザスの味覚を味わう食事会』

〜別名、東京駅地下「パテ屋」シェフ伊藤洋平君、ソムリエ須藤佳子さん、植木君、小林さん「お疲れさま〜」の会

三寒四温とか。だんだんと春めいて来ました。ご無沙汰の方も、いつもお世話さまですの方も、同報メールで失礼いたします。

早春の食事会へのお誘いです。

表題通り、伊藤シェフと須藤ソムリエが両輪となって頑張ってきた東京駅地下「パテ屋」が、業態変更のため惜しまれながら閉店することになりました。お二人はともにフランス時代、『K's passion=現在のKeisuke Matsushima』のスタッフとして、ミシュラン一つ星獲得の原動力になった優秀な料理人です。

今回の食事会の料理は、伊藤シェフが修行を重ね愛してやまない地域の郷土料理。ワインも、須藤ソムリエが料理とのマリアージュを吟味し抜いた赤と白が用意されます。 この価格でこの味このワインは今回が最初で最後。40名様限定、早い者勝ちの特別企画。
花見や就職入学卒業出産祝い何でも兼ねちゃって、ふるってご参加くださいませ。ご返信をお待ちしております。よろしくおねがいいたしまーす。

期日、3月14日土曜日、17時〜20時 場所、千代田区丸の内1-9-2グランドトウキョウサウスタワーB1、「パテ屋」 03-5223−8537
会費、飲み放題6000円(料理は中央に大皿で盛られ、自由席方式です)
問い合わせ、(事務局)有限会社クレマ、小坂麻生 0422−29−7007
makic@rf6.so-net.ne.jp
企画、神山典士http://the-bazaar.net Mhd03414@nifty.com

とうわけで、ご都合よろしかったらぜひに。よろしくどーぞ。

今月は中盤であまりの原稿量に泣きが入りましたが、もう月末なんですねぇ。
とほほ、はや。
でもなんとか頑張って、予定していた2本も最後のゲラになっています。ふ〜
編集の皆さんにも頑張っていただきました。べりさんきゅです。

昨日は新潮社「旅」編集部へ、燕子花智子さんと。
こちらのやりたいことと雑誌の方針を摺り合わせたのですが、なんとか夏号頃から連載のはこびになりそう−−−かな。なはは。ま、ご縁のものですからね。
テーマは「日本」と「結び合い」かな。

その後町田へ。今週書いていた「雀鬼と自然」全80枚がなんとか仕上がって、桜井会長にみていただきました。こちらもあと少し。頑張っていい本にしたいと思っています。
いや、じぇったいいい本になります。

ということで、先に取材していた竹書房チームと合流して、なぜかカラオケへ。
桜井会長は小林旭ファンなんすよね。「惜別の唄」、初めて聴かせていただきました。
かっちょいい〜。
藤村ですよ、「遠き別れにたえかねて」ですよ、雀鬼の歌声ですよ、まんま「昭和」ですねぇ。

んで今朝、BAZのCDラックを探したら、なんとあるんですねぇ、アキラ兄さんが。なんでだろ?なはは、ボクも「昭和」ってことですねぇ。「純子」「北へ」「熱き心に」なんて、嫌いじゃないんだな。

昔「紅白」の舞台裏を取材したときに、ながーい廊下の向こうから、映画「ジョーズ」のサメの登場シーンみたいな逆三角形を描きながら圧の高い一団がやってきたのを思い出します。思わず避けたのですが、先頭で風を切っていたのがアキラ兄さんでした。
雀鬼会も同じ圧がありますからね。似てるかな。

 

■2009,02,19

今朝ね、とーっても嬉しいことがありました。
たまたまマンションのエレベータに乗り合わせた出勤前の男性が、ボクに声をかけてくれたんです。
「今度落語会やるんですよね」なんて。
そうそう、今週土曜日、住んでいる豊島区のマンション「シスナブ」の集会室で、三遊亭亜郎さんの独演会をやるんです。ミュージカル落語ですよん。
動員が不安だったのですが、仲間が全戸にチラシをまいてくれたりポスターもつくってくれたので、見てくれてる方がいたんですねぇ。うれし〜。

この会、 どなたでも参加ご自由ですので、ご興味とお時間ある方はぜし足をお運びください。
埼京線板橋下車歩5分、都営三田線新板橋下車歩8分、東武東上線下板橋下車歩5分です。

今回は、「CCC」と名付けたシスナブ有志コミュニティクラブの主催です。
活動テーマは「安全、安心、ふれあい、喜び」を地域で共有する、かな。

ま、そんなノーガキよりも、朝のエレベータ内の一言の会話が嬉しいですね。
昨日はやはりシスナブの方からBAZに電話をいただきました。
「予約が必要ですか?」
「いえいえ、 そんなんなーも必要ありませんから、ぜひお友達も誘ってお出掛けください」
一人でも多くの方の笑顔が広がるといいですね。

メールで友人知人にもお知らせしたら、なんとなんと川崎や江東区、国立の方からも友人がきてくれそうです。それから愛する「大衆居酒屋明星」も、啓子さんが店を休みにして参加してくれるから、常連たちもきっと顔を見せてくれることでしょう。なはは。みなさん、べりべりさんきゅね。
終演後和室で一品持ち寄りの打ち上げも用意しています。そちらだけでもいいっすからね〜。

何か企画すると必ず摩擦が起こって本当に嫌な思いもするのですが、その分、何がしか暖かな贈り物もいただけますね。それを糧に、朝の一言の輪が地域に広がっていくことを信じています。
フランスから起こった「隣人祭り」なんて動きもありますよね。
これはシスナブ&池袋本町地区の隣人祭りだな。

皆さん、よろしくどーぞ。
問い合わせはBAZ電話03-5248-0811ファックス5248-0810。

 

■2009,02,17

山形から戻りましたぁ。
いや〜、すごいぞ川西町の遅筆堂文庫。
今更ながらですが、井上ひさし先生の蔵書20万冊がここに移されて、見事に地域の財産になっています。
今から約20年前、地域の(かつての)若者たちが一念発起して、故郷の大先輩である井上先生の講演会を企画したのだそうです。
そこから話がどんどん膨れ上がって、今では700人収容の演劇専用ホールと、遅筆堂と町立図書館の二館をもっているというわけ。
井上先生は彼らのことを「ドンキホーテ」と書いていましたが、ほんと、夢を実現するというのは、何ものも恐れない「ヨソ者ワカ者バカ者」の存在ぬきにはできませんね。
同時にこの月日の中で多くの人間が人生を大きく狂わしているわけですが、なはは。
それもまたよし。素晴らしい街でした。

んでもって、今日一本、書き続けてきたものが終わりそうです。
そしたら明日明後日でもう一本区切りをつけて、(その後まだまだ微調整は続きますが)、来週あたりから新しい世界を迎えるかな。
あ〜〜〜しんど。久しぶりにアップアップ状態を経験しました。
いい文章が出てくるといいのですが。
クライアントの皆様、ちとお待ちください。

なんか今日の東京は春一番みたいな風が吹いてますね。
河津桜のニュースなんかも聞えているし。
経済は冷え込んでいますが、せめてこの国に生まれた幸せを自然の中にみつけましょうよ。

イタリアでは人の気も知らないアホが飲んだくれてましたね。
「恥」の概念を知らない日本人が増えすぎましたよね。政治家がねぇ。とほほです。

そうそう、この前「だいあり」でも紹介した、「トロワグロ・イン・加賀」の記事が週刊朝日に出ています。巻頭グラビア6ページ、すご!
書店とかコンビニ店頭で見てやってください。

 

■2009,02,11

ひぇ〜〜

あまりにバタバタでこの「熱血」すらもようかけない状況になってます。
今日は熊本から戻ってまたまた原稿執筆。とほほ。
昨日まで二日間、熊本でロングインタビューをこなしてきました。

今週末は山形だぁ〜寒いだろうなぁ。

ちと落ち着くまで、すんません、何を書いていいのやら。

とりあえず神山生きてます。とほほですが。よろしくどーぞ。

 

■2009,02,01

今度はパリからメールをいただきました。
カメラマンの沼口さんです。

「神山様

ますますお忙しそうですね。 熱血HPを見る人は そろそろオレが踏むぞと思っている事と思います。 そうなると1日2回くらいアクセスしちゃうので 数字が並ぶまでに後1日半といったところでしょうか?」


ボクも気づいていなかったんですが、熱血HPの「12345番」が近づいているんですね。
この番号を踏んだ方、メールください。
何かプレゼントさせていただきますね。

今朝は8時30から・フランスロアンヌにある3つ星レストラン・トロワグロのシェフ、ミッシェル・トロワグロのインタビュー。
「ボクは日本とフランスの架け橋となる一族の人間だから」という言葉が出てきました。
彼のお父さんが2つ星時代の67年に日本に半年来てくれて、銀座『マキシム・ド・パリ』の料理長を務めてくれたことは、日本のフレンチには大きな事件だったんです。
ミッシェルは9歳の時に帰国した父親から遠い異国の話を聞いて、それで食の異文化性に目覚めたとか。
今、新宿ハイアットリージェンシーの彼のレストランに『キュイジーヌ「S」』と「S」がついているのは、世界中の沢山の食文化を融合しているという意味。
ここにも一つテーマが眠っていましたね。

さあ、明日からは彼と加賀百万石の食べ歩きツアーに出てきます。
たのしみだ〜〜〜。なはは。写真付きで報告しますね。

 

■2009,01,31

ニースからメールが届きました。
もちろんシェフ・ケイちゃんです。
つい先日まで、彼は札幌のフレンチ・レストランに招かれて、フェアをやていたんです。
そこで経験したことを、こんなふうに書いてくれました。

「今回の北海道はかなり勉強になりました。
北の味覚は 南とは違う甘さが食べてには必要だということがわかりました。
おすしにしても魚にしてもそうですが・・・甘みが少し高いようです。
同じように野菜も、凍らないために野菜自身の糖度が高いようですね・・・
越冬キャベツなども食べましたが 北の食文化を勉強しました。
後はジンギスカン!!面白いですね〜〜〜
満州から来ていたようですね・・・
僕の作った子羊のフィレ肉のジンギスカンは最高でしたよ〜
自画自賛です! いつか作りますね(笑)」

お〜、ケイちゃんのジンギスカン、食べたい〜。
でもさすがシェフ。味覚で地域性を把握するんですね。なーるほど。
ボクはやっぱり方言とか祭りの仕組みとか、そっちに興味は行きがちだけど。

実はケイちゃんの店やHPを手がけているフランス人デザイナーさんと智子さんがどこかで出会って、今彼のデザインした装飾品が燕子花に展示されています。
そんなこともあって、次回ケイちゃんが来日の折りには一緒に中目黒へと思っているところ。
今春原宿にオープンする彼の新店『I(アイ)』とも、コラボレーションしていきたいと思っています。

まだニースの『Keisuke Matsushima』を知らない人は、このブログをみてくださいね〜。

http://blog.goo.ne.jp/keisukematsushima/

よろしくどーぞ。

■2009,01,28

 

燕子花プロジェクト(智子プロジェクト改め)、動きだしました。
この前は友人で観光庁課長のMさん宅にスタッフが集まって長時間のミーティング。
日本という国を、全国の観光資源を活性化することで蘇生させようとするMさんの仕事と、職人技を通して日本を元気にさせたいとする燕子花の活動がリンクしたら面白い、素敵だなという思いから、この出会いの場をセットしたのでした。
この日は、Mさんの奥様の手料理とMさん秘蔵の美味しいワインも手伝って、お見合いは大成功の様子。
こんなふうに、出版界だけでなく霞が関や異業種の人ともリンクを「結び」ながら、この輪を広げて行けたらと思っています。

とはいえ、それぞれがなにがしかのスピードでそれぞれの方向目指して進んでいる「飛行物体」なのですから、その軌道をとタイミングを合わせてランデブーさせるのはなかなか大変。
今度はアトリエ・エレマン・プレザンとの出会いを画策しているのですが、それぞれがアーティストであり活動の歴史もあるわけですから、とてもデリケート。
焦ってもいけないし怯んでも駄目。
微妙なのですよ。とほほ。

いつも一人で気軽に動いているボクには新しい挑戦だから、ま、焦らず楽しみながら進めようと思っています。

といいつつ、今夜は二度目の虎ノ門脇坂。
「レーサー&デザイナー福澤幸雄」取材で大変お世話になった元モデルのMさんと一緒に。
これまた新企画誕生の夜になるかもしれません。
楽しみ楽しみ。

 

■2009,01,21

昨日は古田新太の『リチャード三世』
大阪でも観たんだけど、再度確認したいことがあって無理を言ってお願いしました。
作品全体はだいぶわかりやすくなっていたな。特に古田と久世さんの対決シーンが見物。
演出のいのうえさんも解説まで書いちゃって、わかりやすさに関しては苦心の跡が見られます。

古田は3時間半の芝居にほぼ出ずっぱり。膨大な台詞を覚えるために、稽古中は呑み屋でも台本を開いていたとか。
腹筋が痛のを通り越して背筋痛です、だって。なはは。

アエラの拙稿は2月中旬発行のようなので、最後に公演後を古田の言葉を入れることに。
我欲のために肉親すら葬りながら人生の階段を上り詰めるリチャードと、大阪の演劇界の寵愛を一心に受けて役者として成長し続ける古田。
その姿を重ねた文章になりました。

ぜし見てくださいね〜。

拙宅にトイプードルの「マロン」がやってきて、最近はもうめろめろっす。とほほ。

 

■2009,01,17

新橋虎ノ門界隈の皆さん、いやいやそんな限定するこたないか。
すげー気に入ったフレンチに出会いました。
「サラ・マンジュ・ディサシ・ワキサカ」って、店名は無理して和風フランセなので言いにくいんだけど、メニュー構成や味、ワインのセレクト、価格帯、カウンターの座り心地、料理が出てくるタイミング等々、どれもボクの理想にぴったんこ。
いや〜美味しかった。

http://salle-a-manger.de-blog.jp/oyaji/

リヨンの田舎料理がスペシャリテと聞いていたので、ケイちゃんのサジェッションで「カエル、川マス、豚」をオーダー。さらにタラと白子、エゾシカの内臓、そして「貧乏人のフォワグラのパテ」。
泣かせるでしょう。このネーミング。ボクにぴったし。なはは。

これは鳥の白レバーを裏ごししてマドラ酒に漬けて作ったもののはずなんだけど、昔お元気だった頃の帝国ホテル村上料理長が語ってくれたレシピそのものなんす。
その昔、生のフォアグラが入らなかった頃はあの帝国でもこれで代用してたんだって。
充分なんすよ。これで。やたら生フォアを使って安っぽい高級感を演出しちゃうよりも、900円のこれをワインでいただいた方がよっぽど嬉しい。

しかもワインはシャトー・ヌフのセカンドラインがあって、これまた安くて美味しかったな。
シャトー・ヌフ・ド・パフにしちゃうと、どうしたって1万円前後になっちゃうしね。
だったらこれ二本飲んだ方がいいっすよ。なはは。
ホッピー好きのボクには絶賛のワインでした。

脇坂さんはカウンター正面のストーブ前に仁王立ち。黙々と2、3のフライパンを操って、絶妙のタイミングで料理を出してくれました。

なんかニースにある「メランダ」という店を思い出したな。この店は、ネグレスコホテルで二つ星をもっていたシェフが「友人を気楽に呼べないような高級店は飽きた」といって自分で出したビストロなんす。昼も夜もプリフィックスのメニューで確か30ユーロだったかな。
20席がいついっても満席で、しかも確実に二回転するから食事の時間は1時間。早く出すためにソーセージやクールジェットの天ぷらみたいなものが中心ですが、美味しい美味しい。
そういう店が日本にもあるといいなと思っていただけに、脇坂さん、感謝感謝です。

脇坂さんはビジネス街にあって、ランチなし。夜のみの営業。
そこが残念ですが、でも それだけ仕込みに手を入れて時間をかけているということですよね。う〜ん。いけてます。
今年は、彼のメニューを全て食べちゃおうかな。
ブータン・ノワールもブッフ・ブルギニオンもあったし。

そんなことも思いながら、いつのまにか二丁目で潰れていたボクでした。なはは。駄目ジャン!

 

■2009,01,16

2009年もいろいろな企画が動き始めました。
どれもやりたかったもの、ぜひ手がけたいもの、長年追い求めてきたもの、それぞれに思い入れの深い企画ばかりです。

2月の頭には、来日する3☆シェフ・ピエール・トロワグロ氏と共に加賀100万石金沢へ。
美食三昧ツアーです。なはは。素晴らしい。
トロワグロは親子二代、家族ぐるみで3☆を約40年維持しているのですが、先代は67年にオープンした銀座『マキシム・ド・パリ』の初代料理長。大の日本通で、和の食材もいろいろフレンチに取り入れています。その二代目が真冬の金沢でどんな食材と出会うか。
こりゃ 面白い企画になりますね。

同じく2月には熊本取材と山形取材も。どちらも夜のお酒も食べ物も美味しいっすからね。
これまた楽しみです。

さらにさらに、今月24日には、なんと『ロミオとジュリエット』に出演!!
キャプレット王役です。詳細は秘密なんだけど、なはは、いきなり客席から現れますよ〜。
どこの客席かは秘密なんす。今から台詞覚えが大変だ〜。

智子さん企画も始動! 18日に集中的に打ち合わせしてきます。
今年は確実に動けそうです。楽しみ楽しみ。

そして今月末には講談社セオリー誌「贅沢な人生、福澤幸雄」が出版されます。
全16ページの超大作。一生懸命取材して多くの方にお世話になったので、いい感じの文章になりました。 ぜし立ち読みでもなんでもしてみてください。かっちょいいっすよ。

その他、単行本企画もいくつか動きだしました。
構成、執筆最中の企画が二本。
そしてもう一本、『雀鬼の非教育実践』も頭の中ではとっくに文章ができあがっている企画なので、春までには脱稿しないとね。まかせてください。

お、忘れてた。春にはテキサスに飛んで、WWEの取材をしないかという企画もあります。
まだ未定だけど。
世界最大のエンタテインメント会社ですからね。
そりゃ面白いはずですよ。古田君なんか垂涎だろうな。なはは。

こうしてみるとつまり、書くことでしか前に進めない。書くことでしか世の中と繋がっていけない、そんなシンプルかつ不自由な人生なんですねぇ。なはは。
でも書き続けられることは幸せなことです。

日々ひたひたと、進んでいきたいと思っています。

 

■2009,01,13

昨日は快晴の湯河原カンツリークラブで「新春バザール・カップ」
遠路はるばる11名もの友人たちが集まってくれました。
朝方には風花のような雪が舞って一瞬焦りましたが、プレーが始まると快晴に。
初島や大島はもちろんのこと、利島とかその先の新島の影とかも眺められました。
いつもながらこのコースの景観は絶景。
ボクは大海原と鶴の首の形の半島から大自然のエネルギーをいただいています。

んでもって、優勝はイタリアンレストラン・カプリチョーザ代表の本多恵子さん。ぱちぱちぱち。
おめでとうございます。ドラコンとの二冠王でしたね。すげ〜。
ボクは50、53の103で3位。
なはは、レベルが知れちゃいますね。
A新聞のS太郎さんなんて60、75の135っすよ。なはは。がんばれ〜タロウさん。

戻って今日はアエラの古田新太執筆。
なんとか初稿ができました。
さてさてこれからどうなりますか。
楽しみでもあり心配でもあり。
いつもこの段階が一番不安です。

もうじき『リチャード三世』の東京公演が始まるから、もう一度見せてもらおうかな。
年末の大阪公演とどう変わっているか。
その辺もテーマになるかと思っています。

 

■2009,01,09

昨日は恵比寿で3月公演「ムサシ」の記者会見。
蜷川幸雄、井上ひさし、藤原竜也、小栗旬、白石加代子等々
ひさしぶりに興奮を覚えた記者会見。演劇っていいなぁと心から思える時となりました。
途中何度か出席者から「演劇なんだから何でもあり」という言葉が出てきたんですが、
まさに演劇的言語、演劇的文脈の中でこそ感じられる感動ってありますよね。
竜也君のインタビューは7年ぶりだったんだけど、当時よりも身長で6センチ余り伸びていて、
すげーりっぱな青年でした。
彼こそ、日本の教育制度を超越して、まさに演劇に育てられた子ってことなんですよ。
この辺、詳細ははぶきますが。
3月の公演も楽しみ。どんな文章が出てくるのかも楽しみ楽しみ。
2月中旬の朝日新聞のweb「ドラク」の巻頭インタビューです。

 

■2009,01,04

新年、明けましておめでとうございまーす。

皆様にはどんなお正月をお迎えでしょうか。
昨日はセントラル総研の新年明治神宮祈願と新年会に出席させていただきました。
神宮は、例年に比しても晴れ着がすくなーい。というよりも「どこにもいなーい」状態でした。
街も、なんか正月らしくないですよね。
これって、不況のせいももちろんあるけれど、例えばコンビニがこれだけ日常化して、夜と昼の差がなくなる、弁当が母の手作りからすっかり商品化する、郵便局と銀行とコンビニの区別がつかなくなる等々、あらゆるものの「便利」を追求しすぎてモノゴトの輪郭がぼやけてしまった当然の帰結ともいえますよね。つまり20世紀から続く物質文明のなれの果てということなのでしょう。
そろそろ次の価値観を探さないといけないのではないか。
ボクはそのキーワードは「文化の復権」だと思っています。
セ社の新年会の中では「個の復権、確立」も語られていました。
「文化」も「個」も、本当にそれと向き合おうとすると面倒くさいものです。時間はかかるし、時に周囲とは違うポジションに立たないといけないし、対立することもあるでしょう。
でも、そこから逃げてはいけない。絶対に。
「文化」や「個」があるかないかでは、生き甲斐がずいぶん違ってきます。
自分の中に「便利」以外の軸をしっかりと持つこと。
しかもその軸は、外に探すのではなくて、自分の中から生み出さないといけない。
そんなことを思っています。

今年の賀状は、昨年末があまりにばたばただったので、例年よりも少なく目上の方のみに限らせていただきました。
たくさんいただいた賀状にはもちろん返事を書かせていただきます。しばしお待ちを。
ただし、よほどの事情がない限り、ボクは「メールでの賀状は認めず」の立場を取らせていただきます。これまた「便利」へのささやかな抵抗です。ご理解下さいませ。

09年のBAZAAR、神山典士は牛歩を開始しました。
智子プロジェクトも本格始動できそうです。
『雀鬼の非教育論』をスタートとして、「教育」「10代」というニューフロンティアを目指します。
アトリエ・エレマン・プレザンとも連帯して、全国各地にキャラバンを展開。ダウン症のアーティストの素晴らしい芸術活動を広めていきたいとも思います。
セントラル社と共に書き綴ってきた「再生」というテーマも、今年が正念場です。

はたしてまだ見ぬどんな地平線が現れるか、どんな風景と遭遇できるか。
自分でも楽しみです。
どうぞよろしくお願いいたします。

 

■2008,12,30

今日で08年の書き納めになりそうです。
今年も1年間おつきあいくださいまして、べりべりさんきゅでした。
夏の北アルプス、冬のパラオ等、はからずも自然感溢れるブログになりました。
これも荒井先生や桜井会長等、ご縁をいただいた方々の導きの賜物です。
ありがとうございました。
今年の年賀状には「自然・美」と書いたのですが、そんな年になりました。
愛してやまない真鶴の自然とあわせて、これからの半生の一つのテーマに「自然」を据えていきたいと思っています。

09年は、なんとか明るい話題を書き続けたいですね〜。
「教育」というテーマにも新たにチャレンジです。
『雀鬼の非教育実践』
春までには上梓したいと思っています。

そして年末にご縁をいただいたレーサー・福沢幸雄のルポも、
気にいった文章となりました。新年には『セオリー』誌上でみていただけるはずです。

アエラの古田新太が年越しとなりました。
27日、大阪で見てきましたよ。『リチャード三世』
シェイクスピアの膨大で難解なセリフにあえぐ古田の姿も、演劇ファンは必見ですぜ。なはは。
安田成美や久世星佳、銀粉蝶等女優陣がいいんだな。
1月の東京公演の終了あたりには、拙稿も見ていただきたいと思っています。

昨日は故郷・入間市で高齢の、いや恒例の同級生の忘年会。
20歳の頃からもう30年近く、毎年この季節にやっています。
最近では「生きていることを確認し合う会」みたいになっちゃったな。なはは。
でも新婚が二組誕生したりして、めでたい嬉しい会でした。
意外にも野口夫妻がこのブログを見てくれていることもわかり、なはは、嬉しい限り。

ま、どんな時代になっても、陽気に元気にいきましょうや。
ここまできたら、許される限り使命を全うするしかないんだから、ね。

皆様にはよいお年をお迎えくださいませ〜。
09年もよろしくどーぞ。

■2008,12,24

めりーめりーくりすます!!

皆さんどんなクリスマスをお迎えでしょうか。
なんて、普通はまだ仕事で忙しいですよね。
23日が休みになってから、なんか年末のこの辺りはリズムが狂っちゃうんですよね。

ボクは昨日も今日もひたすら原稿です。
「幻のレーサー&デザイナー、福沢幸雄の光と影」
さてさて、どんな文章が出てきますか。
あまりに膨大に資料とインタビューが集まったので、整理にちと時間がかかっています。

これをなんとかふんばって、今週中に日本実業「経営者会報」にももう一本原稿を書いて、
週末は大阪で古田新太の「リチード三世」ですよ。楽しみだ〜。

新年12日成人の日に、ゴルフの打ち初めをしませんかと何人かにお誘いメール打ったら、
思いがけずたくさんの方から参加のお返事をいただきました。
そこで、なんとなんと、この日のゴルフは
『09バザール・カップ・冬の陣』に昇格です。なはは。
たぶん3組になると思いますが、皆さん腕を振るってください。
優勝者には、毎年秋に行われることになった『川原カップ』と同じ優勝キャップを進呈します。
秋の大会まで、このキャップを被る権利を保有するということですね。
マスターズのグリーンジャケットみたいでかっちょいいでしょう。なはは。
会場は湯河原カントリー。ということは、もちろん試合後に絶品「富士食堂」付きです。
ここだけの参加もありですから、ご希望の方は、メールくださいましね。
まってまーす。

さぁ、そんなことを楽しみに、なんとか原稿がんばろ〜。

 

■2008,12,20

昨日から、アイスホッケー西武のリーグ撤退、チーム解散報道でスポーツ界は大揺れですね。
アイスホッケーといえば、ボクは少年時代からホッケー少年だったし、西武(元コクド)には友人の坂井さんや岩崎さんもいたし(というか、いまも彼らは日本代表チームのスタッフですが)、プリンスホテルや元コクド、西武ライオンズにも友人が多いので、周囲の者のショックよりも、彼ら身内の方たちの断腸の思いが伝わってくるようです。

にしても、西武という企業はオーナー企業から地域に生きる企業へと脱皮している最中だったはずなのだから、なぜチーム運営も「徐々に」地域に移行するというような対処が取れなかったのか。もともとアイスホッケーは元オーナー堤義明氏の個人オモチャだったという事実はあるにしても、そこに純粋な若者たちの熱情があり、ファンの無垢な応援があり、子供たちの憧れや夢が宿っていたのだから、トカゲの尻尾きりみたいな現経営陣の「決断」という名の「放棄」は許せませんね。

ホテルや鉄道というサービス業は輸出も移動もできないのだから、地域のファンにそっぽを向かれたらおしまいですよ。「5億円という運営費が捻出できなかった」なんていってますが、そうではなくて「スポーツを文化にする戦略」を見誤ったのでしょう。西武線沿線にスポーツという名の文化がなくなったら、はたして人は住みたいという魅力を感じるでしょうか。子供たちは故郷を愛するという感情を抱くでしょうか。

このことのつけは、10年20年後、今の子供たち世代が成人して次の世代を生むころに本当の影響が出てくるはずです。今の大人たち世代の怠慢は、あとあと響きますよ。

いろいろグーグッていたら(この言葉使いあってますか?なはは)、今年アイスホッケー界には東北に新チームが誕生して、来期のアジアリーグに参戦表明していますね。パチパチパチ、これなんか当然地域密着のチームです。
バレーボールのVリーグにも「岡山」なんて登録名の地域チームがあるし、 バスケットのプロも地域に生きていますよね。
西武の選手たちにもぜひそういう地域のチームに移籍していただいて、道は険しいでしょうが愛するホッケーを通して地域貢献を目指してほしいと思います。

地域の活性化、再生なくして日本の復活はないですよ。ほんと。そしてそれは、経済の原理では絶対にできないことなんです。
たまたま資料で田中角栄が記した「日本列島改造論」を取り寄せたのですが、あの時代にして「地域の活性化」は叫ばれていたのです。そしてそのためには「産業振興、一村一工場」みたいなことが書かれています。それは間違いだと、約40年かかって分かったのだから、もう一つ違う社会のモチベーションを見つけないといけない。
それがボクにとっても09年の大きな課題になりそうです。

なんてことを書きつつ激励メールを打ったら、日本代表GMの坂井さんから返信をいただきました。
「ありがとうございます。何があるかわからない時代ですね。なんとかアイスホッケーが無くならないように頑張ります」
1チーム存続の問題ではなく、一つのスポーツがなくなるかどうかの瀬戸際ということですね。なんとか踏ん張ってほしいものです。

 

■2008,12,19

一昨日から風邪を引いてしまいまして、珍しく事務所を「早退」。
とはいってもだーれもいるわけじゃなし、タイムカードがあるわけじゃなし、こういうときは寂しいですな。とほほ。
2日間長時間布団に入って汗をぐっちょりかいたら、今日は爽やかな目覚めでした。
でも油断大敵。しめきりラッシュだから、自覚しないといけませんね。
みなさんはいかがですか。気をつけてくださいね〜。

こんな時こそ明るい話題シリーズ。

「M:そのとおり!日本には百回以上出張しましたが、不況不況と言われていた時機 でも、他の国に較べたら不況が聞いたら気ぃ悪する思うぐらいでした。今でも、服装 も乱れてないし盛り場には人が溢れてるし、子供が塾に通ってエキストラの勉強して る状況、他の国の好況の時よりも景気のいいのが日本です。ただ、いつも感じるのは 日本人が疲れてることです。ソウルや上海の様に活気に満ちた都会が日本には見られ なくなったと感じます。元気出そうよ日本! 」

「T:アメリカより日本の方が大分ましだと思うね。だが、 日反はマスコミが「悲観的なことばかり書く趣味を持ってる」 か ら、腹が立つ。またそれを喜んで読む、自虐的な人も多いん だ な。  米紙に、この不景気時代にも成長産業がある、という記事 が あった。曰く、教育産業、ヘルスケア産業、薬品産業、 会計事務所だ。勉学意欲を持つ失業者が学校の門をたたいて い るし、会計の方は企業が経費削減のため、経理部門の強化を 図 っているらしい。健康ケア部門は看護婦が足らなくて、引っ 張 りだこらしい。  日本のマスコミももっと「明るい話題」を探して提供して 欲 しいものだ。サンアントニオの先週末は、ショッピング・モールはどこ も かしこも、超満員で、これでも不景気か、と言う加熱ぶりだ っ た。レストランも満員だったから、不況はサンアントニオは 避 > けて通ったようだ。 」

これら二つの発言は「わたしたちの40年」というブログの新春バーチャル座談会からです。
40年前に移民船に乗ってブラジルに渡った人たちが中心で運営されています。
自ら人生を大胆に開拓してきた人たちは、逞しいですね。

ボクもこれから街に出て、明るい話題を探すようにしますね〜。

 

■2008,12,14

今週も走り回りましたぁ。たはは。
今、雑誌の企画で69年に不慮の事故死をした伝説のレーサー福沢幸雄さんの取材をしています。その関連で、多くの関係者に会って当時の話を聞いて。
彼が愛してやまなかった飯倉のキャンティでは、彼の大好物のオーソブッコをいただきました。太い骨がでーんとあって、柔らかい肉が美味しいのなんの。
添えられていた極太のほうれん草を練り込んだパスタも印象的でした。
あと、オニオングラタンかな。彼がキャンティで最後に食事したメニューなのだそうです。

さてさて、どんな作品になりますか。
ちょうど生まれが桜井会長と同じ年なんですよ。
まさに、「光と影」という感じですね。

そうそう、今朝の読売の朝刊をご覧になりましたか?
ずーっと取材してきたダウン症児たちのアート活動を展開している「アトリエ・エレマン・プレザン」が大きく紹介されてますね。テル君が真剣な表情で絵を描いている写真もありました。
いいぞ〜。すごいぞ〜。
来年春には彼らの活動を描いた「いいんだよ、そのままで」も出版される予定です。
そしたら佐藤肇さん敬子さんご夫妻やよし子さんご夫妻達と彼らの作品をもって全国キャラバンしたいねという話しがあります。
さっそく札幌コンカリーニョの斎藤ちづさんに電話したら、「いいんでないの」だって。なはは。
そんなことができたら面白いな。

皆さんの街でもそんな企画が成立しそうなら、ご一報くださいませね〜。

さぁ原稿だ原稿だ。がんばれ〜。

 

■2008,12,07

パラオからもどりました〜。
もう背中の皮がむけ始めて、背中が痛い〜。

今年はすごいですよ。サメと遊ぶのは当たり前。
なんと、桜井会長は、3日間のシュノーケリングで海亀を二匹捕まえちゃったんです。
大海原を泳ぎながら素手でですよ。そんなことありですかぁ???

イルカがクルーザーと一緒に泳いでくれたり、マンタがジャンプしてくれたり、サメなんか何匹も寄ってきて、一緒に泳いじゃいました。
去年と比べても、進化する雀鬼会の旅でした。
会長はじめ参加の皆さん、お世話になりました。

さぁ、これで取材は万全。書きますよ〜。
『雀鬼と自然』いい文章が出てくるはずです。

そして10日には地元入間市でトキコの居酒屋10番勝負。今年銀座から始めて、これで6弾くらいになるかな。トキコにとっても地元だから、いい会になるはずです。
会場は東町「鳩や」です。お時間ある方は、ぜひおいでくださいまし〜。

 

2008,12,01

いよいよ師走ですねぇ〜。
なーんていいながら、「今日からパラオです」なんていったら怒られそうですね〜。
なはは。立派な取材なんです。桜井会長と雀鬼会の皆さんと一緒なんだから。
今回の拙書のテーマの一つに「自然と雀鬼」というのがあって、
去年に続いてパラオで会長と鮫にあってきます。

今年はJALの直行便だから、4時間で着いちゃうんだって。楽勝〜。

さぁ〜て、どんな旅になりますか。
帰国は7日朝です。その日の午後にはBAZに入りますので、仕事関係の方は、それまで
お待ちくださいませ〜。パラオはあんまりネット状況がよくないんすよね。すみましぇーん。

そして師走だ〜。
いろいろやることはあるけれど、ま、一つ一つやっていきましょう。

皆さんも風邪には気をつけていいクリスマスを迎えてくださいね〜。

 

■2008,11、24

今日は世間的にはお休みなんですねぇ。知らなかった。なはは。
なんか一日得した気分ですね。

昨日は雀鬼会第13回全国大会。
西新宿の雀荘に全国から150名余りの雀鬼流メンバーが集まりました。
いやはや壮観。
雀荘のおばちゃんが「すごいね〜。体育会系だねぇ。感動しちゃう速さだねぇ〜」
とため息を付きながら、「機械のトラブルでーす」なんて声があがるとスリッパのまま会場を走り回って修理にあたってくれました。おばちゃん、べりさんきゅね。

この日は某国営放送のキャスターも卓に付いたり、
だーれも知り合いはいないのに、桜井会長に会いたい一心で名古屋から見学にかけつけた謎の美女もいたりして、 盛り上がりましたね〜。ね、「おはよう世界」の高橋さん。なはは、お疲れさまでした〜

優勝は、予選シードで本戦から登場して全7戦勝ちっぱなしで底力を発揮した山田マネージャー。惜しくも二位に「修正の左手」の持ち主歌田さん。3位には紅一点、りえちゃんが入りました。
さすが山田マネ。貫祿の優勝おめでとうございます。
それにしても 惜しいぞ歌田さんりえちゃん。また来年がんばってね〜。

本戦一回戦では、王者の風格充分でやはりシードで臨んだ金村さんが一度もあがれずに敗退するという番狂わせも。
いや〜。勝負の厳しさを思い知らされました。

凄いぞ雀鬼会。
これでもう3年連続で見させていただいているのでしょうか。
以前取材でお世話になった沖縄や利尻の同好会のメンバーとも再会できて、何よりの一日でした。

あのあと皆何時まで呑んだのかな〜。もしかしたら今頃もまだ呑んでるのかもしれませんね。なはは。
お疲れさまでした〜。

 

■2008,11,19

11月になって、故郷入間を何度も往復しています。
先週末には、旧友ベンちゃんのお父様が亡くなって、そのお通夜に。
10代の頃、ボクらはお父さんが建ててくれたベンの勉強部屋(プレハブの三角屋根の可愛い部屋でした)に毎日のように集まって、わいわいがやがやしていたんです。
そこから生徒会活動も生まれたし、高校になって皆がちりぢりになってからは「広場に集まれ」ってミニコミをつくって、最盛期には100名以上が集っていたんじゃないでしょうか。
広場Tシャツなんてーのもつくったな。まだ実家にあるかな。
ボクらの黄金の10代を支えてくれたおじさんでした。ご冥福をお祈りいたします。

んで昨日は、入間市新人職員サロン研修会ですよ。
行ってみたら、10数名集まってくれて、「故郷入間市の鉱脈探し〜フランスの国家戦略、山口智子の使命感」みたいな話をしてきました。
なんだかな〜でげすな。これだけじゃわかんないよね。とほほ。

今年入間市は新人を大量採用したらしく、新卒の子も転職組もいて、年齢差は10歳くらいあるそうです。中にはこれまで3、4年間アルバイト生活でしたという若者もいました。
ま、何かのご縁でここで出会ったんだから、思いっきし暴れてほしいですよ。
来年あたりにあったらじぇーんじぇんつまんない奴になっていないようにね〜。なはは。頑張れ〜。

二次会は入間の焼き鳥の名店「鳩屋」へ。
ここは昭和初期建立の板塀の平屋なんだけど、しぶーいいー味出してます。市役所からも近いのに、だーれも知らないっていうんだから驚き。先輩は連れて行かないのかな。
今は裏メニューになっているけれど、ここのレバ刺しは絶品。一把に一個しかとれないボンジリも美味しいっす。
この奥座敷で10名くらいで呑んでたんだけど、たまたま居酒屋10番勝負を続けているトキコの話になって、ぜしここで呼びたいと盛り上がりました。トキコも入間市の出身だし、面白いコラボになるでしょう。
年末で慌ただしいけれど、できたら12月中旬に10番勝負第6弾(くらいかな?)を地元入間市でやりたいと思います。

 

■2008,11,16

昨日は下北沢本多劇場へ。
役者の池田成志君の取材だったんだけど、彼が大人計画の舞台に出ているので、
それを観てからインタビューということに。
いや〜、成志も46歳なのに、のっけから「我慢汁君」だもんね。純白エナメルの上下着て。
んでもって途中じゃナンパ師やったり女子高生やったり天狗やったりもう大変。
最後は禿げ頭の高齢者アイドルまでやっていましたん。なはは。
あまりのきつさにカーテンコールなし。いきなり緞帳で客電。それまた潔し。

その後しみじみ話しましたが、劇団にも大手事務所にも属さずに約四半世紀役者として食って来れたこと、そしてこれからもそうやっていけることは相当な奇跡ですよね。自分でもそう言ってました。
初めてサンデー毎日で書かせてもらったのはボクが27か28の時、彼はまだ早稲田大学内の教室かテントで稽古していたからね。
こうやってごくごくたまーにですが会って話を聞かせてもらって書けるというのは、お互いに嬉しいことです。
成志がんばれ〜。いい舞台をね〜。

そして今日は新潟に行ってノイズム。金森穣君でげすよ。
今回はアメリカだか南米だかヨーロッパだかでやった作品の凱旋公演。
東京じゃやんないらしいから、寒空の中新潟に行って観てきます。
そうやってでも観たいというアーティストなんですよ、彼は。ほんと。
もう何度打ちのめされただろう。新潟まで行くのは正直とほほだけど、でも素晴らしい。

来週18日は故郷・入間市にいって市役所の若手職員たちに話す機会もあるんだけど、
なんでもかんでも東京という状況は文化から崩れ始めていますよね。
経済はまだまだ東京だけど。
でもノイズムみたいに、地方が切り札を持つと、面白い状況になりますよね。
なはは、ホントウの意味で地方の時代になるといいな。

 

■2008,11、12

昨日も忙しい日でした。
午前中から一本書いて、40枚、けっこう好きなタッチの文章ができました。

んでPHPでの打ち合わせを経て渋谷で取材。
その後、東京駅近くで友人の紹介で絶品フレンチ・ビストロへ。
これは「だいあり」で見てやってください。

そして夜は浅草へ。
年に一度、「1111」のピン揃いの日、大勢の人たちが浅草にやってきます。
今年はたけしさんもガダルカナルさんも来ていたな。
この日はロック座ママの誕生日。
最近はすっかりご無沙汰でしたが、久しぶりにあってもいや〜元気元気。
肌なんかつやつや。齢80を超えた方とは思えません。
写真は「だいあり」でね。なはは。

夜10時なのに、トンカツ屋の宴会場に150人はいたかな。出入りを考えると、その倍くらいの人が集まって、セイダイな誕生日会が行われました。

むかーし一緒にアマゾンにまで行ったレイカ姉さん(踊り子さんです)や、娘さんのまさえさん、そのまたむすめさんの文恵さん、一緒にアマゾンもハワイもラスベガスも行った市毛さん等々、懐かしい人とも再会できました。

いや〜ママ、さすがあだむすふぁみりーのボスです。不滅ですね。おめでとうございまーす。ますますお元気に〜。

 

■2008,11,10

先週はあちこちの人からメールをいただいたり言葉をかけていただいたりしました。
その多くは「出たんだって」
ったく、幽霊じゃないんだから、そういう言い方はないでしょ。
しかもそう言う人に限って、何か哀しいものを見てしまったような、気の毒な人を見るような、そんな表情で言うんですからとほほです。

もうありません。もう打ち止めです。
「だいあり」にも書きましたが、日頃人様に取材をお願いして凌いでいる以上、人からの取材依頼をむげに断るのは卑怯だなと思って、それで「ボクで本当にいいの?」と確認した上で取材を受けたのですから。
ま、それも今のマスコミは一週間単位で動いていますから、今週からは新しい人と新しい話題が「エジキ」になるはずです。とほほ、書いていて悲しい現実ですが。

でもそんな騒動の陰で本人は、昨日はPTA親子ソフホドール大会に出かけたり、銀座のぞみで仲間とわいわいやったり、都立大の「鳥はる」という謎のふかーい店で感動したり、高校時代の萩原監督の北京五輪出場記念の宴会をやったり。ごくごく普通の生活でした。原稿もしっかりと書けたし取材もしたしね。

12月には、桜井会長とパラオの旅も予定されています。
会長の体調がちと心配ですが、それまでにもうちょっと原稿を進めておかないとね。

ま、コウヤマノリオ元気です。カネはないけどテーマはあります。なはは、ということで。
よろしくどーぞ。

 

■2008,11,05

いやはや、昨日は怒濤のような日でした。
午前中は入間市に出かけて、母校豊中で講演会。
『黄金の10代の記憶を生きる』
中学3年生150名+保護者数名を前にして、一生懸命話してきました。
自分の14歳の作文、歌手の絢香のこと、F1の佐藤琢磨君のこと。
保護者席には旧友夫妻も来てくれて、君たちの時代の友情は半世紀たとうとも不滅の黄金の記憶なんだと語ってきました。

それはそれでなんとかうまくいったと思って、旧友ベンちゃん夫妻と食事して上機嫌で事務所に戻ったら、なんと留守番電話の嵐。聞いているうちにじゃんじゃん電話がかかってきて、なんとそこから5時間、テレビ4、5局(番組かな)と雑誌一社の取材を受けるはめに。
とほほ。ボクも日頃は聞く側ですが、聞かれる側になるのは怖いっすね。なにをどう使われるかわからんからね〜。

テーマはもちろん小室さんですよ。逮捕なんてねぇ。
94年に出会って『深層の美意識』という本を上梓したのは96年。そこからさらに数年お付き合いが続き、娘が生まれた時にはプレゼントをいただいたりしましたねぇ。
彼はもちろん天才の狂気を生きていましたが、ご家庭はいい家庭なんですよね。お母さんが素敵だし。

事件の詳細は全くわかりませんが、俗に言う贅沢な生活とか放蕩とか豪遊とか、そんなん彼の本質じゃないですよ、じぇーんじぇん。

そういうことを必死に喋ったのですが、喋りながらもたぶんここはカットだろうなぁと思っていたりして、寂しいものがあります。テレビってそういうものですよね。
そうそう、むかーしバザールエクスプレスに「あぁテレビよテレビ」って一本書いたことがあったな。なはは、このHP内に載ってますから、みてやってください。

その後友人と会うために新宿に出て、焼き鳥「鳥はな」へ。
花園神社近くの名店です。
いつものようにまたまた信吾さんに怒られながら美味しい焼き鳥をいただきました。矛盾した店なんすよ。とほほ。

あー疲れた。ほんと、てんこもりの一日でした。
豊中の皆さん、ベン夫妻には感謝感謝です。またどこかで会いましょうね〜。

 

■2008,11,03

「神山典士様 ありがとうございました。 もっとお酒を飲ませて引きとめればよかった。と 、もっとお話を聞きたい思いでいっぱいですが また、お願いする時はよろしくお願いします」

尾張瀬戸の船橋先生から、嬉しいメールをいただきました。
行ってきましたよ。「黄金の10代を生きる」というテーマの講演会。
お母さんたち約20名に2時間、その後約15名の子供たち相手にまたまた1時間半。
思いの丈を話してきました。
その様子は「だいあり」で見てください。

先生のメールはこう続きます。

「 あのあと大学生と山崎さんと話をしていて 大学生の2人が「なんだかがんばろう!って気持ちが湧いてきました」 と言っていました。 それはお母様方も同じで御自分の10代のころを振り返り もう一度、何かをみつけていこう!と若返ってみえました。 子供達が目を輝かせて神山さんのお話を聴いているのが とても印象的でした」

嬉しい感想ですね。
誰もが一人に一つづつ、10代の時に宝物がその胸に宿るのだと思います。
その宝物に気づくのが早いか遅いか、あるいはついに見落としてしまうのか。
それはまた人それぞれなのでしょうが、人生とは、その宝物探しであり、宝の先にコツンと鶴橋がぶつかったら、今度はそれを繰り返し繰り返し掘り進めることなのでしょうね。

ボクの体験、佐藤琢磨君のこと、絢香のこと、いろいろな事例を交えて話してきました。
今10代を生きている子供たちに「黄金の〜」なんていっても通じないはずですが、
何かを感じてくれたら嬉しいですね。
まもなく感想文も送られてくることと思います。
どんな言葉を書いてくれているか。
楽しみと共に不安もありますが、待ちたいと思います。

船橋パーティーの皆さん、本当にありがとう。

「私も 神山さんの本を読み、お話を聴いていて、またむくむくと自分の中の何かが 起き出して動き出したくなりました。 さあ!私もがんばります! 本当にありがとうございました」

今回の講演会の企画を立ててくださった船橋先生、べりべりさんきゅです〜。

 

■2008,10,31

またまたあっと言う間に一週間が過ぎようとしていますね。
はやッ!
明日は名古屋で講演会。「黄金の10代の夢を職業にする幸せ」
前のりで入って準備万端。
どんな出会いが待っていますか。楽しみ楽しみ。

29日には、懐かしの母校中学校を訪ねてきました。
来週4日、やはり同じようなテーマで「職業観」の講演をするんす。
中学3年生相手だから、言葉が通じるかな?なはは。心配はそこだけです。
でも、このテーマはもっともっとふかーく掘っていきたいと思っています。
本も一冊書きたいな。何かいいきっかけがあったら、どーんといきたいですね。

この季節、「御苑前せお」さん、西麻布の「えん」の遠藤さん、そしてパーク「梢」の大江さんの料理がいいっすね。 やっぱ秋は和食だな。エンゲル係数をこれ以上上げるわけにはいかないけれど。とほほ。
おっと、ボクのテリトリーは「北部グランドスラム」でした。自覚しないとね。なはは。

 

■2008,10,26

昨日は午前中、PTAの親子ソフトボールの親子試合。
小学校6年生の男の子たちとムキになったお父さんたちが激突。なはは。楽しい一時を過ごしました。「指名代打、工事のおじちゃん」だって。たはは。
校舎の改築に来ていた作業服の人がとても出たそうな顔で見ていたので、思わず声をかけてしまいました。三振でしたね。でも、打席に立ってくれてべりさんきゅでした。

その夜、参加した皆さんで呑んだんすよ。板橋駅前の「マツヤ」→「明星」というコースで。
自宅マンションの元ミュージシャン、元オートバイレーサー、一昨年のPTA役員、そしてソフトの監督、コーチ、この日の参加者といったメンバーで。極めて雑多な集まりだったのですが、こういうの楽しいですよね。なーんのしがらみもないし、なんの仕事なんて関係ないし、ひたすら馬鹿話に盛り上がって。
皆さん、ありがとうございました〜。

その合間に取材してきた「アルティメット」というスポーツにも大感動。
知ってました? このスポーツ。
なんと審判がいないんです。ゴルフと一緒だ。全て自己申告。
試合が佳境になっても、ぶつかりあった選手二人が話し合ってジャッヂを決めるんです。
しかも、チームの人数に差がある。つまり21人のチームと14人のチームがそのまんま闘っちゃうんです!!!そんなんありかい?って思うでしょ。
それがアリなんだな。

その辺の面白さを書こうと思います。
ま、読者の意表をつく角度からだけどね。なはは。

今夜は赤羽で久しぶりの「トキコ居酒屋10番勝負」
これまた楽しみ楽しみ。駅前の居酒屋(串焼き?)「佐藤」という店です。
お近くの方、ぜひぜひいらしてみてくださいませ。

 

■2008,10,22

この前、赤羽の「米山」で呑んでいたら、わざわざ板橋駅前に宿を取って呑みに来ていた若者(?)三人と相席になって意気投合。この日三人は、十条の斎藤酒場で口開けして米山に来たというから、 「北部のグランドスラムって知ってる?」と得意気に聞いてやった。
「えっ、そりゃなんですか?」とのってくる。相当な呑兵衛だな。なはは。
「米山と斎藤酒場に行ったなら、赤羽の「いこい」と板橋の「明星」にもいかなくちゃ。
その4つを制覇したらグランドスラムだ」
なーんて、勝手に即興ですよ。なはは。
でも楽しかったな。

昨日は智子さんと桜新町の佐々木先生のお茶室へ。
なんとボクは原稿に夢中になって時間を読み違えて、駅で編集者を20分、さざえさん美術館で智子さんを15分待たせるはめに。
何があっても 女優を待たせちゃいかんでしょ。とほほ。お許しを。
でも先生のおもてなしの心が痛いほど感じられて、そりゃそりゃ素敵な一夜でした。
先生、ありがとうございました。
ほんと、先生の醸しだす空間は心の奥座敷です。
先生に出会えたことで、今ボクもかろうじて「職人」とか「和」のテーマを書くことが出来ていると思います。
趣味、センスというものは、あそこまで崇高に高められるものなのか。
そのことを実感しています。

今日はこれからCXで古田新太君のインタビュー。夜23時からだって。とほほ。
芸能人は大変だね。ボクなんか、すっかり呑んで寝てる時間ですよ。
ま、楽しみ楽しみなんすがね。

 

■2008,10,15

昨日は久しぶりに緊張して小田急線で町田へ。
伝説の雀鬼・桜井会長へのインタビューでした。
でも、その前の段階でもう勝負あり! なんす。
「会長はいつも8時頃お見えです」というスタッフの声に、「んじゃ7時過ぎに伺います」と応えて7時30に扉を開けたところ−−−、もう会長の姿があるんですよ。
つまりボクは「間に合っていない」。
本来会長よりも先に着いて呼吸を整えていたかったのに、先陣を切られてしまいました。
この辺からインタビューの間が微妙に変化します。相手を自分の間合いに引きずり込む「技量」の差が、ここにも現れるのです。

でも久しぶりにインタビュアーとして間近に接して、しびれたな。あの言葉の数々。
「昨日生まれて一カ月の孫を初めてお風呂に入れたんだ。その時ずーっと語りかけてたんだよ、孫に。こんな怖いところに出しちゃってごめんなって。男と男の会話だよ。生後一カ月だって聞えてるんだよ、絶対に。オレの遺伝子が伝わるように語ったんだから」
「人は人を愛情で育てようとするからうまくいかないんだ。愛なんて、その裏にはエゴもあるし過剰な愛はかえって邪魔だし、愛で人を傷つけることもある。所詮愛なんて人間や宗教があとから都合よくつくりだした概念だろ。そうじゃないんだ。本能で育てればいいんだ。植物や動物に愛なんてあるか。本能だけだろ。だけどあいつらは生命をかけて子供を守る。子孫を守ろうとする。何で人間だけ愛なんて言葉が必要なんだ」

いい本になりますよ。ボクが一番しびれる本になりますよ。なんて、それじゃプロとしていけないんですが、なはは。
ま、楽しみにしていてください。

深夜明星でかるーく呑んでいたら、次々とメールが。
「セントラルの八木さんが報道ステーション出てたよ」だって。
出演することは驚かないけれど、経済がそれほど疲弊しているってことには暗澹たる思いになりますね。
いやーな年末になりそうだな。
皆、せめて気持ちだけはしっかりもって生きましょうね。とほほだけど。

 

■2008,10,11

昨日は智子さんと密会。なーんて、普通の食事会。友人の鑑定団・勝見さんも来てくれて、楽しい一時を過ごしました。
でもその中で、いくつか近い将来やっていきたいプロジェクトの話しもして、彼女の思いも聞きました。
「神山さんがあんな文章書くから、怖い女と思われて仕事がこなくなっちゃった。責任とってよ」だって。とほほ。
これには返す言葉に困ったけど、でも今のメディア界、まっとうに仕事をしようとすると確かに孤高の存在にならざるをえないという現状もあるのかな。
責任なんて取れない変わりに、彼女といい仕事をいくつか残したいと思います。

夜は劇団☆新感線のこぐれ修さんと久しぶりの再会。
最近はジャニーズやエクザイルの舞台に出ていて、それ以外はボイストレーナーとしての評価が鰻登り。50人位の生徒を持っているそうです。
「えっ! 1コマ2000円で個人レッスンやってるの」
驚いたのはボクの方でした。他では1万円を越える授業料を採っているところもあるというのに、彼はにしぇんえんで個人れっすんだんて。たはは。
「だって演劇やってる奴なんて貧乏なんだから、これを越えちゃいけないっすよ」
だって。 すげーぞ。
あまりに凄すぎるので、板橋で河内屋の串カツと明星に連れて行って啓子ちゃんワールドに引き込んだら、喜ぶ喜ぶ。「今度からサンシャイン劇場での打ち上げはここだな」だって。なはは。
明星にジャニーズがきたら見物だな。

ま、 またまた楽しみが増えましたん。

■2008,10,08

昨日は三田のエスコフィエ協会本部へ。

ここは03年頃、ワイルというテーマと出会った時に何回もお邪魔して取材のお世話になりました。懐かしい〜。
今回は66年開店の銀座「マキシム・ド・パリ」の初代日本人シェフだった浅野会長へのインタビュー。パトロンだった盛田昭夫さんのことなどを細かく伺いましたん。

当時「本物のパリがここにある」と言われたレストラン。やっぱ凄いですよ。
大卒の初任給が2万円だった時代に2億8000万円かけてビルが建てられて、それと同じ(!)資金を使って厨房や内装やカトラリーが揃えられたのだとか。
座席数約90(パーティールーム含む)なのにスタッフは約100人。
厨房とサービスと楽団(!)合わせて15名のフランス人スタッフがやってきたのだそうです。
いやはや恐るべしソニー、何を考えていたんだろう盛田さん。
そこんとこが今回のテーマです。

にしても帰り際、事務局長の伊藤さんが「本が出きるまでに何年かかりますか?」だって。
とほほ。「テーマがあれば酒も女もいらない」なーんて豪語していますが、「テーマができると貧乏になる」という真理もまたあるんですよね。とほほのほ。
さてさてどーなりますか。またまたながいーい旅になりそうです。

 

■2008,10,07

昨日は吉祥寺ハモニカ横丁へ。
目指していたカウンター型式の居酒屋(名前知らず、とほほ)がやってなくて、すわ閉店かと思ったら「今日は工事で休みです」だって。とほほ。
ぼーぜんとしながら狭い路地をうろうろしうていたら、何故か吸いよせられるように「美舟」へ。
ここは確か二階が座敷で、そこにはいったことあったんだけど、一階のカウンターが空いていてそこに陣取りました。
以来約4時間。いや呑んだ呑んだ。途中酔っぱらっちゃったおじさんがボクらに話しかけたそうだったんだけど、ママが「無視して!」と目で言うので堪えましたよ。なはは。
一人で寂しかったんだろうな。誰かと話したかったんだろうな。10年後のボクの姿だろうな。なーんてね。
にしてもいい店だったなぁ。最高。また一つ常連、じゃなくて常店ができてじついました。

この夜のテーマは、ダウン症の弟・康平君の作品を武蔵野大学の洞内君が持ってきてくれて、近い内八戸に取材に行こうという企み。
この絵がいいんだ。できたら志摩のエサマンプレザンに康平君を連れて行ってあげたいな。

さてさて、康平プロジェクト。どうなりますか。

そういえばもう一つ、「智子プロジェクト」もあるんだった。
こちらも頑張らなくちゃ。どうなりますか。

緒形拳さん、亡くなっちゃいましたね。残念至極。ご冥福をお祈りいたします。
以前『生きること、演じること』という役者列伝の本を書いた時、直筆のお手紙をいただきました。
「本、とても面白く読みました」
あの独特の筆跡でですよ。
こうなると家宝だな。
ボクの中でのオガケン・ベスト1は『ゴドーを待ちながら』松本・旧制松高講堂バージョン。
至福の演劇体験をいただきました。合掌。

本日『我、教育に非ず、伝承なり』
書き出せました。楽しみだ。誰よりも自分が。なはは。

 

■2008,10,02

「今日、会長に企画の話しをしました。 もう待ったなしです。 すみやかに行動してください。 よろしくね」
飯田橋を根城にする某組長、いやいや、組長風情の編集局長からメールがきました。
むふふ、またまた新しい旅が始まりますな。
今回はちと手ごわいですが、でも頑張りましょう。

明日は大阪へ。古田新太君の少年時代の記憶を辿りに行ってきます。

秋深しですねぇ〜。収穫の秋にしたいな〜。

 

■2008,09,26

昨日はちょっとしたご縁があって、新宿ハイアット・リージェンシー東京内にある
「キュイジーヌSミッシェル・トロワグロ」へ。
トロワグロといえば、いつもお世話になっている京橋シェ・イノの井上シェフの故郷店。
ソースの魔術師といわれたトロワグロ兄弟が3つ星を獲得してから40年間3つ星を守り通しているグラン・メゾンですよ。東京版でも2つ星かな。
でも3代目のミッシェルは、両親だけでなくアラン・シャペルや太陽の料理ロジェ・ヴェルジェ、ローザンヌのジラルデ等の名人巨匠の下で研鑽を積んだ人。
酸味を上手に使ってすごーく軽いテイストの料理を出してくれました。
ところがところが。このまま最後まで行くのかなと思ったら、小鳩のロティで出されたオマール海老を使ったソースが絶品。
皿の上だけでなく、小さなソースパンに「お代わり」まで出していただいて、たっぷりといただいてきました。うーん、やっぱりフレンチはソースだよね。なーんてね。;なはは。
最近では珍しい体験となりました。

ときに、最近ボクの周辺は時ならぬ「熱愛ブーム」
一昨日も昨夜もそんなことを呟く友人と酒を共にしました。とほほというかなはは、というか。
ま、誰もが心にふかーい闇を抱えているということでしょうか。
いや〜、それにしても恐るべしは「熱愛」ですな。

 

■2008,09,25

先週からずーっと(断続的ですが)地域創造「札幌、子供のための劇場・やまびこ座20周年」と「鳥取鹿野、鳥の演劇祭」の二本の原稿を書いてます。
世界的に見ても珍しい子供専用の演劇・人形劇のための劇場と、人口4500人の小さな城下町で開かれた演劇祭。でもそれらには本当に「オリジナル」があって、まさに「ユニーク」。
何かを生産することで地域が活力を得てきた時代から、何かを創造する拠点となることで存在感を出していく時代へ。そんな流れを感じます。
あと少しで脱稿だ。編集の坪池さん、もちっと待ってね。ふ〜。

10月になったらまたまた小学校のPTAのソフトボールの練習が始まります。
子供たちにまた会えるな。初夏の相撲大会の時からまた成長した姿が楽しみっす。

 

■2008,09,20

昨夜は銀座のレストランでピアニスト・辻井伸行君の二十歳の誕生日会。
伸行君のガールフレンド連合が集まって、指圧の浪越さんのリードで楽しい会となりました。
「最近コンサートに来てくれないじゃん」なーん伸くんにいわれてしまいましたが、それもね、ちと思うところあるんですよ。
伸行君とは小学校5年生からのおつきあい。
初リサイタル、初オーケストラとの共演、佐渡裕さんとの出会い、パリ・デビュー、そしてショパンコンクール挑戦と、いろいろなシーンを目撃してきました。
それはあくまで取材という行為ではあったのですが、どこかで彼を応援するというスタンスがあったことも間違いないんです。
大きなハンディを乗り越え、音楽には素人のご両親と三人四脚で歩んできたのですから、近くにいるボクらだってそりゃ応援したくもなります。
そして、毎回その思いを越える演奏をしてくれたのが伸君でしたから、応援のし甲斐もあったのです。

でもここからは伸君も二十歳。ボクも一歩立ち位置を変えて、ここからは大人と大人として対等の視線で彼を見ていかなければ。そのために、今度取材者として出会う時が新鮮であるように、少し時間と距離をとろうかと思っていたのでした。

今度会う時は音楽家として、一人の大人として、手応え充分な取材対象者と書かれ甲斐のある作家として出会いたいから、お互いに切磋琢磨していないとね。
秋には佐渡さん指揮でドイツフィルと共演したアルバムも出ます。同時に、再生したアスコムから『のぶカンタービレ』という本も出版されます。
ぜひ両方を味わっていただきたいと思います。

先週末から鳥取取材、鳥取市鹿野の小さな素朴な演劇祭を見て、米子に飛んで大山を味わって、その後京都に立ち寄って帰って来ました。
山陰は素朴でいーわ。家々の屋根瓦が立派なんですよ。あれが普通よ、なんて地元の人にはかるーく言われちゃいましたが、東京の建坪30坪なんてーのを見慣れていると、ほんと、立派に見えます。
境港から美保関へ。神話の国を楽しんできました。

 

■2008,09,11

標高3000メートルの天上界から下界に戻って2日目となりました。
なーんて、わずか3日間歩いてきただけですが、なはは。
でも今日で筋肉痛とはお別れ。代わりに今朝洗面台で鏡を覗いたら、
もう顔の皮がむけ始めてんの。とほほ。強烈な紫外線だったのですね。きたね〜。

下山した日、飛騨から呑みたい一心で車を飛ばして板橋駅前の明星に向かったのですが、なんとその日に限って赤提灯がついていなかったんですよ。
なんかいやーな予感がしたんですが、ケイコちゃんのご主人が入院されたとか。
大事ではないようなのでよかったのですが、お互い気をつけないといけませんね。
あの店の灯が消えると、常連たちが板橋の他の店に分散して、それはそれでまた危険なことになりますからね。なはは。

今夜は関西の鬼才・鈴江俊郎さんのお芝居。
仙川までいかないといけませんが、楽しみ楽しみ。

 

■2008,09,05

いや〜迫ってきました。北アルプス、新穂高〜三俣蓮華岳〜水晶岳〜笠が岳〜新穂高、
3日間の縦走です。
うーん、大丈夫か神山、持つのか足腰、行けるのか膝靱帯。
去年は燕〜中房温泉の下りで足が動かなくなっちゃいましたからね。
今年は多少トレーニングしているとはいうものの、いや〜、皆さんにご迷惑かけないようにしないとね。とほほ。サポーター買いました、って、そういうことじゃないだろう、神山。

というわけで、6日午後東京を出て、9日深夜に戻る予定です。
無事戻れるかな〜。戻れたら褒めてやってくださいね〜。

2日、小学館ノンフィクション大賞の授賞式パーティーにちと顔出して来ました。
ボクが『ライオンの夢』で優秀賞をいただいたのはもう13年も前のことになるんですね。
毎年招待状をいただいていましたが予定があわず、あれ以来初参加。
あの頃のことを束の間思い出しました。
スピーチで作家の関川さんが言ってました。
「本を書いて生活を立てられる人は極めて稀、そんなあやふやな希望を世に広めてどーする」、というようなことを。
確かにそういう現実の中で、10年ワンテーマでなんとか生きてこれたことに感謝しつつ、これからも生きていこうとすることに大いなる不安と震えを感じないわけにはいきません。

でも不安があるから人は自覚的になるわけですよ。リスクテイクなき自由なんてないんだし。
やってやろうじゃないのって心境ですな。

そう、北アルプスもやってやろうじゃないの。 かかってきんしゃい。

■2008,08,31

夏休み最後の日となりましたね。
なんて、小中学生みたいに一カ月休んだわけではありませんが、
なんとなく8月31日には、あの10代のころのおもーい気分を思い出しますね。
天候も8月下旬になったら一気に秋の気配だし。
雀鬼会の夏合宿で海に潜れることを期待して行ったのに、結局雨で海に入らずに帰って来てしまいました。残念残念。
そんな悪天候でも会長や海番長の花岡さんたちは80センチもあるスズキを突いたりしていたそうですから、言い訳なんですけどね。とほほ。
あの日は帰路もどしゃぶりで、大渋滞に巻き込まれて大変でした。電車で帰った竹書房の宇佐美局長も途中立ち往生で大変だったとか。
でもボクらはそのお蔭で小田原でレンタを降りて列車に乗り換えることになり、その合間にまたまた素敵な店をみつけちゃったんですよ。小田原駅前の「田」というんですけどね。
魚もいいし、富士湧水豚というブランド物の豚肉も美味しかったな。

昨日は相模湾の本家本元、真鶴駅前の「富士食堂」に行ってきました。
いや〜、ここはほんと、単なる駅前食堂の風情なんですが、6時を過ぎると地元の常連で大賑わい。昨日は太刀魚の刺身、カマスの塩焼き、小アジのフライ、かつおの刺身、さんまの刺身、それと、アジのナメローもあったな。とにかく何を頼んでも絶品。あ、しめは漁師風茶漬けね。これうま。もちろん安いっす。
すっかり仲よくなった地元漁師&ライター(って言ってたな)&主夫(??)の竹ちゃんと話し込んでしまいました。すげー二の腕なの。あんな太い二の腕のライターは都会には絶対にいないな。なはは。

ここんとこでは恵比寿のビストロ・モリのエスカルゴと瓜のほうれん草風味が美味しかったな。
この前「セオリー」に書いて以降、いろいろな人に紹介してるんですが、作家の山口正介さんも書いてくれたみたいだし。いいぞモリ君。また二丁目行こうね。むふふ。

 

■2008,08,22

あちゃ〜。今年の夏はあちこち出張続きで、
気がつくと10日以上も更新していませんでした。
ごめんなさいごめんなさい。さぼっていたわけじゃなくて、パソコンの前に
座れなかったんです。おゆるしを〜。

というわけでこの10日間をダイジェスト。

10日は午後の飛行機で札幌に飛んで、シティ・ジャズ取材。翌日はやまびこ座の追加取材。

13日は区の胃ガン検診。なんたってもう50歳手前ですから、受けられるものは受けておかないとね。とほほですが。バリウム呑んでレントゲン撮って、結果はまだまだ。おーこわ。

この間お芝居は紀伊国屋でMOP。あと2本で劇団解散なのだそうです。惜しいな。
三上市朗君が好きなんだけど、ストーリーとかテイスト自体はちとマンネリねぇ。そこは残念。
マキノさんの作品では、むかーし観た『東京原子核クラブ』の衝撃が忘れられませんね。

もう一本は大阪に飛んで劇団☆新感線の『五右衛門ロック』
こちらも相変わらずっちゃー相変わらずなんだけど、松雪泰子はきゃわいいし北大路欣也はかっちょいいし、圧巻の3時間40分でした。
終演後古田君が出てきてくれたんだけど、全身震えが止まらないのね。
厚生年金会館3階まで総立ちのファンにしかと対峙するってーのは、そういうことなんですね。
小劇場ファンの一人としては、カーテンコールで北大路欣也を従えて大トリで古田君が登場するシーンには涙が出ました、ほんと。
その昔、団十郎を見ると風邪が直ると言われていたそうですが、元気と勇気をいただきましたよ。いいものを見せてもらいました。

17日からは志摩のアトリエ・エレマン・プレザンへ。
ここではダウン症児のお母さんたち「エレマン・シスターズ」が毎回とーっても美味しい海の幸をテーブル一杯に用意してくれます。ホントすげー料理ですよ。
すでに脱稿している『いいんだよ、そのままで』の出版が頓挫しているので、次の企画も考えないといけません。佐藤先生とあれこれ話してきました。

そして昨日は肺ガン検査。ま、そういう年頃ということで。

んで明日からは伊豆へ行って雀鬼会の合宿に参加。今年は外道じゃなくてまともな魚が突けるでしょうか。乞ご期待です。

ちなみに今日、母校の豊岡中学校の高山校長先生から電話をいただいて、11月に中3生たちを対象にお話しをすることになりました。テーマは進路のことかな。
こちらも楽しみ楽しみ。
この夏いただいたとーっても嬉しい宝物のこともあって、10代というテーマがボクの中で大きくなっています。そのことは、「だいあり」に書きますね。

さぁ〜、夏もあと10日間。今日は涼しくなっちゃったけれど、もうひと燃えしましょうぜぃ。

 

■2008,08,10

たった今北信越・黒姫山から戻りましたぁ。
標高2054メートル。高原に聳えるなだらかな山ですが、登ってみるとしんどいしんどい。
特に下りは急坂でヘトヘトでした。
今回はラボ・パーティーの10代の少年少女たち約30名と一緒の山行で、
彼らの元気を目の当たりにしてきました。いや〜すごいね。10代は。
足が痛いアブに刺されたなんて泣き言言っていた少年が、「あと500メートル、ラボランドでは皆がアーチを作って待ってくれているよ〜」なんて励ますと、とたんに駆けだしたりするんだからね。なはは。
でも自分で飛べるからいいんです。自分で飛べなくなると、書類を改竄したりお金をちょろましかたり、ろくなことしなくなるからね。
学ぶべきは10代の瑞々しさですよ、ほんと。

今回はロッヂでもたくさんの子供たちと交流できて、ボクにとっての10代の聖地の一つ、ラボランドを堪能することができました。
子供たちにとっては、少しはしゃぎすぎのおじさんだったかな。たはは。お許しを〜

さあ、これから3時の飛行機で札幌へ。
今夜のジャズフェスの取材と、この前のやまびこ座の再取材をしてきます。

北京ではオリンピック、甲子園では高校野球、黒姫では10代の聖典、伊豆では雀鬼会の合宿、そして48歳は取材に飛び歩く−−−
ま、それぞれの夏が過ぎていきますね。

皆さんの夏は如何ですか?

 

■2008,08,02

いや〜、蒸し暑いですねぇ。
ちょっと動いたり何か食べたりすると、とたんに汗が吹き出してきますね〜。

帰国後一週間もあわただしく過ぎていきました。
29日には日帰りとんぼ返りで札幌へ。創立20周年のやまびこ座という、子供専用の公共ホールで人形劇を見てきました。
このホールを中心に、札幌にはいくつものママさん人形劇団が出来ているそうです。ヨーロッパで活躍するプロの人形劇士も生まれているし。ホールでは、そういうママさんたちを「アーティスト」と呼んで大切にしています。
知らないところで20年間もこんな素敵な取り組みがあったんだと驚きの思いでした。

ここにはまた8月の中旬に再取材に入ります。

某日には久しぶりに銀座へ。セントラル社の八木社長に美味しいお寿司とお酒を御馳走になりました。いや〜、やっぱり銀座は華やかですねぇ。
昔聞いた話ですが、某作家さん(かつてはノンフィクションの書き手で、途中からフィクションの方に移られた方ですが)は「呑む」と言ったら銀座しか行かないのだとか。ま、地方は別なんでしょうが、銀座の「華」と「テンション」が自分のスタンダードなんでしょうね。
物凄く静謐な文体の方だから、むべなるかなと思ったものです。
ボクは時には銀座もいいけれど、やっぱり板橋もいいし新宿二丁目もいいよねなんて思ってしまうほうだから、こんな雑文書きになってしまうのでしょうか。とほほだなぁ。
ま、それがボクのスタイルだからしょうがないんだけど。

それからトピックスはパルコ劇場で見た「SISTERS」、主演の松たかこも素晴らしかったし、何より長塚圭史の本が絶品。これには岸田賞をあげないといけませんね。

松さんて、前に見た串田和美さんの作品では透明な妖精そのものだったし、今回は狂気の人だし、本当に天才にかかるとどんな色にでも染まることの出来る人なんですねぇ。
鈴木杏とのからみのシーンなんて、まんま「奇跡の人」ですよ。サリバン先生とヘレン・ケラーの格闘シーンそのもので、この二人のコンビであの芝居も見てみたいなと思わせました。
時折こういう作品に出会ってしまうから、演劇から足を洗えないんですよねぇ。

今年の後半は古田新太君の取材が入っているから、久しぶりに演劇漬けの日々になるかな。

うーん、凄いぞ長塚。やめられないぞ演劇!

 

■2008,07,27

まるで北海道のような爽やかな気候のアメリカはニューヨーク州シラキュースから戻りましたぁ。
今回は、マンハッタンでヤンキース戦観戦、地下鉄1番の終点のヴァン・コートランド・パークのゴルフ場で1ラウンド、シラキュースでもパブリック・コースで現地のシニアのおじさんたちとワイワイ1ラウンド、そしてグレイハウンドに乗ってバッファローに行ってエリー湖の夕焼けを見るという、至極贅沢な旅でしたん。

とはいえ、食べたくなるようなものはなーんもなかったな。とほほ。量さえあれば質は問わないというお国柄ですからね。期待する方が無理か。マンハッタンは別ですけどね。
その点は美味しいもの満載の母国に戻ったのは嬉しいんだけれど、この暑さと湿度にはまいりますね。とほほ。
ま、これからが本番なんだから、覚悟しないとね。

アメリカも、マンハッタンは暑かったっす。40度近かったんじゃないかな。
その辺のレポートは、「だいあり」に書きますね。
しばしお待ちを。

出発前に書いた拙文が↓に載ってます。見てやってください。

■2008,07,17

http://www.elle.co.jp/generic/professional/(offset)/12

出発前に書き終えないといけない原稿があと一本。
今日NECソフトの原稿が書き終えれば無事出発できます。

昨日の昼は知人に誘われて霞町すえとみへ。
いやいやすんばらしいお料理でした。
ウニ豆腐に始まって、八寸、ぐじのお造り、鱧のお碗、鮎の塩焼き、そして土鍋で炊き込んだご飯に焼いた金目鯛の混ぜご飯。
板さんはまだ若い方でしたが、偶然ピアニストの辻井伸行君のファンということもわかり、納得納得。またいきたい店の一つになりました。

昨日恩師からファックスがあり、夏山計画に誘われました。
去年調子こいて燕山荘に連れて行ってもらったのですが、下山途中のオーバーワークがたたり、下界についた瞬間に立てなくなっちゃったにがーい経験があるんですよね。とほほ。
今年は平湯から入って三俣山荘まで、約7時間の長丁場があるとか。
大丈夫かなぁ。とほほ。「飲み屋の階段はおしなべて歩いて上るように」との「指令」が書かれていましたが、なはは、んなことで大丈夫なのでしょうか。
予定通りならば、9月上旬、3泊の山行になります。

というわけで、今年の夏はニューヨーク、シラキュース、黒姫山、志摩のアトリエ・エレマンプレザン合宿、伊豆の雀鬼会合宿、そして最後の北アルプスというラインナップかな。
はたしてどーなりますか。
皆さんはどんな夏のご予定でしょうか。楽しみましょうね〜。

 

■2008,07,15,

まじ暑いっすね。来ましたね、夏が。ま、今年は泳いで凌ごうかな。

NYへの出発が3日後に迫ってきました。
シラキュースという小さな街を訪ねる予定です。
その前に週末はヤンキースタジアムでアスレチックス戦観戦かな。チケあるかな。ま、外野席でもいいやね。松井もいないみたいだしね。
本土上陸はかれこれ10年ぶりですねぇ。9・11前から行ってないからね。
今回はグレイハウンドか列車の旅が楽しみだな。夜はジャズかな。
18日に出て26日に戻ります。その間メールは見られると思うけれど、電話は不通です。とほほ。留守電に入れてくださいましね。

新刊上梓の反動がボディ・ブローみたいに効き始めています。必ず来るんですよね、これが。
これを避けるために細々とした仕事をあれこれ入れていたんだけど、やっぱり避けられなかったな。とほほ。
ま、書き手の孤独はしっかりと自分で引き受けないといけませんよね。

今夜は久しぶりに「劇小劇場」。いい芝居に当たるといいのですが。

 

■2008,07,11

昨日は愛する真鶴へ。黄昏時になって、駅前の「富士食堂」の暖簾をちと早めに出してもらって地の魚をいただきました。
いや〜、これが絶品。若者二人とおかあさんと三人でやっている小さな店なんですが、毎晩地元の呑んべいたちでギャンギャン言っています。
魚が美味い!!昨日はイナダ、なんとかいうイカ、カツオ、そして小アジのフライなんかをいただきました。
同行した役者の青山もすっかり気に入って、今度は真鶴で皆を集めてコンペ&宴会だなんて盛り上がっていたな。なはは。ほんと、我が愛する真鶴になりつつあります。

明日は小学校の相撲大会。その後バレーボール、ミュンヘンメダリストの西本選手と親睦会。
いろいろありますな。

『情熱のシェフ』、ニースで東京で、いろいろな人から熱い感想をいただいています。
書いてよかった。書いておいてよかった。
そんな感慨にとらわれる一瞬が確かにあります。

でもその分、なかなか次の仕事に手がつかないというのも正直なところ。
やっぱり人間には作用が大きければ大きいほどに、抗いきれない反作用というものもあるんですね。こればっかりは時が解決してくれるのを待たないといけません。

 

■2008,07,06

先週は毀誉褒貶というか起伏の激しい一週間でした。

2日水曜日は三茶で「ノイズム」公演。ご存じ新潟のダンスチーム、若き芸術監督・金森穣君率いる今最も緊張感の高いステージをみせてくれるスペシャリストたちです。
今回は『人形の家』。なんでシアタートラムという小さな空間を使うのかなと疑問に思っていたら、舞台芸術の原点である場末の見せ物小屋をそこに出現させて、生身の人間を人形に仕立てて猥雑でエロティックで妖艶でそれでいて無垢なステージを完璧に再現してくれました。
みゆきの『狼になりたい』が流れた時は鳥肌たったな。なはは。金森君にとっては、バッハの無伴奏も中島みゆきも等価なんですね。快感!

翌3日は横浜みなとみらいホールでヴァイオリンの礒絵里子ちゃんとヴェネツィア室内楽の共演。こちらはヴィバルディ「四季」を堪能してきました。
イタリア野郎どもが 新婚のえりちゃんを狙って大変だったそうです。なはは。むべなるかな。

4日は渋谷老舗イタリアン「カプリチョーザ」の30周年記念パーティー。
「にんにくとトマトスパゲティ」の大盛りを皆で堪能堪能。「高校時代が懐かしい〜」「大学時代に下北でよーく食べた」なて微妙に時代を張り合っていましたが、ま、この辺まで来ると、皆同じようなもんです。なはは。
これだけ味が引き継がれ、その思い出がお客さんたちの中に確かに息づいているということは、今は亡き本多征昭シェフの力の証左ですね。70年代にこの味を提供していたのだから、素晴らしいの一言。合掌です。

そして昨日は野暮用があって逗子へ。
ここには森戸海岸に友人のマンションがあります。
その友人がこのマンションを空けていた時、ボクはここを執筆場として『初代総料理長サリー・ワイル』を必死に書いたのでした。
その時朝食に使っていたのが波打ち際のデニーズ。ここ最高っすよ。180度海が一望のすげーロケーションが朝食400円、ビール500円で自由になるんですから。なはは。
久しぶりに行ってきました。

と、楽しく充実した時間が続いているのに、その裏では友人をなくしたり、へんな攻撃にさらされたり。とほほ。ま、その度にアドレナリン全快で元気100倍のコウヤマなんすが。
無駄なエネルギー使いたくないね〜。ほんと。困ったもんです。

 

■2008,07,01,

と、安心していたら、まだまだ「異常な日々」は続いていますねぇ。
とほほ。ほんと、休まらない人生なんだなぁ。ボクのばやい。

今日は一人の友人をなくしてしまいました。
とても残念ですが、ま、仕方ない。
馴れ合うために生きているわけじゃないし、言葉に殉じて生きている者としては、
許せないものは許せない。言葉は人の命を奪うことがあります。その覚悟のない輩が、
安全なところからしたり顔でものを言うのは許せない。少なくともボクの人生において、
そんなぬるーいルールはありえない。
少しだけ可哀相なのは、今日は彼の誕生日のはず。訣別の辞がお祝いの言葉になってしまいましたね。ま、そういうこともあろうかと。

さらばです。せめていい人生を。

ボクには新しい取材が始まりました。昨日一本、気に入った文章が書けました。
新しい出会いの気配が漂っています。
そういうことの繰り返しでしかボクの人生は改まっていかないようです。

精進しないといけませんね。

 

■2008,06,26

ようやく友里ショックの異常波が去って、平常営業に戻りつつある「熱血」です。とほほ。
この3日間、ヒット数が1400、700、300なんて感じで、尋常じゃありませんでした。
ブログ炎上! なんてことになりはしないか心配で心配で。たはは。
でも皆さん、冷製に対応していただいて、その上いろんな方から心配もしていただいて、感謝しております。
ケイちゃんからまで「熱血が頭に血が登ったらおしまいですよ」なーんてアドヴァイスいただいちゃいました。とほほ。面目無い。

にしても友里さん、この世界のいろーんな人を敵に廻してますねぇ。そのこと自体は別に悪いことじゃないけれど、無駄な闘いが多すぎだな。
今回のことでいろいろな人と話したのですが、詳細を聞けば聞くほど呆れちゃいますね。覆面の言い訳は「レストランで贔屓にされないように」という大義名分のようですが、実は袋叩きにされないためでしょう。友里さんほど「接待」でお金使っていれば、覆面なし、実名で予約入れて「書かせていただきます」と言っても店内では安心ですよ。店外ではわかりませんけどね。なはは。

むかーし、この世界に入るきっかけとなったすごーく好きなノンフィクションの書き手がいたのですが(もちろん今もご健筆を振るわれているのですが)、ある日その人がペンネームだと知った瞬間、その熱があっさりと冷めちゃったことがありました。
ボクらは人様のことを実名で、しかもかなりあけすけにきわきわに書かせていただいているのだから、やっぱペンネームは卑怯でしょ。自分だけ安全なところから人のことをあれこれ書いたり批評するってのは、どーも好きになれませんね。
辛口結構、地を這う取材も結構、逆にそれは当然ですよ。でもその前提には、互いにリスクを平等に背負うというルールがあるはず。そうでなければ批評は成立しませんね。
他者を批評することはそのまま自分自身の批評にも繋がるわけで、その主体がぼけちゃったら、せっかくの批評も死に体ですよね。

その意味で、残念なんですよ。批評なき日本の料理文化が。

ま、気を取り直して、次のステージに向かいましょう。
今週末は雀鬼会。高槻支部の決勝戦取材があります。
桜井会長との南の島取材は秋に延期になっちゃいましたが、その前に一本、書き上げたいなぁ。雀鬼会の皆さん、山田マネージャー、よろしくおねがいしまーす。

 

■2008,06,23

おぅおぅおぅ、すげー。昨日のこのブログの訪問者数1000人突破。アクセス数に至っては1800超ですよ。とほほ。楽しみにしていた10万番目の読者プレゼントも、あっと言う間に風の彼方に消えてしまいました。ほんと、申し訳ありません。
それもこれも、友里征耶という人のブログの読者数の凄さですねぇ。というか、ネット界の「不幸の手紙」の負の威力と言ってもいいのかもしれません。

「熱血」の読者の中にはなんのことだかわからない方も多いと思うので、かのブログのアドレスを表記しますね。

http://www.tomosato.net/blog/

ボクは文章書きだから、自分の作品に対して本を買ってくれた方があれこれ批評してくれるのは大歓迎なんですよ。でも、ブログの表紙が赤いとか、よくこんな全身写真を使えるもんだとかいきなり言われてもねぇ。とほほ。

そんな戯れ言じゃなくて、ちゃんとボクの作品を読んで批評してくださいよ。友里さん。二日間に渡ってボクのこと書いていただきましたが、精一杯理解に務めても、書評に類すると思われる表記は以下の部分しかないんだもん。

「 早速この本(サリー・ワイル)を購入しちょっと目を通してみましたが、彼のサイトでの発言も含めての感想を言わしていただくと、「レストラン食べ歩きの経験や知識は一般人並かそれ以下ではないか」と思うに等しい方。「日本フード・ジャーナリスト会議」の主宰者と同じく、グルメが「商売」になると嗅ぎつけてこの世界に乱入してきたと思われます」

拙書『ワイル』に、現代のレストランの食べ歩きを書いた部分なんて皆無だし、全300ページ、もともと700枚書いた原稿を出版社の意向で500枚に縮めたせいでボーンレスハム状態になったあの本は、「ちょっと目を通して」何かをご理解いただけるような代物じゃないはずです。
なぜ歴史ノンフィクションを強引に「レストランの食べ歩き」という自分のフィールドに持って来ようとするのか、その辺からすでに的外れですよねぇ。友里さん。
もしかすると、読まないで書いちゃったのかな。だとすると、レストランにもいかないで書いちゃっているのかな、なーんて妄想が膨らんじゃうでしょ。それはあなたにとってもマイナスですねぇ。
それに、書評とか人物評の書き方も、さらに言葉が持っている力の怖さも知らない人のようですねぇ。文章修業もせずにいきなりブログで書き始めちゃったのかな。なはは。ご希望ならその辺教えてさしあげますから、一度メールでもくださいませ。
ま、ボクが出るまでもなく、女性ライター軍団『アダムス・ファミリー』にでもお願いしようかな。

あ、書評かなと見紛う部分はもう一つあったか。

「そんな若き料理人に寄生して、こんな「ヨイショ本」を出してしまっていいのだろうか」

さてさて、拙書『情熱のシェフ』が誰かに「寄生」する「ヨイショ本」であるのかどうか、これは読んでくださった方のご意見を待ちましょうか。友里さんもぜひ拙書をちゃーんとお読みいただいてから、自分の言葉で批評を書いてくださいませね。 読者の皆さん、ぜひご意見ご感想をお待ちいたしまーす。よろしくどーぞ。

そもそも「寄生」って、「他人に頼って生活すること」でしょ。書けば書くほど貧乏になっている今日このごろ、こんなステレオタイプの誤解もまた、むしろ嬉しく感じられますよね。たはは。

 

今朝は、先週いろいろ終わってほっと一段落という気持ちで事務所に来たんだけど、何やら怪しい気配が。いやーな予感がしながらブログをチェックしたら、ヒット数が異常に上がっているんです。こう言うときはホント、嫌なことが起きているもんなんですよ。

案の定、tomosatoなんていうブログからの訪問者が異常に増えています。
やれやれ。見てみたら、これだもん。ったく、低レベルだなぁ。

「トップページでは男性版「関谷江里子」さんではないかと見紛う強烈な「赤」が目立ちます。かなり自己陶酔と自己顕示欲の強い方のようで、プロファイルにある「大河プロフィール」は頭が下がるというか滑稽というか。まったく知らないライターだったのですが、ある程度メジャーであるならここまで「しつこい」プロファイルを書く必要はないでしょう。書けば書くほど自分にのめり込んでしまうナルちゃんであるとも推測します。しかし私が彼の体型だったら、全身写真をサイトに貼り付けることはしませんが、このKY、自己陶酔、自信過剰、自己顕示欲の強さにはただただ驚くばかりであります」

この人、自称・覆面料理評論家なんでしょ。なんで下手くそで一面的な、思い込みだけの人物批評までしちゃうんでしょうねぇ。このノリで料理も評していると思われちゃうじゃないねぇ。とほほだねぇ。
言葉って、言霊だから、悪意を込めると大変なことになりますよん。人を危めることもありえるんだから、お気をつけ遊ばせ。
ま、今回驚いたのはこちらでしたけど、ボクのブログを読んでくださって、どうもありがとうさんでした。

ここでもまた、日本の料理文化にはまっとうな批評評論が育っていないことが証明されてしまいましたね。うーん、困ったものだ。

18日のギリークラブの参加者の皆さん、20日の食べ食べ会の参加者の皆さんからたくさんのメールをいただいています。どうもありがとうございます。またどこかでお目にかかれますことを。よろしくお願いいたしまーす。

 

■2008,06,19

今週は「ケイスケ・マツシマ・スペシャル・ウイーク」
彼の来日に会わせて17日早朝に成田へ。ここで落ち合って、車で東京FMのスタジオへ。

その後、18日夜は元サントリー宣伝部の渡辺さんが主宰するギリークラブの食事会。
19日昼は文成小学校の5、6年生を対象に特別授業。「夢を持ち続けるということ」
子どもたちが目を輝かせながら話を聞いていました。

そして明日20日は 夕方から神田学士会館で食事会。予定を遥かに越えて140名も集まりそうです。楽しみだな〜。

21日は再び料理王国スタジオで記者会見と料理教室。
いや〜、ケイちゃんには大活躍してもらっています。

夜遊びは控えてね〜。たはは。

 

■2008,06,14

今週はまたまたいろいろ。
11日には、久しぶりに緊張して編集者の前でプレゼンしてました。
むかーし。大学生の末期だったかフリーランスになる直前だったか、どうしても会いたくてマガジンハウスの当時ターザンの編集者だった小黒一三さんに会いに行ったことがあるんです。
なんの企画をもっていったんだったかなぁ。もうすっかり忘れちゃっていますが、とにかくこの人と仕事をしたくて、というよりも文章を読んでほしくて、というよりもとにかく会いたくて、どんな言葉が返ってくるのか試したくて、震えながらアポイントをとった記憶があります。
その小黒さんがいまはソトコトのオーナー編集長であることは知っていたのですが、ある日あるところで友人のTBSプロデューサー熊谷君と一緒にいるのを目撃して、彼に仲立ちしてもらってふたたび会いに行ったというわけですよ。なはは。長かったっすね。

二つ企画を持って行ったんですが、一つはろくに見もしないで「よしやろ。やってやるよ」
二つ目は結構長いボクのプレゼンを黙って聞いていて、最後に一言「駄目、やんない。こんな他の出版社もやりそうなことはうちはやんない、以上」
なはは、小黒節健在。この切れ味は妖刀と呼んでいい凄味がありましたね。

あれから20年生きてきた小黒さん。ボクもまた20年生きてきて、嬉しい一瞬の交錯でした。

昨日は昼は「ピエール・ガニエール」「Tokyo」と題されたランチコースをいただきました。
前に行ってがっかりした記憶があったのでまーったく期待していなかったのですが、たはは、これはいけてました。イナダのお刺身、帆立貝のグリルにうみぶどう添え。美味しかったな。和の食材の扱いに慣れたということですね。意外にやるじゃんガニちゃん。なはは。

夜はキャラメルボックス『水平線の歩き方』。1時間シアター。涙涙涙。これまた、なははだな。

 

■2008,06,06

昨日は四谷でフー○・ジャーナリスト会議に初参加。
知り合いのライターの紹介でお知らせをもらったんだけど、正直がっかり。
「ミシュラン・アゲイン」というタイトルで、ミシュランの総責任者のジャン=リュック・ナレ氏が出席して、それを囲んでのトークセッション。
ところが何故か質問者は最初に決まって「ボクは自腹でヨーロッパの3つ星を全部食べてきましたが−−−」とか「ボクは自腹で20年間食べ続けていますが−−−」なんてはじめちゃうんだもん。どこの世界に「自腹で野球を見ている」ことをいばる野球評論家とかスポーツ・ジャーナリストがいるかっつーの。
そんなの、批評の前の自分の姿勢の問題なんだから、わざわざ言う必要はないでしょ。お金払わなかったら筆先が鈍るなんて考えているんだったら、評論なんてやらなきゃいいし。
しかもそれに続く質問が「たとえばエノテーカピンキオーリはイタリア本国の店は3つ星なのに なんで日本の店は星なしなのか?」とか「料理の鉄人の店が厳しい評価だったのは何故か?」だって。
何をか言わん。
本国の暖簾だけ持ってくれば事足りるなんていうこと事態がおかしいでしょう。二つ目の質問にはナレ氏「シェフはテレビスタジオよりも調理場にいるべきでしょ」なんてかるーく答えていたし。
ミシュラン出たばっかりならまだしも、この時期になってまだこの程度の質問かよってね。
これはジャーナリズムの世界の言葉ではなくて、熱狂的ファンの言葉だよね。

あ〜、やっぱり日本には、料理を批評する文化が育ってないんだよね。ミシュラン出たら新聞の週末に「料理批評欄」ができるかと思ったけれど、今のところそれもないしね。
ぜひ書きたいな〜。週末の料理批評。それが出ることで料理人が奮い立つような、そんな批評を書きたいですねぇ。ま、それがボクの仕事なのかどうかはまだわからないけれど。

そこで閃いた企画「星の秘密〜3つ星シェフのヴィジョン」
書きたいな〜。

 

2008,05,26

志摩から戻りました。
今回もシーカヤックやったり、波切漁港で大海原と対面したり、エレマン・シスターズ(ふふふ、ダウン症児のお母さんたちです) がつくってくれた美味しい海の幸に舌鼓を打ったり、楽しく美味しく充実した一時を過ごしてきました。
「だいあり」に写真アップしますね。見てやってください。

と、いい気分で帰ってきたのに、家に帰り着いたら「マンションの集会室の利用規約を改正する」なんて問題が起こっていました。今まで集会室で落語会をやったりジャズ・コンサートをやったりしてきたのに、居住者以外の利用は制限するなんてことを理事会が話し合っているらしいんです。なんだかな〜。大人たちのやることは。

ボクは500戸もある超大型マンションに住んでいるんですが、その周辺地域の人たちとの交流を一つのテーマとして生きています。PTA活動もその一つなんだけど、それを閉ざそうとする人たちがいるんですね。マンションなんて地域の中でしか生きていけないものなのにね。

とほほ、またまた話し合いだよ。ま、問題がこれ以上こじれないように祈るばかりです。

 

■2008,05,22

6月20日、ニースのケイちゃんが帰国(来日?)してくれて、神田学士会館で食事会が開かれるんです。そこの酒井シェフと話したら会場は100人まで大丈夫というから、大勢の皆さんにお知らせしたら、なんと60名を越える方たちから参加希望のメールをいただきました。
どひゃ〜すげ〜。

ありがとうございまーす。

中には、大学時代にお世話になったアルバイト先の社長が5名も連れてきてくれるとか、江戸しぐさの先生が来てくださるとか、取材でお世話になった方が来てくださるとか、安曇野からもかけつけてくれるとか、もう今から楽しい一夜になること間違いありませんね。

さっそくケイちゃんにも報告して、張り切って料理してもらいますね。

今回のコンセプトは「食べて美味しい、読んで面白くて泣ける」です。
ご参加の皆さん、食べるだけでなく、「読む」がポイントですからね。そこんとこ、よろしくおねがいしますよ〜。うふふ。よろしくどーぞ。

 

2008,05,20

四川省の地震のニュースは痛々しいですねぇ。
でもボクなんて無力感に苛まれるだけなんだけど、ケイちゃんは偉いなぁ。
ブログで具体的なアクションプランを書いてます。
料理人て、本当に社会といろいろなかかわりができるんだよな。
いやいや、ボクらジャーナリストこそ現場にいかないとな。
明星で飲んでるばやいじゃないか。とほほ。

拙稿「Y口T子」、いかがでしたか。
お楽しみいただけましたでしょうか。

ケイちゃんのブログアドレスは↓です。よろしくね〜。

■2008,05,17

http://blog.goo.ne.jp/keisukematsushima/

昨夜はホテル・オークラで成田空港30周年パーティー。
平山君とつくった小冊子「軌跡」もできあがっていて、嬉しい一時でした。
ちょうど総料理長の根岸さんも出てきてくださって、記念に一冊渡してきました。

その後は銀座「のぞみ」から二丁目の「シルクハット」へ。もうへろへろ。とほほ。
そもそも昨日は昼に著者近影の撮影で京橋シェ・イノに行って、そこで井上さんにワインを日本も御馳走になっていたのです。たはは。飲みっぱなしということでしたん。許せ友よ。

でもこのところいくつかこれまでの仕事の成果が形になってきて嬉しい限り。
『情熱のシェフ〜南仏・松嶋啓介の挑戦』もいい感じで仕上がっています。
今最後のゲラチェック。泣けますよ〜。なはは。

アエラのY口さんのも月曜日に出ますね。これまたY口さんの新しい展開を記すことができました。Y口さんの骨太の生き方、筋を通したスタイルもご堪能下さい。

そんなこんなで久しぶりにゆっくりできる週末になったので、今日は所沢にいる友・野口の墓参りに行ってきました。毎年4月の土曜日に昔の仲間に声かけて出かけていたのですが、年々参加者が減ってきて去年はたった二人になっちゃったのですよ。んで、ま、もう20年以上続けてきたから野口も怒らないだろうと、今年は誰にも声かけませんでした。

いつもは白い花が咲いている季節だったのですが、今年はもう初夏の装い。黄色い花を買って墓に供えてきました。線香もなし。コップ酒もなし。ただ、花のみもいいでしょう。
高台にある墓から街を眺められるのですが、 この20年で寺の周囲には高層マンションが何本も建ってしまって、なんか違う街みたいです。

今年は「娘がバレーボールを始めたよ」なんて報告している自分がいました。野口とはバレーボールを通した仲間だったから、自然とそんな言葉が出たんでしょう。つくづく「継承」ということを感じます。逝く友がいて新しく「始める」次世代がいる。それも嬉しい報告でした。

今月末にはもう一人、これは去年突然逝ってしまった仲間の供養もしないといけません。
なんだかそんな特別な日が増えてきちゃったな。
ま、しかたない。これも「継承」の一つですからね。

■2008,05,15

 

まさに薫風駘蕩、美しい5月の光ですねぇ。
アエラのY口T子さんの原稿も一段落したし(今日下版です)、ニースのケイちゃんの物語も今ゲラになっていて、確認中です。これがいとおしくてねぇ。このまま自分一人のものにしちゃいたいくらいなんすがねぇ。なはは。いやいや、一人でも多くの人に読んでほしいのですが、物語の中でケイちゃんやまちこさん、お母さん、仲間の若き料理人たちがほんとうにいきいきと動いてくれています。生きてるって感じかな。なーんて、手前味噌ですが。

ま、本てこの時期が一番いいんですよね。出ちゃえば売れてるかどーか心配だし、書店に一冊もなかったらこれまた悩みの種だし、たくさんあってもなんだしね。とほほ。

今日あたり、成田空港30年誌も届くはずなんですがね。こちらは明日オークラでパーティーです。これまた楽しみだな。拙稿を、小泉さんや福田さんも見てくれるのかな。なんか感想貰えたら嬉しいですね。なはは。

最近赤羽のモツ焼Yにいかれてましてね。うふふ。なんせ6時から並ばないと入れないんですよ。だから名前を書くわけにもいかず。ふふふ、許せ友よ。
今日も旧友と一緒に行ってきますね。
テラス席がもらえたら最高だな〜。

 

■2008,05, 11

95000のキリ番を踏んだ方からメールをいただきました。
当たり前のことなんだけど、全く会ったこともない方からいただいたので、嬉しいやら驚くやら。
こんなメールが添えられていました。

「神山様 こんばんは。 はじめまして。
いつも楽しく「だいあり」拝見させていただいております。アエラの山口智子さんも楽しみです。
この度、95000番を踏んじゃったのですが、色々なぺージを見ていたら、いつの間にか 94997番から95000番になっちゃいました。何か反則な気分で、、、一応メールしてみました。
これからも、度々拝見させていただきます。宜しくお願いいたします。
直接のご縁ではありませんが、アエラを通して神山さんの文章を拝見させていただいております。「わが道を行くロスジェネの旗手」のダウン症の方達の活動には驚きました。私も仕事柄ダウン症の子と接することがあるので、興味深かったです。仕事は歯科衛生士をしております」

てなことでした。ほんと、ありがとうございます。
このブログって、だいたい一日に50人くらいの人が見てくれています。
じぇん〜んじぇん多い数字ではありませんが、変に多くの人にみていただけるよりも、こういうちゃんと注目してくださる方にみていただけた方が嬉しいですよね。
キーワードでへんにひっかかっちゃったら大変なことになりますからね。

というわけで、このHKさんには、もうすぐできあがってくる『成田空港30周年記念誌』、非売品をお送りしたいと思います。
楽しみにお待ちくださいませね〜。

そうそう拙稿のアエラ掲載は19日発売号になりました〜。

 

■2008,05,08

お、このページ「95000番」が間近ですね。
このキリ番を踏んだ方に粗品を進呈しますね。
メールをくださいませ。mhd03414@nifty.com

昨日と今日、アエラ「現代の肖像」のY口T子さんの執筆にかかっています。
結構長期間の取材になって、ご本人ともいろいろ取材の範囲を越えるやりとりもあったりして、思い入れるある文章になりそうです。
ま、ご本人は過去に拘泥しない方なので「その文章が出る頃はどこにいるのかわかりません。読むかも読まないかもわかりません」とのことなのですが。なはは、 世界の果てででも読んでいただけたら嬉しいですね。
予定では発行は19日か20日のはずです。

あと少し。がんばろ〜。

 

■2008,05, 05

ゴールデン・ウイーク後半ですねぇ。
皆さんは如何お過ごしですか。
ボクは先週末から松本へ行って、今日明日は事務所で書いて、明日午後からまた地方です。
あんまり休みの感覚はないな。ま、いいんですが。

松本、行ってきましたよ。
今回はGW直前の金曜日とあって、参加は25名くらいでしたが、それでもまずまずの内容だったんじゃないかな。
帰京後、学生からメールをいただきました。
「だいあり」を見てください。確かに伝わったなという感じです。

さ、アエラだアエラ、智子さんだ智子さん。
いい書き出しになりそうです。明日には形が見えてくるかな。

 

■2008,05,02

なんかあっと言う間に5月ですね。仕事なんかしているばやいじゃないような天気が続いていましたね。今日はちと違うけれど。

昨日はセオリー誌「グラナダ社長下山某」さんのインタビュー記事を脱稿。
ここんとこいくつか仕事がはかどって、気分よく飲んでます。なはは。

今日はこれから松本だぁ。信州大学の学生たちに会いに行ってきます。
この前あれだけ盛り上がって、「来週のために作文を書いて送ってね」と言っておいたのに、じぇろ。じぇーんじぇん反応なし。とほほ。ったくなぁ。
ま、ボクだって別に教授じゃないやつの言葉なんて聞かなかったかな。
さーて、今日は何を喋りましょうか。タイトルは『株式会社を遠く離れて』
ふふふ、楽しみだな。

あとはアエラのY口T子さんの文章だけです。なんか書くのが惜しいという感じ。
もう頭の中では文章が発酵しているんですよね。なはは。酢えちゃったかな。

そして雀鬼だぁ〜。

■2008,04,26

ついに脱稿しました〜、ニースのシェフ・ケイちゃんの物語。
そのタイトルも途中で成長して、今の仮タイトルは『ミシュランを越えて〜ニースの情熱シェフKeisuke Matsushima物語』となっています。ぱちぱちぱち。
いやはや、4月の頭に書き始めたんだけど、いくつかの仕事が平行していて、本格的にこれに集中できたのは8日辺りからだったでしょうか。それまでしこしこと設計図作りに没頭していたので、そこからはけっこう一気にホームストレッチを駆け抜けられました。
全360枚かな。まずまずのボリュームの本になりそうです。

彼の人生はまだ30年間だけど、その間、フランス修行、恋愛、日本での挫折、フランス料理の源流を訪ねる旅、結婚、出店、出産、ミシュランの星獲得と波瀾万丈だし、何よりボクには「ワイルから80年間、料理への情熱の伝承」という大きなテーマが背後にありました。
 360枚の最後の最後の部分、こんな感じです。

               ※

 そのワイルを始点とする長く太いベクトルの先端に、今、ケイたちの世代がいる。ワイルからケイたちへと続くその歴史の中で、日本には、大空に枝を広げ瑞々しい青葉を蓄えたフランス料理界という名の一本の大樹が育った。 太陽の光を一杯に浴びるその葉の一枚一枚には、料理界に夢を抱き、それぞれの事情を抱えながらもチャレンジを繰り返し、時には異文化の中でもがきながら必死に生き抜いてきた若者たちの姿が刻まれている。

 どの葉も不揃いだ。それぞれの夢の形は違うのだから。 けれどその葉脈にはしっかりと養分が通い、やがてそれは新しい実となり次代の命となる。そうやって多くの料理人たちがその「情熱」を手渡しで「継承」してきた歴史があるからこそ、ケイたちの今もある。

 料理は時間芸術だ。どんなに手間ヒマかけて贅沢な食材を使った料理でも、ただ思い出だけを残して一瞬にして跡形もなく消えていく。着飾った客たちであれほど賑わったレストランのフロアも、いずれその「賑わいの記憶」も「美食の思い出」も霧消する運命にある。美術のように、作家の命が費えても作品が残る空間芸術とは違う儚い世界だ。

 けれどその分だけ潔い。そして同時代を生きとし生ける者全てを力強く励まし、喜ばせる力を持っている。80年前も、今も、そしてこれからも。その「美しさ」と「力強さ」は普遍だ。

  全ての料理人たちへ。全ての料理を愛する人たちへ。 その樹下に集う人々の熱き思いを紡ぐ幸せを、今、私は感じている。

               ※

ふふふ、どうですか。料理研究家の内坂先生からは「ずいぶんメールやブログの文体は違うじゃん」なんて言われちゃいました。あーったりまえでしょうが。こちらはお金いただくんですから。むふふ。ケイちゃんの大活躍を、ぜし楽しんでいただけたらと思います。

発行は5月末か6月頭かな。大急ぎで編集の小柳津君が頑張ってくれています。
ありがと〜。よろしくね〜。

 

■2008,04,21

『ニースのサムライ・シェフ』(仮)、連日書きまくって、ついにケイちゃんのお店の開店にまでこぎ着けました。 ぱちぱちぱち。
ふ〜って、ボクがため息ついている場合じゃないんですが、なはは、ほんと、異文化の中で自分の店を出すなんて、並大抵のことじゃないですね。
いくつもの幸運や助力があったわけですが、それらを引き寄せたケイちゃんの自力はすんごい。
そしてそれを支えたまち子さんの「揺れない気持ち」もすんごい。

こうして全体像ができてくると、今回の著書の、また違った視点からの「意味」も見えてきます。

つまりボクにとっては「異文化3部作」のある意味で完結編ということになります。
明治後期から大正、昭和を生きてアマゾンで大往生した前田光世=コンデ・コマを描いた『ライオンの夢』(96年、小学館)
昭和初期に来日して戦前戦後の日本のフランス料理界をリードしたスイス人料理人を描いた『初代総料理長サリー・ワイル』(05年、講談社) 
そして団塊ジュニアとして生まれ、フランスで出店してミシュランの星を獲得するという平成の美食の新潮流を形成した若者たちを描いた今回の作品。(まだタイトルは編集部と熟慮中)
ね、見事に時代も繋がったでしょう。

テーマこそ「格闘技・移民」「料理」と異なるし、主人公の国籍もそれぞれだけれど、「異文化」「ひとりぼっちのアウェー戦」という意味では一本のラインで結ばれています。

もう一つの視点では「美食3部作」の第二作目という見方もできます。
こちらの視点でいくと、このあともう一冊、チャンスを伺わないといけません。
読者にとっても神山という書き手が料理界に大きな鉱脈を感じているのだと納得していただくためには、やはり3作品は必要でしょうね。後一冊、たぶんテーマは「パトロン」になると思うのですが、ちと思案中です。むふふ。また2、3年かかる旅になりますが。

さ〜て、明日は母校信州大学での講義です。
テーマは「職業論」。これまた楽しみです。どんなことになりますか。どんな出会いが待っていますか。今日頑張って書いて、明日はすっきりした気持ちで「あずさ」に乗りたいな。
ま、またご報告しますね。

 

■2008,04,17

『ニースのサムライ・シェフ』、まだ仮タイトルですが、執筆が佳境です。
主人公のケイちゃんは東京での修行を経てフランスに飛びたち、主に地方を周りながら大自然の中で「フランス料理の源流を訪ねる旅」を展開しています。
こんな感じです。

「今月からフランスはジビエの季節に入りました。ジビエとは、雷鳥、雉、ヤマウズラ、ツグミ、青首鴨、森鳩、野うさぎ、猪、鹿などがあります。ここラングドック地方は狩猟が行われる地方としてフランスでも有名な場所です。今週日曜日、朝6時半に起きて友だち3人で狩に出かけました。友だちの家で鉄砲、小型の犬と大型の犬を用意し、カフェを飲んでいざ出陣! はじめてみる散弾銃、そして狩猟用の犬たち。これから行われることにドキドキしながら車に乗り込みました」

 ブドウ畑に到着した一行は、後ろのトランクに乗っていた犬を開放。犬は一目散に森に突入していく。

「準備運動もなしかよ! と思いながら犬たちを追いかけて4、5分、犬の状態が急変したら、ご主人のMrセリル(シェフ・パティシエ)が「静かにしろ!」とボクらに合図。その瞬間、ワンワンワン、アタンシーオン、バーン! 何が起こったのかわからないうちに、雉が地面に落ちようとしていました」

  セリルはすかさず地面に落ちた雉の肺をつかんで息の根を止める。初めての狩猟はケイにとっても驚きの連続だった。 そしてセリルの家に戻ると、母親がすでに雉やヤマウズラを料理して待っていてくれた。ケイは続ける。

「雉のロースト・ブドウ添え、ヤマウズラのロースト、森のキノコのフリカッセ、イモのフライ等々、フランス版おふくろの味っていうのでしょうか。高級料理ではなくフランスの家庭の味。ぜんぜん手をかけていないシンプルな味なんだけど、これが、うまい。こうやって友だちの家で食事をするときに、フランスにいるのだな〜といつも思います。そして料理は土地に根付いているんだな、とも。ボクがフランスに追い求めてきた地方料理は、こういった家庭の中に残っていることに、何か喜びを覚えます。『フランス料理の源流を訪ねて』酒井シェフ監修の本に憧れてフランスに飛び込んだボク。こういったフランスの文化に触れられることは、ボクにとって貴重な宝物です」

ちと長かったかな。なはは。お許しを。
いづれにしてもここんとこずーっと一日20枚から30枚書いてます。
ちょうどいま、ビザの取得のしんどいところ。ここを乗り切れば、光が見えますね。
がんばれケイちゃん。なはは。実際頑張るのはボクなんすが。

う〜ん。しんどいところだ。がんばろ〜。

 

■2008,04,12

昨日は白金八芳園でニースのサムライシェフ(仮)松嶋啓介さんの料理会でした。
残念ながら大方の桜は散っていましたが、黄色い桜があったな。
そして料理が絶品。
タマネギの冷たいスープに始まって最後の桜島牛のローストまで、満足満足でしたん。
甘鯛の火かげんも皮はかりかりで身はベリーレアで絶妙、レモンを使ったメースもよく合っていた。松嶋さんありがとう。自信をもって今回の本を書き上げることができます。

気がついたら、明日は誕生日だぁ。とほほ。ということは、今日は47歳最後の日ですか。
ま、今日も明日も執筆だからあんまり変化はありませんが、書きたい文章を書きながら一つ歳をとれるというのは、そう悪いことじゃないですよね。
感謝感謝です。

さーて、どんな1年になりますか。
楽しみですな。

そうそう、母校の信州大学人文学部での「職業論」の授業が22日に迫ってきました。(もう一度は5月2日です)
なーにを話そうかなと考えたのですが、
タイトルは「黄金の10代の宝物を職業にする喜び」
とすることに。ふふふ、内容わかりますか?
これは、この前小学校の卒業式で話したこととも繋がるのですが、ま、楽しいことになりそうです。東京からも一人、松本でも一人、友人が遊びに来てくれることに。
あとは学生が何人きてくれるかだな。なはは。参加者0だったら目も当てられないな。

 

■2008,04,10

来ました来ました。
荒川マラソン事務局から結果が来ましたよん。
「5キロ23分06秒、完走906人中190位」−−−−つまり1キロ平均4分37秒ですね。
うーん、これはどう評価していいかわかりませんねぇ。
上位入賞者の年齢もわからないし、平均タイムもわからないしねぇ。
ま、仮にこのままのペースでフルマラソンを走ったとすると、3時間12分前後。
こんなタイムがでたら凄いですが、これは事実上無理ですね。とほほ。
このタイムを成人女子部に平行移動すると30位代、高校女子では2位!高校男子では50位。
って、これもあんまり意味がある比較ではありませんよね。
おぼろげに高校時代を思い出すと、確か1キロ3分代で走っていたような。
ま、練習していないんだからしょうがないか。
最近もぼちぼち、散りきった桜を踏みしめながら走っています。
来年も出ようかな。今回一緒に出場したモツ焼きカミヤ(板橋本町)のおやじさんは、来年はフルマラソンだと張り切っていますよ。なはは。

「ニースのサムライシェフ」−−−順調に進んでいます。
今ケイはレジス・マルコンでの修行を終えて、少し少年時代にフラッシュバックした所。
いい感じですぜ。早く見てほしいんだけど、ちとお待ちくださいませ。

 

■2008,04、07

いや〜、花は散り際ですねぇ。
いつものジョギングコース・石神井川は、上空のピンクのトンネルは寂しくなりましたが、その分歩道や川面がうっすらとピンクに染まって、そりゃそりゃ綺麗です。
今朝は屋台のおじさんたちが片づけをしていましたから、ここ1、2日は静かに行く春を名残むことができそうです。

「成田空港30年史」一応脱稿しました。
まだ空港会社のチェックやデザイン的な修正があると思いますが、ひとまずよかったよかった。空港会社のHさんと国土交通省のMさんという、二人の友人とのかかわりのある仕事ができて、ボクとしても嬉しいです。
振り返ればサンデー毎日で4回のルポを書いたのは2001年でしたから、足掛け7年ということにもなります。3人で 何年か前パリで遊んだ成果がここに出せたかな?なはは。
ま、この冊子は限定品なんですが、役目が終わりましたらここでも触りは紹介しますね。

なんとかあと3仕事、4月中にふんばって、5月は楽になりたいな〜。がんばろ〜。

 

■2008,04,02

もう一昨日になってしまいましたが、桜が満開となった中目黒の一角で、とても濃密な時間を過ごしてきました。
ボクの目の前で終始微笑みながら、でもものづくりに対する揺るぎない決意を語ってくれたのは、Y口T子さんでした。ああ、わずらわしい。今日は「山口智子」と表記させていただきましょう。
「私はそんな評価は知らなかった。私の耳には届いていない」
彼女は確かにそう言いました。「ロンバケ等が放映されている時、視聴率の女王という評価を得ていましたよね」−−−その質問に対する答えです。
彼女の言動を拾っていくと、女優生活8年間を振り返ってそれらの作品を認める発言が全くないんですよね。いや作品自体は認めても、女優山口がよくやったという言葉がない。常にあるのは反省だけなんです。
それが何故なのか。何に由来しているのか。約2時間のインタビューで、それがすこーし見えてきました。だからといって、彼女のことが理解できたなんていいませんが。
「過去の作品はオンエアで見たことはありません。放送される頃には次のやるべき仕事の支度が始まっているから」といい、さらに「今回のレポートも見ないかもしれないな」とも。
ふふふ、いいでしょういいでしょう。 いつか見ていただいた時に、そこにしっかりと山口智子の一瞬が刻まれているような、そんな文章が出てくるはずです。

同じ時代に同じ国に、こういう感性が生きている。そのことを確認できた、いい時間でした。

 

■2008,03,28

なーんか今年はあっけなく桜が咲いてしまいましたねぇ。
ボク、そもそも花見ってあんまり好きじゃないんですよね。
なんか「他力」でしょう。花の力にすがってお酒飲んで騒いでる感じで。
昨今の無能な芸能人だけが楽しそうに騒いでいるバラエティみたい。なーにが楽しいんだろうって、逆に観察しちゃいますよね。なはは。

でも今日、日頃ジョギングに使っている石神井川沿いに花見にいこうとしたら、今頃になって雨ですねぇ。とほほ。慣れないことしなけりゃよかったのかな。

「ニースのサムライ・シェフ」(もちろん仮題ですが)
なかなかいい感じになってきましたよん。
もう少しでここでもご紹介できるかな。ふふふ。楽しみ楽しみ。

明日は雀鬼会の20周年パーティーです。
今度は会長はどんな挨拶をされるのでしょうか。
これまた楽しみ楽しみ。

さぁもう一仕事、がんばろ〜。

 

■2008,03,26

昨日は小学校の卒業式。
最後にPTA会長の挨拶というやっかいな仕事があるのでちと緊張していたのですが、
前もって佐藤琢磨さんに色紙をいただいていたので、それを小道具にして無事乗り切れました〜。 琢磨さん、べりべりさんきゅでした。
色紙の言葉は「No attack No chance」
ニースの松嶋さんの店のリーブル・ドールに書かれていたのと同じ言葉です。
子どもたちの胸にどう響いたでしょうか。大人たちの胸の方に響いたかな。たはは。

にしても、原稿がたまりに溜まってしまって、ちとあへあへいっています。
松嶋さんの本も早く脱稿したいのだけれど、なんだか桜に追い抜かれてしまいました。とほほ。

このあと成田空港30年誌はあるわ、アエラでY口T子の肖像もあるわ。そしてそのまえに書き終えないといけないものも抱えています。ふー。
やまない雨はないやまない雨はない。

おまじないのように唱える日々です。

 

■2008,03,21

いや〜ここ10日間ほど、成田に通いつめました。
のべで10数名にインタビューしたのかな。
まだ成田が工事現場のバラックだらけだったころから食堂で料理を作っていたおばちゃん(いや、当時はお姉さんか、失礼失礼なはは)、森中社長さん、開港当時はまだ生まれていなかった新入社員、第一ターミナルの案内カウンターで頑張っているサービスマン、地上95メートルの管制塔の管制官、気象予報官、 初めて空港に行ってその巨大さに驚いた女子学生、成田をアカデミズムの対象として研究されている教授、そして空港周辺部で有機無農薬農法を実践している若き農夫たち、等々。
本当にいろいろな人が空港とかかわって生きていますね。
「成田空港ほど職員が熱くて真摯で、そして土着性が強い空港は世界的に見ても例がありません」 。明治大学商学部で交通システムの研究をされている教授は、そんな言葉を語ってくれました。
さてさて、どんな文章がでてきますか。
楽しみ楽しみですね。この文章は30周年パーティーの時に配られます。
一般売りはないはずですが、このブログでそっと−−−−−ですね。むふふ。お楽しみに〜。

その途中、19日の夜は成田からとんぼ返りで町田の雀鬼会道場へ。
朝日の佐藤記者を連れて行ったら、なんと会長インタビューを深夜二時まで続けたのだとか。
とほほ。ボクはまたまた成田へ戻るために10時30にはお暇したのですが、すんごいな、会長と佐藤記者。いやはや。お疲れさまでした〜。

そして今日はこれから安曇野に向かって、トキコの「居酒屋10番勝負、第二弾」です。重野君や山崎君、そして旧友たちとの再会です。こちらも楽しみ楽しみ〜。

 

■2008,03,15

雀鬼会のホームページに「熱血ライター神山め!」と書かれてしまいました。とほほ。
昨日は「世界を駆けめぐるノンフィクションライター神山さんが」だったのに。
会長、しゅみましぇーん、露出狂にさせてしまって。お許しくださ〜い。ふふふ。

でもね、改めて思いますね。実は昨日PTA総会があって、2年間務めた「会長」職の最終日だったんです。あとは卒業式の挨拶を残すのみとなりました。なはは。
そしたらそのあとの飲み会で、なんだか自然と笑みがこぼれちゃうんですよ。
肩の力も抜けたし。
やっぱ人様に「会長」 なんて呼ばれるのは、それだけでどこかにプレッシャーがかかってくるんですね。

んで「会長」といえば、なんといっても雀鬼会の桜井会長じゃないですか。伝説の雀鬼・桜井章一は、20年間ずーっと「会長」という呼び名を背負い続けているんです。
しかも彼の場合、ものすごい覚悟と自負と使命感でその姿勢を貫いています。
役割としての会長ではなく存在としての会長なんだから、どこぞの企業の順番で巡ってきた「あがり」の会長とは意味が全く違いますよ。
雀鬼会って、そういえば役職名称が多いんです。「統括部長」「審判部長」「道場長」「四天王」「相談役」「選手部長」「温泉部長」--- って、あ、これはちがうか。なはは。
当初は何でかなと疑問に思っていたのですが、ここに理由があったんですね。つまり、役職の名前を背負うことで、自らの使命感を奮い立たせる。覚悟を自覚する。
日本は「恥の文化」といわれますが、名に恥じない行動をするという、言動の律し方の方法論だったのですね。

いやはや、19日に町田で真の「会長」にお目にかかってきます。
そういう存在を持てた幸せを噛みしめながら。

 

■2008,03,10

今日はちといつもと趣向が違う集まりがあるんです。
いつもボクって、何かやるときはたいてい言い出しっぺでしょ。なはは。
だいたい自分のペースで物事を運んでしまう悪い癖があって、桜井会長からも「お前はほんとにマイペースだ」と怒られたりしてるんです、とほほ。

ところが今日は、前にアエラの編集だった朝日の佐藤さんが、「ボクが仕切ります」と言ってくださって、なんと、『神山典士20周年祝い』を内輪でしみじみとやってくださるのだとか。
いや〜、巨大過ぎる出版パーティーを企画しちゃって皆さんにご迷惑をかけたことなら一度となくあるんですが、こんな嬉しい企画はかつてありませんでした。
佐藤さんとは一度しか仕事していません。でもそれが「雀鬼・桜井章一」で、これはボクの中でも人生後半のスタートの鐘が鳴った時でもあったのです。今から思えば。
思い出しますね。下北沢の雀鬼会道場を初めて訪ねた時のこと。ボクは直接道場に入らずに、しばらく物陰に隠れて「怪しい奴が出入りしていないか」なーんて監視していたんですよ。なはは。怖かったしね。
そんな思い出があるだけに、彼からの嬉しい申し出でした。

んで、出席いただけるという5人に何かお礼をしないといけないじゃないですか。貴重なお時間を割いていただくんですから。
で、BAZを物色しましたよ。テーマは「お金ではもはや買えないもの」
なはは、たいていのボクの本は絶版だから、ま、それに該当するっていえばそうなんですが、最近はネットで買えますからね。中古が。
ネットでも買えないもの。経済の価値を超えたもの。
そんなテーマで家捜しです。
そしたら 見つかりましたよ。まさに珠玉のものたちが。

ま、ここに書くわけにもいかないので、しばしお待ちを。
後日、だいありに写真付きで紹介しますね。

さーて、夜が来るまでもう一仕事二仕事。がんばりまーす。

おっと、そういえば昨日の読売の朝刊1面のコラムに、でてましたよね。
雀鬼・桜井章一さん。
ご本人もHPで照れていましたが、すごいぞ桜井章一。20周年の節目をちゃーんとご自分で祝っちゃうなんて、そうそうできることじゃありませんね。
ボクもなんだか自分のことのように嬉しいです。
今月29日が雀鬼会、20周年パーティーです。その前には娘さんの結婚式もあるしね。

会長、よろしくおねがいしまーす。

 

■2008,03,07

昨日ポストに「東京・荒川市民マラソンエントリー事務局」から封筒が届きました。
エントリーしたんですよね。3月16日の荒川マラソン、とはいえ5キロの部。なはは。
BAZの近くのモツ鍋が美味しい「カミヤ」のマスターが出るって言うから、つい勢いでね。たは。

日頃から、前夜お酒を飲まなかった朝は2・5キロくらい走ってるんです。ま、月に3、4回かな。
板橋の加賀のあたりの石神井川沿いは、これからは桜がとても綺麗なジョギングコースです。
でもレースとなるとけっこう本気になっちゃうかもしれないし、前に人がいると追い抜きたい性分だから、ちと気をつけないとね。
というわけで、来週は酒を控えて準備したいと思います。


皆さん、あんまり誘わないでね。でも忘れないでね。とほほ。

 

■2008,03,04

1日、行ってきましたよ。キャラメルボックス。上川隆也たっぷりショーでしたね。
いやほんと、すんごいいい役者になったな。
けっして透明感という感じではないんだけど、演技に余裕があるし幅があるし。
以前池田成志君にも感じた自由度を感じますね。
サンシャイン劇場は超満員。マチネに行ったのですが、ソワレの当日券ももう並んでいました。
4月7日まで。ぜしに。

先週末からセオリー『芦屋特集』にかかっていて、今日午前中に脱稿しました。
六麓荘、芦屋の歴史、大大阪の歴史、山芦屋、そして奥池。
なかなか読み応えのあるレポートになったはずです。本が出るまで、ちとお待ちください。

今週は「フォーミュラ琢磨」の発売ですね。こちらもぜしに。

いろいろ激動の春です。軸がぶれないようにしっかりしないとね。

 

■2008,03,01

なんだか街に芽吹きの気配が漂いはじめましたね。

このブログ、また「9万番」が近づきましたん。
前回8並びは成田出身のダンサー、相原朋枝さんが見事に踏んでくれました。
ありがとうございました。

さあーて、今回も素敵なプレゼントを用意して待ってますね。
開けてみたら「90000」だったという方、ぜひご一報くださいませませ。

昨日は「歌わせたい男たち」、今日はキャラメルボックス、久しぶりに観劇の日々です。

 

■2008,02,29

あっと言う間に2月も終わりですね。とほほ、はや。
約一カ月かけて(他の取材執筆もたくさんあったので)やっと松嶋啓介企画の基本設計図ができました。
こんな感じです。門外不出ですが、たはは、さわりだけね。

プロローグ、TheWorld
・ ニース−バルセロナ間超豪華客船の旅〜世界が認めた啓介の味と腕
・ 牛肉ミルフィーユワサビ添え〜味覚を翻訳する、ワサビを欧米人に食べさせたい
・日本の料理人、日本の食文化をフランスで開花させたい〜新世代料理人の夢
・ ワイルの弟子(第一世代)から半世紀〜フランス料理修行の新潮流
・ 人と違うことをやらなければ価値がない〜コロンブスの教え
・ ミシュラン東京の登場〜オーナーシェフがいない、レストラツールが未熟、過去の栄光にすがっていては輝かない
・ フランス料理の新潮流〜素材重視、料理の地域性〜フランス料理の基礎はどこに生まれたか、個性あふれる料理と店舗経営のスタイル、
・ 「世界」と名付けられた船はバルセロナを目指す〜そこにはコロンブスの像が〜啓介の夢の具現化

ふふふ、わかりますか?

ま、ここからは書くだけ。「やまない雨はない」と呟くだけの日々となります。
どんな文章がでてきますか。楽しみ楽しみ。

 

■2008,02,25

昨日は青山スパイラルホールで武道家・日野晃さんのドラム・ソロ・コンサート。
実に1時間、一人で叩きっぱなしですよ。すげ〜。
なんで武道家がドラムなのかとかなんで1時間なのかとかはここでは割愛しますが(なはは、それじゃ意味ねーかな)ま、とにかくこの人、過剰な人なんですよね。

和歌山県熊野古道にある道場を訪ねたことがあるのですが、すんげーでかい八角形のログハウスなんです。これも全部自分でつくっちゃったとか。奥さんがすごくいい人で美人なんですが、彼女も武道の弟子で、かつては「水は低きに流れる」なんて叫びながら、傍目にはケンカ暴力としか映らないような実践稽古をしていたのだとか。
武道家としては、現在最も前衛的理論家であり実践者といっていいと思います。

ま、その人のドラム・ソロを1時間。巌流島の決闘を目撃しているような雰囲気でしたよ。

でもね、その直後にピアノとウッドベースが入ってきて、今度は一転して実に上質なフリージャズ・トリオの演奏が始まったんです。これが絶品。
ピアノの田中武久さんは1時間の演奏なんて何事もなかったかのように豊穣なジャズの世界を紡ぎだしてくれました。

まさに静と動。共に静謐な体験でした。

そして夜は、神楽坂の「ジョルジュ・サンド」でクラブSのメンバーと焼きカレー。作家吉村葉子さんがやっている店です。美味しかった〜。ご主人の宇田川悟さんには拙書の書評等でもお世話になっています。また行ってみようっと。

 

■2008,02,21

ここ数日、ちとまとまった時間が取れて、ずーっとニースの松嶋さんの取材ノートの整理をしています。
設計図を作るときにはこの作業が不可欠で、これをやりながら取材当時の思いや匂い、食感を思い出しています。もうすぐにでも書き出したいんだけど、全部の資料にあたるまではそうもいきません。うーん、我慢のしどころだ。
「故郷」「使命」「誇り」「情熱」「味覚の組み立て」「人と人の組み立て」「素材」「和と仏の対比」「NoAttackNoChance」−−−そんなキーワードが萌え出てきています。
うーん、どんな文章になりますか。
ここからが産みの苦しみですね。

昨日はPTAの地区懇談会。またまたお酒ですよ。とほほ。
このあと常任会と総会を一回やって、P連の会合に一回出れば終わりかな。
卒業式と感謝の集いに挨拶もあるのかな。
ま、ここまでくるとやるだけのことはやったという感じですね。
日頃の取材活動では会えない人たちと会えたし、日本の大人社会の状況も垣間見られたし、僕自身の弱点も見えましたね。ふふふ、貴重な2年間でした。

アエラの拙稿を志摩の佐藤先生が喜んでくださっています。
よしこさん、可愛く撮れていましたね。
東君は今ドイツで個展の打ち合わせ中。
皆活躍しています。
いい感じでこれからコラボしていけたらいいですね。よろしくお願いいたします。

 

■2008,02,18

芦屋取材から戻りました。
いや〜、奥の深い街ですねぇ。
六麓荘という超高級豪邸街が有名ですが、それ以外にも時代と個人の嗜好に合わせて、いろいろなライフスタイルを表現できる街があるのだと実感しました。
どこに住んでどんな暮らしをするかというのは、ある意味で究極の自己表現ですね。
個性、知性、好奇心、人間性が全てそこに現れてしまいますからね。
奥池という、芦屋からでも車で15〜20分かかる奥座敷があるのですが、そこに住むということは、あらゆる便利からは遠のきますが、超豪華な空間を独り占めすることはできるんです。大阪湾を眼下に望む窓外には、一軒の家もなし。将来的にも絶対に建たない立地とか。こんなライフスタイルは、そうそうできることじゃありませんね。
とても素敵でしたん。

2月もあと半分。設計図設計図と呟きながら生きていくことにします。なはは。

お、そうそう。今日のアエラに拙文が出ています。
「ロスジェネ世代の旗手たち」
別にロスジェネというのは僕が作った言葉ではありませんが、ま、最近の出会いの中では出色の爽やかな若者3人が描けたから、けっこう気に入った文章になっています。
写真もかっこいい。よしこちゃん、美人でしょう。むふふ。

こちらもよろしくどーぞ。

 

 

お、このブログ、もうじき8並びですね。
突然ですが、8並びを踏まれた方には、粗品をプレゼントしましょう。
BAZまでご一報くださいませ。
よろしくお願いいたしまーす。

それからそれから、信州大学人文学部での僕の講座「現代職業論」の日程が決まりました。

4月22日午後と5月2日午後です。

ご希望の方はぜひご一緒に。季子も連れて行って、歌ってもらおうかなとも思っています。

よろしくどーぞ。

 

■2008,02,14

「宇佐美は酒に酔い、俺は自然がつくりだす美に酔う」

う〜ん、詩人がいるなぁ。
みなさん、ぜひこのサイトを覗いてみてください。

http://www.jankiryu.com/painooto/

「鬼」と呼ばれる詩人が、日々、素朴ながらも珠玉の言葉を紡いでいます。

そうかと思えば、こんな荒々しい言葉も届きます。

「私から、お願いがあります。 幼少時代や学生時代故郷の取材は、やめていただけませんか? どうして、そこまで過去の取材にこだわるのですか? 全く理解出来ません。 私にとって、学生時代や故郷のことは百億光年遥か昔のことです」

文章は凶器だと僕は思っています。
時には生命のやりとりになることもあります。
事実、僕が書いたことで、その後作家としての有り様を180度変えてしまった人が過去にいました。そんなことは自慢でもなんでもないのですが、今から思えばあの文章の前後でずいぶん様変わりしてしまったな、という実感だけが残っています。
で、あるからこそ、今回は礼を尽くして取材に当たろうと思っていたのですが、どうやらこの人は、自分は表現者だといいながら、作家の創造の翼を予めもいでしまおうという魂胆のようです。
とほほですね。

過去のない未来なんてないでしょう。脱亜入欧などといいながら過去を100億光年昔のものにしようとした国がどこぞにありましたよね。愚かしいことです。

さ〜て、どうしますか。腕がなりますね。

 

■2008,02,12

昨日は夕方から帝国ホテルでフードライター内田マキちゃんの結婚披露パーティー。
彼女とはワイルのパーティーの時に出会ったのですが、そのブログがすんごいっす。

http://chidamaki.livedoor.biz/

きしゃしゃな体なのに、ものすごいペースと情熱で食べまくってますねぇ。
ところが新郎に聞いたら「結婚してからは外食は少なくなって、家で食べてますね」だって。
とほほ。のろけられてしまいましたん。
ま、そういうことなのでしょう。お幸せに〜。

その後原宿に戻って、松嶋さんが紹介されていたビストロ「Pre Verre」へ。
去年11月にできたお店なのだそうですが、小山さんというシェフが頑張っていました。
何でもパリの人気ビストロのコンセプトをそのまま持ってきたそうで、サンジェルマンの学生街の店そのままで、テーブルなんか学食みたいなんだもん。なはは。でも東京の店は原宿の有名ブランドが入っているビルの4階で、すぐ上は「うかい鳥山」の店ですからねぇ。たぶん客単価は5倍くらい違うだろうな。僕には好感が持てましたが、ビルのコンセプトとはギャップがありましたね。むふふ。

料理は美味しい。昨日はホタルイカ(だったか)とイカスミパスタを頼んだら、パスタがキャビアみたいな形状ででてきてびっくり。ギャルソンも「キャビアです」なんてしらーっと言うから、騙されてしまいましたん。て、そんな値段じゃないんですが。

皆さんもぜしに。

■2008,02,11

旭川から戻りました。
いや〜、かの地の冷気を知ると、東京で寒い〜なんて言っているのがちゃんちゃらおかしくなりますね。
快晴なのに零下7度。深夜早朝は零下20度30度はザラなのだそうです(その頃はホテルのベッドにいたので知りませんでしたが)。
そのくらいになると、音も光も凍りつくというか、街全体が透明になっていくようで、なにかすがすがしささえ感じますね。たはは。

取材は旭川の隣町、人口わずか7000人の鷹栖町の市民文化活動の取り組みでした。
ここは以前小学校が廃校になるときに取材に入ったことがあって、学校がなくなると集落の中心がなくなると言って、住民たちは悲嘆に暮れていたのですが、どうしてどうして、学校がなくなっても公民館が健在で、楽しい文化祭を開いていました。
いいな人間て。田舎って。故郷って。素直にそう思える街でした。

にしても、一面シャンペンスノー(そういう言葉があるそうです)の銀世界、遠くに大雪山系が望めて、そりゃそりゃ美しい。北海道の大景観も堪能してきました。いやはや。

そして戻ればまたまた原稿だ〜。あ〜あ、あの景観は幻だったのでしょうか。とほほ。

先週行って大成功だった「銀座・のぞみ」での細谷季子の居酒屋10番勝負。
ぜしその模様を見てやってください。「だいあり」に載せました。

 

■2008,02,08

立春大吉とはいえ、寒い日が続きますねぇ。とほほ。
BAZにはふるーいエアコンしか暖房器具がなかったんですが、我慢できなくなってパネルヒーターと首振りのカーボンヒーターを取り出してきちゃいました。とほほ。頭寒足熱がいいんだけど、やっぱこたえるわ。歳だな。

訂正です。拙稿が載ったアエラは18日月曜日発売だそうです。すんません。しばしお待ちを。

明日は旭川に取材なんだけど、羽田からの飛行機が満員でもしかすると名古屋に新幹線で行って、そこから旭川に飛ばないといけないかもしれないとか。いやはや大変だ。
そのあとの週は芦屋に取材だし。なんか振り回され続けです。
でも、日本を観るのは面白くてね。美味しい料理もお酒もあるしね。むふふ。

さぁ、今日はPTAの会議に少し顔を出して、その後銀座だ〜。
細谷季子の居酒屋10番勝負。どうなりますか。

 

■2008,02,04

今朝は道路がカチンカチンで、滑って危なかったですね。
皆さんは大丈夫だったでしょうか。
昨日は娘と外に飛び出して雪ダルマをつくっちゃいましたん。たはは。

昨日、アエラに掲載される『30代の肖像〜ロスジェネ世代の旗手たち』を脱稿しました。
シェフの松嶋啓介さん、花職人の東信さん、ダウン症の芸術活動を展開する佐藤よし子さん。
すがすがしい活躍を続ける若者たちのルポです。
来週月曜日発行のアエラに掲載されるはずです。
機会があったら見てやってくださいね。若いっていいなと素直に思っていただけるはずですよ。

そして今日からは地域創造の「丹波篠山」と「長崎ブリックホール」を書いて、アエラ現代の肖像「Y口T子さん」のことも書かないといけないみたい。なんか取材が難しい人なんですがね。とほほ。うーん、なかなか松嶋さんの単行本の設計図に手がつけられないよ〜。とほほのほ。

8日金曜日、銀座のバー「のぞみ」で、細谷季子の居酒屋ライブやろうと思います。
全国10番勝負のスタートですな。やっぱ銀座でしょ、というわけで。

まだマスターと相談していないのですが、20時頃からかな。
7丁目、ヤナセのショールームの一本コリドー街寄りの「のぞみ街道」沿いにある小さな店です。
ご希望の方、BAZまでご一報くださいませ。

楽しみ楽しみ。むふふ。

 

■2008,02,02

昨日は午後から駒場アゴラ劇場で北九州の劇団・飛ぶ劇場の『あーさんと動物の物語』
いや〜、これが傑作。すんごいぞ作・演出の泊君!
演劇というのはほんとうに不器用なメディアで、生身の人間がなんとかふんばって時空を越えてくれないとなかなか感動というのは生まれないんだけど、セットがくるくる回転するたびに客席の僕らも彼岸と此岸を縦横に往復していました。
その感覚が快感だったな。ありがとう泊君。
彼にはこの前長崎取材でお世話になって、これから書かないといけないんだけど、筆に勢いがつきましたん。
皆さん、ぜし駒場に足を運んでください。3日までやっています。絶対いいっすよ。

あ〜。それにしてももう二月だぁ。たはは。松嶋啓介物語を書かなくちゃ。まだ設計図に手がついていましぇ〜ん。たすけて〜。

31日は辻井伸行サントリーホール・コンサート、大成功。ぱちぱちぱち。
『のぶカンタービレ!』も出版となりました。これまたぱちぱちぱち。こちらもいいっすよ。
読者もまた、 ショパン・コンクールの臨場感とスリルを味わっていただけるはずです。
もろもろ、よろしくどーぞ。

 

■2008,01,25

今日はちとしんどかったので、一日中住所録の整理をしていました。
もーずーっとアナログの住所録を使っていて、しかもそれが10年くらい前につくったものだから、年賀状出したりするのもとほほ状態だったんです。僕の賀状って、住所が手書きだったでしょ。たはは。それはそれで気持ちを込めた、その分字が模様になっている、ま、僕らしいと思っていただければ幸いという感じの賀状だったのですが、大切な方が漏れていたりするからねぇ。
今年こそ正月中にいつかやろうと思って、やっと手を着けられたというわけです。
あーしんど。今日だけで約400人だぁ。

いただいた賀状を見ていたら、何人か懐かしい方のが出てきて、思わず電話しちゃったりしました。以前銀座のマンガ社時代にお世話になったSさん、お元気そうで何より。
また何か面白い仕事したいですね。

 

■2008,01,22

先週は新年会を一人早めに切り上げて(珍し!)翌日の早朝便で長崎へ。
ブリックホールという市営ホールでのリーディング劇を二つ取材。大阪の太陽族の岩崎君と北九州の飛ぶ教室の泊君の二人がそれぞれ素敵な掌編を見せてくれました。

夜はロアジスの坂本シェフのところで舌鼓。マダラの白子のブール・ブラン・ソース。これが絶品。普通長崎なんかにいって魚を食べようとなるとついつい刺身ってことになっちゃうんだけど、概念が変わりましたね。やっぱいーわ。坂本さんの料理は。ぜし機会があったら行ってみてください。丸山町の路地を入った隠れ家です。095-820-0252

日曜日に戻って、その足で今度は長野へ。諏訪湖のほとりの宿に泊まって、翌朝早くから鎌田實先生のインタビュー。往路、中央線が信号の故障で30分くらい遅れたんだけど、先生の著書「がんばらない」「あきらめない」「なげださない」を読んでいたら泣けて泣けてね。このままずーっと列車が来なくてもいいと思っちゃった。ほんと。
こういう本が売れるのはとても素敵ですね。大抵のベストセラーには嫉妬の悪態をついている僕ですが。たはは。改心しました。先生ありがとう。

 

■2008,01,16

今日突然思いついたのですが、明日17日夜、新宿二丁目で新年会なんていかがですか?
もともとこの夜はライター学校の皆さんと新年会が組まれていて、僕は午後にPTAの行事を二つこなしてから参加する予定だったのです。
でも、同じやるなら、大勢で盛り上がったほうが面白いですよね。むふふ。
二丁目「喝」です。3352−6020
中通りから一本入ったところにあるクーロン城みたいな建物の3階、携帯の電波もはいりましぇーん。たはは。
でもケンちゃんという気持ちのいいママがやっていて、手料理も美味しいんです。
普通だったら10名も入れば一杯ですが、ま、押し込めば20名くらいいけるでしょう。
お時間ある方、ぜひご参加ください。知らない人でもいいっすよ。コウヤマに聞いてきたと言っていただければ、特別価格でお招きしますね。むふふ。

よろしくどーぞ。

 

■2008,01,11

昨日はちと嬉しいことがありました。
実は正月8日になって、頼みのザウルスが使えないことに気付いたんです。NTTがPHSのサービスを一方的に終了しちゃったんですね。ま、前々から通知はうけていたのですが。
んでそうなると、僕は携帯はないわ電話帳ももってないわ街中の公衆電話もどんどん少なくなってるわ、もう一人無人島状態。ま、自分から誰かにアクセスしたいときは何とかするんですが、相手が僕を探している時はもうお手上げなんです。とほほ、すんません。

んで、昨日になってやっと時間ができて、板橋のDOCOMOショップに行ったわけです。そしてFOMAとやらに変えてもらったんですね。でもね、こういう時っていやーな予感がしますよね。パソコンのOS変えたときみたいな。だって、マシンの中は完全ブラックボックスで、何がどうなっているのかさわぱりわからないですからね。案の定、もらったカードをザウルスに差し込んでもうんともすんともいわないんです。

あれ、これでいいはずなんですがね。なんて担当してくれた若いおにいさんも困ってるし。
ところがここからだったのですよ。その子の活躍は。
あちこち電話しまくって、DOCOMOの相談室だけじゃなくてシャープの相談室の電話番号までネットで探して、とにかく繋がるまで調べてくれました。

いや〜、うれしいうれしい。思わず繋がった時は握手しちゃいましたよ。

DOCOMO板橋支店の確か桑原君だったかな。どうもありがとうありがとう。久しぶりに震えたサービスでした。こういうの嬉しいよね。マニュアルからどんどん逸脱して。でもサービスの本質に根ざしていく。

というわけで、昨日からまたモバイル復活しています。皆さん、よろしくどーぞ。

 

■2008,01,09

新春そうそう辻井君企画本の入稿を済ませて、昨日はフラワーアーティストの東さんの畑に農作業取材に行ってきました。
そして昼に東京に戻って、京橋のシェ・イノで超豪華な新年会。
井上ボスも登場してくださって、今年はぜひ一緒に飲もうだって。たはは、こりゃ楽しみだな。

そした午後、成田マフィアから電話。
ちょっと緊急で会えないか、とのこと。
こりゃ例の企画に暗雲がたちこめたなと直感して、夜の新宿で落ち合いました。
そしたらなんか言いにくそうだから「あの企画が会社からダメ出しくらったんでしょ」と振ったら、やっと苦笑しつつ「そうなんですよ、まじゴメン」だって。
たはは。二人で本気になって考えた案をそのまま会社に出しちゃったら駄目でしょ。策を練らないとね。むふふ、ま、いいじゃないですか。会社が警戒するほど素敵な企画だったということで。
また考えましょう。次の策を。脳味噌に汗かかなくちゃね。
ここからの粘りがマフィアのマフィアたるゆえんですよ。

今日は長渕×佐藤琢磨の構成作業。
セオリー・小柳津君と打ち合わせてアエラに打ち合わせででかけて、その後入間市へ。
ちと旧友たちと壮大な遊びの計画を話し合って来ようと思っています。

 

■2008,01,01

新春、あけましておめでとうございます。

穏やかなお正月になりましたね。
どんな大晦日と元旦だったでしょうか。

僕は今日も事務所に出て、辻井企画の最終仕上げをやっています。
1月29日がサントリーホールでのリサイタルだから、その日までに本ができていないといけないのですよ。とほほ。僕の原稿が押しちゃったのが原因なので、関係者の皆さんには深謝深謝。皆正月返上で頑張ってくれています。ありがたいことです。
いい本になるはずです。皆さん、お楽しみにね。

年末30日は、恒例入間市大忘年会。幼稚園から中学まで一緒だった仲間が年に一度集まって旧交を温めます。
今年は、シスナブや明星でも歌ってくれた細谷季子君もつれていきました。だって彼女、僕らの小中学校の後輩だったということがわかったから。しかも住んでいるのが入間市なので、ご近所さんだったのです。「忘年会って何年くらいやっているんですか?」と聞かれて「25年くらいかな」とかるーく答えたら、ドヒャー、だって。そりゃ驚くよね。彼女25歳なんだもんな。たはは。

またまた彼女の唄で盛り上がりました。どうもありがとう。

さて新年、またまた新企画が目白押しです。
セントラルの八木さんによると、今年の僕の運勢は「収穫の年」なのだとか。
去年から取材している『雀鬼・桜井章一外伝』、ニースの一つ星(2月には2つ星になれるかな?)『ケイスケ・マツシマ、星を巡る旅』、5月には成田空港30年史、そしてセントラル社の定点取材からも2冊ほど書けそうです。いや3冊かな。

ま、なににしても元気でないとこれだけの仕事はこなせませんね。
楽しい酒を飲みながら、今年もよろしくお願いいたします。

 

■2007,12,28

慌ただしい年の瀬ですね〜。毎年こういうことになるんだからちゃんと準備しておけばいいのに、ほんと、間に合ってないっす。桜井会長、ほんとにすんません。教えを具現化できないやつです。

でもそういう中でも、また一つ、来年春を目指してのプロジェクトが動きだしました。
「成田空港開港30周年プロジェクト」
もちろん僕はその記念誌のパンフレットの取材執筆にあたります。

成田はねぇ、僕にとって思い出深い地なんです。いやいや過去形じゃなくて、現在も僕の取材地の一つであることはかわりません。まだ書き切っていないんだ、あの大地で生きた人々の肖像を。
以前サンデー毎日で連載した「闘争の記憶」というルポがあるんですが、その時出会った成田マフィアの一人平山君がこの仕事を手がけることになって、久しぶりにタッグを組めることになりました。三沢・秋山組というよりは小橋・高山組ののりかな。たはは。どっか障害者だからね。お互いに。

新年、またあの大地に通うことになりそうです。
楽しみ楽しみ。ご希望があったら一緒に行きませんか。人間の業の奥深さが堪能できますよ。むふふ。

 

■2007,12,22-2

「今週のAERAで神山典士さんが書かれていました。歌手の絢香についてのドキュメントのようなもの。心の部分まで踏み込んで書かれていて、さすがジャーナリストです」

「遅ればせながら、やっと今週のアエラ読みました。 現代の肖像、おもしろかったです。 今までの現代の肖像の中で一番ぐっときました。 特に最後の方の文章の流れが好きです。 正直言って、絢香は実際に歌っているところも見たけれど どうも好きになれず、 同世代の30代女性も、絢香を好きという人とか「三日月」など歌う人もいなかったし、 「なんかがんばってる感じが痛々しい」とか 「上から目線のような雰囲気がして親しみづらい」 といった意見が、私の周りからは多かったのです。 今年歌われた歌ランキング1位が「三日月」なんて納得いかないとか。。 でも、今回の神山さんの文章を読んで、 少し絢香という人がわかった気がしたし、 次見るとき、歌を聞くときは違った目線で彼女のことを見られそうです。 とり急ぎ感想まで」

アエラに書いた絢香の拙稿への感想を何件かもらいました。どうもありがとう。
絢香も二十歳の誕生日をコンサートで祝えて、嬉しかったと思います。
頑張って戦っている人にだけいい「戦後」はあるのですよね。

つーことで。また辻井君の原稿に戻ります。とほほ。

 

■2007,12,22

18から続いた関西ツアーから戻りました。

18日夜は大坂城ホールでの絢香コンサート。アリーナ中央に360度型のステージができていて、そりゃすんごいコンサートでした。今回のツアーはここと武道館しかやらないんだって。それも凄いね。
この日は絢香の二十歳の誕生日だったので、アンコールでサプライズ演出があったりして、彼女にとっても忘れられない誕生日になったことでしょう。
僕のアエラも間に合ってよかったよかった。終演後少し話したんですが、よろこんでいてくれました。今回とスタッフの皆さんにとてもお世話になりました。ありがとうございました〜。

その後志摩へ行ってアトリエ・エレマン・プレザンの佐藤先生に取材してその後皆さんとお食事会。うるめいわしの刺身なんて、関東じゃ食べられないっすよね。まーったりしていて、初めての食感でした。美味しかった。お料理してくださったお母さん方、ありがとうございました。
敦子ちゃんからは恒例、2008年のカレンダーをいただきました。ありがとうございます。

そして年末に向かって、最後の原稿が今日からスタート。辻井君企画があと150枚残っています。頑張らないと。とぅりゃ〜、だな。とほほ。

 

■2007,12,16

たった今、箱根の温泉旅館で行われた雀鬼会の忘年会から帰って来ました。
約50名、東京、名古屋、高槻の精鋭が並ぶ姿は壮観でしたよ。
その宴会で、「会長評価大会」がありました。
雀鬼会は、試合後に自分自身でどんな麻雀が打てたのか、自己評価して会長評価と比べます。A、B、Cと、その中間のA’とかがあるんです。
「会長、今年の会長ご自身の評価をお願いします」
宴もたけなわになった頃、誰かがそう言いました。普段そんなことありえないのですが。
そしたら桜井会長はスッとたちあがって「B’でお願いします」といいつつ身体を83度傾けたんです。その姿の綺麗だったこと。あんなに綺麗なお辞儀はみたことないというほどに。
そういえば、この前雀鬼会のHPに「男が惚れる男」と書かれていましたが、我が身を振り返ると「男に惚れる男」ですからね。とほほ。綺麗なお辞儀の一つも難しいわけです。会長に教えていただかないといけません。

おっと、それで会場評価は「限りなくCに近いB’」だって。たはは。盛り上がりましたよん。

んなこんなで温泉あり、バーから眺める綺麗なもみじあり(箱根の温泉場はまだこれから赤に変化するそうです)生き鮑のバターソテーあり、油坊主の西京焼きあり、深夜早朝までの酒宴あり。僕はとてももたないので隣の部屋で寝ていましたが。たはは。久しぶりにざ・宴会をやってきました。

さぁ原稿だ。セオリー書かないとね。

明日のアエラ、見てくださいね〜。

 

■2007,12,14

今週は11、12と九州ツアー。松嶋さんとフラワーアーティストの東さんのご家族と会ってきました。アエラの「地に足がついた30代の肖像」というような企画なんだけど、やっぱ「家族力」というものを感じますね。シェフ、フラワーアーティスト、ダウン症児との芸術活動家という3人を描くのですが、いづれも家族としっかりと繋がっているもんね。

松嶋さんのお母さんなんて、言葉もできないのに孫が生まれるときはニースに一カ月半滞在して、電気屋のおやじとはしっかりと日仏語で喧嘩もして、それでも帰国前には挨拶して涙を流してきたという、すげーお母さんでした。今は近所の教会で英語を勉強しているのだとか。「息子に負けないように、自分の世界を広げていきたい」とメールをいただきました。

東さんのお父さんはシェフ。ちょうど僕がサリー・ワイルで描いた戦後世代の料理人で、若いころはベルギーからヨーロッパ修行に旅立ったのだそうです。これまた豪快なお父さんなんだ。
でも親なら誰も子どもを思う気持ちは同じですよね。息子が銀座で店を出した時は隣のビルの屋上から2時間もじーっと店を見ていたのだそうです。お客さんが入るのか、心配だったのでしょうね。

来週はもう一人、佐藤よしこさんのご両親に会いに志摩へ行ってきます。ここもまたすげー家族力。「3代続く夢のリレー」のファミリーですからね。いい取材になるはずです。

12日は帰京したらすぐに長渕剛×佐藤琢磨対談。
いや〜、これが面白かった。剛さんも琢磨君も互いにすげー尊敬し合っていて、全然違う世界なんだけど共通している要素が多くて。スタッフワークなんて、コンサートもレースも全く変わらないし、フィジカル面もメンタル面も、両者ともに鍛え続けないとやっていけない世界ですからね。
剛さんてば、「琢磨、この前俺のハーレー載せてやって環八を疾走したんだから、今度はF1マシンの後ろに俺を載せて300キロの世界を味あわせてよ」だって。たはは、マシンにリアシートってあったかな?

といいつつ、セオリーは3本も書かないと行けないし、辻井伸行君企画はまだ前半だし。とほほ。編集者の皆さんすんません。もちっとお待ちをね。

あ、来週は月曜日17日発売のアエラ「現代の肖像」に、歌手の絢香を書いた記事が載ります。編集のチカちゃんにお世話になって、いい感じの作品になっているはずです。機会があったら立ち読みでもしてくださいね。

そして翌18日は絢香の二十歳の誕生日。大坂城ホールでコンサートがあります。そこにも駆けつけて、お祝いしてこようと思っています。むふふ。楽しみだ。

 

 

■2007,12,10

この年の瀬に、小学校1年生から4年生までお世話になった恩師からお便りをいただいちゃいました。いや〜、いつもにまして右往左往する日々ですが、その文字を見た瞬間、なんかポッカリと時の落とし穴に嵌まっちゃったような、タイムスリップしたような、不思議な気分を味わっています。

「あれはたしか神山さんが小学校低学年のとき、ハアハア息を弾ませながらランドセルを背に教室に飛び込んできました。「何か忘れ物をしたの?」「学級文庫の本を二冊借りていくの忘れたの」。4年生の夏休みには40日間の中40冊の本を読みましたね」

だって。たはは。んなことあったのでしょうか。まるで昨日の記憶のような描写ですね。まいったな。ま、この程度は本読んでなかったら務まりませんよね。この仕事は。

もう先生も齢80近くになられているはず。それでも僕がお送りした20周年記念カレンダーと俯瞰図を見て喜んでくださっているようです。ありがたいことです。

先生いつまでもお元気で。新年になったらご挨拶に伺いますね。

 

■2007,12,09

たった今、長渕剛さんの代々木体育館コンサートから戻りました。
いや〜、すんごい。アリーナのど真ん中に格闘技のリングみたいなステージをつくって、360度見渡せる中で歌いあげるんです。会場の雰囲気もまるで格闘技みたい。本人の身体も格闘技してますからね。たはは。

今回は、スペインでのマシンテストから飛んできた佐藤琢磨さんとの対談の仕事です。今日は琢磨さんも久しぶりに長渕さんのコンサートを聴いて、12日に対談があります。
僕はその司会と原稿まとめをやることに。長渕さんとはもうかれこれ10年近く折に触れてあってきたし、琢磨さんとは、ニースの松嶋さんを通じてご縁があったし。
なにか不思議な繋がりを感じて、初対面という感じは全くしませんでした。

今週は11日に松嶋さんとフラワーデザイナーの東さんのご両親に会いに博多へ。もどったらすぐに対談司会して、あとはひたすら原稿原稿ですね。

そうそう、絢香の原稿が、17日売りのアエラに掲載されることになりました。
翌日18日が彼女の誕生日。そして大坂城ホール・コンサートです。これにもでかけていって、彼女の二十歳をお祝いしたいと思います。
今回はワーナーの四角さん、川上さん、そして研音の橋本さん、斎藤さんにとてもお世話になりました。ただひたすら感謝感謝です。
普通アーティストサイドからこれだけ献身的な応援をいただけるのは難しいことなんですが。その分いい原稿にしないといけないと思って、頑張ってみました。
ぜひ読んでやってくださいませね。

 

■2007,12,08

すんません。5日朝に帰っていました。その日の午後からまたまた猛烈な執筆の日々が始まってしまって、気がついたら「ほわっつ・にゅ」の書き込みを忘れていましたね。ごめんなさい。

今回の旅のことは、「だいあり」にぽつぽつ書いてます。衝撃の写真もありますよん。ふふふ。お楽しみください。

昨日は料理評論家の山本益博さんインタビュー。「美味しい料理を食べのではなく、美味しく料理を食べることが大切」とのお言葉。さすがです。

今日は佐渡裕さんと再会。「人は傷ついて成長するもの。先生とは生徒を傷つける役目」。こちらもまた、含蓄の深い言葉でした。今年亡くなられた河合隼雄先生の言葉だそうですが。

というわけで、18日から予定していた今年4度目のニース取材はさすがにキャンセルせざるをえなくなりました。国内の仕事がとても廻らなくて。とほほ。ま、仕方ないっす。松嶋さんのレストランオープン5周年記念と30歳の誕生日パーティーはとても残念だけど失礼させていただいて、いい作品を紡ぐことに専念しましょう。

その代わり、18日の絢香の大坂城コンサートにいけるかな。むふふ。その前日にはアエラに出ているはずなんですが−−−−−。

 

■2007,11,26

さぁ〜て。いろんなことが宙ぶらりんのままなんですが、明日からまたまたニース取材に行ってきますね。今回は、時価8億円の部屋がある世界で一雙の超豪華客船に乗る旅です。ま、僕の泊まる部屋はたぶん一番小さい部屋なんだろうけれど、それでも1億円はくだらないとのこと。なんだかな〜ですが、楽しんできたいと思います。

仕事等で連絡をとりたい方、恐縮ですが向こうでも携帯はもちません。メールも毎日見られる環境ではないと思います。とほほ。事務所の留守電に入れていただくのが一番確実かな。
よろしくお願いいたします。

バザールで制作のお手伝いした講談社刊『やめさせない採用、かまってほしい若者たち』が、昨日重版となりました。ぱちぱちぱち。このまま突っ走ってほしいものですね。

僕も年末まで、日本とフランスでいくつかの仕事をこなしながら、あくなき疾走を続けないといけないようです。とほほ。頑張りましょう。

 

■2007,11,25

先週もいろいろありました。
ざっというと月曜日にミシュランの発表会があって、あまりに意外な選定に仰天。
火曜日からはアエラ現代の肖像「絢香」を書きはじめて、(これは断続的に今日、25日まで続いています、とほほ)、
水曜日はセ社八木さんと神楽坂の文士宿「和可菜」へ。
木曜日は30日から乗船する豪華クルーズの打ち合わせで新橋へ。時価8億円の部屋がある世界で一雙だけの客船に乗るっす。たはは。
金曜日は午前中PTAのワンパク祭に出て、夕方はサンシャインで開かれた「島から日本を見るシンポジウムへ」。全国の離島の人たちと若者たちが集まったとても興味深い会議でした。
そして昨日は白河清澄の現代美術館へ。アトリエ・エレマン・プレザンと中沢新一さんが参加する「ダウン症の感性に学ぶ」というシンポジウム。ここには佐藤家二世代全員が集合して、世界を救う佐藤家という感じのイヴェントになっていた---ってことはないですね。ま、肇さんがいい味出していました。ダウン症のアート活動のことが正確に、より広く、皆さんに伝わっていくといいと思います。そのためにも早く2年間かけて編んできた本が出るといいんですが。
なかなか難しい問題があるようです。とほほ。

そして今日は、豊島区PTAパパさんバレーボール大会。
僕も参加して、見事文成は優勝しましたよん。といっても、助っ人の若者たちの力が大きいですが。でも勝つことは嬉しい。明日は筋肉痛かな。とほほ。

さあ渡仏まであと2日。今回もタキシードがないから着物で行こうと思っています。そして松嶋家へのお土産はどら焼がいいのだとか。ふふふ、フランス生活の意外な盲点ですよね。

 

■2007,11,20

先週金曜日、大阪に飛んで絢香の母校を訪ねてきました。
いやいや、いい学校でした。音楽のK先生もとてもいい先生で、彼女の貴重な話を聞かせてくださり、秘蔵影像も見せてくれました。
大震災から始まって数々の悲惨な事件が連続した関西地区にあって、何故同じ人間がこんなむごいことをするのかと純粋に悩んでいた10代の少女と、同じく生命を粗末にする子どもたちを前に「音楽を通して生命の大切さを教えたい」と念じていた教師が出会い、そこから彼女の音楽人生はスタートします。高校時代の彼女の影像を見ながら、何度も涙がこみあげてきました。

その取材を終えて、とにかく早くこの心の震えを文字に刻みたくて、いくつかの仕事をパスして今構成にかかっています。順調にいけば彼女の誕生日にアエラが発行されるはず。彼女の二十歳を祝福する文章になるはずです。

さぁ、どんな文章が出てきますか。楽しみ楽しみ。

 

■2007,11.13

いや〜、忙しい忙しい。先週末はPTA行事にとんぼ返り取材が重なって、てんやわんや(古い!)でした。
まず土曜日は午前中11時から教育セミナー。大野副校長先生が「国際社会で生きる子どもたちのために」というテーマでお話し下さいました。PTAで企画したセミナーの2年目。ポスターつくってチラシを蒔いただけなんですが、約25名集まってくれました。これってPTAの企画としては動員がいいほうなんですよ。とほほ。地域の保育園や幼稚園にもポスティングしたので、未就学児の保護者も来てくださいました。よかったよかった。

お昼に新幹線に飛び乗って上田へ。ここでは地域映画祭が行われています。さらに、フィルムコミッションという、ロケを誘致する活動も盛んで、大正時代から小津安次郎さんなんかもここに来て撮っていたそうです。自然が豊なのと温泉地で大勢のスタッフが泊まれる旅館があること、そして降雨量がとても少ないという利点もあるそうです。
でも僕らは泊まらずにその夜帰京。とほほ、美味しい魚だけ食べてきました。

翌朝は5時起きで6時から学習院大のグラウンドでP連合主催親子ソフトボール大会。去年も雨にたたられて全身真っ黒になってグラウンド整備したんですが、今年も前夜まで雨雨雨。とほほ。それが朝になってやんじゃって、各校会長と学習院大ソフト部の部員が総出でグラウンド整備にあたりました。いやはや大変。でも子どもたちは楽しみにしているし予備日がないんですよ。おかげでなんとか試合ができました。

整備を終えて開会式を見届けて羽田へ。10時40分の飛行機に飛び乗って目的地は金沢。Y口T子さんが出演するNHKセミナーの取材です。金沢21世紀美術館。いいとこでしたよ。以前越後妻有で見た天井にぽっかりと穴を明けただけの「タレルの部屋」がありました。この部屋に来ると皆ただぽんやりと上空を眺めているんです。ふふふ、それがまた快感。芸術はあな不思議。

その夜は、金沢在住のロックンローラー・ゲンちゃんと合流。バンド仲間と一緒に盛り上がりましたぜ。てへへ。彼らの取材をしたのはもう10年以上前だな。彼は故郷に帰って実家の保育園の園長先生になったけれど、今でも心は繋がっています。もちろんロッカーだしね。この日も新曲を録音したといっていました。金沢の加賀レンコン、イモ、甘エビ、貝、イカ、白魚、最高でしたん。ゲンちゃん、さんきゅね。

 

■2007,11、05

先週末にもいろいろありました。
まずはアエラ「30代の肖像」野取材で元麻布のふるーい洋館へ。
ここはフラワーアーティストの東信さんがアトリエとして活用しているのでした。
「僕、今年になって携帯を捨てたんです。あれを持っていると人間が雑になるから」
なーんて、嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。
アーティストというよりも、自分の中では「花職人」なんだって。それでいてニューヨークやパリ、そして今度はドイツで個展を開くほどの実力なんです。もっともそれ以前は日本では認められなかったのだそうですが。ま、そういう社会ですな。日本は。
またまた面白いお付き合いになりそうです。

木曜日は永沢光雄さんの一周忌。二丁目のバー、永沢で。
その夜は武蔵野大学の水谷先生や学生たちとあって、冬の子どもたちとのワークショップ等々を話し合いました。こちらも面白いことになりそうです。
金曜日はロイヤルパークホテルでフランス人シェフ4人の饗宴、ガラディナー。豪勢でしたが、やはりそこはオールスター戦。細かな戦術よりも華々しさを競う会になってしまいました。ま、言ってみれば大雑把ですか。とほほ。

そして土曜日は雀鬼会第12回全国大会。こちらのレポートは「だいあり」でご堪能下さい。

さぁ今秋はシェフ、パトリック・アンリルーのインタビューとかリクルート、ガーディアン・ガーデンを卒業すふる西沢女史のパーティーとかホテル・オークラでの晩餐会とか(とほほなんですが)またまたいろいろです。週末はPTAのソフトボール大会の準備をしてから山口智子さんを追って金沢へ。旧知のミュージシャン、ゲンちゃんと会ってきますね。

 

■2007,10,30

昨日は電通試写室でYさんちの智子さんが出演するドキュメンタリー『ロダンと花子 人間 花の中の花』を観てきました。これはすでに放送された『ゴッホと広重』『北斎とドガ』に続く3部作の最終回とか。東洋と西洋を結ぶ「美」を巡るドキュメンタリー群が一応完結したことになりますね。
智子さんは今回出演だけじゃなく、構成、ブロデュースという肩書もついいてました。
今回も智子さん、やってますよ〜。ロダンの圧倒的な作品の前で、ひるまずにしかと対峙する智子さんの背中の凛々しい線。勝るとも劣らずという感じです。
自らを賭けられるテーマを前にした時の「伝える職人」は、何ものも怖くなくなるんですね。
その意気やよし。11月2日BS日テレ放送だそうです。ぜし、観てやってください。

 

■2007,10,29

昨日は、原宿精進懐石GでYさんちの智子さんと会食(なんか伏せ字ばかりですんません。訳あってね、とほほ)。
全国を飛び回って職人の手業を採集している智子さんなら絶対に気に入ってくれると思っていたのですが、案の定どんぴしゃ。もうすぐ店を閉めると聞くと「お皿やお盆を私が預かりましょうか」だって。ほんと、散逸してしまうのはもったいない思い入れのふかーい名品揃いですからね。そうしてもらったほうがいいかもね。
その席に、2000年ころからの智子さんの相棒の映像作家ギャリー・バッサンも同席。
異文化の視点でみていた日本と智子さんの感性がぴったりマッチして、いくつかの珠玉の作品を創ることができたという話をしていただきました。
彼らの作品「Letters」の成り立ちも聞けたし、貴重な取材だったな。
もっとも智子さんは僕に取材を受けている自覚があるのかな?たはは。
ま、いい文章がでてくるはずです。

20周年記念の「TheCompleteWorksOfNekketu」も完成間近。10年カレンダーがつきますからね。楽しみ楽しみ。

 

■2007,10,24

事務所内に、およそこの世のものとは思えないふかぁーい静謐なピアノの音が流れています。
ショパンの「子守歌」
今日発売になった辻井伸行君のデビューアルバム「debut」の最初の曲です。
一曲目はもっとエネルギッシュなものをとか超絶技法を聴かせたらとか、様々な意見があったそうですが、彼は自らこの曲を選んだのだそうです。
技術が作品を生むのではなく、心の震えが作品の形を借りて表出してくるのだ。
そのことを、19歳になったばかりの若きピアニストは僕らに教えてくれます。
もちろん彼の恩師の川上先生がずーっと言い続けてきた「音のつぶつぶ」も、実に繊細にクリアに刻まれています。中村紘子や横山幸雄が手放さない調律師も、今回伸君の音に惚れ込んで録音に参加してくれたのだとか。崇高な一枚に仕上がっています。エイベックスからです。

その数日前、僕らの前で「閉店宣言」をする料理人がいました。
原宿に15年間、こちらも奇跡の料理を僕らにつくりつづけてくれたGという店の店主、棚橋さんです。 詳しいことは僕からは書けませんが、「人生に句読点を打ちたい」というただそれだけの理由で、彼は店を閉めて次の生き方を探すのだそうです。

そして僕はフリーランス20周年を迎えて、明日もまた同じようにコンクリートの町での右往左往を繰り返す。

それぞれですねぇ。でも、それぞれの人生を、僕らはそれぞれにしっかり